カーラ
短め遅刻、すみません。
あらかじめ私が離れの部屋を使うということは、決まっていたらしく、私の私物の一部が持ち込まれていた。
私の欲しいものがチョイスされているところを見ると、用意したのはリサに違いない。
机の上には便箋のセットが置かれていて、いつも使っているお気に入りのペンもある。
レース編み用の道具や面白そうな本。骨折をして思うように動けない私の為に、用意してくれたみたいだ。
そして葬式に参列した人たちのリストを記した帳面まであった。
はらりとめくると、『お礼状をお願いします』というメモが挟まっている。
ファナックの字だ。
少なくともこの部屋を用意する段階では、ファナックもリサもこの屋敷にいたようだ。
親元に帰ったリサはともかく、意気消沈で突然辞めたにしては、ファナックの仕事はいつも通り丁寧で、少し違和感を覚える。
ファナックは本当に自分の意志で辞めてしまったのだろうか。
少し口やかましいけれど、自分の仕事に誇りを持っていて、責任感の強いファナックのイメージからは、どうしても想像できない。
とはいえ、叔父も後見人の認可が下りるまでは、人事に口を出せば犯罪だということは知っているのだから、無理やり辞めさせるような真似はしないと思いたい。
もっとも特例で、爵位を継ぐべき人間が幼すぎたり、病床にあったりした場合は申請書類を提出さえしていれば、認可が降りる前でも、ある程度の裁量が認められることがある。
父の葬式の時、私に意識はなかったのだから、その段階で叔父がファナックを解雇したのであれば、特例の対象になり罪を問うことは難しい。
「あまり疑うのもいけないわね」
私は首を振る。
ファナックは叔父にとっても、昔から知っている我が伯爵家の大事な使用人なのだ。彼を首にして利することは何も無い。
なんにしても、離れの部屋は、段差がなくて動きやすかった。
この部屋をチョイスしてくれた叔父に感謝だ。
もっとも離れは、本邸から少し離れていることもあって、叔父一家が何をやっているのか、まったくわからない。それが不安だといえば、不安だけど。
とはいえ、離れと本邸は、建物が違うというだけで、すぐそばだから、何かあれば気づくとは思う。
気になるのは、私の世話をすることになった、カーラだ。
私付きになったにもかかわらず、私と話をする気はないらしい。話かけても、聞こえていないかのようにふるまう。
松葉杖でふらつきながら歩く私を気に留めた様子もない。
それでいて、鋭い目で私を見ている。
気にしすぎかもしれないと思いつつも、不信感が募っていく。
彼女は叔父の命令で私を監視しているのかもしれない──その思いが決定的になったのは、所用を思い出したものの、カーラの姿がないので自分で本邸に行こうと思った時だった。
二つある出入口の両方が、外から鍵をかけられて、出られない状態になっていた。
私の知っている限り、鍵は内側と外側は同じもので、たとえ外からかけられていても、内側から解錠できたはずだ。
どう考えても、新たに、外から別の鍵をつけられたとしか思えない。
無論、用心の為という可能性もある。
本邸と違い、カーラがいなくなれば私一人だ。
が。中から開かない鍵を外につけるということはどう考えても防犯ではない。
「閉じ込められた?」
私を閉じ込めて、叔父はどうする気なのか。
外に出るのを諦め、水を飲むために食堂に行くと用意されていたものが目に入った。
味の薄い具の入っていない冷めたスープと、パンが一切れ。
どうやら私の夕食のようだ。
それは、体力を失った病人食だと言えば納得できなくもないけれど、私は胃腸の疾患で入院していたわけではない。
病院では、ほぼ普通の食事を食べていた。
「病人と怪我人は違うって言いたいけど、仕方ないか」
明日からは違うだろう。
そう思いながら、三日間。同じメニューが続いた。