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推しを救おうとしていたはずなのに何故か主人公に執着されています  作者: 夕月


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Act・1

「やめろっ!ノアぁあああっぁあぁあ!!!」

ミカエルの声が聞こえる。

いつもならどうしたんだよと軽い口調で相槌を打ちながら振り返れるのに、今回ばかりはそれもできない。

だって、俺の体はもうすぐ物言わぬ石造となるのだから。



俺は、所謂転生者という奴だ。

前世の死因はもはや王道と言えるほどベタな、突っ込んできた車に撥ねられて即死。

少しだけ違う所があるとすれば、突っ込んできたのはトラックではなく乗用車って所だ。

辛うじて見えた車体に高齢者マークがついてたから、多分アクセルとブレーキの踏み間違えってやつだな。

俺の最後こんなかよって思いながら途切れた意識は、この世界の赤ん坊として浮上して。

「ばぶぁ!?(なんで!?)」

混乱した、そりゃあもう激しく混乱した。

そのせいで赤ん坊の俺は大泣きしすぎて熱を出し、数日間生死の境をさ迷った。

感情と直結している赤ん坊の体って不便だとつくづく思ったね。

まぁ、そのお陰で冷静さを取り戻したんだから結果オーライだ、うん。

冷静さを取り戻した俺はまずは情報収集に取り掛かった、ラノベとかでよく見る異世界転生は前世で流行したゲームや小説、漫画などの世界に転生するのが鉄板だったからもしかしたらそんなキラキラした世界に転生できているかもしれないと思ったからだ。

だからと言って別に主人公とか俺TUEEE!系の逆ハーになりたいとか思ってたわけじゃない。

パッとしない俺は精々脇役のモブがお似合いだし、むしろモブがいいとすら思ってる。

重要キャラのお約束である重い宿命とかそんなの御免被るからな、背景モブとして慎ましく暮らせれば俺はそれでよかった。

本当に、それでよかったんだ。

「ああ、よかった。一時はどうなる事かと思ったけど、持ち直してくれて本当に安心したわ。」

「よく頑張ったな。流石は俺の子だ、ノア。」

(ノア…?ってちょっと待て、ノアってまさか、あのノアじゃないよな?!)

この世界での俺の両親らしい二人が赤ん坊の俺を愛おし気に見つめている。

あまり特徴的な外見とは言えない両親だが、その優し気な眼差しから二人が善人であることが伺える。

ノアという名前、平凡だが善人な両親というキーワードが俺の脳内にあるゲームの名前を呼び起こす。

“Arc”

俺が前世で遊びつくしたアクション系RPG。

人と亜人が共存し、天命樹によって支えられる世界、マフォリマ。

平和な日々は世界を蝕む病・黒瘴によって突如崩れ去る。

世界を支える柱である天命樹が黒瘴に脅かされ、魔物が生まれたのだ。

魔物は人も亜人も関係なく襲い、辺りに瘴気をまき散らした。

まき散らされた瘴気は世界を蝕んでいき、徐々に世界を崩壊させていく。

世界が崩壊へと歩みを進める中、とある村に住む少年・セトが不可思議な声に導かれ一振りの剣を見つけたことで運命が回り始める。

とある事件をきっかけに剣を手にしたセトは魔物と戦い、崩壊へと進む世界を食い止めるための旅に出ることになる。

という、王道ファンタジーだ。

制作会社はそれなりに有名だったが、十年ぶりに別の超人気タイトルの新作が発売される時期と被った事で人気はいまいち伸びなかった。

まぁその他にゲーム自体に特筆して万人受けする要素が薄かったというのもあるのだろうが、俺はとても気に入っていた。

ゲームシステムが性に合っていたというのもあるし何より登場キャラに好みドストライクの奴が、俺の人生観すら変えてしまうほどの奴がいたからだ。

人気が髙ければアクスタとかグッズがでるし何より推しに貢ぐ事ができるのにっ!と当時の俺が嘆くぐらいは好きなキャラだったのだ。

そして、今俺はそんな世界に序盤死にキャラとして転生した。



少年・ノア。

主人公であるセトと同じ村に住む少年で、大人しい性格をしている。

活発じゃないだけで運動もそれなりにできるが、外で遊ぶよりも家の中で本を読む方が好きなためその知識は大人に比肩を取らない。

ゲームではその知識によって主人公が手にする剣が伝説の聖剣であることを見抜き、村が危機に瀕した時に主人公に助言するのだがその際、魔物に喰われて死亡する。

(モブの方がマシだったわ…)

