36 悪役令嬢、推し活の奥深さを知る。
「──マツリカ嬢の本命が義兄上、ですか?」
やっと呼ばれたダンジョンに踏み込み、立て続けに現れたモンスターを倒すこと三回。
一段落ついたところで私はずっと秘めていた胸の内をコンラートに打ち明けた。……と言うと如何にも乙女ゲームっぽいけれど、残念ながら私の話ではない。
「でもマツリカ嬢の最推しは」
「あなた、と本人も言っていたけれど。でもね、目が全然違うのよね」
あの時、兄を見ていたマツリカの目はクリストファーやコンラートの比ではなかった。
妹だから評価が甘いところはあるだろう。けれど、顔もよく、腕も立って、家柄もそれなり。性格も(重度のシスコンだが)そう悪くはなく、攻略対象に求める設定としては十分すぎるほどのものを持っている。
最大の障害となり得る例の性癖も、少なくとも兄は王子ふたりに対してその手の感情を抱いている風ではなかった。彼らを模した人形を”呪い”と称するくらいなのだから。
兄王子たちが兄のことを一方的に想った挙句、事実を捏造して言いふらしているだけなのかもしれない。
その捏造も『女避けのためのカムフラージュだ』などと言われたのだとすれば、兄も断りづらいだろう。『自分の女避けも兼ねられてラッキー』なんて思惑もあったかもしれないが。
「それも女の勘ですか」
「そうよ」
もしあの噂が大嘘なら。
兄に男色の気などないのなら。
兄がマツリカと接点を持っても、今のままでは動きが読めない。
一緒に暮らしているのなら食事の席での話題に乗るかもしれないが、別居している今、マツリカと何処で何をしたと兄が逐一報告を上げて来るはずもなし、知らないところで破滅フラグが折るに折れない太さにまで育つ可能性は捨て切れない。
だとすれば目の届く範囲で出会ってくれたほうが対策もし易い、と言うのはコンラートの時にも思ったことだけれども、タウンハウスに戻ったところで、この予想がただの勇み足だったら身も蓋もない。
どうすればいい?
いっそのことクマッティのあたりを兄の監視役として送り込むか。
私の所持品だと言えば無下に扱われることはないだろうし、何よりタウンハウスはメイドも大勢いる。クマッティにとっては天国だろう。
そんなことを考えている私に、コンラートは首を傾げてみせる。
「前から思っていたのですが、異性に縁のない、縁があっても自分で切りに行く義姉上の〝女の勘〟は信用できるのでしょうか」
「は?」
何だって?
それはいくら何でも──
「「失礼だぞコンラート!」」
──私が口を開く前に、先陣を切って歩いていたクマ二匹が振り返った。
一匹は親衛隊A・フォルッツ。
もう一匹は親衛隊B・ディナエル。
ずっと隠れていた反動もあってか、どうしても先陣を切ると言い張って聞かなかった彼らは、『腕を振るう機会を待っていたんだぜ!』とばかりにモンスターを薙ぎ倒し、私もコンラートもお客さんよろしく後を付いて歩くだけになっている。
確かにダンジョンは彼らに任せて楽をしようと思っていたけれど、此処まで何もすることがないと手持無沙汰と言うか。
当初、『ヒロインと攻略対象でやればいい』と思っていたダンジョン攻略だが、今や『クマだけでやればいい』に変わりつつある。
ちなみに力を奪われることでクマ化した二匹だが、そのままでは役に立たないので返してある。
本音を言えば、『クマ化が解けたらマツリカの対象になってしまうかもしれないのだから、力が使えてクマでいる現状が私には最も都合がいい』わけで『だから全部返さないほうがいいのではないか』と思っていたのだが、〝二人分の力を〟〝それぞれに分けて〟〝何時までも預かっている〟のが負担で早々に返してしまった。
なのに、結果的に二人ともクマのままでいるのはわけがわからないのだが……当人たちが「問題ない」と言っているので大丈夫なのだろう。多分。
そうそう。例の薪事件でディナエルの手足が真っ黒に汚れてしまったことを受けて、クマたちには今回は靴を履いてもらっている。
もちろんペトラのお手製だ。
皮は針の通りが悪いのに一晩で三足仕上げてきた彼女は、メイドにしておくよりも店を持たせた方が儲けが出るのではないか、と最近、真剣に考えつつある。
喜々として歩いている様は、歩き始めの子供を見るようで微笑ましい。
十八歳と二十五歳だけれども。
「それじゃあ何か!? 男と付き合ったことのない清らかな乙女の勘はあてにならないと、そう言いたいのか!? どんな根拠があって!?」
コンラートが私に対して抱いている誤解を解くためか、ディナエルは子供らしくもぬいぐるみらしくも、はたまた平常運転の彼らしくもない剣幕で叱りつけている。
さらにフォルッツも、
「できるに決まってるだろう! 女性はな、リアルでどれだけ異性に縁がなくとも妄想でいろいろ想像しているから実質経験豊富なんだってうちの親父が言ってたぞ!」
と……。
「……お待ちなさいフォルッツ」
待て。
私は常日頃からエロ妄想で経験を積んだりしていない。大半の女性もしていない。
そもそも妄想で経験値は貯まらない。
二匹のクマが私の肩を持った(正確に言えばディナエルに頭ごなしに怒られた)ことで機嫌を損ねたのだろう。コンラートは見るからに機嫌が悪そうだ。
が、それでも対話を続けることを選んだのか、再び口を開く。
「義兄上は見栄えのする方ですから見惚れただけではないですか?
