37 悪役令嬢、考える。
「コーネリア様に頼んでもう一度貸して貰おうかしら、その本」
以前、マツリカが参考にしている話の筋がわかればいいのに、と思ったことがあった。
それでも起きるイベントが揃って鉄板だったから、王道展開だけの知識でもどうにかなるかと思い直したのだけれども……甘かったと今になって気付くとは。
「飽きた、つまらない、って散々言っていたのに読めるんですかぁ?」
「攻略本としてなら読めると思うわ」
私たちが巻き込まれた乙女ゲーム的ストーリーは、初心者に優しい王道展開などではない。
この世界がマツリカのための世界に変わったとしても、此処で生まれ育った私には、いや、この世界の住民全てにとっては此処がひとつしかない現実だ。
私たちは未来にどんな結末が待っているのかなんて知らないし、やり直しも効かない。
だからこそそれぞれに思い描く未来に向けて日々を過ごしていると言うのに、ポッと現れた奴の自己満足のために掻き回され、歪められるなんて冗談ではない。
だが、そうは言うものの阻止するだけの情報が足りない。
クマッティが言うところの鉄板に照らして破滅フラグに繋がりそうなイベントは絶って来たけれど、話の詳細な部分まで知っているマツリカと違い、鉄板しか知らない私では必ず何処かで対策漏れが出る。
今のマツリカは異性からモテモテどころか個人的な付き合いを拒否られている有様だが、それは私のささやかな抵抗が巡り巡って世界の乙女ゲーム化に影響を与えているのか、それとも〝ヒロインは序盤は全くモテない〟ストーリーなのか。それすらも判断できない。
でも。
「似ているのでしょう? 今の状況と」
フォルッツが言うには〝血塗られた叛逆〟が登場すると言うその話は、現状にとてもよく似ているのだと言う。
名前は違うけれど攻略対象も王子、勇者、悪役令嬢の義弟……とほぼ同じ面子だし、学園に入学することも寮に入ることも同じ。
そして最もたるところは、悪役令嬢が将来破滅することを何処からか知り、フラグを折りに来ることだ。
王子との婚約を蹴り、義弟をはじめとする攻略対象から嫌われないように動き、それでいてヒロインに媚びることだけはしないところは、私がこれまでやってきた対策によく似ている。
自分で考え出した対策のつもりだったのにストーリーに組み込まれていたと思うと、不快を通り越して気持ち悪い。
何より、どれだけ対策してもストーリーを越えられなかったと言う、〝己の限界〟を見てしまった気がする。
「恋愛小説を攻略本って、色気がないですねぇ。まぁそこがお嬢様なんですけれど」
「内容にのめり込まない分、客観的な対策が思いつけると思うのよ」
私は乙女ゲームを知らない。
恋愛小説にも疎い。
推しに恥ずかしい異名を付けて呼んだり、概念を持ち歩くなんて考えつきもしない。
〝血塗られた叛逆〟(正式タイトルを知らないので登場人物の異名を当座の通称とする)とマツリカの目指すストーリーが同じものとは限らないけれど、しかしその界隈に詳しくなれば今後の見通しも読めるし、新たな対策も思いつく。
鉄板ではない派生亜種に対しても。
「あとはトラウラよ。そっちも同時進行で動く必要があるわ」
私は先を行くコンラートを追いながら、薄暗いダンジョン内を見回す。
剥き出しの岩壁がぼんやりと明るく見えるのは、光を発する微生物が岩の表面を覆っているからだそうだ。
彼らは振動に反応して光を発する習性を持っているらしい。
つまり、行く先がずっと照らされているのは先に行ったパーティも此処を通った──要はルートから外れていない証拠にもなる。
今回、解放されているのは初心者用ダンジョンルート。
しかし封じられている他のルートには中級、上級モンスターと遭遇するものもある。
足場が良くないからと手をつくこともあるこの岩壁は天然のものではなく、魔法省の職員(ダンジョン担当)の皆様が夜を徹して別ルートへ通じる道を封じた結果。この手と岩を越えた向こう側では、モンスターが人間の血肉の臭いに誘われて集まっているのかもしれない。
手に力をかけてボロっと崩れでもしたらことだ。
魔法省職員の皆様がそんな柔い障壁など作るはずがないと思いつつ、触るのが躊躇われる。素手で薪を作るディナエルは絶対触らせないようにしなくては。
「んー、クマッティさんが『気配はするけれども姿が見えない』と言ってましたから学園内にはいない可能性がありますね」
薪を作れないクマはそんな私の気持ちに気付くことなく、手で壁を叩きながら歩いている。
物音を立てることで弱小モンスターが逃げ、細かい戦闘を避ける。この先何が出て来るかわからない戦地で魔力と体力を温存する知恵だ。
けれど、壁が壊れる心配をしている目の前でそれはないだろう!?