とはいえノアがセトに助言しないと聖剣の正体が分からず最悪、セトすらも死亡してしまうかもしれない。

そうなればどの道、世界が崩壊して終わりだし何より─

(セトが旅立たないと、ミカエルが救われない…)

前世の俺の推しであるミカエル・ヒューストンはセトの右腕的存在だ。

ミカエルの両親を襲った魔物は特殊能力を持った魔物で、死体に憑依する力を持っていた。

その力を使ってミカエルの両親に成りすまし、ミカエルに悪事を働くように強要する。

優しかった両親が突如変わってしまったことに戸惑うミカエルは、その原因がセトの持つ聖剣だと吹き込まれセト達の前に立ちはだかる。

凄腕の冒険者に師事していたミカエルの実力は折り紙付きで、何度もセトを追いつめるが魔物がミカエルの両親に成りすましていることが判明することで共に魔物を討伐する。

(それから、悪事を働いていたことは事実だからと自ら出頭して罰を受けようとするんだよな。でも、そこを救世の勇者として名声を立てていたセトが執成すことでミカエルは許され、共に旅立つ仲間となる。)

時系列的にはまだミカエルもミカエルの両親も無事だが、言葉も満足に喋れない赤ん坊にできる事なんてない。

今から鍛えてミカエルが襲われる前に敵を倒すにしたって、序盤のお助け死亡キャラに魔物を倒す力なんて果たしてあるのだろうか?

(転生者特典とかないのかな…ええい物は試しだ!ステータス、オープン!!)

とりあえず思いつくだけ試してみようと内心で叫んでみると、空中に前世でよく見たステータス画面が表示された。

試してみるものだなとウキウキしながらステータス画面を見れば、自分の名前の下に“死を運命づけられし者”という何とも不吉な称号が表示されていた。

(いやなんつー称号だよ!!そこはもっと無難に転生者とか異界の住人とかでいいだろうが!!)

言葉は喋れないのでダンダンと地団太を踏めば、思ったよりも大きな音がして我に返る。

ツッコみたい気持ちはまだあるが、ここで暴れればまた善人な両親を心配させてしまう。

それは心苦しいため何とか抑え込むと、肝心のステータスを確認する。

表示されている数字はどれも低いが、赤ん坊のステータスだと思えば普通といえたが体力だけが他よりも僅かに高かった。

(ノアは元々インドアなキャラだから体力は低そうなのに、そうでもないのか……いや待てよ、もしかして高熱で死にかけたことでステータスに変化があったとか?)

もしそうなら、魔力も筋力も限界まで酷使すれば強くなれるかもしれない。

少しだけ見えた希望の光に心が湧きち、とりあえず当面の目標として自力でのミカエル救済を掲げた。



(うん、そう簡単にいくわけないよねぇー…)

あれから五年の月日が流れた。

ある程度動けるようになった俺は、さっそく限界までの酷使を試してみた。

最初こそ予想通りステータスが上昇したが、ある一定の数値でピタリと止まった。

何故だとステータス画面を食い入るように見た結果、分かったことは俺のステータスには制限がかけられているという事。

つまり、どんなに修行しても一定以上のステータスにはならないという事だ。

「所詮俺は序盤のお助けNPCってことかよ…」

「NPCって何?」

「おわぁあ?!」

項垂れていると背後から声がかかった。

驚いて振り返れば、幼少期のセトがこちらを不思議そうに見つめていた。

ゲーム本編ではあまり関わり合いがなかった筈のセトだが、何故か今はお互いに親友という立場にある。

別に俺から絡みに行ったわけでもないのに、いつの間にか隣にセトが居る事が当たり前になっていた。

最初こそ警戒したものの、転生者特典なのか相手のステータスも見ることができるお陰ですぐに解決した。

流石主人公、コミュ力のステータス値がとても高い。

これはあれだ、前世で言うとこの陽キャという奴だ。

もしかしたら、あまり関わり合いがなかったノアがセトに助言できたのかこのコミュ力のお陰なのかもしれない。

「ね、NPCって何?」

「あー、NPCはなんていうか…いや、それよりも何でここに居るんだよセト。お前確か、おばさんと一緒に街に行くとか言ってなかったか?」

「分かりやすく話反らしたね。街には行ったよ?でも途中で土砂崩れが起きて引き返してきたんだ。」

「土砂崩れ?最近雨なんて降ってないのにか?」

「うん。多分、魔物の影響だろうって母さんが言ってた。」

「魔物…」

魔物の脅威が日に日に増してきた最近ではこのようなことは珍しくない。

昨日まで鬱蒼としていた森が焦土と化していたり、逆に荒地が沼地に変化していたり、突如大地が隆起して山ができていたことだってあった。

そんなことができるのは世界の柱である天命樹だけ、つまり天命樹を蝕んでいる黒瘴が進行しているという事だ。

ゲーム開始はセトが十五歳の頃だからまだ十年も猶予があると気楽に考えていたけれど、セトと俺が親友になった事みたいにゲーム通りに進まないことだってあるかもしれない。

(もしゲーム開始が早まって明日にでも村が魔物に襲撃されるだなんてことになったらひとたまりもないぞ…でも、だからと言って今からセトと聖剣を引き合わせる事なんてできない…)

