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マジで普通の異世界転生 〜転生モノの王道を外れたら即死w〜  作者: へぐ(hoeg)
第七章 悪役令嬢と誰でもない男神
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深夜のマグカップ


 クリスマスに死んだはずだった。


 決定ボタンを目線だけで押下するとそれまで停止していた時間が動き出し、視界の端に見たこともない男と女がいた。男は中東系、女のほうは切れ長の目で、中華系に見えた。


 2人は耳に手を当てていて、女にはヒトの耳の他に犬のような黒い耳があった。


「○×△◇×!」

「◇◇△! ○× ニョキシー ×△!」


 男女は知らない外国語を叫び、わたしが聞き取れたのは「ニョキシー」だけだった。さっきわたしが自らに名付けたクールでオリエンタルな名前だ。


 そんなことを思っていると耳元で清楚な声がした。


〈キラヒノマンサのイサウ、ケイカ。あなたの娘に名前を与えます。あなたの娘はにょっ、「ニョキシー」です。どうもこの子を加護してる神は、(おんな)騎士(きし)を表す文字を誤読したようで……〉


 清楚な声はわたしの名前を口にしようとするとき笑いを堪えた。失礼な女だ。わたしが決めた名前のなにがおかしいのか。わたしが知る限り「女騎士」という文字は完全にニョキシーと読めるはずだ。


 それよりわたしを加護する神とは……?


〈——とにかく、ニョキシーは女の騎士を表す古代語です〉


 清楚な声は吹き出すのを耐えきって、急に真面目なトーンを復活させた。


〈それより実に不思議なことに、叡智たるワタシはこの娘の加護を見抜けませんでした。常世の女神の眷属はそのような能力を持ちますが、常世は無関係でしょう。Aランクの2人ならよく知っているでしょうが、かの女神は断固としてワタシの観察を拒否するものの、拒否したことは教えてくれるからです。

 少々悔しいことですが、この娘の加護は計り知れません……恐らくとても恥ずかしがり屋で、伝説の勇者に近しいか、古代語の知識を持つ神がこの子を加護しているのでしょう。——すまないねイサウ、ケイカ。今のワタシに神託できるのはそれだけです〉


 目の前にいる知らない男女はわたしが聞いたのと同じ内容の言葉を聞いているようで、知らない外国語を叫び、天に向かってなにか叫んでいた。


 しかし綺麗な声はもう二度と聞こえず、代わりにわたしは疲れ切った男の声を聞いた。死の直前、わたしに「誰でもない(ノー・ワン)」と名乗った男の声だ。


〈今のは邪神アクシノの声だ〉

(まだいたのロリコン)

〈なっ……!? 貴様まだ私をロリコンと!?〉

(それより状況がわからない。語学は得意なつもりだったけど、眼の前のひとたちの言葉は聞いたことがないし……)


 するとノー・ワンは言った。


〈ああ、その2人はおまえの新しい親だ〉

(……はあ?)

〈自分の体を見てみろよ。おまえは赤子になっているだろ?〉


 なんということだ。ロリコンの言葉は本当だった。わたしの手は乳幼児のように小さかったし、胴も足も縮んでいる。生後半年といったところか。


(……わたしになにをしたロリコン)

〈案ずるな、私は生命様の配下だからな。おまえを赤子に生まれ変わらせてやったのだ〉

(〜〜〜〜信じられない! 真性のロリコンは魔法を使うわけ!?)


 わたしは心の中で叫んだ。同時に口でも叫ぼうとしたのだが、「あぅあ」とか、意味のない声しか出せなかった。


(なんてことするの!? 最低! ヘンタイ! さっきまでのうら若いわたしの体ですら満足できず、あんた、わたしを赤子に変えたわけ!? マジでロリコンがキモすぎる……死ね! 死んじゃえ! 今すぐ死に果てろロリコン!)

