表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しを救おうとしていたはずなのに何故か主人公に執着されています  作者: 夕月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/8

Act・8

(ここは…)

カッコつけたつもりか、はたまた負け惜しみだったのか分からない最後の言葉を叫んだのを最後に、俺の意識はプツリと途絶えた。

そして気付けば、真っ白い空間に浮かんでいた。

(どこだ…あ、もしかしてあれか、あの世ってやつか?)

体の感覚はないくせに浮かんでいるという事は分かるという、寝起きで意識が覚醒しきっていない状態に近い感覚を不思議に思いながらも心は凪いでいた。

神聖魔法を極限まで行使した俺の体は石造となり、魂が離反すると同時に崩れ去った事だろう。

そうすれば俺に刻まれた贄の紋章も効力をなくすし、俺に紋章が刻まれていたことにも気づかれないだろう。

短剣で自害するよりもある意味、合理的な最後だったかもしれないと自画自賛するぐらいには開き直っていた。

(で、これから俺はどうすればいいんでしょうかね。ほっといても輪廻の輪とやらにはいけるのか?)

見える範囲に俺以外の存在はないから問いかける事もできないし、体がないから動くこともできない。

やるべきことは全てやり終えているので急ぐことも慌てることもないかと能天気に考えていると、目の前に故郷の村が現れた。

(え!?)

村人こそいなかったがまだ焼ける前の穏やかな村は蜃気楼のように一瞬で消え去り、今度は旅の途中で立ち寄った街や国、里、湖といった風景が次々と現れては消えていく。

まるで走馬灯を見ているかのように思えたが、それにしてはどの風景にも生きている者の姿が見当たらなかった。

中々に濃い体験をした場所もあったので本当に走馬灯であるなら必ず思い出すはずなのにと考えていく中である仮説が浮かんだ。

(もしかしてここ、天命樹の中か?)

天命樹にはこの世界の全ての情報が集積されている。

それを聞いた時、ゲームで言う所のセーブデータの保管場所と考えていたがよくよく考えてみればあのゲームはこの世界を元に作られた物。

つまり、この世界こそが初めにあったのだ。

ならば天命樹に集められる情報というのはそのままの意味この世界、マフォリマに存在する全ての記憶なのだろう。

ソリスが居れば世界の成り立ちだとか、魂の巡りとか丁寧に教えてくれたのだろうが残念ながらここにはいない為、仮説の域を出ないが間違いではないだろうという確信があった。

(俺の考えている通りなら時期に俺は情報に、記憶に分解されることになるな。)

ここは輪廻の輪でもあり、死者の門でもあるのだ。

恐らく俺が俺として意識を取り戻したのは最後に特大の神聖魔法を行使したからだとか、俺の魂が特異だからとかなのだろう。

意識を取り戻したところでこの状態じゃ何もできないし、誤算としか言いようもないが兎に角このまま静かに眠っていれば時期に魂が解けて行くべきところに行ける。

それならば二度寝するかと意識を沈めようとした瞬間、根元から揺さぶられるような激しい振動が襲った。

(なんだ!?)

肉体なんてないはずなのに、臓器を鷲掴みにされたような圧迫感と脳を直接揺さぶられたかのような不快感がこみ上げる。

それだけではない、振動が激しくなるにつれてあちこちで電撃が走るような音が鳴り始め白だけだった空間に赤色が見え始める。

火花でも散っているのかと考えた瞬間、体が引き裂かれるかのような激痛が襲った。

(あ゛ぁあ゛あ゛あ゛っぁあ゛あ゛ぁあ゛っ!!!)

あまりの激痛に悲鳴を上げるが、助はない。

せめてのたうち回れたら少しは気を紛らわせられたかもしれないが肉体がない今の状態では無理な話。

それならいっそ意識をなくしてしまいたいのに、それも叶わずひたすら激痛に耐えるしかなかった。

(ぐっ…ぁあ゛あ゛あああ゛あ゛あああ!!!!!)