聖剣は使い手が未熟だと真の力を発揮しない。

いくら後の大英雄だとしても、たった五歳の子供が聖剣を満足に扱えるとは思えないし逆に魔物達に目を付けられてしまうかもしれない。

そうなればそれこそ襲撃を早めて自滅だし、ミカエルも助けられない。

リスクなく安全性を高めるにはどうすればいいか悩んでいる俺の手を、セトが引っ張る。

「なぁ、早めに帰ってこれたし、昨日の続きと行こうぜ。」

「続き?まだ先に行くのか?」

「あそこであれだけ採れたなら奥にはもって成ってるかもしれないだろ!」

セトが言う続きというのは森の探索の事だ。

子供である俺達は印がつけられた場所までしか森に入ることはできないが、森は横にも広い。

そのため、決まりを守りつつ未知を探索しようと好奇心に突き動かされたセトに誘われ森を探索していたら木苺が沢山実っている穴場を見つけたのだ。

しかもちょうど食べ頃だったようで木苺はとても甘く、二人して口が真っ赤になるまで食べまくった。

確かにこれから冬になるし、食料が多い事に越したことはないしそれに、ここでウンウン唸った所で妙案が浮かぶとも思えない。

気晴らしも兼ねて付き合おうと腰を上げれば、五歳児らしく表情を明るくさせたセトに促されて森へと入っていく。

前世では縁遠かった鬱蒼とした森は、初めこそ青臭さと土臭さに顔をしかめたが慣れてしまえば逆に心地よく感じる。

心地よく感じるのはセトも同じようで水を得た魚の様に楽しそうに突き進んでいく。

その速度は子供にしてはとても早く、この村でセトのペースについていけるのは俺くらいだがそれも数年後には突き放されることだろう。

どんなに努力しても所詮俺は序盤のお助け死亡キャラなのだ。

「見ろよノア!」

「ん?」

少し卑屈になっていた俺にセトが興奮したように声を上げる。

見れば多種多様な木の実のほかに、きのこや薬草が大量に実っていた。

子供が来れるぐらいの浅い場所にこれほどの穴場があったとは、驚きに声を上げれば何故かセトが自慢げに胸を張る。

確かにもっと奥に行こうと言ったのはセトなのでセトの成果と言えなくもないが。

「やっぱり俺の予想は正しかったんだ!これだけあれば村の皆も喜ぶぞ!」

「だな。」

抱えてきた籠に手当たり次第に木の実やらきのこやら薬草やらを詰めていく。

街に行く道が土砂崩れで塞がったという事は、冬備え用の薪を始めとした消耗品を入手しづらくなった所だったので、セトの言う通り村の皆は大喜びだろう。

小さな村といえど冬備えを森の恵みだけで乗り切ることは難しい、特に厳しい寒さを凌ぐ為の薪や寒さに乗じて猛威を振るう病を撃退する薬草なんかは手に入りにくい。

森が近くにあるのだから薬草はともかく薪は手に入りやすそうと思われがちだが、森の木を薪として使うには伐採してから最低でも一年乾燥させなくてはならないのだ。

日々の蓄えとしてコツコツ薪割をしていても、冬の寒さの前にはすぐに消えてなくなってしまう。

しかし、目の前にある恵みがあれば近隣の村から木の実やきのこと交換で薪を入手できるかもしれないしそうでなくとも、食料調達に割いていた人員を薪要員に組み込むことも可能になるだろう。

けれど子供二人では採れる量は高が知れているから、明日にでも大人達と共にもう一度来た時に打診してみようと予定を立てる俺に、セトの叫び声が響いた。

「うわぁああ!!?」

「セト?!」

後ろでせっせと収穫していたセトの声に振り返れば、足を踏み外したセトが崖から転げ落ちそうになっていた。

助けようと慌てて手を伸ばし、セトの手を掴むことに成功するがいかにステータスを上げていても子供の力では引っ張り上げることは難しかったようでセト共々仲良く崖を転がり落ちてしまう。

