地震とノアン
朝になったら宿を引き払うつもりでいたのに、生き埋めになってもまだ生きてる人も居るかもしれない、って町の人が言い始めて出られる空気じゃなくなった。
軍の施設が無くなって、代わりに冒険者ギルドが町を仕切り始めたからなお出られなくなってしまった。
こっそり20の町に転移しちゃったら目立つかな。
迷ってたらギルド職員が宿に来て、入口のところからギルドカードの確認を始めてしまった。
嘘。
慌てて部屋へ戻ろうとしたら宿の奥さんが階段にいて、部屋へ戻ろうとする客をとおせんぼしてた。
心臓がどくどくして、全身に汗が吹き出した。
ギルドカードなんて怖くて出せない。
どうしよう。
パニックの頭で考えた。
急がないと順番になるっ!
あっ!
偽造とコピーてギルドカードを作れば?
名前は…アンリ。
ギルドランクはC。
預金は大金貨12枚。
何度も失敗して焦ってて、色々スキルを試してたらクラフトで偽のギルドカードが造れた。
偽のギルドカードを握り締めて順番を待った。
「次」
私の順番が来てギルドカードを渡した。
見破られませんように、心の中ドキドキで祈ってた。
ギルド職員はカードの名前とランクを書類に書いて、指であっちと女性の集まりを指した。
女性たちのリーダーは違う宿屋のおかみさんだった。
てきぱきしてるけど、言い方がきつくて怖い。
女性たちにはいくつか仕事があって、後で人数を見ながらその配置場所を決めるって言い出した。
男性たちの方は、綱で下に降りて生存者を探して、見付けたら上に上げて治療する流れになった。
ギルド職員に自分はこの町の住人じゃないから別の町に行きたいと言ったら、乗り合い馬車の運転はしばらく中止だから再開するまで手伝えって言われた。
女性の仕事は掃除と洗濯とご飯作りと、残りの1つはいつもなら男性がする薪拾いの4つで、私は慣れない料理に回されて悪戦苦闘した。
「そんな掻き回し方じゃ下に焦げついちまうよっ」
嫌になって転移しようと思ったのに、毎朝点呼するとかギルド職員とおかみさんが言い出して最悪だった。
後から泊まり客が2人居ないと騒ぎになったとしても、あの時陥没した底から転移してれば良かった。
思っても今更でもう遅い。
ここで今アンリが消えたら、カレンとレナルドの死も地震も全部アンリのせいにされて、きっと最後はアンリはチェスター国のスパイとかにされる。
モナーク国の軍のやり方はもう読めるようになったから、乗り合い馬車が動くまでじっとしてるしかない。
あの時転移してたら、って何度も思った。
宿は視察に着た軍人や怪我人を収容するからとその日の夕方に追い出されて、臨時テントに詰め込まれた。
毛布1枚と夕食の携帯食が、書類にチェックを入れながら1人づつ配られた。
受け取ってテントに入ると、今度は寝る場所で言い争いになった。
なんでこんなに人が居るのかと思ったら、幸い軽傷で助けられた人や強制で家を軍用に明け渡された人もテントに押し込められていた。
家族は家族で固まって場所を取って、空いた場所に私みたいな独りが場所を取る形になっていたけど、その場所取りの言い争いが醜かった。
不思議とみんな中心に場所を取ろうとしてて、それが嫌で自分からテントの端っこに座った。
毛布にくるまろうと広げたら、カビ臭くてとてもくるまって寝るなんて無理だった。
埃とカビで咳が出る。
マスクが欲しかった。
アイテムボックスから毛布を出したら怪しまれるだろうし、困ってたら横に少女が座った。
黒っぽい茶髪で、私よりちょっと歳上らしかった。
「凄い騒ぎだね」
突然話し掛けられて、咄嗟に頷いて見せた。
「町で見ない顔だけど冒険者?」
うん、と頷く。
「私はノアン。あんたは?」
『アンリ』
あんたは、とか聞かれて内心ムッとしてた。
「アンリか」
ノアンがバタバタ毛布を広げてくるまった。
埃で咳が出て、鼻と口を隠した。
「あ、悪い。あんたデリケートなんだね」
咳込んでて返事も出来ない。
埃を避けて顔を斜めに向けたら、独りの冒険者が毛布を下に引いてマントにくるまってるのが見えた。
気付かれないよう毛布にクリーンの魔法を掛けて四つ織りにして座ってから、マントを出してくるまった。
「良いなぁ。ねぇそのマントもう1枚無いの?」
『無い』
voiceを使いながら首を振った。
図々しい子に関わりたくないから、毛布を持って寝る場所を反対側の隅に変えた。
ノアンも着いてきたから、思い切り嫌な顔をした。