肉体を伴った状態であったならきっと、俺は酷い状態になっていただろう。

涙と涎でぐちゃぐちゃになりながら嘔吐を繰り返し、激痛を誤魔化すために自分で自分を傷つけたに違いない。

もしかしたら、失禁とかもしたかもしれない。

そう思えば肉体のない今の状態も少しはいいのかもしれないと、ほんの少しだけ痛みに慣れた思考が取り留めのない事を思わせた。

今思えば、あの時の俺は痛みに慣れたんじゃなくて少し狂っていたんだと思う。

少なくとも、その事に気づかないぐらいは正気じゃなかった。

(…ぐっ……ぁ……)

それからどれほど経ったか白一色だった空間が突如、漆黒に染まった。

でも、痛みに喘ぐ体力も気力も底をついた俺にはそんなことに構っている余裕はなかった。

痛みがなくなる事、もしくは意識がなくなる事だけをずっと願っていたのだから。

(……)

ついに唸る事すらできなくなった頃、ようやく意識が沈み始めた。

これで痛みから逃れられる、やっと解放される。

安堵と喜びを感じながら沈む意識に抗う事無く、むしろ委ねるように眠りついた。



『…すまない…』

本当に、本当に小さな叫びに気づかずに。



「正直、記憶を取り戻しても半信半疑だったよ。本当にそんなことが可能なかって。でも、ここにこうしてセトが居ることが何よりの証拠なんだよな。」

「……」

「聖剣の力を使って、天命樹に干渉したんだろ?んで、天命樹に眠る俺の魂を弄って閉じた世界を作った、違うか?」

「……」

「セ~ト~?」

「……」

「…はぁ、この頑固者め。」

ぎゅぅぅっと俺を抱きしめるセトは何も言わないが、沈黙こそが何よりも雄弁にセトの行動を物語っていた。

俺が生まれると同時に前世を思い出したと思っていた人生はセトが作り出した幻想だったのだ。

聖剣の力を使って天命樹に集積されているマフォリマの情報を操作し、箱庭のような空間を作り出した。

その世界はセトが何よりも望んだ穏やかな日々が、俺と、一緒に過ごす日々が永遠に続いていく。

俺としてはセトの行く末やら推しの幸福やらに頭を悩ませる毎日でもあったからそれなりに苦労した部分もあったけど、確かにあの村で過ごした日々は穏やかだった。

それこそ、ずっとそこに居たいと思うほどには夢のような毎日だった。

だからこそ、終わらせなければならない。

「というかお前、よくも俺のこと弄ってくれたよな。あれ、もの凄く痛かったんだぞ!魂の状態じゃなけりゃショック死しててもおかしくないレベルの激痛だからな!?」

「ぁ…それは…ごめん…なさい…」

「極めて楽観的に考えても狂うレベルだからな、二度とすんなよ。したら絶交だからな。」

「はい…」

「正直言うとな、まだ痛いんだわ。」

「え?!ど、どこ!?聖剣で治せるか!?」

「無理だろうな、聖剣の力は癒しの力じゃない。」

「そんな…じゃあ、じゃあどうすれば…!!」

「安心しろって、治す方法がないわけじゃないし大して難しい事でもない。」

「本当か?!」

「ああ。」

慌てて俺から離れ、不安そうするセトを宥めるように告げれば少しだけ表情に安堵が戻る。

コロコロ変わる表情が何だか懐かしく思えて小さく笑ってしまうと、首を傾げられた。

きっと俺が笑った理由が分からなかったのだろうが、その仕草が子供の頃と全く同じでまた笑ってしまった。

「ノア?」

「悪い、悪い。何でもないよ。」

「…なんとなく腑に落ちないけど、まぁいいや。それで、ノアを治すにはどうすればいいんだ?俺、手伝える?」

「ああ、手伝えるよ。」

「何をすればいい?」

「簡単だ。あの鞘に、聖剣を収めてくれ。」

「え…」

神聖魔法・アイアンメイデンで拘束された鞘を指さす。

あの鞘は黒瘴が俺に刻まれた贄の紋章そのものであり、天命樹に憑りついた最後の黒瘴。

聖剣を収めることで黒瘴を浄化すれば、天命樹の機能は正常に戻りこの閉じた世界も俺も、あるべき場所へ戻る。

「どうして…黒瘴はノアの魔法で封じ込めてあるし、俺だっている!このままでも世界には黒瘴の影響も魔物の脅威もなくなる、何の問題もないんだ!!」

「確かにな、でも黒瘴が存在する事には変わらない。何かの拍子に黒瘴の力が増大しないなんて保証、どこにもないだろ?」

「そんなことになる前にまた俺が黒瘴を抑える!!だから、ノア…俺とここで暮らそう?ここに寿命なんてのがあるかどうか分からないけど、ノアが心配だっていうなら俺が死ぬ前にちゃんと黒瘴を消し去るからだから…頼むよ…」