もしこれで壁が壊れたら、フォルッツには私が逃げるまでの囮になってもらわなければ。
「ヨルム男爵領で留守番ってことは?」
「カジウラにだけ手を貸すってことはないと思うわ。第一、気配はあったのでしょう?」
先日、マツリカの部屋にフォルッツとクマッティを忍び込ませた。
同じ神としてフォルッツより気配を探りやすいであろうクマッティが『トラウラはいなかった』と言うのだから、実際、いなかったのだろう。
第一、マツリカをこの世界に呼び寄せたのはトラウラだ。彼の魔力をマツリカが帯びているだけかもしれない。
クマッティが『ピンクちゃん(マツリカの部屋にいたウサぬい)がトラウラだったら』など言っていたらしいが、そんなはずがないことも本人が一番よく知っている。
だとすれば何処にいるのか。
気になるが、逆に言えば現在、学園内でトラウラの邪魔が入ることは稀だと言うことだ。
カジウラから力を取り返して数日経つけれど、動きがないのもその証拠。
彼が気が付いていないだけとも言えるけれど、さすがに今回、モンスターを相手にすれば嫌でも気付く。他人の力を奪って無双していたカジウラなら、自身に起きたことも把握できるはずだ。
奪った犯人が私、と言うところまで考えが及ぶかどうかはカジウラ次第だが、ともあれ、トラウラが動き出すとすれば明日以降だろう。
「クマッティは? 何か思いつくことはなくて?」
私はフードの中から出て来ない三匹目のクマに声をかける。
が、返事はない。
フォルッツ、ディナエルと言うクマ仲間が率先して行動しているせいで、サボってもいいと言う発想に至っているのか、年寄りだから寝る時間が長いのか。
このまま永遠に寝てしまえと……いや、それはさすがに”創造神”に思ったら駄目だ。世界が滅ぶ。
「ねぇフォルッツ。貴方、マツリカのことはどう思う?」
仕方がない。
私はクマッテイを諦めて再びクマたちに向く。
「〝変な人〟ですね」
「付き合いたいとか、下僕にしてほしいとか、踏まれたいとか思ったりしない?」
「思いませんよ。って踏まれたいって何ですか」
「ディナエルは?」
「俺も何とも思わないですね。と言うより、あんなに色目を使って来る女性って気持ち悪いです」
フォルッツとディナエルの返事は素っ気ない。
例の夕食会の奇行で良くない印象を抱いていたところに今日のハイテンションぶりを見て、底辺にまで下がった、とでも言いたげだ。
(多分、弟みたいに思っていたであろう)コンラートに対して異様な迫り方をするマツリカに、ディナエルが悪印象しか持たないのはわからなくもない。
しかしフォルッツは?
彼女いない歴=年齢の男だから余計に女性に対して理想が高くなってしまっているのか、他の男に目が向いている女を振りむかせようと思う根性がないのか。
「女性でもデブ専とか枯れ専とかあるでしょう? 男だって好みは様々です。顔がかわいい程度で惚れたりはしませんよ」
「でもマツリカは転移者よ? クマッティも言っていたじゃない。転移者はやたらとモテるんだって」
ただし修羅の国の住人(前述)でなければの話だけれども。と頭の中で注釈を付け、即座に『いや』と考えを改める。
彼らがマツリカに何も感じないのは、そもそも彼女が彼らを異性として認識していないだけなのかもしれない。
しかし兄は人身だ。
しかも攻略対象並の好意を持たれ、積極的にアタックを受けていた。周囲が引くほどの。
なのに反応は限りなく薄かった。むしろ下がった。
マツリカがモテないのは、前述したように私の行動が巡り巡った結果なのか?
あれだけ積極的に迫られれば悪い気はしないだろうにと思うのは、私に〝女の勘〟がないからなのか?
「ごめんなさいマルグリット様。俺は彼女は遠慮したいです」
「あー、自分もちょっと。ほらよく女性が言うじゃないですか、生理的に駄目? って。そんな感じです」
わからない。
フォルッツが言うように兄は攻略対象ではないのだろうか。
しかし〝マツリカに堕ちないから対象ではない理論〟で行くと、対象に該当するのがクリストファーだけになってしまう。
「……コーネリア様、ついうっかりマツリカとカジウラを倒しておいてくれないかしら」
「何怖いこと言ってるんですか」
「だって言っていたじゃない。『戦闘になって味方の流れ弾に当たってしまう不慮の事故だって起きないとは限りませんわ』って。上手くやってくれるといいのだけれど」
いや、実際、コーネリアに二人を倒すことは不可能だろうけれど。
でもここまで面倒ごとが続くと、〝勝手に全部解決してくれる誰か〟を期待してしまいたくなる。
そんなことを言い合いながら進むこと数分。
先行するコンラートが壁を前にして立ち止まった。
どうやら行き止まりらしい。




