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地球のための命で良い  作者: 川田開拓
第二章 空中輪舞
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空中輪舞-4

 ブイヨンからしっかりと作った、トマトと煮豆のスープ。

 近海で密漁したばかりのカツオをマリネに、繁殖力が強くて重宝されている、クレソンやルッコラのサラダと和える。養殖モノだが、旬の牡蠣はフライにしてあり、自作らしいタルタルソースと、最近明日美が文献で見、栽培から着手したと言う玉露塩のどちらかで食べられるようになっている。主食はこれも明日美が自作した胚芽パン。一々に明日美の細やかな気配りがあり、素朴でありながらどこか懐かしい味わいがある。


 当然、今でも料理人が存分に腕を振るう、『エクソスフィア』一流ホテルの美食とは比べるべくもないが、市井で合成食品を全く使わずに、これだけの料理が作られる事も既に珍しいこととなっている。


 面子が面子なだけあって、底抜けに明るいと言う訳にもいかなかったが、それでも、これらの料理のお陰もあって、決して悪い雰囲気ではなかった。


 とはいえ、いつまでも本題に触れずにいるわけにもいかない。


「一言で言ってしまえば、俺は、このままお前を信用することができない」


 ひとしきり料理に手をつけ、腹もくちくなった頃、光弘が単刀直入にそう切り出す。


「信用? ……ふむ。なぜだ」


 予想していた通り、その言葉にはノータイムで疑問が返ってくる。彼は、自分のしてきたことを省みろ、と言いたくなるのをなんとか押さえ、意識してゆっくりと話す。


「一つは、お前が余りに考えなしで動いているように思えるから。一つは、俺の意思がきちんと伝わっているとは思えないときがあるから。そして、最も大きいのが――」


 自分でも意外になるほど、不信感の原因がまとまっていた。それは、この三ヶ月間、彼がそうと知らず考えていたことなのかもしれなかった。


「――お前が、常に何か大事なことを隠しているような気がするからだ」

「大事な何か、と言われてもな。私は、訊かれない事を話すのが、残念ながら苦手なんだ。お前ら有機生命体の心と言うやつが、結局のところわからない時がある」


 不遜なようで、嫌に実感のこもった言葉は相変わらずだった。これまでの光弘は、この時点で理解を放棄していた。だから、


「ならまず、それから訊こう」

「それ?」


 彼女独特の言い回しに、あえて歩み寄っていく。


「お前が、自分を『地球』という事の意味だ」

「それは最初に話さなかったか?」

「いや、精神子軌道がどうとか、惑星の保有スピリトンがどうとか、専門的な話がしたいんじゃないんだ。お前自身の……そう、境遇が聞きたい」

「境遇? つまりワタシが生まれた四十七億年前から……」

「テルスちゃん、多分みっちゃんが訊いているのは、今こうして私達と話してる、このテルスちゃんのことだと思う」


 またしても勘違いを始めたテルスの言を、明日美がしっかりフォローしてくれた。指摘されたテルスは、きょとんとした顔をしている。


「この体?」

「そうだ。いまここにいるお前は、どうやって生まれて、どうしてあんな場所にいたんだ?」

「……それは、必要なことなのか?」

「ああ。俺はお前のことを知らなすぎる。精神子についての知識と力が図抜けている。それだけだ。他は知らない。知らないから、理解も出来ない。結局、俺の不信感もそこから生まれてきているんだと思う」

「……」


 光弘がそうまで言った時、彼女は神妙な顔をして黙っていた。何らかの隔意がそこにあるように感じる。呼吸を一つ分置いて、なるべく穏やかな気持ちで続けた。


「目的は明かしたくない。過去に何かがあって、その為になら人を簡単に殺しかねない。それは良い。……いや、全然良いことないんだけど……詳しくは教えない。そういう風に契約した俺の責任も確かにあるし、お前には実際あす姉を救ってもらった恩がある。とはいえ、解らないづくしの中、お前自身の事さえ知らずに共に居るのは難しい。……いや、はっきり言ってしまおう。知らずにいると……そう、気持ちが悪い、んだ」

「気持ちが悪い……その感情を理解するのは難しいが……」


 そこで、珍しくテルスは言いよどんだ。顎に手を当てる例のポーズをとって、何事かを考えている。


「何を悩んでいるんだ?」

「どこまで、どう話せばいいのか」

「思いつくまま、全部でいい」


 時間はたっぷりある。光弘は促すが、テルスはなお思い悩み、言った。


「……お前は、それを聴いて……そう、後悔? しないか?」

「後悔するような話なのか」

「それが解らないんだ」


 ため息とともに吐き出した彼女は、とても小さく、不安げにさえ見える。出会ってからこっち、天真爛漫な姿しか見ていなかった光弘は、またしても驚いた。


「だから話したくないと?」

「いや、パートナーたるお前が、どうしてもと言うのならば敢えて隠しだてすることでも――」

「どうしてもだ」


 ならばこそ、何かがあると光弘は感じていた。逡巡を断ち切って、強い調子で即答する。テルスは言葉の途中で口を空けたまま、光弘の目を見、そして観念したように頷く。


「……ある種の懸念は確かに存在する。私の目的をお前に話さなかったのも、そこに原因がある。お前と出会った時、私はあの場所で寝ていた。アレは、自分で眠ったわけじゃない。眠らされた(・ ・ ・ ・ ・)んだ」