「…ダメだよ、セト。」

俺の肩を掴んで縋りつく様に懇願するセトに心を鬼にして首を振る。

叶うなら俺だってセトの手を取りたい、脅威も憂いも何もない安全な箱庭でセトと平穏な日々を過ごせたらどんなにいいだろう。

行きたい所へ行って、食べたいものを食べて、やりたいことをやって、笑いながら子供の頃に戻ったかのような日々を夢想して、やめる。

「なんでだよ!?どうせ、このまま世界を救ったって俺は国々から危険視されて碌な扱いはされない。表面的には友好的に持て囃しても魔物か何かを見るような目で迫害され続ける!どうせ除け者にされるんならここに居たっていいじゃないか!!」

「セト…」

「俺の事を脅威じゃない、ただの人間として見てくれてる人がいるのも分かってる。でも、皆どこかで諦めてるんだよ…強い力を持っているから仕方がないって…」

笑顔を絶やさないセトは能天気に見えるが、よく人の事を見ている。

それが意識的なのか無意識的なのかは分からないが、鈍くない観察眼のせいでセトはきっとずっと前から気づいていたのかもしれない。

世界を救った後に待ち受ける自分の未来を。

「ノアはさ、俺の力、どう思う?怖い?」

「…怖いなんて思ったことないよ、ただ、少しだけ工夫が必要だなとは思った。」

「工夫?」

「セトが強くなり過ぎれば一緒に戦う事が難しくなるからな、陣形とかよく考えないといけないなって。でも、それだけ。セトが強い事なんて俺にとって当たり前だからな、というかセトが強かろうが弱かろうがセトがセトなら問題ない、傍に居られないだなんて思わない。」

そう、俺にとってセトが強いことは当たり前の事だ。

それはゲームのプレイヤーだったことが大きな要因ではあるものの、子供の頃からずっと強くなろうとするセトを見てきたから深く考えたこともなかった。

「やっぱり、ノアだけは違う。俺が強くなってもちゃんと俺の事を見ていて、手を差し伸べてくれた…無茶を無茶だと叱ってくれて、無謀を無謀だと窘めてくれて、痛いのを我慢するなと言ってくれた…俺を、諦めないでくれるたった一人の人だっ…」

「…っ」

「世界が俺を脅威と見なすなら、諦めるというなら、誰にも迷惑がかからない場所に居た方が安心ってもんじゃないのか?」

自虐的に笑うセトを見て居られなくて、たまらず抱きしめる。

最後まで一緒に居てやりたかった、永遠の旅路を共に歩んで少しでもセトの世界を暖かいものにしてやりたかった。

傷つくセトを、守ってやりたかった。

(ここで、俺が頷けばセトとずっと一緒に居られる。子供の頃の約束通りに、そして、俺が望んだ永遠の旅路への供もできる…でも…)

