第六十話 冒険者ギルド
先輩は見習うべきもの。ただし傲慢でないか判断するべし
徐々に人通りが増えてにぎやかになってきたところで、道の先に大きな十字路が見えてくる。その一角に、他より少し大きい赤レンガみたいな色をした建物があった。あれが冒険者ギルドだろうか。
「あれかな」
「そうでしょうね」
「おおきいでしゅね」
十字路はとても広く、端から端へ移動するだけでそれなりの距離がある。十字路の交差している部分はちょっとした公園より広いだろう。もちろん道なので植物はないが、馬車も時々通るし、人もそれなりに多い。各角にはそれぞれ大きめの建物が立っており、1つは冒険者ギルドらしい赤レンガっぽい色の大きな建物。俺達が居る側の角には、教会みたいな神秘的できれいな建物。残り2つは石でできた頑丈そうな建物と、入り口がすごく広い建物だった。
「ここが街の中心なのかもな。とりあえずあの建物に行ってみようか」
「ええ」
「はい・・・」
俺達が赤レンガっぽい色の建物へ入ると、中はそれなりに人がいて混んでいた。田舎の郵便局みたいなイメージのカウンターというか窓口が5つほどと、片側には椅子が並べられた場所、もう片方には壁一面を覆う巨大な掲示板があり、椅子のあたりには多くの人が座っていた。奥に階段もあるので、2階もあるのだろう。でっかい斧を背中に背負った筋骨隆々の男性や、細身の剣を腰に差した筋肉質な女性。全身をコートのようなもので覆った人、獣耳が生え、大きなカバンを背負った獣人らしい女性、鎧や盾、俺の身長より少し高いくらいの長さがある槍で武装したゴブリンを連れて、掲示板に貼られた紙を真剣に見ている金持ちっぽい細身の男性など、様々な人種、格好の人が入り乱れていた。肌が露出している部分に傷がある人も結構いるので、冒険者という職業が危険を伴うものだという事を物語っている。宿での記入などここまでの帝国生活でアイの翻訳機能が少しだけパワーアップしたらしく、カウンターの上に天井から吊るされた木の板は、「依頼報告所」「素材買い取り所」「受付」「相談所」「依頼受付」と書いてあるのが読める。楔形文字っぽいものでどう考えても日本語ではないが、翻訳機能様様だ。
「行くぞ」
「ええ」
少し俺に近寄って来たミルや、俺と同じように入り口で建物全体を見回していたアリシアに声をかけ、受付と書かれたカウンターに進む。受付には剣を持った男性数人が居るので並ぶ必要がありそうだと思っていたが、俺達が近寄ると、ちょうど要件が終わったのか男性達が受付を離れ、こちらに近寄って来た。先頭の男性がすれ違う時にニヤニヤと笑っていたのが不快だ。
「ひゃう!!」
「なんだ?」
後ろでミルの悲鳴が聞こえ、思いっきりミルが抱き着いて来た。アリシアもびっくりし、悲鳴を聞いて一瞬建物内のガヤガヤが収まる。慌てて振り向くと、先ほどの男性がゲラゲラと笑い出し、仲間らしい男性達もニヤニヤと笑っていた。
「ミル、どうした?」
「グスッ、尻尾、尻尾が・・・うぅ・・・」
「尻尾?」
ミルの背中では、毛が逆立った尻尾が丸まっていた。いつもはふわふわしていて寝る時足に当たるとくすぐったいのだが、今はハリネズミみたいになっている。
「尻尾を、触られたのか?」
「はい・・・グスッ・・・」
「呆れた・・・」
ミルが泣きながら抱き着く力を強くし、アリシアが呆れたと言っている。奥さんが言っていたが、獣人の尻尾はあんまり触らない方がいいらしい。触ったのはおそらく、あのゲラゲラ笑っている男性だろう。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハ、可愛い反応じゃねぇか、お嬢ちゃん、こんなところにやってきて、何がしたいのかな?ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「確かに可愛いな。踊り子か?」