「「わぁああぁ?!」」

転げ落ちる中でどうにか体制を立て直し、衝撃が少なく済むように防御態勢を取る中でこの森に、しかも子供が入れるぐらい浅い場所にこんな崖なんかあったかと疑問がよぎる。

滑り台程度の大きさならば街に行く道を塞いだ土砂崩れの様に、魔物の影響とも考えられるがどう考えても滑り台程度の大きさではない。

例えるなら前世のウォータースライダーの五倍、いや十倍ぐらいの距離を勢いよく滑り落ちているのだ。

このままではいかに防御態勢を取っていても、地面に叩きつけられる際の衝撃で無事では済まない。

どうにかして衝撃を和らげられないかと視線をさ迷わせてもそんな都合のいいものは持ち合わせていない。

滑り落ちる先に地面の様なものが薄っすらを見え始めた瞬間、俺は覚悟を決めた。

(かくなる上は…!)

「セト!!」

「ノア?!」

隣にいたセトを抱きしめると、前方に魔力を放出する。

まだ魔法というものを習っていなかった俺がステータス値を鍛える際に編み出した荒業。

俺が持つ魔力をそのまま放出することで即席の防御壁を作ったのだ。

とはいえ俺のひっくいMP値では作れる壁は高が知れているので、壁プラス俺という肉壁でセトだけは死守しようとした。

どちらか一人でも無事なら助けを呼べるし、最悪俺が死んでもセトが生きていればミカエルは救われる。

(どうせ序盤で死ぬお助けキャラなら助言程度よりも、体を張った方が格好もつくってもんだろ!!)

本能的な恐怖を、奥歯を噛んで堪えながら来る衝撃に備える。

そして二人は、石造りの床に叩きつけられた。



「…ぁ……ぉ……ァ……ノア!!」

「…んっ…」

「!ノア!無事か?!ノア!!」

「せ、と…?」

必死に俺を呼ぶセトの声に意識を浮上させる。

どうやら目論見通りセトは無事だったようで安心すれば、途端に体が鈍く痛む。

予想よりも怪我は酷くないようで安心するが、目の前のセトはそうではないらしく痛みに呻く俺に量の目から大量の涙を流す。

「ごめん、ごめん俺が足を踏み外したせいで、ノアが…ノアが…」

「泣くなよセト。何とか怪我程度で済んだんだ、まずは生きてることを喜ぼう。」

「でもっ!!」

「責任を感じるなら俺を無事に村まで帰してくれよ。生きてはいるが、動けそうにないからな。」

「っ!ああ!任せろ!!」

グイッと荒く涙を拭いてやっと笑顔を浮かべたセトに安堵しながら辺りを見回す。

さらに深い森を予想していたが、予想に反して周りは森というよりも洞窟の中といった感じだった。

岩肌がむき出しになった自然観満載の洞窟ではなく、鍾乳洞の様な結晶化された洞窟はとてもひんやりとしていて僅かに水の気配すらある。

(この森にこんな洞窟があるなんて聞いたことないぞ…というかここって、ゲームの聖剣が眠る聖域に似てないか…?)

ゲームではドット絵表記だったけれど、見れば見るほど聖剣が安置されている聖域に似ていると思えてならない。

もしそうなら、セトが足を踏み外したのも聖剣に呼ばれたと考えられる。

(もしそうなら…)

「な、なぁノア…」

「どうした?」

「出口が、なくなった…」

(ビンゴかよ…)