「なぁ、ノア。俺さ、頑張ったよな?」

「うん、めっちゃ頑張った。」

「だよな?少しぐらい、我儘言っても許されるよな?」

「そうだなぁ。」

「だから、俺、ここに居たい。ノアと、ずっと一緒に居たい。」

「…っ…」

「ノア、お願いだから頷いて。俺の手を取って…ノア…」

─もう、限界だ。

「セト、俺だって頷きたい。お前の手を取ってずっと、ずっと一緒に居たいよ…でも、それをしたら、セトはセトじゃなくなる。俺はっ………セトを、殺したく、ない…」

「ノア?」

「嫌だ、嫌だよ…セト…俺、独りになるのも、独りになるセトを見るのも嫌だ、嫌だけど、セトを殺す事の方がもっとずっと嫌だ!!!」

ここでセトの望み通りにするという事は、生者が天命樹の中に残るという事。

いくら聖剣に選ばれた者でも、神聖魔法で身を守っていても、生者がずっといられる場所じゃない。

今は良くても、少しずつ、少しずつ肉体が溶けて行って最後には魂だとなる。

そんなの、遅効性の毒を浴びているのと同じことだ。

「嫌だ…嫌だ…セト…」

「ノア…」

涙腺が壊れたように泣く俺を、今度はセトが抱きしめる。

最初はただ推しが、ミカエルが救われればいいと思っていた。

苦しむのではなく幸福の中で笑う推しが見たかった。

でも、その想いが強すぎたせいで俺が俺を思い出す前に無謀にもセトを巻き込んで救いに向かってしまった。

あの時、セトに夢の事を話すべきではなかった。

そうすれば、ここまでセトを苦しめる事もなかった。

全部全部、俺のせいだ。

「ごめん、ごめん…ごめんなさい…セト…」

ミカエルを救ったあの日から後悔ばかりで、何とか挽回しようと奮闘したつもりだったけどただ後悔を増やすだけだった。

戦闘においてはセトの、ミカエルの援護をするだけで精一杯で、国がセトを狙っても庇うだけで上手く立ち回れもしない。

何もかもが中途半端で、俺じゃない奴がノアとして生まれた方がよかったのにって何度も何度も考えた。

俺の魂がこの世界と同じ色を持つのなら、何か物凄いチート級の力を発現させて全部解決できればいいのに。

そうでなくとも、セトを傷つけずに、苦しませずにできればいいのに御大層な肩書だけでなんの役にも立たない。

それなのに、願う事をやめられない。

「…バインド。」

「!?」

残り少ない魂と引き換えに拘束魔法を発動し、身動きが取れなくなったセトから聖剣を奪う。

柄を握りしめた瞬間、炎を掴んだような熱さを感じたがそれは一瞬の事で聖剣が受け入れてくれたのだと悟る。

これから俺がやろうとしている事を認めてくれたのだと思えば、少しだけ勇気が出た。

「ごめんな、セト…」

「やめろ!ノア!!」

ゆっくりと鞘に向かう俺の目の前に、これまで傍観の姿勢を崩さなかったミカエルが立ちはだかった。

俺を阻むつもりかと身を固めたが、ミカエルはただ静かに佇むだけで手を出す様子はない。

「…本当に、それでいいのか。ノア。」

「…うん。」

「セトの言う通り、このまま世界を救ってもセトは幸せにはなれないかもしれない。俺達が訪れた国の為政者は食えない連中だが悪人ではないし義理堅い部分もある。多少は庇護を得られるかもしれないが、アイツらは為政者であることを曲げられない。」

「そうだね。国とセト達を天秤にかけた時、あの人達は国を取るだろう。」

世界を救うために回った国々の指導者達は煮ても焼いても食えない人達ばかりで、随分と手を焼いたけどその分、俺達の旅路に心を砕いてくれた。

あの人達の心遣いにかなり助けられた事を思い出して小さく笑みを浮かべる。

だけどあの人達は為政者、国を背負う者だ。

個人の感情で暴走すれば国は崩壊し、民は地獄に堕とされる。

それをよく理解しているからこそあの人達はセトを守れない、セトの首に輪をかけないだけで精一杯だろう。

「それを分かってなお、やるのか。」

「…うん。」

「お前が黒瘴を祓ってここから追い出されても、セトはお前を追うだろう。そしてきっと、俺はそれを止められない。それでもやるのか。」

「……うん。」

「結果は、変わらないというのに?」

ミカエルの言葉はまるで俺を試している様に聞こえたけれど、ミカエルにそんな意図はないのだろう。

こちらを一心に見つめる銀の瞳には不安げに揺れていた。

ミカエルも、迷っているんだ。

世界を救う事を第一に考えれば早々に黒瘴を祓うべきだ、だけどそれをしてしまえば俺は天命樹へと還り、完全にマフォリマから消える。

セトを第一に想うのであれば、俺を止め閉じた箱庭で過ごせるように取り計らうべきだ、だけどそれをしてしまえばセトは死ぬ。

俺を第一に尊重するのであれば、セトを説得し共に天命樹から出るべきだ、だけどそれをしてしまえば恐らくセトは俺を追う。

どれを選んでも全員が幸せになる未来はない、そして、残った者も幸せになれる保証はない、だけど可能性はある。

何を選んでも幸せになれないのであれば、自分の望みに正直になれたのかもしれないが希望が残っているから踏み切れない。

俺も、セトも、ミカエルも─

(ままならないな、本当…)

