第四話 安物の斧でドラゴンを倒したら英雄になった
「で、どうやって王様に会う?」
俺は巨大な城を見上げていた。
正面には屈強そうな兵士が二人。
当然だが、
「すみません。王様に用事があります」
「何者だ?」
「昨日村長になった新倫来です」
「帰れ」
「ですよねー」
正攻法では無理だった。
『倫来様。正式に面会を申し込まれてはいかがでしょう』
「前村長を殺したかもしれない奴に?」
『では、どうされますか?』
「うーん……」
『ギ?』
横を見る。
ギギがいた。
「…………」
『ギ?』
「ギギ」
『ギ!』
「お前にしか頼めない仕事がある」
『ギギ!』
ギギが胸を張る。
「よし」
俺は城門を指差した。
「暴れてこい」
『ギ!?』
◇
「ゴブリンだ!」
「捕まえろ!」
『ギィィィィィィ!!』
ギギが城門の前を全力疾走する。
「待て!」
「そっちだ!」
『ギィィィ!!』
「……めっちゃ追われてる」
『見事な囮ですね』
「後でちゃんと謝ろう」
門番たちがギギを追っていく。
「今だ」
俺とアイリは城の裏側へ回った。
もちろん、入り口なんてない。
あるのは巨大な石壁だけ。
「さて……」
壁に手を触れる。
意識を集中。
文字列が浮かび上がった。
材質。
構造。
修復された場所。
劣化している場所。
昨日気づいた、俺の能力。
この世界に残った情報を、コードのような形で読み取れる。
「……あった」
『何か見つけましたか?』
「ここだけ古い」
増築したのだろうか。
周囲とは構造が違う。
しかも内部に亀裂が走っている。
「ここならいけるかも」
俺は街で買った斧を取り出した。
『それで破壊するのですか?』
「九百八十ゴールドもした」
『武器屋で最も安い斧でした』
「値段は関係ないだろ!」
思い切り振りかぶる。
「おらっ!」
ガンッ!
石が欠けた。
「お?」
もう一発。
ガンッ!
亀裂が広がる。
「いける!」
何度か叩くと、人一人が通れる程度の穴が開いた。
「すげえな、この能力」
『不法侵入に活用する能力ではないと思いますが』
「細かいことはいいんだよ」
◇
「……誰だ?」
城の中を進み、俺たちは大きな部屋へ辿り着いた。
奥に一人の男が座っている。
豪華な服。
巨大な玉座。
どう見ても王様だった。
「新倫来です」
「ほう」
王は驚かなかった。
むしろ、俺を見て笑った。
「新しく村長が変わったとは聞いていたが……ずいぶん若いな」
「俺のこと知ってるの?」
「当然だ」
王は肘掛けに頬杖をついた。
「昨日突然現れた若者がゴブリンを従え、村長になった。情報はすでに入っている」
「従えてない。友達だ」
「どちらでもよい」
王の視線が鋭くなる。
「それにしても、城へ不法に侵入してくるとは。礼儀はあまり知らぬようだ」
「門から入れてくれなかったんで」
「それで壁を壊したのか?」
「……バレてる?」
「余の城だぞ」
王が笑う。
怒っている様子はない。
むしろ楽しんでいるように見えた。
「二十五年だ」
「え?」
「余がこの国を統べて二十五年。これほど無礼な若者が玉座まで来たのは初めてだ」
王が立ち上がる。
「前村長の件であろう?」
「……知ってるんだな」
「当然だ」
「殺したのも?」
「余の命令だ」
あっさり認めやがった。
「なんでだよ」
「必要だったからだ」
「人一人殺すのが?」
「一人ではない」
王は淡々と答えた。
「この国には数十万の民がいる」
「…………」
「周辺の小村と交易を結び、可能な限り国へ富を集める。そして価値がなくなれば切る」
「それで村長が邪魔になった?」
「そういうことだ」
「最低だな」
「そうか?」
王は笑わなかった。
「数百人の村人より、数十万人の国民を豊かにする」
まっすぐ俺を見る。
「それが王の役目だ」
「…………」
一瞬、言葉に詰まった。
こいつは、自分が悪いと思っていない。
「さらに、この国が三大国の一角として存在できる理由を教えてやろう」
王が窓の外を見る。
「魔物だ」
街で見た光景を思い出す。
鎖につながれたオーク。
首輪をつけられたゴブリン。
「魔物を支配し、武力として利用する。それによって余は二十五年、この国を守ってきた」
「支配って……」
「理想だけでは国は守れぬよ、若き村長」
気に入らない。
でも。
こいつなりの理屈がある。
「それで?」
王が再び玉座へ座る。
「何が望みだ」
「え?」
「わざわざ城へ忍び込んだのだ。不満があるのだろう?」
王が笑う。
「金か?」
「いらない」
「食料か?」