俺の状態を簡単に確認した後、歩けないと判断したセトが俺を背負おうと体制を低くした時、それまで後方に続いていた道がまるで最初からなかったかのように塞がっていた。

それはゲームでもあった事。

本来はもう少し成長したセトが村の子供達が見つけた洞窟に度胸試しの一環で入り、出られなくなった先で聖剣を見つける。

洞窟の入り口は自然観満載のザ・洞窟という言葉が相応しいのだが、先に進むほどに今俺達が居るような場所になっていくのだ。

「上も…同じか…」

「どういうことだよ一体!!」

後ろに進めないのなら入ってきた頭上はどうだと見上げれば、穴一つ見当たらない。

不可解な状況に混乱し始めるセトだが、俺の状態が目に入り少し頭が冷えたのか落ち着くために大きく深呼吸をする。

こういう風に自発的に自分を律することができるのは流石主人公というべきだろう、もし俺がセトの立場だったもう少し慌てている気がする。

「とにかく、後ろがダメなら前に進んでみるしかないよな。もしかしたら、抜けられるかもしれないし。」

「だな。けど、かなり深そうだし俺はここで待ってるからセトだけ進んでみて大丈夫そうなら俺を拾いに来てくれ。」

「何言ってんだ!一緒に行くに決まってんだろ!」

「気持ちはありがたいが同じぐらいの体格の奴を長時間背負って歩けるのか?下手したら共倒れで終わりだぞ。」

恐らくこの先に聖剣が眠ってる。

セトが聖剣を手にすればこの洞窟からも解放されるだろうから一緒に行くよりもここで待っていた方が合理的だ。

聖剣を手にする決定的瞬間が見たくないと言えば嘘になるが、序盤死亡お助けキャラには分不相応な願いだろうし何よりも重要なのはセトが聖剣を無事に手に入れる事。

そうすれば結果的にミカエルは救われ、世界も救われ、もしかしたら俺も─

「休みながら行けば大丈夫だ!俺は絶対にノアを置いていかないからな!」

「ちょっ、おい!!」

思考に集中しそうになっていた俺をセトが強引に背負う。

村の中じゃ一番体力があるとはいえ五歳の子供が五歳の子供を背負う事がどれほど大変なことかなんて考えるまでもない。

予想通り少し顔をしかめるセトだが意思は固い様で、体制が整うと歩き始めてしまう。

「降ろせって!!魔物の気配もしないんだからきっとここは安全なんだよ!それにお前なら一っ走りで洞窟の先まで行けるかもしれないだろ!!」

「却下!!」

「セト!!」

「自分を、後回しにするの、ノアの、悪い、クセ…だぞ。俺は、ノア、に、守ってもらわにゃ、ならんほど、弱く、ねぇ…!」

対して歩いていないというのに大粒の汗をかき、息も絶え絶えなセト。

もう少し体が動けば無理矢理暴れることもできたが、体にまとわりつく鈍痛がそれを阻む。

(…本当は分かってる、主人公とか関係ない。セトは、目の前で困ってる奴を放っておけないお人好しだってことぐらい。でも、俺は…)

セトをセトとして見てしまえば多分俺はミカエルを助けることを第一目標にすることができなくなる。

世界を救うために旅に出て英雄と呼ばれ、尊敬され、祀り上げられるのは第三者から見ればとても栄誉なことだろう。

だが、実際にそれを行う側から見れば苦難でしかない。

たった十五歳の青年がある日突然世界の命運を託され、自分の意思とは関係なく役割を果たすことを強要される。

それは、理不尽以外の何物でもないだろう。

ゲームのセトは村で穏やかに過ごすことを望んでいた。

外に強い憧れがあるわけでも、外でしか成し遂げられない夢があるわけでもない、大好きな故郷で平穏に生きて死ぬことがセトの望みだったのに世界はそんな細やか願いを否定する。

そして、俺もそうだ。

セトが聖剣を手にしなければ、世界を救おうとしなければ、ミカエルは救えない。

仮に俺のステータスが鍛えれば鍛えるほど上昇するチート性能だったとしても、聖剣を持てないならばミカエルは救えない。

何故なら、魔物を浄化できるのは聖剣だけだから。

「セト…」

「ぜぇ…はぁ……」

(なぁ、セト。そんな必死に俺の事助けようとしなくていいんだ。俺は、お前に酷い事を強いる側なんだ。お前の敵なんだよ…だから…)

「…優しく、しないで…」

「っ…やーだね!」

「!」

「俺、ノアの事、好きだ。だから…やだ!」

ぽつりと、それこそ聞き取れるか怪しいぐらい小さな声で呟いた言葉はセトによってバッサリ切り捨てられた。

俺にとって、残酷以外の何物でもない言葉。

それなのに、俺はそれを嬉しいと感じてしまう。

「……ばか…」

「…へへっ!」

馬鹿だ、俺達二人とも。

このまま俺を置いていけば、苦労することなくこの洞窟から脱出できるというのに。

俺から逃げれば、もしかしたら何も知らないまま村と共に眠れたかもしれないのに。

セトから離れれば、セトの苦しみを少なくできるかもしれないのに。

ああそれでも、やっぱり一番の馬鹿で愚か者は俺か。

目頭が熱くなっても、セトの運命を口にしないのだから。

「!ノア、あれ!」

「!」

何か見つけたらしいセトが声を上げれば、前方にまるで祭壇の様に整えられた意思に一振りの剣が突き立てられている。

その光景は、ゲームで見た聖剣の登場シーンと全く同じだった。

(聖剣…)

ここでこの剣をセトが手に入れればこの洞窟から出ることができる。

でもそれは、セトの運命が動き出すことも意味している。

(お助けキャラとして聖剣の事をセトに話せば、ミカエルは救われる。ゲームよりも進行が速い分、村だって魔物の襲撃から守られるかもしれない。でも…)

村で過ごした五年分の思い出が脳裏を過る。

家の中で過ごしがちだった俺を引っ張り出して、村の子供達と交流を持たせてくれたセト。

子供らしい悪戯に巻き込まれて、一緒に近所の大人から説教をくらったセト。

自分の方が早いと泥だらけになりながら競争して、共に風呂に放り込まれたセト。

口の周りを真っ赤にしながら美味しそうに木苺を食べるセト。

その全てが、この聖剣を手にすることで、遠い過去になる。

セトが望んだ、細やかな望みが砕ける。

「……。」

思い出せ、俺の第一の目標はなんだ。

推しのミカエルを救う事だろう?

