31 悪役令嬢、義弟と語る。
ともあれ夕食会は無事(?)終わり、私と義弟は並んで寮への帰路を歩んでいる。
さすがにこの時間で帰る家が同じ、となると別行動する理由もない。
先に断っておくと、静かにしているだけでコンラートのポケットにはディナエルが忍んでいるから〝いいムード〟にはなることはない。
ちなみにテオルクは仮眠を取りに帰ってしまい、〝第三王子を囲む会〟に水を差すのもアレなので私たちもそっとフェードアウトした次第だ。
なに、囲んでいるのはクリストファーに取り入ろうとする者ばかり。危害からはもっとも遠い連中だ。護衛でも何でもない私たちが抜けたところで問題はない。
それどころか、地方貴族の面々とのふれあいは、クリストファーには願ってもない状況に違いない。
『王族と言う垣根を取っ払い、ただのクリストファーとして此処にいる!』と言ったあの台詞がマツリカといたいがためだけに発せられたはずがない。
そう! 絶対に!
あの綺麗ごとが何処の馬の骨ともつかない女と付き合うことを正当化するために吐いた方便だったなんて、そんなせっかく慕ってくれた寮生の皆を悲しませるようなことは言いませんわよね、殿下?
私はそう心の殿下に問いかける。
少し前までは(上から言われたことに従うだけの、都合の)いい人でしかなかったクリストファーだが、これを機に取り巻き以外の人々とも積極的に親交を深めていってほしいものだ。
見聞が広がれば、木の上から降ってくる語尾の怪しい女なんぞに運命を感じることもないし、道を踏み外した時に親身になって助言してくれる友人だってひとりくらいはできるだろう。
話を聞く限り、クリストファーの周囲には彼を利用しようとする奴(国王や兄王子たち)か、適当に話を合わせて流そうとする奴(魔法省の知人)か、観賞用として愛でる奴(ご令嬢の皆様)の三種類しかいない。
あれではいけない。
設定状態で甘んじている兄王子ですら、うちの兄と言う朝から晩まで背中を預けられる(意味深)優秀な護衛がいるのに。
せめてテオルクほどの知恵者が近くにいればいいのだけれど、彼は第三王子の将来にミリほどの興味もない。『面白そう』か『見返りが大きそう』なら動いてくれるだろうけれど……って、そう考えるとカジウラと対峙した時や実技演習の組み分け説明の時などで私に利があるように動いてくれたのは何故だろう。
どちらも楽しんでいる風はあったけれど、例えばカジウラと一緒になって私を論破するとか、マツリカ×クリストファー×コンラートの三角関係を煽るとか、そう言う立場だって十分に『面白い』だろうのに。
いや、乙女ゲームの世界ならそうする。
本当に攻略対象なら、クリストファーとコンラートを出し抜き、且つマツリカの好感度を上げ、悪役令嬢を貶める。そう運ぶのが本来の姿だ。
なのにテオルクの行動はマツリカに対して不利になることばかり。
彼女が他の男と親しくならないようにしていると言えばそうとも取れるけれど、〝最推し〟に接近するチャンスをことごとく潰されれば、その怨みは『好感度が下がった』なんて言い方では生温いほど苛烈なことになるだろうに。
そのマツリカは、と言えば、第三王子の〝真実の愛〟と紹介されたすぐ後に別の男にうつつを抜かす尻軽ぶりを見せつけてしまったせいか、〝最推し〟を前にした狂気に引かれたのか、あの 大嵐 後に話かけようとする猛者は誰ひとりとしていなかった。
ポツンとひとり取り残されている様は乙女ゲーム序盤あるあるの〝ヒロインは他の学生と馴染めずにいつもひとりでいる〟状況によく似ているが、攻略対象が通りがかることもなければ、気位の高い令嬢複数名が苛めに来ることもない。
いわば、放置プレイ。
この場合、悪役令嬢の私が苛め役を買って出なければいけないのだろうが、残念ながら私はカジウラの相手で忙しい。
子供でもあるまいし、自分で蒔いた種は自分で刈り取ろう。麦を刈るのも種を刈るのも同じでしょ? と言うことで放っておいたところ、余りにも暇だったのか再び義弟と接点を持とうと試みて来た。
が、当の義弟は私に貼りついて離れないので(間違いがないように言っておくが、私を盾にしているだけだ)それも叶わず。
磨き上げられたツルツルの床の何処に足を取られる箇所があるのか、転んでこられる度に物理的に盾にされるのは私で。
マツリカ、コンラートの双方に慰謝料を請求したいくらいで。
結局三度にわたって不発に終わった彼女は、
「私、体調が悪いので先に戻るでするん!」
と叫んで食堂を飛び出して行ってしまった。
そう言えば心配した誰かが追いかけてきてくれると踏んだのかもしれない。
が、誰ひとり、クリストファーでさえも追いかけなかったのでその後どうなったかはわからない。
まぁ乙女ゲーム的なストーリーならこの場合、廊下の何処かで新たな攻略対象とぶつかって恋が始まるのが鉄板だし、万が一ぶつかったのが金品目的の侵入者だったとしても、都合よく警備隊長(イケメン)が現れて助けてくれるだろうから心配することはないだろう。
しかし〝異性にモテモテ〟の転移者のはずなのに、男どもが総じて塩対応なのは何故だ。
『体調が悪い』は都合が悪くなって逃げる時の常套句だから誰も本気に取らなかった部分はあるだろうけれど、それでも。
記憶にある限り、彼女をチヤホヤしていたのはクリストファーしかいない。
「……ねぇコンラート。あなた、マツリカと会って何か思わなかった?」
「テンションの高い女性だとは思いましたが」
ヒロインは攻略対象にモテるのではなかったのか?
