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「えっ? 二人も辞めるんですかっ?」シオンは驚いた。そんな話、初めて聞いた。
「そうなのよー」目の前にいる、メイド喫茶『オレンジDAYS』店長、九千院泉は言った。椅子に座って、足を組んでいる。「ほら、学生さんは、受験とか、色々あるじゃない? だから、どうしようか、って思ってるのよねー」
シオンは、オレンジDAYSに働いて既に一ヶ月目になる。ただ、周りの友達には秘密にしていた。なんとなく、恥ずかしかったからだ。別に、働いていることは恥ずかしくないのだが、知り合いに、仕事風景を見にこられるとなると次元が違う。生き恥を晒しているようなものである。他人と知人では、そのくらい、違う。よって、ユリにも言っていない。言いたいのは山々だが、ユリはこういった方面の理解がなさそうなので、言う勇気がシオンにはなかった。
さて、ただ今彼女が着ているメイド服は、オーソドックスな、紺色タイプ。ただ、制服はもう一パターンあり、それはオレンジ色となっている。特に、どちらを着るかは決まっていない。最初に、二つ制服を渡され、それを着回しするかたちである。シオン的には、どちらかというと、紺色の方が好みだったので、着る日が多いかもしれない。ちなみに、オレンジ色のメイド服から、オレンジDAYSという店名に繋がっているらしい。
「うーん、シオンちゃんがきてくれて、大分楽になったと思ったんだけどねえ」泉は呟くように言った。「シオンちゃん、分身の術とか、使い魔とか、未来からお助けロボット呼べない?」
「い、いえ……、残念ながら、そのような能力は」シオン微笑みながら汗マークを浮かべた。
泉は、陽気な店長。ただ、年齢は不詳である。三十にも見えれば、二十にも見える。長い金髪に、すらりと伸びた足。まるで、どこかのお嬢さまのよう。ちなみに、彼女は、紺色のメイド服を着ている。黒いニーソックスに、少し丈は短め。人それぞれ、アレンジが違う。
と、
「失礼します」
ノックの音とともに、同じバイトスタッフである、壮香りむが入ってきた。
「泉さん。やはり、来週はキャンペーンを打たないと、今月厳しいかもしれません」壮香は泉の前に立つと、落ち着いた口調で言った。
「やっぱり?」泉はりむから売り上げ表を受けとりながら「平日が厳しいよねー、やっぱ」
「学生をターゲットにしてみては?」りむは、眼鏡を人差し指で押さえながら「ピーク帯以外が、どうも弱いかと」
「まあ、一理あるわね」ふう、と息をつく泉。「あ、そうだ。チャコ呼んできてくれる? 今、あの子休憩中でしょ?」
「はい、わかりました……ん?」と、りむはシオンを見ながら「シオン、飲みもの買ってきてきたから、後で飲んでいいぞ」
「えっ、あっ、ありがとうございます」ぺこりと頭を下げるシオン。「あ、あの」
「特別な意味はないよ。まあ、その、なんだ」りむは軽く口元を緩めながら「この頃、シオンは頑張ってると思ってな。ご褒美だ」
「あ、ありがとうございますっ」シオンは微笑んだ。
りむは、もうキャリアが三年になるらしい。歳も上。栗色の、ストレートヘアー。真ん中をわけている。紺色の縁の、眼鏡をしていて、それがメイド服となんとも合っている。また、オレンジ色のメイド服の時は、オレンジ色の縁の眼鏡をつけてくる。それが、またなんとも似合っているのだ。ちなみに、胸元には、りむ、とひらがなで書かれたプレートが。メイド喫茶では、基本、源氏名が基本らしいが、この店では本名をひらがなやカタカナにしただけである。ただ、シオンは、それが、スタッフ同士の仲のよさに繋がり、店全体のアットホームな雰囲気を醸し出しているのではないか、と密かに思っている。
「では、今カウンターが薄いので」りむは一礼すると「失礼します」事務室をでていった。