「嫌がる事無いじゃん」
周りの視線の可哀想にが伝わってきて、ノアンが嫌われてるんだと気付いた。
「ねぇねえ、その携帯食、食べないの?」
返事をしないで魔法の袋にしまった。
「えー。食べないなら私にくれればいいのにぃー」
こんな同級生小中学にいた、って思い出した。
他人の持ち物が自分より少しでも良かったらその人の物欲しがって、渡すまでごねてた。
小学校の時はみんなめんどくさくてあげてたけど、中学になったら欲しがる物も高額になってきたからみんな嫌がった。
くれないと分かると最初暴れてたけど、直ぐにくれそうな人を選ぶようになって、私は標的だった。
誰も助けてくれなかったから、お弁当も新しいノートや筆記用具も、キーホルダーとかもみんな取られた。
ノアンの目も、私を見る周りの目も、同じ。
あの頃と違うのは、私がその強引さに負けないでノーと言えるようになった事だ。
にっこりノアンに笑って見せて、笑顔を消してマントにくるまった。
翌日から、話し掛けられても返事しなかった。
マントも毛布も、朝起きたら魔法の袋に閉まって場所取りもしなかった。
朝の携帯食も魔法の袋にしまう。
作ってる役得で、昼は携帯食じゃなくて普通の食事が食べられた。
それもノアンには羨ましいから、良いな良いなになってしつこく付け回された。
ノアンがしつこいとリーダーのおかみさんに言うと、ならと洗濯の係に変えて貰えた。
1日中水仕事はきついけど、付きまとわれるよりは何倍も良かった。
食事も休憩の時好きなものをアイテムボックスから出して食べれたから、苦にならない。
私が洗濯の係に変わったからノアンが移ったと思ったんだけど、ノアンは燃やす薪を拾う係りから動かなかったらしい。
「移るなら私を推薦してくれたら良いのにぃー」
返事しないで、空いてる隅にたたんだ毛布を出した。
「ねぇねえ、あんたの毛布下に引くだけでしょ。私が半分座ってあげるよ。そしたら私体痛くないし」
呆れてノアンを見て、ため息を付いてから毛布を魔法の袋に戻した。
わざと中央に近い家族と家族の隙間を選んで、四つ織りの毛布を置いた。
ノアンも続いて隣に来ようとして、そんなスペースの無い場所を選んだから隣とトラブルになっていた。
4日目になると、流石に諦めたのかノアンもすり寄って来なくなった。
明日には乗り合い馬車も再開すると聞いて、冒険者たちはどの顔もホッとしていた。
「今回の報酬をギルドカードに入れますから、順次出してください」
!
伸び上がって先頭を見ると、冒険者ギルドから持ってきたカードを確認する道具がでんと置かれていた。
逃げようにも夕食の携帯食を配るための列だから、周りにたくさんいて逃げられない。
どうぞ通りますように、って祈りながらカードにクラフトを何度も掛けた。
だくだくする胸を押さえて、ギルド職員にアンリのギルドカードを出した。
賭けだった。
クラフトのスキルレベルはMAX、100に1の可能性に掛けた。
駄目なら偽のギルドカードを消して、20の町へ転移しようと決めていた。
「次」
ギルド職員は事務的にギルドカードを返してきた。
ホッとした。
賭けに勝った気分だった。
ホッとしたからか、遅れてだらだら汗が吹き出した。
明日にはこの町から脱出出来る。
その安堵感から、隣にノアンが座って来ても気にならなかった。
「やっぱり私が隣に座ると嬉しいんだ。私アンリの友達になってあげるよ」
私だけじゃなく周りもみんなノアンを見た。
「アンリは明日この町を出るんでしょ。寂しいだろうから私も一緒に行ってあげるね」
思わず笑ってた。
そうしたら周りも一緒に笑い出して、ノアン1人ムッと怒った顔をしてた。
「私が親切に言ってあげたのに笑うなんて失礼よ」
「よせよせ」
斜め横に座ってたおじさんが、可笑しそうにお腹を抱えながらノアンに言った。
「誰が我が儘で身勝手なお前と友達になんかなるか」
「なるわけ無いわよー」
おじさんの隣のおばさんも笑って言った。
ノアンはプルプル震えてテントから出ていった。
周りにありがとうとお礼を言ってマントにくるまる。
上手くノアンを撃退できた事にホッとした。
翌朝、毛布をギルド職員に返却して乗り合い馬車の乗り場に向かった。
乗り場は人がひしめいていて、私1人くらい居なくても分からない混雑ぶりだった。
これなら転移を使っても怪しまれないかも知れない。
家と家の間の路地に入って、転移をタップしようとしたら黒くなってた。
え?
