3 悪役令嬢、契約に応じる。
「クマッティ……」
世界を作ったほどの神にしてはネーミングセンスが最悪じゃないか。
私に悪役令嬢なるものを押し付けていったクマは〝トラウラ〟なんてまともな名前がついているのに、何故に〝クマッティ〟。
いや、神の価値観は人間とは違うけれど。でも。
沈黙に閉ざされた私たちをどう思ったのか、クマッティは縛られたまま、うんうん、と頷く。
「うむ、このように愛らしいクマが二体もいることに驚きが隠せないのは当然じゃな! しかしよく見れば違いは一目瞭然じゃ! 目も儂のほうがパッチリしておるし、毛並み……はトラウラのほうが若い分ツヤツヤしておるが、触り心地で言えば儂の毛並みもそう劣ったものではないぞ! むしろ熟成された大人の安心感と言うか」
違う。
人間サイドとしては、ぬいぐるみ界の美醜の基準など知らないし、知りたいとも思わない。
それよりも何故神がクマのぬいぐるみなのか、その説明が欲しい。
昔、人間は神が自分の姿を参考にして作ったという話を聞いたことがある。
が、それなら今現在地上に蔓延っている人間はクマの形でなければおかしいし、宗教画も教会の偶像もクマのはずだ。
実際問題として宗教画家も開祖も聖職者にも神を見た者などいないだろうけれど、人型ばかりが溢れる中でクマに神だと言われても。
「……で? 神が私に何の用ですの?」
「信じておらぬな! 儂はこれでも世界を創った、」
「同じことは一度聞けばわかりますわ。まだそれほどモウロクしてはおりませんのよ」
それに〝創造神〟という安易な名。
私も神に詳しいわけではないけれど、昔読んだ神話の中には火の神、森の神から始まって、美の神、知恵の神なんて言う形のないものまでいたと記憶している。
それらの神は信仰する人々に温もりを与える火を、資源豊富な森を、心を潤す才能を与えた。今日の暮らしは神の慈悲あってのものだと言われている。
つまり、〝創造神(なんかよくわからないけどいろんなものを作る神)〟は他の神と担当が被っている。
ああそうだ。神は神でも新興宗教の類かもしれない。
この国にもいくつかの宗教があり、それぞれに崇める神がいる。
それらが崇める神は昔からある神話の神々とは違うだろうし、ぬいぐるみの形をしたところもあるかもしれない。
しかし、ぬいぐるみを神と崇める時点でまともでないことは間違いない。
「信じる信じないは別として、神を名乗る方がわざわざ私の前にお越し下さるのにはそれ相応の理由があるのでしょう? 登場の仕方は神と言うよりも呪いの人形のようでしたけれど」
「信じとらんではないか!」
そして私の煽りに簡単に乗せられる軽さ。
威厳がない。
神と言うのはもうちょっと、こう、どっしりと……ああ、本当にこれが神でいいのか!? 何処かの新興宗教の人ーー!!
「信じろと言われて信じる者ばかりなら私は詐欺師に転職致しますわ」
──と、叫んだところで宗教の人は来ないから無駄なことはしないけれども。
まぁいい。いざとなったら燃やそう、クマを。
跡形もなく燃やし尽くせば証拠隠滅できるし、神ならいなくなったところで捜索願が出されることもあるまい。
目撃者はフォルッツだけだし、口裏を合わせることは可能だ。
不穏な結論に、掌で青白い炎が揺れる。
「と、とにかく! 儂を信じるかどうかは別として話だけでも進めようではないか!」
「あら、やっと建設的な考え方に行きつきましたのね」
いい加減、私の心の内を察したのだろう。
縄は解いてもらえないし、敬う様子もない。この調子で『儂が神じゃ』をずっと続けるつもりでいたのなら、脳味噌が綿でできている奴に何を期待しても無駄だ、と火を放っていたところだ。
「お聞かせいただけるかしら」
「だからっ! お主には創造神の剣となって、世にはびこる転移者どもを一掃してほしいのじゃ!」
なのに。
返ってきたのはあまりにもテンプレな台詞。
「……つまらないわ」
「え゛っ!?」
「つまらないと言ったのよ」
クマのくせに神を名乗る規格外なところに、私は無意識ながら期待していたようだ。自分でも意外で、だからこそ腹立たしい。
