第1話 吸血鬼の噂
告知から遅れてしまい申し訳ありません。
今作は前作の改訂版になります。
執筆もひと段落したのでこちらに本日から週一で投稿させて頂きます。
是非読んでもらえたら嬉しいです。
追記:内容変更の為修正させて頂きました。
「人の好意は素直に受け取っておくものだ」
そう言ってくれた彼がまさか———だったなんて。
私がその噂を耳にしたのはマエロンにやって来て暫く経った頃だった。
【プロローグ】吸血鬼の噂
私の名は涼香。
一年ほど前、とある事情により母国である島国、華都国を離れたしがない旅人だ。
母国を離れるべく乗船した船の行くままに旅をしていると、やがて私は大陸南の国、貿易国家マエロンへと辿り着いた。
「さて、始めるか」
私は辿り着いて早々、旅のためにその地域の情報を拾い集めた。
人が集まれば、情報も集まる。
情報とは旅人にとっては必要不可欠なものだ。
「よう! 兄ちゃん今日も元気に情報収集かい?」
そんなある日、馴染みになりつつある聞き込みスポットへ向かう途中、聞き覚えのある声に呼び止められる。
声のする方を振り向くとそこには開店準備中の商人、アントニーが手を振っていた。
「アントニーさんおはようございます。まあそんな所です」
そう言うとアントニーは豪快に笑った後、商品棚から何かを取り出した。
「話もいいがたまには商品の一つは買って欲しいところだ。……というわけで今日も知人のツテで良い品が手に入ったんだ一つどうだ?」
そういうアントニーの手には何やら怪しい瓶が握られていた。
(またよくわからない効能の民間薬でも売りつけるつもりだな)
「遠慮しておきます。今はそんなにお金を持っていないので」
「そうかい、それは残念だ」
するとアントニーは肩をすくめた。
彼とは半年程前、この町ドルフィネで開催された大規模なキャラバンで知り合った。
少々胡散臭い所を除けばあらゆる情報や人脈に長けた凄腕の商人である事は間違いなかった。
なので私は彼から何度か情報を買っている。
「……でもまあ、今日は商品より面白いものを仕入れてるんだ」
「面白いもの……?」
その一言に私は少しだけ身を乗り出す。
するとアントニーは口元を手で隠し耳打ちをしてきた。
「とっておきの噂話だ」
「ぜひ聞かせて欲しい、内容によっては報酬も弾みます」
「ヒューヒュー流石顔も心もイケメン様だ! 器が違うねぇ!」
するとアントニーは小さな声で噂を話し始めた。
「吸血鬼の噂って知ってるか?」
「吸血鬼……?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな引っ掛かりを覚えた。
「ああそうだ、話では丁度今みたいな日の目が隠れる曇りの日や夜中に町を徘徊しては人目のつかない場所にターゲットを連れ込んで血を啜って生きる怪物らしい」
「随分と物騒な話ですね」
私は黙ってアントニーを見た。
「けれど本当にそんなものが居るんですか?」
「さあな、俺自身が実際に見たわけじゃないからな」
するとアントニーはあっさりと答えた。
「ただ、ここ最近センチュラル以外の周辺国でも妙な噛み跡のある変死体が幾つか見つかっているみたいでな。それでこの辺りでも噂になってるらしい」
私は黙り込んだ。
「獣に襲われた可能性は?」
「もちろんそう考えてる奴もいる」
アントニーは苦笑いを浮かべた。
「だが人ってのは面白いもんでな。一度“吸血鬼がいる”って話が広まると、何でもかんでも吸血鬼の仕業にしたがるもんだ」
「……それでその吸血鬼とセンチュラルに何の関係が?」
私がそう問いかけるとアントニーは再び口元に手を当て囁く様に話を続けた。
「ところがこの噂にはもう一つ妙な話があってな、その吸血鬼がどうやらとある著名人じゃないかって噂が立っているんだ」
アントニーは周囲を確認してから続けた。
「センチュラルの政治家、ヴァーミリアンだ」
「ヴァーミリアン……?」
「そうだ、センチュラルじゃ知らない奴はいないってレベルのな」
私は眉を寄せる。
「政治家が吸血鬼ですか。……出鱈目にしか聞こえませんね」
「まあ、そりゃそうだ」
アントニーはそう言い軽く笑った。
「ただな、妙なのはそいつが徹底して人前に姿を見せないことだ。おまけに顔写真も肖像画もほとんど出回ってない」
「……それは確かに妙ですね」
「そうだろ?」
アントニーは怪しげに口角を上げる。
「だから人々は考えたわけだ……“あいつは人間じゃないかもしれない“ってな」
私の胸にその言葉が、妙に刺さった。
私も昔"異端"として扱われていたから。
「……人は勝手ですね」
「ん?」
「いえ」
私はアントニーから視線を逸らした。
彼は不思議そうに私を見る。
「どうしてそんな噂が広まったんでしょうね」
そう言うとアントニーはあっさり答えた。