「ヘヘヘ。ここは冒険者ギルドだぞ? 君みたいな女の子が来てどうするんだ?」
「お前が、ミルの尻尾を触ったのか?」
男性をにらみつつ、問いかける。
「ああ、そうだともさ。なんだ? そんなに触られるのが嫌なら隠しておけよ。ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「へへへへへへ」
「ハハハハハハ」
男性達はあっさりと認め、笑い出す。視界の端で、獣人の何人かが嫌そうな顔をする一方、ニヤニヤと笑っている人間も何人かいた。主に男性だが、厳しい目で見ている女性がいる反面、何だそんな事かと言わんばかりの態度で視線を外す人もいたのが癪に障る。男性は腹を抱えてゲラゲラ笑いながら、俺達に近寄って来た。ミルがビクッと反応して、抱き着くのをやめて俺の後ろに隠れる。アリシアも俺の後ろへ移動していた。
「かわいい女を2人も連れて冒険者ギルドに来るって、お前も何やってんだよ。ガキは帰りな。見た感じヒーラーでもなさそうだし、お前みたいな細いのに冒険者は無理さ。ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「その子達と遊ばせてくれるなら、俺達のパーティーに入れてやってもいいぞ? へへへへへへ」
「でもこんな弱そうなの入れて大丈夫か? ハハハハハハ」
「ああ、また始まったよ。これだから男どもは」
「確かにかわいいな。あの獣人」
「貴族の息子かな? こんなところにあんな弱そうな女の子なんて連れてきて、常識を知らないんだな」
「あいつらがいっちょ揉んでやれば泣きながら帰るだろ。いい気味だ」
「めんどくさいのに捕まったわね。あの子達も運の悪い事。フフフ」
男性達の声に交じって、外野からいろいろと声が聞こえてくる。反応を見る限り、男性達がミルの尻尾を触った事を悪いと思っている人や、助けようとしてくれる人は居ないようだ。むしろ、俺がここに来た事、アリシアやミルを連れてきた事が間違っていて、俺が悪いという感じの反応が多い。おそらく、冒険者の常識からすれば、ミルやアリシアをここに連れて来たのは間違っていたんだろう。宿に2人を置いてくることはできないとはいえ、もう少し配慮するべきだったかもしれない。すごく悔しい気持ちになった。
「俺達がお前に冒険者っていう物を教えてやろうか? その代わり、そのかわいこちゃん達を俺らにも貸せよ?」
「断る」
「は?」
「そんな必要はないと言ったんだ」
「あ? 舐めてんのか? お前」
笑いながら俺達に近寄ってくる男性達の誘いをあっさり断ると、男性達が笑いを消し、三下のチンピラみたいな口調で迫ってくる。
「ほう、俺達の親切を断るとは、いい度胸じゃねぇか。なぁ?」
「いっちょ教えてやろうぜ」
「おう」
3人の男性達は腕を組んでポキポキと鳴らしたり、肩を持って腕を回しながら近寄ってくる。高校生の時なら多少イラっとしても平謝りしてとっとと退散しただろうが、今は後ろにアリシアとミルが居るので、そんなことはできない。それに、ミルの尻尾を勝手に触った男性達に怒りを覚えているし、このまま引き下がりたくない。
「なんだその目は? やんのかコラ!」
「ひぃ!」
ミルの尻尾を触った男性が、こぶしを振りかぶる。ミルがビクッと震え、悲鳴を上げて伏せた。アリシアも後ろに下がったのが足音でわかる。俺はアイに身体強化アシストをかけさせ、思考強化アシストで体感時間を遅くして、余裕で男のこぶしを受け止めた。アニメも真っ青のスローモーションと身体強化アシストで得た強力な筋力を前には、俺の倍はありそうな男の太い腕が出すパンチでもまったく怖くない。こぶしをとめて動きが止まったところで、右足をあげ、左足と男の手を支えにして男の左足、わき腹、肩に3段蹴りを高速で繰り出す。骨が折れる音がして少しの間の後、左側、男から見たら右側の、椅子がある方へ吹っ飛んでいった。誰もいなかった椅子に頭から突っ込み、床をこすりながら転がっていき、鎧を着た男性の座る椅子にぶつかって止まる。鎧の男性はびっくりしていたが、今はそんなことどうでもいい。