「うーん、やっぱりクールですよね、りむ先輩は」シオンは閉まったドアを見ながら言う。「でも、そこが素敵です」少し顔を赤らめるシオン。
「まあ、でも、意外とああ見えて、可愛いところあるのよ」微笑む泉。
「えっ、そうなんですか?」シオンは振り返りながら聞いた。
「そうそう、この前なんてさ……っていたあっ!」なんと、驚くことに、泉の上からタライが落ちてきて、彼女の頭を直撃した。「い、いったあ……」
「えっ? えっ」天井を見上げるシオン。「あ、あの、それどこから……」
「ふっ、いつものことよ」泉はそのタライを後ろ足で蹴り、部屋の端に寄せながら「それよりも、シオンちゃん。あのさあ、知り合いで、バイトとか出来そうな子、いない? 短期でもいいからさ、一日でもいいんだ」彼女は両掌を合わせながら「来週のキャンペーンだけでも、いいからさ。人、本当少ないんだよねー」
「は、はあ……、うーん、そうですね」シオンは腕を組みながら天井を見る。
「あ、で、ごめん。出来ればなんだけどぉ……」泉は足を組み替えながら「出来れば、即戦力がいいかも」
「そ、即戦力?」
「そう。即戦力」泉は人差し指を立てる。「ほら、うち、女性客おもてなしてるでしょう?」
「は、はい」
「だから……、こう、なんていうのかなぁ……。女性が見ても、綺麗って思えるっていうか……。なんだろう、同性なのに惚れちゃうっていうか、そういう子を、出来れば、呼んでくれると嬉しいかもぉー」
「な、なるほど……」シオンは眉間を押さえる。
「どう? 心当たりとか、ある?」
「え、ええ……。そうですね……」シオンは静かに言った。「心当たりがあるというか……、心当たりしかないというか……」
「えっ、本当っ!」泉は身を乗りだす。
「あのー」と、ドアから半分顔をだした、紀見チャコがいた。「なにか、お呼びでしょうか」
「ああ、こっちこっち」泉は陽気にチャコに向かって手招きすると「ちょっち、ごめんねシオンちゃん」シオンに片目を瞑って両掌を合わせた。
「えっと……、りむから呼ばれたんですけど」チャコは、泉の前に立って言った。
チャコは背が非常に小さい。ツインテールに、高い声。まるで、中学生のよう。しかし、これで年上なのだから、不思議。制服は、オレンジ。ちなみに彼女もニーソックスをつけていて、それは白色だった。
「うーんとね、特に用事はないの」泉が言った。
「……は?」目を大きく見開くチャコ。
「いやさ、ここでキャラ紹介しとかなきゃなーって思ってさ」泉は手の甲を向けながら、あははと豪快に笑った。「だから、無理矢理呼んだのよ。そうだ、場を賑やかにするために、なにか、一発ギャグでもやってくんない?」
「えっと……、一発ギャグ……、ですか?」チャコは頬をひきつらせながら言う。
「そうそう」と、泉はシオンを見ながら「もうね、チャコは一発ギャグの達人なんだから」
「え、そうなんですか?」シオンはチャコを見る。
「えっと……」とチャコ。
「もうね、チャコが歩いた後は爆笑しか起きないって、それはそれは有名なんだからっ」泉は人差し指を立てながら、自慢げに言った。
「す、凄いですっ、チャコさんっ」シオンは興奮しながら言った。「私、初めて知りましたっ。ぜ、是非、お願いしますっ!」
「くっ……」嬉しさのためか、なにやら汗がでているチャコ。
「さあっ、どうぞ! チャコさんっ。爆笑ギャグをお願いしますっ!」泉は立ち上がりながら叫ぶ。
「わ、わかりました……」と、チャコはどこからともなく、白い鉢巻きをとりだし、それを頭に巻いた。「そこまで言われては、引き下がれません」
「よっ、待ってました! 爆笑王!」拍手する泉。
「頑張って、チャコさんっ」応援するシオン。
「はあああぁぁぁ~、必殺ぅぅ――――」
「あ、そうだ」泉が言った。「もうそろそろ、場面変わるから、それ、また今度ね」
「え?」