第一、寮生でいる以上、義兄上とは今日のような公務でもなければ会うことは叶いません。だからもし義兄上を狙うつもりなら、義姉上や私と懇意になってタウンハウスに招待してもらうのが一番手っ取り早いでしょう。クリストファー殿下やテオルク様に仲介を頼んだところで王城で会う、なんてことはまず叶いませんからね。
なのに彼女は私たちとは距離をおいたままです。そうでしょう?」
「うっ」
コンラートの言うことがいちいち正論すぎて辛い。
そして長い。
確かにマツリカが兄と個人的に会うには、私やコンラートのような身内の伝手を使うのが最も早くて確実だ。
男爵令嬢が登城する機会はそうないし、その場に兄がいるとも限らない。
王城に入れたところで好き勝手に探し回ることも(彼女ならやりそうだが、普通は)できない。
「だってあの変な異名をつけて呼ぶほどよ?」
しかし。しかしだ。
先ほどのマツリカはどう見ても〝最推し〟を前にした時のテンションだった。
なのに『見とれていただけではないですか?』なんて……せっかくついたファンが他に流れるのが嫌で、そう思い込みたいだけじゃないのか?
「ついでに言っておきますが、〝私が最推しなのに義兄上にかまけるのは許せない!〟とか、そんな理由で言っているわけではないですからね。むしろ他に目移りする方がいるならとっとと鞍替えしてほしいと思っているくらいです」
心の内を見透かすように、コンラートはそんなことを言う。
他人の心が読めるのだろうか。
義姉の能力がが予知なら義弟は……って、そんなことがあるか。私たちは血が繋がっているわけではないし、第一、私の予知は大嘘だ。
「それに義兄上は他のご令嬢がたの視線も一人で集めていましたし」
あなたの視線もね、と言いそうになって、飲み込む。
コンラートがマツリカをどう思っているのかはわかったが、兄のことはどう思っているのか。聞かなければ良かった的な返答が返って来そうで迂闊に聞けない。
コンラートは言うだけ言うと、
「くだらないことを考えていないで早く終わらせましょう」
と身を翻す。
もたもたしていれば次のパーティが来てしまうし、フォルッツとディナエルのこともバレる。追い抜かれれば評価点も下がる。
此処で話したところで結論など出ない話題なのだから、やらねばならないことを優先するのは合理的な判断だが。
気になる。
確かに、あの夢に兄は出て来なかった。ふたりの兄王子もだ。
あの夢が予知夢だと確証があるわけではないし、出て来なかったから攻略対象ではないと断言できるわけでもないけれど、マツリカの態度を見るに何もないとは思えない。
そんな時、先を行くフォルッツが振り返った。
「攻略対象ではない推しなのかもしれませんよ?」
「攻略対象ではない推し?」
「ほら、前にコーネリア様から本をお借りしたことがあったでしょう? 女子力が上がるからとか何とかって。あの中に女主人公が複数の男性に求婚されて~って話があったんですけど」
「ああ、そんなこともあったわね」
あれは数年前。コーネリアが恋愛小説にはまっていた時の話だ。
今のぬいママと同じノリで、彼女は小説を読んでは友人と語り合っていた。
さらには親切にもその輪に私も入れてくれるつもりだったのか、何冊かのオススメを『読め』と貸してくれた。
後で感想を聞くと言うから仕方なしに読み始めたものの、どれも似たような話で、しまいには飽きてフォルッツに押し付けたのだった。
「あの話、コーネリア様は主人公の彼氏候補ではなくて闇落ちして敵になる数学教師が一番いいって仰ってたんですよ。その教師──通称〝血塗られた叛逆〟を推すご令嬢がたは〝ブラリ派〟って名乗って、彼のイメージカラーの葡萄酒色を身に纏ったり、絵姿をペンダントに入れて首からぶら下げたり、ハンカチに刺繍したりして持ち歩いたんだそうです」
「……まぁ、ヒロイン以外の女からすれば、攻略対象ではない登場人物のほうが好みだってこともあるわね」
フォルッツのウンチクに迎合しつつも、新たな疑問が頭の中で舞い踊る。
なんだ? ブラリ派って。
一時期、彼女と取り巻きのドレスが何時見ても同じ色だったのは、生地を大勢で多量購入すれば安くなるから~なんて節約の精神などではなく、ブラリ派のトレードマークのつもりだったのか?
と言うかフォルッツ、何時の間にそんな会話をコーネリアと?
「で、今回、その数学教師にあたるのがユリウス様なんじゃないかな、って思うんですけどどうでしょう」
攻略対象ではない推し。
つまり、攻略できない推し。
なるほど。それならどれだけ目移りしたところでマツリカとエンドを迎えることはない。
ついでに言えば、推しに変な異名を付けること自体、マツリカの元いた世界のみの慣習と言うわけでもないらしい。