焦って周りを見たら、入った路地の入口でノアンが仁王立ちしていた。
「絶対一緒に連れていって貰うからねっ!」
もうため息しか出ない。
立ち塞がるノアンを押して、乗り場へ戻った。
後ろから着いてくるノアンを無視して、まだ荷台が空いてる31の町への馬車の御者に荷台を指した。
御者が頷いたから料金を払って荷台に乗ろうとした。
「待て、金払え」
「離してよっ!」
ヒステリックなノアンの声に振り向くと、ノアンが御者に腕を捕まれて暴れていた。
「私はアンリの友達なのよ。離しなさいよっ!」
御者が私を見てくる。
きっと無賃乗車の片割れだと思われたんだ。
『友達じゃない』
voiceを使った。
「こいつは友達って言って乗り込もうとしたぞ」
『私が選んだ荷台は1人。友達じゃない』
『………』
まだ疑ってる御者に、一緒になったテントからしつこく絡まれてると話した。
「違うわ。私はアンリの友達なんだからっ!」
「なんだかんだ知り合いじゃねぇか」
「そうよっ、だから私には乗る権利があるわっ!」
「分かった。乗りたいなら金払え」
ノアンのキンキン声が嫌になったのか、御者が仕事の顔でノアンに手を出した。
『……ァ…』
?
え?
「お金なんて持って無いわよ」
「払わない奴は乗せられねぇ」
「アンリに言ってよ。アンリが寂しいから一緒に来てって私に頼んできたのよ」
御者がこっちを見た。
違うと首を振って見せる。
「アンリが私を誘ったのよっ!私からじゃないわ」
御者がうんざりした顔で言った。
「うるさいから払ってやれ」
『…ル…ルア…』
『無いよ』
まさか?
心臓がドキドキした。
驚きを気付かれないよう気を付けながら、御者に銀貨2枚を入れた袋を見せた。
「しけてんな」
御者は私に荷台を指してノアンを乱暴に追い払った。
荷台で待ったけど、プツリと声は途切れてしまっていて、しばらく待ってもやはり聞こえて来なかった。
もしかしたらグラム?
声が微かすぎて男か女かも区別出来なかったから、voiceを切るか迷って切れなかった。
もしグラムならかなり弱っているきがする。
軍の施設から逃げたって聞いてから何日経った?
指を折って数えたら、3週間近かった。
どうしよう。
グラムと関わるべきじゃない。
もし関われば、きっとモナーク国の軍とのトラブルに巻き込まれる。
頭では分かってる。
また私が振り回されて終わるだけだ。
それに…カレンを殺してしまった事は話したくない。
!
カレンだけじゃない。
地震で30の町の人が何人も死んだ。
怒りに狂って私が殺したんだと思うと身震いがした。
何で今まで思わなかったんだろう。
重症で運ばれてきた人を何人も見たのに。
………死に慣れちゃったんだ。
何度も死に掛けて、殺してきた。
私の中に罪悪感が少しも無くて、ぞくぞくした。
地震に巻き込まれた町の人にごめんなさいと思う気持ちはあるけど、罪悪感は沸いてこない。
もし声が出てたら、笑う自分の声が聞こえたはず。
可笑しい。
悪魔になっていく自分が可笑しくて、涙も出ない。
自棄になってるつもりは無いけど、念話の相手がグラムなら助けようと気持ちが固まった。
悪魔には相応しい。