「簡単なことさ、人は得体の知れないものを自分たちが理解できる形に押し込めたがる。そう言う生き物なのさ」
「……」
「正体が分からない政治家なら、怪物にしてしまえばいい」
その言葉が、頭の中で反響した。
無意識に自身の前髪へ手を伸ばす。
「……ヴァーミリアン」
馴染みのない名前。
勿論会ったことすらない。
どんな顔をしているのかもわからない。
それなのに何故かその名前が妙に気になった。
「それで?」
「ん?」
「そのヴァーミリアンという政治家について他に何か知っていることは?」
アントニーがニヤリと笑う。
「随分と興味が湧いたみたいじゃないか!」
「情報は多い方がいいでしょう?」
するとアントニーは指を擦り合わせる。
「ただしここから先は追加料金だ」
「……貴方は相変わらずですね」
「あったりめーだろ! 商人舐めるな!」
私は小さくため息をつき、硬貨を取り出した。
それから暫く話を聞き、私はアントニーの店を後にした。
(私が旅をするこの大陸は、実はもっと不安定で歪なものかもしれないな……)
今日だけで沢山耳にした三つの言葉。
センチュラル、吸血鬼、ヴァーミリアン。
今の私には無縁の話だった。
「ヴァーミリアン……どんな人なんだろう」
少なくともこの時までは——
***
その日、宿へ戻る頃には空はすっかり暗くなっていた。
部屋へ戻ると私は宿舎の窓を開けた。
潮の匂いを含んだ夜風が篭りきった室内に流れ込んでくる。
「センチュラル、か……」
ふと空を見上げれば、雲の隙間から星々が覗く。
いつからだろう。
最初はただ生き延びるために情報を集めていただけだった。
けれどいつしか知らない料理を食べ、知らない言葉を覚え、見たこともない種族や知らない人々と交流し言葉を交わす。
ただそれだけで私の中の空虚は埋まっていった。
それは、実家である氷宮家にいた頃には決してできなかったこと。
「やっぱり旅っていいな……」
思わず笑う。
そして、再びセンチュラルの名前を思い浮かべる。
普通ならただの噂話で終わる。
けれど——
あの言葉が、どうしても頭から離れなかった。
『人は得体の知れないものを、自分たちが理解できる形に押し込めたがる』
「……もし」
私は自分の胸に手を当てた。
(本当は吸血鬼じゃなかったら? ……仮に本当に吸血鬼だったとして何故そんな噂が立ったんだ?)
どちらにしても気になる。
噂だけで誰かを怪物と決めつけることが、本当に正しいのか。
私は、それを知りたくなった。
「センチュラル……」
そして、今度は迷わず口にした。
「行ってみよう」
誰かに命令されたわけでもないし、誰かに必要とされたわけでもない。
ただ私自身が知りたいと思ったそれだけだった。
「そうと決まれば、明日センチュラルについて調べなくてはいけないな」
私は宿舎のベッドに寝転がった。
そして明日の予定を考えながら、私はゆっくりと目を閉じるのだった。
***
「すみません、少し聞きたいことがあるのですが——」
「おう、アントニーのところによく居る坊ちゃんじゃないか! どうしたんだ?」
翌日、私は様々な人達から隣国センチュラルについて尋ねて回った。
ただ、今までの経験から調べ事をする上で必ず守っている点がある。
「隣国のセンチュラルについて聞きたいのですが、どんな国かご存知ですか?」
「もしかして坊ちゃん異国から来たのか? ……よく見れば雰囲気も何処か大陸の人間という感じがしないしな」
「さ、さあ……」
それは己の出身を明かさないこと。
私の生まれた村は長年人目につかぬ様にひっそりと暮らし繁栄してきた。
それ故に万が一私の身元を探られた時、情報を話してしまう者が居ては折角逃げてきたのに居場所が割れてしまう。
なのでできるだけ口外しないように努めている。
「それで、何か知っているのですか?」
「ああ、そうだったな」
そして隣国センチュラルについて聞き出すことに成功し、おおよその概要が明らかになった。
中央国家センチュラル、この大陸の中央に位置する現在大陸で唯一の永世中立民主主義国家。
それなのに吸血鬼の噂で揺れ動いている何処か面白そうな国。
「センチュラル……見どころがありそうだな」
私の母国である華都国とは置かれている立場も状況も全く違う。
だからこそ持たざる他所の魅力に私はどうしようもなく惹きつけられた。
そうして私はコツコツと狩ってきた魔物を売った路銀と実家から持ち出してきた僅かな手持ちをはたき、センチュラルへと向かった。
だけどこの時の私は知らなかった。
まさかあんな出来事に巻き込まれてしまうだなんて。
to be continued……
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次の投稿は来週の金曜日を予定しております。
是非来週もよろしくお願いします。