その為にはここでセトに聖剣を手にしてもらわなくちゃならないんだ。

でなきゃミカエルは救われないまま、望まぬ汚名を浴びて死ぬことになる。

それでもいいのか?

(そんなのは嫌だ…でも…)

「なぁ、ノア。」

「!な、なに?」

「この声、ノアにも聞こえる?」

「声…?」

ぼぉっと前方を、というより聖剣を見つめるセトの表情にぎくりと身を固める。

恐らくセトの言う声とは聖剣の声だ。

やはり、セトが足を踏み外したのは聖剣の影響だったのだ。

しかし、ゲームではここで聖剣の声が聞こえてくるなんてことはなかった。

聖剣の声は、聖剣を手にして初めて聞こえてくる。

(一体どうして…ゲームよりもセトの素質が強いのか?それとも聖剣の力が強くなってのか?)

「ノア、ちょっと待ってて。」

「っセト!!」

ゲームとの差異を訝しんでいると、トランス状態の様なセトがゆっくりと俺を地面に降ろす。

怪我もあるから正直、落とされなくて安心したがこのままいけばセトは間違いなく聖剣を引き抜くだろう。

それは本来喜ばしいことだし、ある意味正しい姿なのだろう。

でも…

(本当にこれでいいのか?ミカエルを救うためにセトを犠牲にして、セトの望みを犠牲にして、それで本当に後悔しないのか?)

ミカエルの笑顔を見るたびに、俺は後悔しなくて済むのか?

ゲームのラストは英雄として世界のために世界中を飛び回り続ける、それはセトの意思ではない世界を救うほどの力を持つものが一か所に留まれば途端にパワーバランスが崩れ戦争に発展しかねないからだ。

安住の地を得られない永遠の旅路を行くセトの背を、俺は笑って見送ることができるのか?

次第に孤独となるセトを、俺は自分のために選べるのか?

(ダメだ!!)

「待て!セト!!」

例え俺が聖剣の事をセトに教えなくても、聖剣が引き抜かれればいずれ魔物が気づき襲い掛かってくるし何より小さい村の中でしか生活しなかったゲームのノアが知っていたのだから、俺でなくともセトに聖剣の事を教えるかもしれない。

つまり、ここでセトが聖剣を手にすればもうゲームを止めることはできなくなる。

「!ノア?」

「ダメだ!このままじゃ、お前は全てを失うことになるぞ!!」

悲鳴を上げる体を無視して立ち上がり、聖剣に近づくセトを止める。

本当は引き離すことができればよかったが、痛みを無視しても傷を負った体はうまく動いてはくれず抱き着くような体制でセトの動きを封じるのが精一杯だった。

「どういう…ノア、俺はただ…」

「俺は!お前を犠牲にして笑っていられるほど強くねぇんだ!!それなら、いっそ…!」

今持てる全ての力を込めてセトを後方へと押し込めると、聖剣の柄に手をかける。

序盤お助け死亡キャラが主人公に成り代わるなんてことは普通なら不可能だ、だけど、今ここにいるノアはただの序盤お助け死亡キャラじゃない。

転生者(俺)という、特異すぎる序盤お助け死亡キャラならワンチャンあってもいいじゃないか!

「ぐっ?!」

柄を持った瞬間、体中が焼けるように痛む。

もしかしたら、正当な使い手ではない者を拒絶しているのかもしれない。

当然だ、聖剣にしてみればずっと待ち望んでいた主人を奪われたのだから文句の一つや二つあることだろう。

だが、こちらもはいそうですかと引き下がるわけにはいかない。

聖剣が主人と共に世界を救う事を望むように、俺もセトが犠牲にならない事を望んでいるのだから。

(セトが犠牲にならなくて済むなら俺を好きに使ってくれて構わない!!どうとでもしてくれ!!お前の望みが叶うことは俺の望みが叶う事も同義だ!体を引き裂かれたって、人形になったって構わないから、俺を選んでくれ!!)