「…それでも、少なくともセトはセトのままだ。言っただろう?俺がセトの手を取ったら、頷いたら、セトはセトじゃなくなるって。」

「それはセトが死ぬってことじゃないのか?」

「違う。セトがここに残ればセトの自我は色んなものに侵食されて、最後にはセトじゃない何かになっちまう。俺には、その浸食を止めることはできない。ただ、セトがセトじゃない何かになるのを、セトじゃない何かが死ぬまで指をくわえて見ているしかできない…それでも、セトの手を取れって言うのか?」

「…っ」

「俺には、無理だ…セトを殺す事と同じぐらいに…そんなの、耐えられない…」

セトがセトのままならば、例えセトを殺してしまうと分かっても、ミカエルに止められたとしてもセトの手を取ったかもしれない。

でも、セトの外見をしただけの別物ならば意味はない。

俺が一緒に居たいと願った唯一無二の相棒でないのなら、意味がないんだ。

「ごめん、ミカエル…」

「…謝るなよ。ノアは、何も悪くないだろ…」

「…うん、でも、ごめん……苦しませて、ごめんなさい…」

「…っ…どうして、お前らなんだろうな…必死こいて世界救って、その果てに待ち受けるのがこれなんてさ…あんまりだろ…」

「ミカエル…」

「セトは馬鹿だけど誰かの為に行動できる勇気を持ってる。相棒に対する執着心が玉に瑕だけど、それを除けばいい奴だ。ノアも自分を卑下する癖があるけど皆を気遣える優しい奴で…俺にとって、恩人だ…」