クリストファーだけが対象で、残りの男はコンラートも含めて攻略対象ではない、とでも言うのか?
それとも、『大した労力もなく推しとハッピーエンドを迎えられる出来レースなど面白くも何ともない。やはり自分の持てる能力を最大限に駆使して勝ち取る醍醐味は何ものにも代えられぬ!』と、折角の〝異性にモテモテ設定〟を付けずに乙女ゲームに乗り込んで来た修羅の国の住人だったりするのか?
いや、まさか。
コンラートがマツリカの〝最推し〟なのは変わっていない。
テオルクやクリストファー、そしてカジウラがマツリカに味方して私の邪魔をして来る展開も現時点では考えられない。
この場にいないフォルッツの動向が不明だが、奴はぬいだし、第一、従者の身分で私を断罪などできるはずがない。
とすれば、あの女とエンドを迎えるコンラートを警戒しておけば、破滅フラグ回避はどうにかなる。……だろう。そう願いたい。
「それより義姉上にあんな才能がおありだとは」
「あら、私は当初の予定通り、勇者様と楽しくお喋りさせて頂いただけよ?」
そのコンラートは私の隣でせせら笑う。
頭の中からは既にマツリカのことなど消え去っているかのようだ。
今、彼の頭の中にあるのはクリストファーの漢祭りを横目に繰り広げられた、〝勇者カジウラを囲んで武勇伝を拝聴する会〟のほうだろう。
私がカジウラの隣に陣取って彼の話に聞き入る素振りを見せつつ持てはやしていたことを揶揄っているのだ。
「食べる以外なにもしなかった氷の貴公子には言われたくないわね」
「……その別称はやめていただけませんか?」
「じゃあ黒薔薇の貴公子にするわ、明日からよろしくね、黒薔薇の貴公子」
全く性質の悪い。
どれだけ優秀なのかは知らないが、この性分で領主などできるものか。
ともかく、話の内容が行ったこともない王都の店ではなくカジウラの武勇伝と言う、私にも理解しやすい内容だったのもよかったのかもしれない。
直接戦場に立ったことはないが、兵士に混じって訓練を受けたこともあるから、武器類の名称が出て来ても多少はわかる。状況も想像できる。
そのおかげもあって、普通のご令嬢なら『わぁ強ーい』、『わぁ筋肉がすごーい』くらいしか言えないであろうところを微に入り細に入り褒めたのだ。コーネリアの自慢話を褒めちぎる彼女の取り巻きを頭の中に住まわせて。
酒精は出ていなかったはずだが、カジウラは酔っているのかと思うほどに機嫌が良かった。
私の悪魔召喚できそうなドレスを褒めて来たばかりか、『クソ女』と呼んだことも『つい口が滑って思ってもいないことを言っちまっただけなんだ』と訂正してきたほどに。
足払いをかけられ、公衆の面前で罵倒されたなんて、私なら墓場に入る直前まで覚えているであろう案件なのに、その相手と楽しく飲食ができるなんて余程の人格者なのか忘れっぽいだけなのか。
きっと〝昨日の敵は今日の友〟、〝拳と拳をぶつけ合えばわかり合える〟世界観の人なのだろう。
私とは一生分かり合えないが、とにかく好感度は上がった。
「勇者カジウラと親しくなれて良かったですね」
「ええ」
「これで義姉上がエアハルト家に嫁に行ってもらえれば、婿養子なんて不名誉な噂も払拭できますし、義姉上の顔も見なくて済みますし、私としても万々歳です」
反面、コンラートの好感度は上がらない。
いや、これだけ喋るようになったのだから多少は上向きになった……のかもしれないが、もしそうならツンデレが過ぎる。
「ルブローデにマツリカを迎え入れるつもりなら勇者パワーで阻止させて頂くわ」
「いいですね。義姉上が里帰りした時には領民総出で語尾を〝るん〟にしてお迎えしましょう」
「それは当然、あなたも言うのよね? 楽しみだわ」
しかし油断はできない。
マツリカの背後にはヨルム男爵領が、そしてアウリ麦独占販売がある。
コンラートは現時点唯一の攻略対象。マツリカの最推し。
ヒロインと攻略対象が結ばれなければ乙女ゲームは進まないのだから、世界の歪みは必ず恋愛に発展するイベントを繰り出してくる。
そしてコンラートの性格から言って、彼女の残念な性格に目を瞑ってでも利益を取ろうと考える日が来ないとは言い切れない。
ああ、もしかしたら先ほどの『エアハルト家に嫁に~』もその伏線かもしれない。
世界の歪みが既に次の手に向けて動き始めているのだとしたら。
コンラートを攻略するにはともかく私が邪魔だ。
今日の夕食会だって私がいなければテオルクは参加していなかった可能性が高いし、カジウラが独演会を開くこともなかった。
その他大勢をクリストファーに押し付けておけば、コンラートとマツリカは揃ってあぶれていた。
あぶれた者同士が仲良くなるのは恋愛ものの定番。
異性として見ていなくても、喧嘩ばかりする相手だとしても、そもそも好みではなくても、何故かその場では終わらずに数話後には(もしくは最終話に突然)恋愛に発展するのだ。コーネリアから何度も聞いた。
そうならなかったのは、単に運がよかっただけ。
今回、私はそこまで考えが至っていなかった。
マツリカのテンションがコンラートを躊躇わせるほど高かったから、奴も彼女とふたりきりになるのを避けようとし、結果として揃ってあぶれることがなかった、と言うだけだ。
こう考えると、私の真の敵は世界の歪みと言うべきかもしれない。