聖剣が世界を救えばどのみちミカエルも救われる。

セトが犠牲にならずミカエルも救われるなら、俺なんてどうなっても構わない。

前世、内気で消極的だった俺がここまで前向きになれたのは子供の頃にこのゲームと出会えたからだ。

主人公のセトと共にこの世界を冒険して、大好きなミカエルを救って、頼もしい仲間達と語り合っている姿を見て、うじうじしている自分もあんな風になれたらと憧れた。

初めに、この世界(ゲーム)が俺を救ってくれたんだ。

だから、俺如きで役に立てるならどうなったっていい。

≪我は聖剣、魔を払う使命が形を得た物。我を手にし者は我が使命に染まる定め。≫

(染まるって、それじゃあ洗脳と同じじゃないか!そんな事、セトにするなんて認めない!!)

≪特異すぎる魂よ、汝を対価とすればこの世界は救われるだろう≫

(本当か?本当に俺は世界を救う対価になれるのか?)

≪是≫

(よかった…なら俺でいいじゃないか!!そうすればセトもミカエルも苦しまずに済む!)

≪だが、そうなれば汝の魂は価値を失う。汝が汝であることが肝要なのだ。≫

(え?それってどういう事だ?)

≪そしてまた、それを良しとしない者がおる≫

(どうして、俺だけで済むならその方が…)

「ノア!!」

「?!」

柄を持つ俺の手ごと、後ろからセトが掴む。

そうまでして聖剣を引き抜こうとするのかと肝を冷やしたが、セトの手は聖剣を引き抜くというよりも俺の手を引きはがそうとしているようだった。

「ノア!聞こえるかノア!!手を離せ!!このままじゃ、お前の手が焼け落ちる!!」

≪その者の言っていることは真実だ。このままでは汝の腕は失われる。≫

(はぁ?!ちょっ、そんなことになったらお前を使って世界を救えなくなるだろ?!俺の魂は世界を救う対価になるんだよな!?ならこのまま俺がお前の使い手に…まさか、俺がお前の使い手になった瞬間に世界を救う対価になる価値を失うって言いたいのか?)

≪是≫

何という事だ、それじゃあどう足掻いてもセトから聖剣を引き離すことはできないってことだ。

いや、まだ諦めるのは早い。

俺が聖剣の使い手になれなくても、セトが旅立つ必要をなくせられれば…

「あ゛ぁあ゛あ゛!!」

「ノア!!」

≪これ以上は汝の体が持たぬぞ。≫

(ぐっ…聖剣!もし、もし他の…っ!!)

聞きたいことがあるのに、急に蘇った激痛に思考が奪われる。

腕が焼き切れ様とも魂は無事だろう、だけど恐らく聖剣の使い手ではない俺は聖剣に触れないと話ができない可能性がある。

この後、聖剣をセトが手にしたらきっとセトの事だ、二度と聖剣を俺に近づけさせないだろう。

選ばれた者以外が触れると酷い拒絶を受けるからとか考えて。

そうなれば、俺は二度と聖剣と話ができない。

セトもミカエルも苦しまずに救う方法を聞き出すこともできない。

≪…汝は、愛する者の為に死することを許容するのか≫

(…死する事……うん、それしか方法がないなら、受け入れるよ……簡単に死にたいわけじゃ、ないけどな…)

≪汝が覚悟、しかと見届けた。我を作りし創造神の名の元に我が鞘を授ける。≫

(さ、や…?)

その言葉を最後に、俺の意識は完全にブラックアウトした。


「ノア!!!」



ここはどこだろう、暗くて静かだけど温かくて酷く落ち着く。

まるで水の中に居るようなふわふわとした感覚が全身を包むが、肌はさらりと乾いている。

そんな不可思議な空間で暫く漂っていた俺の視界の隅に、何かが光ったように見えた。

(…?)

ゆっくりそちらを向けば、そこには銀でできた植物の蔓の様な装飾が見事な物があった。

一目見て一級品だと分かるそれは暗い空間を照らす様に輝いている。

とても美しい品物であることは分かるのに、綺麗すぎて障ることを躊躇するが故にそれが何なのかが分からない。

周りをぐるりと一周することで何かを差し込むような形状をしていることまでは分かったが、それでもこの美しい品物の名が分からない。

(知っているような気がする…というより、とても最近聞いたことがあった…誰かが、言ってたんだ…誰だっけ…とても大事な話をした気がする…)

思い出そうとすると睡魔が邪魔をするように瞼が重くなる。

それでも思い出したくて、泥の様に重くなる思考を必死に動かす。

(俺の名はノア、ノアはあのゲームでの序盤お助け死亡キャラで…推しのミカエルを助けたくて…でもセトも助けたくて…それで…それ、で………………………!!)