「ガハッ」
「は?」
「何があったんだ?」
「今の見えたか?」
「え? 何があった?」
「まじかよ」
「あらま」
後ろの仲間はもちろん、周りの人達も驚いている。
「てめえ! 何しやがった!!」
「あ、待て!」
片方の仲間が止めるのも聞かず、もう一人の仲間が剣を抜いて切りかかって来た。避けるとアリシアや伏せているミルが危ないので、男が振り下ろす剣の持ち手を男の手ごと掴み、股間と腹に2段蹴りをくらわす。またも骨の折れる音がして、男は後ろに吹っ飛び、仲間を巻き込んで扉に激突した。
「ギャッ!」
「うぐっ」
「嘘だろ。何だあいつ」
「怖え・・・」
「へぇ、強いじゃない」
「ハハハ、すげえな」
「ガハッ、くそ、痛てぇ・・・」
「イタタタ、ひぃ、ま、待て、俺は何もしてないだろ! 話せばわかる! なぁ、お願いだ、待ってくれ、殺さないで!!」
俺が無言で男達に近寄ると、2人目に巻き込まれた3人目の男が吹っ飛んできた男の体をどかそうとしていたのをやめ、手をあげて必死に命乞いをしてきた。その頃になって後ろでバタバタと音がし始め、レーダーに男達以外の敵反応が増える。
「君! ここは冒険者ギルドなんだ。多少の喧嘩はいつもの事だが、殺しは許されない。その辺にしてくれないか?」
別の男性らしい声と足音が後ろから近寄ってくる。俺は無言のまま高速で剣を抜き、足音のする方へ向けた。
「ひっ、な、何の真似だ・・・」
「喧嘩? 俺は喧嘩なんてしてないだろ? 何を見てたんだお前。こいつらが俺達に突っかかってきて、それを返り討ちにした。ただそれだけじゃねぇか。悪いのは俺達じゃない。俺に文句があるなら、その前にこいつらを何とかしたらどうなんだ? あぁ?」
「うっ・・・」
俺が全力で放つ殺気に、声だけしかしない男性も、目の前の男達も少し後ずさる。5分ぐらい沈黙が続いたころ、あえてそうしているかのように大きく響く足音を立てながら、1人分の反応が俺達の方に近寄ってきているのがレーダーでわかった。
第60話です。もう60話か、と個人的には思います。この小説を書き始めた時は70話前後までストックを作ってから投稿を始めると決めていたので、当初のストックを9割使った計算になります。その後もペースが落ちながらのろのろとかき進めているので、あと10話でストックがなくなるわけではありませんが、書く量に対して更新で公開される量が多すぎるので、今後更新頻度が下がるものと予想されます。ギルドと言ったら先輩冒険者(笑)の鉄拳制裁ですよね。それを返り討ちにするのか、この人つええってなるのかは物語にもよりますが、この小説では前者の形をとっています。人間の脳が生命の危機を感じた時に発動する火事場の馬鹿力は、細身な女性が自分より20kg以上重い男性を担いだり、1トンはある鉄骨やそれより重い車を男性が1~3人という少数で持ち上げるなど、見た目に関係ない強力な力を使う事が出来ます。勇介の脳内AIであるアイは、これを意図的に引き出しているわけですね。火事場の馬鹿力を常に人間が使えないのは、筋肉を始め体への負担が大きいからリミッターがついているという説が有力です。意図的にリミッターを外せるとしても、やった後に体が大変なことになるのは予想できます。アイならカバーできるかもしれませんが、一般的な人間には難しい世界ですよね。それをなすからこそチートなんですけど。次回もお楽しみに