「神を名乗る方々の間ではどうだか知りませんけれど、ルブローデでは相手にものを頼む時には礼節を重んじるもの。上から目線で〝戦え〟なんてどの口がそれを言えるのかしら。
しかも私はあなたの同僚もしくは仲間が不躾に悪役呼ばわりした相手だと言うことをお忘れ? なのに謝罪らしき謝罪もないまま手伝えだなんて。失礼ながら世界を創りたもうたお力でもって、お仲間の尻拭いに奔走されたほうが早いし確実ですわよ? 私のような、た・だ・の・人間に頼らずとも」
溜息混じりに呟きながら掌の炎を弄ぶ。
ふう、と息を吹きかけて火の粉を少し散らせてやると、クマッティはワタワタと身をのけぞらせた。
「いや、これはお主にも関係のある話なのじゃ」
「どのあたりが?」
「トラウラは言ったろう? 悪役令嬢、と」
トラウラなるクマは確かに言った。『悪役令嬢に決定した』と。
しかし悪役令嬢なるものが私にはわからない。
フォルッツが言うように、私はやや悪役と誤解されやすい容姿と性格をしているけれども、それは今に限ったことではない。
まして〝テンイシャ〟なる者を倒せだなんて。
悪役令嬢とはそれらと戦う者の呼び名なのだろうか。単語だけなら悪役なのに。
いや。
もしかすると私をラスボスにスカウトするつもりで来たのかもしれない。
神が正義とは限らない。邪神、悪神がいるように、ダークサイドのクマだと言うこともあり得る。
そもそも得体の知れないものから啓示を受けるのは主人公だけではないのだ。
私の心の中を知ってか知らでか、クマは重々しく続ける。
「転移者を野放しにしておけば、お主はいずれ悪役令嬢として処刑される」
「私は処刑されるほどのことなどしてはおりませんし、これからもするつもりなどありませんわ。なのにどのような理由で処刑が成り立ちますの?」
「それが悪役令嬢の役割じゃからじゃ」
「役割? 無実の罪を押し付けられて理不尽に殺されるのが?」
「罪などいくらでも作れる。人間は昔からモンスターを”害を成す”の一言で敵認定してきたじゃろう?」
「ええ、まぁ……」
確かに。
昔から不思議だった。
モンスターは元々人里にいるわけではない。森や山、谷に砂漠と言った〝人間が寄り付かない場所〟にいることが多い。お互いに干渉しないまま共存できた部分もあったはずだ。
そんな彼らのテリトリーに踏み込み、住処を荒らし、仲間を殺す。彼らからしてみれば正義面した人間のほうがずっと悪じゃないか、と――。
「悪役令嬢はヒロインを害する敵。だから、」
「死んでも構わない、と?」
「そうじゃ」
変人と呼ばれて久しいが、よもやモンスターと同列にされているとは。
さすがに誰かに死を望まれていると思うと、来るものがある。
「……死んでも構わない私に同情して、神御自ら来てくださったと言うわけね? 有難いことだわ」
「そりゃあお主も儂が作った世界の一部じゃからのう。何処ぞから引っ張り込んだ馬の骨に殺されて楽しいわけがない」
私の知らないところで誰かが勝手に私を悪役呼ばわりしている。
悪だから殺せと言っている。
「儂はトラウラを止めるのに力を使い果たしてしまっての。じゃが悪役令嬢に選ばれたのが彼の〝ルブローデの魔女〟で良かった。これを僥倖と言わずして何と言おう!
頼む、是非ともお主の力で儂を助けてくれんかの。儂も助力は惜しまん」
「惜しむ力もないのに?」
「うっ、そ、それはそうじゃが」
でも。
だからと言っておとなしく狩られるほど私は甘くない。
目には目を。
歯には歯を。
私を狩ろうと思う不届き者は、狩り返してやるのがルブローデの流儀。
「最初からそう言えばいいのよ!」
「へ?」
世の中は平穏が一番。
物語になりそうなイベントでいい思いをするのは主人公だけで、その他大勢は人生設計をランクダウンさせざるをえない。
さらに敵役は総じて主人公の引き立て役として惨憺たる結末を迎える。まぁ大多数の敵役の場合、主人公と対立するきっかけを作ったのも当人なのだから自業自得でしかないし同情もできない。
が。
自分が主人公になった華々しいストーリー展開のために、無関係な他人に悪役を押し付けるのは違うのではございませんこと?
「よろしくてよ! 私に害をなさんとする者は、全て叩き潰して差し上げますわ!」