「!」

苦し気に閉じられたミカエルの両目から涙が溢れる。

ミカエルの泣いた姿なんてセト以上に見たことがなくて思わず動揺する。

涙を拭いたいと思うのに、俺の両手は聖剣を持つのに手一杯で伸ばすことができない。

「…ウィンド。」

「!」

悩んだ末に導き出した答えは、風魔法で涙を攫うこと。

そよ風程度の風だったお陰で欠片程度の魂で何とかなった事は幸いだった。

これ以上、魂を消費したら鞘まで辿り着けなくなる。

「ごめん…ノア…俺は、恩返しもできない…」

「いいんだ。元々、返してほしいから助けたわけじゃないし、というか十分返してもらってるよ。」

「え?」

「ここまでセトを追いかけてきてくれた、セトを独りにしないでくれた。」

きっと、セトが天命樹に飛び込んだのを追おうとした時、皆がミカエルを止めただろう。

早期決着をしたけれど黒瘴との戦いは過酷なもの、俺が天命樹から引っ張り上げた時すでに満身創痍だった。

その怪我を無視してまでミカエルはセトを追ってきてくれた、それだけで報われる。

「そんなの当たり前だ!恩人である前にお前らは俺の仲間だ!!」

「ありがとう、ミカエル…どうか、セトを頼む。」

「ノアっ…!」

「そしてどうか、ミカエルも幸せになるのを諦めないでくれ。」

笑顔を浮かべれば、再びミカエルの瞳から止めどなく涙が溢れてくる。

もうその涙を拭う事はできない事だけが心苦しいけど、ミカエルならきっと前を向いてくれると信じて、横を通り過ぎる。

何か言いたげな視線を無視して何重にも重ねて展開した魔法陣に、道を作るように命じれば拘束はそのままに、鞘に通じる一本道が出来上がった。

「「ノア!!」」

拘束された鞘の前に立つと同時に、声が上がる。

あの時は石化を理由に振り向かなかったけど、今度は振り返った。

「セト、ミカエル。」

きっと、これが本当の最後だ。

セトが孤独の道を進もうとも、ミカエルが苦悩の中に取り残されても、もう俺には何もできないし何もしてやれない。

独りじゃないと言ってやることも、お前は悪くないと励ますことも、何も。

だからせめて、せめて最後に残していきたい。

「ノア!俺は、俺は後を追うぞ!?絶対に追うからな!?」

「ああ、もう止はしないよ。でも、ミカエルの事、困らせるなよ。ミカエルは、俺の、俺達の親友なんだから。」

「ノア!俺は、俺はきっとセトを止められない。そして、俺もっ…」

「うん、ミカエルが決めた事なら否定しないよ。でも、セトの事、どうか頼む。セトは俺の、唯一無二の相棒だからな。」

笑顔を浮かべる、できるだけ綺麗で晴れ晴れとした笑顔を。

だけど、溢れる涙が邪魔をして上手く笑えない。

最後に残す記憶は絶対に笑顔がいいのに、最後まで上手くいかないものだと嘆いてみる。

本当に嘆きたいのは、目の前に居る2人だというのにな。

「ありがとう、お前らが居たから俺は俺でいられた…さようなら、相棒(セト)親友(ミカエル)。」

「「ノアぁあぁぁあぁあっぁああ!!!!!!」」


そして、聖剣を鞘に納めた。





「ノア…」

ノアが聖剣を鞘に納めると同時に、天命樹の機能が正常に戻りセトとミカエルは天命樹から弾き出された。

正常に戻った天命樹は黒瘴に蝕まれていたマフォリマを浄化し、崩れた世界の境界を急いで補強し始める。

暫くすればマフォリマは完全に修復され、以前のような平穏な世界が取り戻されることだろう。

だが、世界を救った勇者達はそんな光景を喜ぶことができなかった。

世界を救った代償として、賢者(ノア)を失ったからだ。

最後までノアを取り戻そうと足掻いていたセトは絶望に俯き、ミカエルも、他の面々も悲しみに暮れる。

生身のはずなのに、彼らは揃って石になってしまったかのように動くことができなかった。

そこへ、一筋の光が差す。

≪世界を救いし者達よ。≫

「…聖剣?」

最後にノアが手にしていた聖剣が天命樹から現れたのだ。

絶望に打ちひしがれるセトは聖剣の声に気づいていないのか、それともどうでもいいとでも思っているのか反応はしないものの、辛うじてメルバが顔を上げた。

常の豪快さが嘘のように失意に染まる彼女の声に呼応するように、ソリスが、ジンが、ミーティーが、ミカエルが、顔を上げる。

≪まずは創造神に代わり礼を言う。お陰で世界は救われた。≫

「…お前は、見ていたんだろ?天命樹での一連を。」

≪是。だからこそ、今この時対話を持ち掛けた。これが本当に最後の機会だ。≫

「この期に及んで何だ?ノアを返してくれるとでもいうのか?」

≪例え創造神であったとしても失われた命を蘇らせることはできない。けれど、巡り会わせることはできる。選べ。≫

「…なにを?」

≪汝らの求めし者と再び巡り会うか、否かを。≫

「ノアに、もう一度、会えるのか…?」

動揺するミカエルの言葉に、絶望に沈んでいたセトがピクリと反応を示す。

≪会える、だが、今の汝らでは無理だ。≫

「どういうことだ。」

≪汝らの求めし者の魂はこの世界とは別の世界の輪に乗った。よって、この世界に転生することはない。されど、今ならば汝らの魂を別の世界の輪に乗せることができる。≫

「!!」

≪我が使い手よ、我は汝らの求めし者と約束を交わした。我の存在意義に触れぬ範囲で我が使い手を守るという約束を。≫

「ノアと…?」

≪是。今、我が使い手の心は壊れようとしている。汝らの求めし者が定めた守るという基準範囲が詳細に判明しない以上、今現在最も破損が危うい箇所の保全を優先する。≫

「今なら、絶対に…ノアとまた、会える…のか?」

≪是。選べ、この世界か別の世界か。≫

例え今死んだとしても別の輪に乗ったノアの後を追うことはできない、でも、今なら聖剣の力で絶対にノアとまた会うことができる。

ならば、答えは決まっている。

「会わせてくれ!!俺を、別の世界の輪とかいう奴に乗せてくれ!!」

「セト!アンタ本気かい!?それってつまりっ…!」

「よせ、メルバ。」

「でもジン!」

聖剣が提示した選択肢は言わば今死ぬか死なないかというものだ、例えこの先の未来に暗雲が立ち込めていたとしても仲間が命を投げ捨てるような行為をすることを咎められずにはいられない。

迷いのないセトの言葉にたまらずメルバが声を上げが、背後に立っていたジンに止められる。

「お前とて分かっているはずだ、アレを失ったセトが正気でいられるわけがないと。」

「それでも、生きてりゃ何があるか分からない。アイツだって、それが分かってたからセトを生かしたんじゃないのかい?ここでセトをいかせちまったら、アイツの覚悟を裏切る事になる!」

