第五十八話 お別れ
いつまでもあると思うな親と金
「ユウスケ君、起きているかい?」
「ああ、アリシアがまだ寝ているんだ。何か用か?」
「入ってもいいかな?」
「ああ」
この宿、部屋に鍵がない。かなり安全性がよくないので、今日は別の宿を探す予定だ。そのおかげで俺が動かなくても旦那さんが入ってこられるわけだが、旦那さんは俺とアリシアが別のベッドで寝ているのを見て不思議そうな顔をする。
「あれ? 昨日と違うね」
「ああ、少し前に起きたから、アリシアが手を離してくれたんだ」
「そうなんだね。もうそろそろいい時間だけど、寝ているようなら朝食はもう少し後にしようか」
「いいや、アリシア達も起こそう。早く冒険者ギルドにも行っておきたいし、せっかくならみんなで朝食を取ろう」
「わかった。じゃあ私達も準備をするよ」
旦那さんが部屋を出て行ったので、俺はまずミルを起こす。
「ミル、朝食を食べよう」
「うみゅ~」
寝ぼけてもっと俺に抱き着こうとするミルをくすぐる。
「くふ、くふふふ、くふふ」
「ミル、起きるんだ」
耳元でささやくと、ミルがビクッと震える。
「おはよう。ミル」
「お、おはようごじゃいましゅ・・・」
顔が赤いミルの頭を撫でて、手を離してもらう。
「もうそろそろ起きよう。旦那さん達も起きるらしいから、朝食にしようぜ」
「はい・・・」
起き上がった後、アリシアも起こして旦那さん達の部屋へ向かうと、もうみんな起きて準備ができていた。
「おはよう。ユウスケ君」
「おはよう」
「大丈夫だった? 昨日は大変だったんじゃない? うふふ」
「確かに、大変だった」
俺の返事にミルとアリシアがそろって目をそらした。その様子を奥さんがニコニコしながら見ている。爺さんはあんまりよく眠れなかったのか、腰のあたりをさすっていたが、婆さんは平気なようだ。
「おはようございます。お客様」
ミルからもらった服を着て挨拶をしてくる女の子に、各自挨拶を返して朝食を頼むと、女の子がカウンターの奥へと引っ込んでいった。昨日と同じ席にみんな座る。若干昨日よりミルの椅子が近い気がするが、別に気にしなくていいだろう。
「朝食でございます」
「ありがとう」
具材の全くないスープと、何かわからない野菜を茹でたもの。干し肉よりはおいしそうな小さなお肉も入っている。アリシア以外はおいしそうに食べているようだ。スープは味のついたお湯って感じがする。野菜はおいしかったし、肉も小さいが食感がちゃんとしていておいしい。アリシアは少ないお肉を必死に味わっていたので、こっそりとお肉だけをアリシアの皿へ、それを見たミルへは食べてみて一番おいしかった野菜を分けてやる。
「これからあなた達はどうするの?」
「俺達はとりあえず冒険者ギルドってところに行ってみる。あの村で騎士に言われたし、とりあえずは冒険者になるさ。アリシア達に危険がない場所が確保できるまでは、とりあえず資金を稼げるようにならないとな。しばらくは生活費があるが、金は無限じゃないし、何もしないのは問題があるから、騎士の助言に従ってみようと思っている」
俺の話す今後の予定にミルの顔が引きつり、服の袖をちょこんとつかんできたので、頭を撫でてやる。
「そっちはどうするんだ?」
「そうだね。いつまでも君達に迷惑をかけるわけにはいかないし、せっかく大きな街にも着いたから、私達も仕事や住む場所を探すつもりだよ。ここに定住できるかはわからないけど、当面の生活費と食料なんかを手に入れないといけないからね」
俺の問に旦那さんが答えるが、爺さんや奥さんは心配そうな顔を旦那さんに向けている。
「食料なら村で買った保存食料を全部やるよ」
「いいのかの? あれだってお前さん達が買ったものじゃろう?」
「フォッフォッフォッ、お前さんはどこまでもわしらにやさしくしてくれるのかえ?」
俺が提案した保存食料は、負傷者や病人を受け入れていた帝国最初の村で買ったものだ。結構な量を買ったのに、やたらと安かったのを覚えている。保存性と安さが売りで、それ以外はあんまり考えられていないらしく、臭いがきつくていかにもまずそうだったから、買ったはいいものの食べずに荷物に入れていたのだ。旦那さん達が必要とするなら、あげる事に抵抗はない。
「たぶん、俺達よりそっちが持っている方が役に立つだろうからな。俺達が持っていても意味がないだろうし」
「ありがとう」