「違う」
「ならば交易条件を改めよう。お前の村を優遇してやってもいい」
「うーん……」
考える。
昨日まで俺はプログラマーだった。
残業して。
疲れ果てて。
AIに「この世界を終わらせてくれ」と言った。
そして気づいたら異世界。
万能AIのアイリがいる。
謎のコードまで見える。
今さら現実だと言われても、いまいち実感がない。
どうせ疲れた俺が見ている夢みたいな世界だ。
だったら。
いけるところまで派手にやってみるか。
「決めた」
「申してみよ」
「この国をくれ」
静かになった。
「…………」
「…………」
王が俺を見る。
「聞こえなかったか? この国――」
「ハッハッハッハッハ!」
突然、王が笑い出した。
「何がおかしい」
「いや、すまぬ」
目元を拭いながら王が立ち上がる。
「二十五年王をやってきたが、これほど愉快な要求をされたのは初めてだ」
「じゃあくれる?」
「よかろう」
「え?」
「奪ってみせよ」
王が指を鳴らした。
ゴゴゴゴゴ――。
「……なんだ?」
天井が開く。
巨大な影が落ちてきた。
『倫来様、上です!』
「は?」
見上げる。
巨大な翼。
赤黒い鱗。
鋭い牙。
「……ドラゴン?」
「グオオオオオオオオオッ!!」
「うわあああああ!!」
翼が動いた。
それだけだった。
猛烈な風が俺の身体を吹き飛ばす。
「ぐっ!」
壁に叩きつけられる。
「痛ってえ……!」
『倫来様!』
「いやいやいや! 無理だろこれ!」
立ち上がる。
手にあるのは、九百八十ゴールドの斧一本。
「装備差おかしくない!?」
ドラゴンが迫る。
「くそっ!」
避ける。
足元へ潜り込み、斧を振る。
ガキン!
「硬っ!」
手が痺れた。
鱗には傷一つない。
「もう一発!」
ガキン!
ダメ。
別の場所。
ガキン!
「全然効かねえ!」
王の笑い声が響く。
「当然だ!」
ドラゴンが咆哮する。
「その竜の鱗は、この国で最も硬い!」
「先に言えよ!」
「そんな安物の斧で破れるものか!」
「やっぱり安物だったのかよ!」
『倫来様』
アイリの声。
『時間を稼いでください』
「何秒!?」
『十二秒』
「長い!」
ドラゴンの爪が迫る。
「うおっ!」
転がる。
一秒。
尻尾が飛んでくる。
「死ぬ死ぬ死ぬ!」
二秒。
三秒。
四秒。
『解析中です』
「急いで!」
五秒。
炎が口から漏れている。
「それはダメだろ!」
全力で走る。
直後。
背後が炎に包まれた。
「熱っ!」
『解析率七十二パーセント』
「あと何秒!?」
『三秒』
「さっきから計算合ってる!?」
『二秒』
ドラゴンが突進してくる。
「うおおおおお!」
『一秒』
ギリギリで横へ飛ぶ。
『解析完了』
「どこ!」
『左胸部。上から三枚目の鱗』
「そこ?」
『過去の戦闘による古傷があります』
見る。
俺には普通の鱗にしか見えない。
『表面は再生しています。しかし内部構造は完全ではありません』
「つまり?」
『そこだけなら――』
アイリが指差す。
『その安物でも破壊できます』
「安物言うな!」
ドラゴンへ走る。
左胸。
三枚目。
「ここだ!」
ガキン!
「くっ!」
まだ硬い。
『同じ場所です!』
「分かってる!」
二発目。
ガキンッ!
小さな亀裂。
王の笑い声が止まった。
「……何?」
「もう一発!」
ドラゴンが俺を見る。
「グオオオオオ!」
爪が振り上げられる。
『倫来様!』
「間に合えええええ!」
三発目。
斧を全力で振り下ろした。
バキンッ!
鱗が割れた。
「いった!」
『そのまま!』
「おおおおおおおお!!」
割れた場所へ斧を叩き込む。
「グオオオオオオオオオッ!!」
ドラゴンの巨体が暴れる。
「うわっ!」
吹き飛ばされる。
床を転がる。
そして。
ズズン――。
巨大な音とともに、ドラゴンが倒れた。
「…………」
静かになった。
「……勝った?」
『はい』
「マジ?」
『お見事です、倫来様』
「アイリのおかげだろ……」
斧を見る。
刃はボロボロ。
「九百八十ゴールド……」
『十分に元は取れたかと』
「そうだな」
立ち上がる。
王を見る。
さっきまでの余裕は消えていた。
「……貴様」
「王様」
一歩。
また一歩。
王へ近づく。
止める兵士はいない。
誰も動けない。
俺は玉座の前に立った。
「さっき言ったよな」
「…………」
「奪ってみせろって」
ボロボロになった斧を持ち上げる。
その刃を。
王の首元へ。
「だったら――」
王が俺を見る。
俺も王を見る。
「チェックメイトだ」