「私も、セトさんに生きていてほしい…ノアさんもきっと…っ…」

「ミーティー…」

セトの意思を尊重するジンに噛みつくメルバに、ミーティーも同調する。

メルバもミーティーも、セトがどれほどノアの事を想っていたかは嫌というほど分かっている。

黒瘴に襲われた村のたった2人の生き残りであり、魂の半身と言っても過言ではない程に互いを信頼していた。

いや、信頼だなんて生易しいものではない、あの2人はお互いが居なければ息もできない程に依存しあっていた。

そんな存在が居なくなってしまった痛みは、いくら仲間であっても分からないけれど唯一痛みを分かる存在がセトを生かした。

それが答えなのではないかと、メルバもミーティーも思えてならなかったから。

「それは、大丈夫だ。」

「ミカエル…?」

「ノアはもう、セトを止めないといった。だから、セトを行かせてあげよう。」

「アンタまで何を言いだすんだ!?止めないからって賛成してるとでも言うのか?!」

「いや、賛成か反対かで言うならノアは反対派だろうね。」

「なら!!」

「だけどもう止められない、だからノアは止めないと言ったんだ。もう何を言ってもセトの気持ちは変わらない。ここで俺達が全力で止めたとしても、セトは止められない…」

天命樹での一連を見ていたミカエルから見ても、もうセトを止めることはできないと悟っていた。

仮に止められたとしても誰も幸せにはならない。

聖剣はこれが本当に最後の機会だと言っていた、もしセトを止めて最後の機会を潰してしまえば恐らく、セト自身が新たな世界の脅威に成り果てるだろう。

ノアに会える最後のチャンスを潰したミカエル達を怨み、ノアを失わせる要因を作った世界を憎み、暴虐の限りを尽くす。

それは、ノアが最も望まない結末だ。

「だろう?セト。」

「ああ。」

立ち上がったセトに声をかければ絶望に俯いていたとは思えないほど明快に、ハッキリと肯定の声が返ってくる。

(ああ、やはり止められない。)

その声を新たな確信に加えて、ミカエルはセトの隣に立って聖剣を見上げる。

本音を言えばミカエルもメルバと同じ気持ちだった。

例え未来に暗雲が立ち込めていようとも、セトの生を望んだノアの想いを無下にしていいのかと。

それでも同時に、このまま無理矢理セトを生かしてもセトは死ぬ事も分かってしまった。

生きながら死んでいるセトが見るこの世界は、正しく地獄そのものだろうしセトの幸福を切に願っていたノアを裏切る行為に思えてならなかった。

だから、ミカエルも決めた。

「なぁ、聖剣。」

≪なんだ。≫

「別の輪とやらに乗れるのはセトだけなのか?」

≪制限はない。≫

「お、そいつは朗報だ。なら俺も頼む。」

「ミカエル!?」

「なんだセト、自分だけノアに会いに行くつもりだったのか?」

「いや、おまっ、分かってるのか!?ノアに会いに行くってことは死ぬってことなんだぞ!?」

「お前が言うのかよ。」

「俺だからいいんだよ!!」

「なんだその謎理論。それにお前とノアと2人きりになんてしたら、ノアが哀れすぎるからな。」

「どういう意味だコラ!!」

「天命樹でのこと忘れたのか?少し目を話しただけであの我慢強いノアが絶交だなんて言うほどの激痛を喰らわせるような奴を野放しにしとけねぇだろ。ノアが哀れすぎるわ。」

「うぐっ…それはっ!…反省してる…」

言い返せず萎れるセトに分かればよろしいと言わんばかりに頷くミカエル。

けれど、セトだけでなくミカエルまで命を捨てようとする姿にメルバが再び声を上げた。

「ミカエル!アンタまで何言いだすんだ!?」

「セトはもう止められない、だから不義理を詫びに行く。簡潔だろ?」

「ふざけるのも大概にしな!!ノアがそんな事望むとでも本気で思ってるのかい!?」

「いいや。」

「っ!」

「ノアは望んじゃいない、でもノアは俺が決めたことは否定しないと言った。だから……もう決めたんだ。」

静かに、けれど反論は許さないという圧を籠めた一言に流石のメルバも押し黙る。

出会った時から共依存する2人を守る騎士の様な立場を貫いていたミカエル。

誰かが2人の間に立とうものなら、普段の温和な姿からは想像もできないほど残忍に行動することを知っているメルバ達は悟る。

もう、何を言っても無駄だと。

(アンタも、そう思ったのかい?…ノア…)