≪汝が覚悟、しかと見届けた。我を作りし創造神の名の元に我が鞘を授ける。≫


(もしかして、聖剣の…鞘?)

繋ぎ合わせた記憶から見つけた言葉を口にした瞬間、暗いだけだった空間が光に包まれ、砕け去った。



「ノア!!しっかりしろ!ノア!!!」

「…んっ…」

「!ノア!ノア!!」

「せ……と…?」

気がつくと眼前に大粒の涙を流したセトが居た。

俺がセトの名を呼ぶと抱き着け、さらに泣きじゃくる。

一体どうしたと泣きじゃくるセトを宥める為に腕を上げようとした所で、激痛が走った。

「う゛っ…」

「!ノア!まだ動くな!!お前の腕、酷い怪我なんだぞ!?」

セトの言う通り、俺の両腕は包帯でぐるぐる巻きにされており肩ら辺まで真っ白になっているし、少し動かそうとしただけで息が詰まるような激痛が走る。

そこでようやく、自分が聖剣を手にして拒絶されたのだと思い出すが結局どうなったのか記憶がない。

「セト…俺、一体どうなったんだ…?」

「いきなり剣から弾き飛ばされるように吹き飛んだんだ。いくら声かけても起きなくって、そしたら…あの剣が自分を引き抜けばここから出られるっていうから、さっさと引き抜いて急いで村に戻ったんだ。」

「引き、抜いた…?」

それから大変だったんだぞ!?と続けるセトの言葉が耳に入ってこない。

俺は結局、セトを運命から守り切れなかった。

聖剣の言葉が真実なら、セトは聖剣の使命に染まって世界を救うために全てを捧げてしまう。

穏やかに生きて死ぬという細やかな望みすら踏みにじられて、安住の地も得られずに永遠の旅路を歩まなければならなくなる。

(俺は…無力だ…)

知っていたのに、アレを手にしたらセトがどうなるか分かっていたのに、止められなかった。

俺がミカエルの救いを願ってしまったばかりに取り返しのつかない事をしてしまった。

「ごめ…なさ…」

「ノア?」

「ごめん、なさい…ごめんなさい…」

「ちょっ、おい、どうしたんだよ?なんでノアが謝るんだ?」

「ごめんなさい…俺が、俺だけがお前を…守れたのに…!そうだ、俺が代わりになれば、まだ…」

「ダメだ!!」

「セト…?」

後悔に苛まれセトに謝りながら縋る俺を、セトが力いっぱい抱きしめる。

セトの体は小刻みに震えていたが、声は微塵も揺らいでいなかった。

「代わりなんて認めない。言っただろノア、俺はお前に守ってもらいたいんじゃないって。俺は、お前を守りたいんだ。魔物からも何からも、世界からだってお前を守りたい。」

「でも、それじゃあセトが…」

「ノアが俺の傍を離れないで済むならなんだってしてやるよ。むしろ、ノアが俺の傍を離れるなら死んでやるからな。」

「なっ!なんてこと言うんだ!!」

「俺は本気だ。」

滅多なことを言うなと声を荒げる俺とは逆に、セトは静かにけれどはっきりと言い切る。

短くない付き合いだからわかる、こうなったセトの意思は固い。

どんなことをしても絶対に折れないし、曲げないのだ。

「…馬鹿な奴…」

本当に、馬鹿な奴だ。

取り返しのつかないことをしたくせに、嬉しいと思ってしまうなんて。

我ながら馬鹿を通り越して、いっそ哀れだ。

「なんとでも言え。」

自分の事を言われたと思って開き直るセトに、苦笑いを浮かべる。

傍を離れると死ぬとまで言われてしまっては仕方がない、守り切れなかった償いも兼ねて対価となるその日まで傍に居続けよう。

「…分かったよ。」

「!!本当だな!?絶対に俺の傍から離れるなよ!?」

「ああ。言い出したら聞かないからな、セトは。」

念を押すセトに苦笑いを浮かべたまま頷けば、先程まで大粒の涙を流していた顔に満面の笑みを浮かべる。

泣いたカラスがなんとやらと思わなくもないが、俺の言葉ぐらいでこの顔を見られるなら安いと思ってしまうあたり俺も大概なのかもしれない。

「約束だからな!」

「ああ、約束だ…う゛っ…」

「ノア!?」

差し出された小指に自分の指を絡めようとして、思い出させるように腕が痛む。

慌てたセトが寝かしつけたことで結局指切りをすることはできなかったけれど、セトの傍を離れないという決意はしっかりと俺の中に刻み込まれた。


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