旦那さんが頭を下げる。奥さんは赤ちゃんを抱っこしているので首だけ、爺さん達は腰が悪いみたいなので見ているだけだ。男の子が俺の手を握って振り回してくる。ニコニコ笑顔なので、きっとうれしいのだろう。
「じゃあ、俺達は冒険者ギルドへ行くから、ここで別れよう。これからも気をつけろよ?」
「ああ、君も最強の冒険者になれるといいね。今までたくさん助けてもらって、感謝しているよ」
「最強の冒険者になる必要はないかもしれないが、この2人を守れるくらいには強くならなきゃな」
「その意気よ。ちゃんと幸せにしてあげてね。うふふ」
奥さんがちょっと意味深な言葉をかけながらニコニコと笑っている。
「達者でな」
「フォッフォッフォッ、元気に生きるのじゃぞ?」
「お兄ちゃん行っちゃうの?」
「そうよ。お兄ちゃんはお仕事があるの」
「えぇーー、やだ!!」
男の子が悲しそうな顔をして俺の手を引っ張る。
「別に今すぐこの街を離れるわけじゃないから、そのうち街のどこかでばったり会えるだろ。少なくともこの宿からは出ていくが、何か問題があったらまた頼ってくれていいからさ」
「居なくならないの?」
泣きそうな顔で男の子が見てくる。ミルとは違う上目遣いだ。別にドキッとはしないが、離れる事にすこし抵抗が出てくる。
「ちょっと離れるだけさ。また会いたいと思えば、会いにくればいい」
「本当に?」
「ああ」
「わかった」
男の子が手で顔をごしごしとやってから、ニコっと笑う。これで大丈夫だといいが。
「さっきも言ったが、今のところすぐにこの街を出ていくつもりはないから、何かあったら探してくれ。この街は結構広いみたいだが、別に探せないほどじゃないだろ?」
「できる事ならこれ以上迷惑はかけたくないんだけど、心にとどめておくよ。ありがとう」
「またこの子を抱っこしに来てね」
「は、はい・・・」
奥さんがミルに笑いかけると、ミルもぎこちなく笑い返していた。
「ユウスケ、早く行きましょう。冒険者ギルドがどんなところかわからないけれど、人があんまり多いのは私苦手だわ」
「ああ、そうだな、じゃあ、また」
「ああ、君達も気をつけてね」
朝食をまだ食べている最中の爺さん達をテーブルに残し、俺達は一度部屋に戻った。荷物をまとめて階下に降りると、爺さん達はまだ朝食を食べていたが、男の子が駆け寄ってきて足に抱き着いてくる。
「ばいばい!」
「ああ、またな」
男の子の頭を撫でて、カウンターにいるはずの女の子の方へ向かった。
「宿を引き払うんだけど、何か手続きは必要なのか?」
「この街を出ていかれるんですか?」
少し悲しそうな顔で、女の子は聞いてくる。
「いや、この宿は鍵がないだろ? それがちょっと気になったから、宿を変えるんだ。別にこの街を離れるわけじゃないさ」
「そうですか・・・」
少し落ち込んでしまっただろうか。一応宿の従業員である女の子に「この宿は合わない」と言ってしまったのはまずかったか。
「冒険者ギルドに行ってみたいんだか、冒険者ギルドってどこにあるか知っているか?」
気まずい空気になったので話題を変えてみる。冒険者ギルドへ行くとは言ったが、場所がわからないのでどのみち誰かに聞かなければならない。道を歩く誰かに聞くよりは、ここで教えてもらうのがいいだろう。
「冒険者ギルドはこの通りの奥、大きな十字路の角にある赤っぽい大きな建物がそうです。冒険者になるのですか?」
宿の一方を指さして、女の子が教えてくれる。
「ああ、金が必要だからな」
「そうですか。ご武運を。服、ありがとうございました」
「い、いえ・・・」
女の子がミルに頭を下げたので、ミルがおどおどしている。
「それで、手続きとかあるのか?」
「いいえ、特に何かがあるわけではありません。部屋に忘れ物はありませんか?」
「ないと思うぞ」
「そうですか。ご利用ありがとうございました」
少し暗い顔で、女の子が頭を下げる。
「まだしばらくはこの街に居るから、また何か困ったら探してくれ」
「ありがとうございます」
手を振ってくる女の子と爺さん達に手を振り返して、宿を後にした。
第58話です。ずっとお爺さん達を同行させる計画は最初からなかったのですが、いきなりその辺で別れるのは今までとあまりにも違いすぎて違和感が出ると思ったので書かれた物語です。大きな街であるここなら切りがいいだろうという考えもありました。今後まったく登場しないかは未定ですが、3人の今後にまた焦点を当てた物語に戻っていきます。その中でまた仲間が増減したり知り合いができたり、彼らの旅をお楽しみください。