〈なッ!? 違うわーーーーーーーーーーーーーー!!〉



  ◇



 その数日後、ようやく自分の現状を理解したわたしは脳内に声を響かせるロリコンを頼りに新しい言葉を教わっていた。季節は冬頃らしく、室内は少し寒い。


 ドーフーシ語の文法や単語を懸命に暗記しつつ、イギリスで父と懇意にしていた忍者がわたしに教えてくれた日本語がつい思い出される。


 ——(りん)転生(てんせい)


 輪、転、生の字は暗記しているが、「ね」をどう書くか思い出せない。回の字に辶だったか。


 とにかくヒンドゥーやブディズムの文脈でよく語られるそれでわたしは新しい人生を得たようで、新たな世界に強い好奇心を抱いていた。


 地球に残した家族を思って不貞腐れたりはしなかった。薄情ではあるが、ファンタジックな獣人姿の自分が強烈過ぎて感傷に浸るいとまがなかった。


 わたしは黒い子犬だった。嗅覚は地球時代の何倍も鋭くなり、耳が4つもあるせいか、わずかな音もよく聞こえる。


 そのうえ、わたしの心の中には〈神のひとり〉を自称する謎の男の声が常に響いていた。


〈私は星の動きに疎いが、そろそろ星辰祭(せいしんさい)が開かれるだろう〉


 粗末な子供部屋で寝転がっていると、誰でもない神ノー・ワンが、わたしだけに聞こえる声で言った。


(また知らない単語……星辰祭ってなに)

〈日食だ。おまえが暮らす星に対して我らの星が太陽を遮る時、おまえの星では魔女ファレシラを祝福する祭りが開かれる……少し前に教えた「経験値」をもらえるぞ〉

(ほんと? それでレベルが上がれば立てるようになるかな?)

〈おまえ次第だ。祭りでは生贄として牛や豚などの可愛らしい動物たちが殺されるのだが、その殺害に参加すればするほどおまえは強化される〉

(なにそれ、蛮族の祭りじゃない。ここは文明国家じゃなかったの?)

〈まったくだな〉


 と、そこで「母」と呼ぶべきひとがわたしの眠る部屋に来て、わたしは必死に母の言葉を聞いた。母ケイカはわたしに微笑みながら、わたしに聞き取りやすいようゆっくりと喋った。


「ニョキシー、良い子にしてる?」


 わたしが記憶した単語や文法が正しければ、母は間違いなくそう言ったはずだ。


 声にならない声で、


「やう(Yes)」


 と返してみると、母は微笑んで乳を飲ませ、不滅の鳥をテーマにした子守唄を歌った。わたしはたちまち眠ってしまった。



 それから数日後の朝、「父」が知らない男を連れてわたしの部屋に来た。部屋では「母」がわたしをあやしていて、父イサウは母ケイカに快活な笑顔を見せた。


「ケイカ! 今日はいよいよ星辰祭だ! きみも子供の面倒ばかりで腕が鈍っているだろう? ツイウス方面まで歩いて、今夜の祭りのために赤アピスを捕獲しに行こうぜ……味じゃ黒豚に負けないし、経験値が豚より多い!」


 わたしはノー・ワンに「赤アピス」という単語の意味を聞きながら父母の言葉に耳を傾けていた。


〈地球でいう牛に似た動物で、ノモヒノジアのツナウド方面ではよく狩られている。赤いのは味が良い代わりに少し凶暴だ〉


 母ケイカはわたしの頭を撫でた後、知らない男にわたしを託して言った。


「いいわね。私も久しぶりにダンジョンに行きたかった! だけど頼んで良いの、ロメロ? あんたの所だって……」

「任せろよ。俺の所も先月生まれたばかりだから、嫁と一緒に面倒を見てやる。その代わり、うちの子も祭りに出るから2匹頼むぜ?」


 わたしの新しい両親は剣の腕前で知られる冒険者だった。2人はロメロというこざっぱりした中年にわたしを預け、ノモヒノジアという迷宮に向かった。



 それが本当の両親を目にした最後だった。



 ロメロという男はわたしを預かると雪の降る街の裏路地に向かい、皮のマントを着た冒険者風の初老の男にわたしを預けると路地に倒れて死んだ。いや、最初からロメロは死んでいたのだ。


「ご苦労」


 初老の男は死体に礼を言い、不気味な笑顔を向けて泣き叫ぶわたしをあやそうとした。


(ロリコン! 誰これ!? わたし誘拐されてしまう!)