「…認めないよ、アタシは。」

「それでいい。きっとノアもメルバの言葉に賛同する。」

「……なら、よく伝えるんだね…アンタらの馬鹿さ加減を…」

滲む涙を豪快に拭いながら睨むメルバを、セトとミカエルが穏やかな笑顔で受け止める。

ようやく浮かべた笑顔が、死にゆく際の笑顔だなんてあんまりだと思いながらも心のどこかでホッとする自分がいる。

メルバも、ミーティーも、ソリスも、ジンも、本当は分かって居たから。

「ノアさんに、よろしくお伝えください。」

「あ、あのっ!ありがとうって、ずっと大好きですって…!!」

「アイアンメイデンで反省させられる姿を見れんのが残念だ。」

「全くだね。1年ぐらい閉じ込められといで、この大馬鹿野郎ども。」

涙を浮かべながら2人を見送る仲間達に、セトとミカエルは晴れやかな笑顔を浮かべて頷くと聖剣に向き直る。

迷いのない表情に聖剣は何も言わずに、己の刃を輝かせると2人の心臓を貫く。

できる限り、痛みがないように。

「…どっちが先にノアを見つけられるか、競争だ…バカエル…」

「…なら勝ちは譲るよ……俺が見つけるまで、怒られとけ…バカセト…」

そして、目を閉じた2人の顔は幸せそうな笑顔が浮かんでいた。



~*~



「あ…あの、さ…」

「ん?お前って確か…」

「お、同じクラスだけどその…〇〇〇の話、聞こえてきて…」

もじもじと声をかけてきたのは、見覚えのない奴だった。

何の接点もないはずなのに、かけられた声がどうしようもなく懐かしく感じる。

まるで、ずっと前に会っていたみたいに。

「なに?お前もやってんの?!」

「う、うん。それで、ちょっと苦労してるところがあって…ここなんだけど…」

「え?!お前こんな所まで行ったの?!」

示され場所は超弩級の難関ポイントで、昨夜悪友と一緒に悲鳴を上げながらも結局クリアできなかった場所。

こんな所に既に到達した猛者がこんな近くに居たなんてと驚きの声を上げれば、少し眠そうな悪友が顔をのぞかせる。

「どうした?」

「見てみろよ!!ここ、昨日俺らがスゲー苦労した癖に爆死して終わったとこ!!」

「これがどうしたよ、自虐してんのか?」

「ンなわけあるか!!ここまで到達した猛者がここにいるんだよ!」

「は?妄想も大概にしろよ。」

「事実じゃボケ!!オラ!お前もなんとか言え!!」

「あ、えっと…うん、到達しました…」

「マジか!?」

「な~んで俺の言葉信じねぇかなコイツ…」

「日頃の行いだろ。」

「なにおう!?」

「くっ…ふふふっ…」

「!」

控えめに笑う笑顔に、目が釘付けになる。

まるで、ずっと探していたかのように、ずっと求めていたかのように、その笑顔が輝いて見えて泣きそうになった。

初めて会ったはずなのにどうしてそう思うのか分からなくて、兎に角、不審に思われたくない一心で表情を引き締める。

「ほら見ろ!!笑われただろうが!!」

「お前のアホさ加減の賜物だろ。」

悪友が居てくれてよかった、今だけはその悪態も許してやろう。

自分の事で手一杯な俺は、悪友の目が少し潤んでいることに気づかないまま問いかける。

「なぁ、名前なんていうんだ?一緒にやろうぜ!」

「!ぁ、お、俺の名前は…!」




▼深刻なバグが発生しました、ゲームを再起動します。

読んでいただきありがとうございました!

これにて完結となります!

ノアを生存させるか否かは構想の段階からかなり悩んだのですが、彼には彼の意志を全うして頂きました。

輪廻を巡った先で再会できた三人は切望した穏やかで幸せな日々を過ごす事でしょう。

ですが、その先に待ち受ける物についてはコメントを差し控えさせていただきます;

それではここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!


次回作は少し間を開けてから投稿予定です!

もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