 まだ二本足で立つこともできないわたしは脳内でノー・ワンに助けを求めたが、


〈——すまんなニョキシー、これはジビカという同胞の計画で、私にはなにもできない。手助けすればジビカにお前が地球人だと知られてしまうだろうし〉

(……はあ!? あんたこうなるのを知ってたの!?)

〈しかし案ずるな。これからおまえは月の貴族になり、騎士の身分を得られるぞ?〉


 老人は泣きわめくわたしになにかを飲ませ、わたしは強烈な眠気を感じた。


〈ナイトがおまえの望みだっただろ?〉

(騎士に……? だけど、なにも知らないイサウとケイカは……)

〈サンタクロースは願いを叶える〉


 わたしは眠ってしまい、半年後、月の貴族の家に預けられた。



  ◇



 夜も更けたラーナボルカの新市街で大雑把にそんな話をしてやると、カッシェとかいうチート野郎はわたしの話に興奮した。


 とある事情からロリコンの加護は秘密なので、その辺はすべて「カヌストン様の加護だ」と誤魔化して語ってやると、わたしと同じ黒髪の少年はため息をついた。


「……あんたも神どもにハメられたんだな」

「別にわたしは罠とは思っていません。すべて自分で望んだことですから、わたしが悪いのです」


 わたしは義理の兄から教わったタスパ語で返したが、どうも兄から教わった言葉に違和感がある。なんとなくだが、兄から「正しい言葉だ」として教わった言葉は丁寧すぎる気が……まあいいか。


「わたしの思い出話は充分でしょう」


 わたしは話を打ち切った。


 自分の思い出なんかよりカッシェがどうして地球のものを再現できたのか知りたかったし、彼が神々を呼び出した方法に興味があった。


 ——そしてなにより今はアレだ。


「それよりカッシェ、ま、豆についてなのですが」


 わたしは興奮しすぎて少し噛みつつ、カオス・シェイド()とかいうイタい名前の少年に頼んだ。彼もおそらく自分で自分の名前を決めたはずだが、なにを考えているんだ。決闘に負けた以上、騎士として今はカッシェと呼んでやっているが、次の勝負で勝ったら絶対バカにしよう。


 いや、そんなことより!


「か、カッシェ……とりあえずわたしは猛烈に、狂おしいほどチョコレートが——というよりカフェインを摂りたいのですが!」


 提案するとカオス少年は青ざめた顔をした。彼は口を開いたが、声は掠れていた。


「おおおお、俺もだ。震えてくる……さすがにもう限界だ! まずはあんたの話を聞かなきゃと思って我慢していたが、もう何年もカフェインを摂ってねえ……ハーブティは作ったが、所詮あんなもん雑草だ! 俺は何年もずっと我慢して、時には夢の中でコーヒーとかお茶のプールで泳いで——」

「わああああっ、言うなっ! もう黙れ! 貴様はジャップだからまだ平気でしょ!? わたしはイギリス人ですよ!? ——午後の紅茶が無いと死ぬっ!」

「ざっけんなブリカスッ! 俺の国は1200年前から茶を飲んでるんだぞ? さすがに中国には負けるけど、てめーらの女王が紅茶を知るよりずっと前から、千年も前から……!」


 カオスシェイドは泣き始め、わたしは地球の同胞を励ましながらキッチンに立った。


 わたしの目を通してロリコンや剣神カヌストン様が見守る中、カオスは叡智アクシノの偉業を披露した。腐りかけた豆をたちまち芳しいチョコに仕上げる“方法”を告げる「鑑定」スキルは、地球出身のわたしには羨ましくてたまらないチートだった。


 彼の母親がソファで眠る横でわたしたちは味見の権利について怒鳴り合いながら懸命にカカオ豆を潰し、少しずつバターのような感触に変わっていく豆にお砂糖を混ぜ、我慢できなくて、まずはマグカップにたっぷり注いだ「ホットチョコレート」を飲んでみた。


「「 ああ……☆ 」」


 12年ぶりの濃いカフェインは、腰が砕けるような味がした。




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