 ため息を一つ。少しだけ苦いものを滲ませながら、テルスは続ける。


「他の誰でもない、その時のパートナーにだ。それ以外の人間では、私に触れることすらできるはずがない。そして私は、今でもなぜそうなったのかが解らない」

「……俺がそれをする可能性があると?」

「ゼロじゃないだろう」

「……」


 そんなことはない、と、即座には言えない気がした。少なくとも、彼は事実の一端をテルスに明かされて、激情にまかせて三ヶ月も無視を決め込んだ。それこそ内容次第では――


「テルスちゃん」


 しかし、明日美は断言した。


「みっちゃんは絶対そんなことしないよ」

「明日美」

「あす姉、でも」


 慎重な光弘を手で押さえて、彼女はテルスに笑いかける。


「みっちゃんは話をするって決めた。そして、テルスちゃんを知りたいって言ったの。理由は信用できないからなんて言ってるけど……それってつまり、あなたを、できうるならば『信じたい』ってことよ。知らないことを教えてもらって、解らないことを説明してもらって――あなたを理解したいの。そうじゃない?」


 最後の疑問は、光弘にも言っているようだった。随分と気恥ずかしい翻訳だったので、光弘は抗議の声を上げようとも思ったが、


「……信用。信用か」


 それを聞いたテルスは至極真剣で、茶々を入れられる雰囲気ではなかった。とてつもない難問を考えているかのように、彼女は眉間の皺を更に深くする。

 そして彼女は、ぶつぶつと独り言を言い、何度か首を傾げた後、尋ねた。


「明日美」

「うん。何?」

「信用というのをお前らが重視している事はなんとなく解った。しかし……それは、互いを理解していなくては生まれないものなのか? ならばどこまで理解すればいいんだ? そしてその拘束力は? もしそれがありさえすれば問題ないのだとしたら……お前らがすると言う契約とは、利害関係とは、いったいなんの為にあるんだ?」

「う、うーん。なんて言うか、とっても難しい話だね……」


 唐突に訊かれた事が禅問答の様な、あるいは哲学の様な、人文科学の中でも答えが別れる難題だったので、明日美も答えに窮する。


「そうなのか? つまり、お前らでさえ解っていないという事なのか?」

「感覚的なものが大きいし、一口に契約と言っても範囲が広すぎるからね」

「広い? ……相手と自分を縛るためのものを契約というのではないのか?」

「それもある意味では正しいんだけど、突き詰めると人と人との関わり全般にそう言う部分があって……でも、そうだな」


 なお募るテルスの疑問に彼女は苦笑して、数秒だけ考えた後、手を打って話しだした。


「例えば、さっきテルスちゃんが話題に挙げたけどさ、私の貸した漫画に出てきた恋愛とか、その先の結婚とか……アレも一種の契約だし、見方によったら利害関係なの」

「ほう?」

「あえて厳密に、生物学の観点から言うとしたら……男女で相互に助け合って、最小の共同体を作り、自分達の遺伝子を未来に伝える下地を作るための契約……って事になるんじゃないかな」

「ふむ。私の在り方とは違うが、お前ら有機生命体の目的には合致するな」

「でも、あの物語に出てきたのって、そんなに厳密な話でもなかったし、登場人物たちは、その為のメリットだけを重視してたわけでもなかったでしょ?」


 言われて、漫画の内容を思い出しているのかテルスは宙を睨み、そして納得したように頷いた。


「……確かにそうだな。むしろ、自分の社会的な利益とやらを擲つような話が多かった。主にインセストタブー? とかいう面で」

「い、いや。そこが重要なわけでもなくってね? ……とにかく、そんな風に、一面からの視点だと、ヘンテコに見える契約とか利害関係とかもあるって事と、そこから発展して、人と人とが関わる事自体が、広い意味で契約とか利害に関わってる事もあるんだって事を前提に置いてほしいな」

「……少し理解しにくいが、とりあえず覚えた」


 テルスは驚くほど素直である。先を促すように、明日美に再び頷く。


「ありがと。それでね、そうやって人と人とが関わると、あと、関わり合い方を変化させたりすると、デメリットが必ず目につくものなの。時には、関係そのものを遮断したくなるぐらいのものが。その時に必要になるのが、相手への理解だと思うんだ」

「? いまいちまだ議論の趣旨が解らんが……」

「人と人との関わりは、相手を“許せるかどうか”が重要なんだって事。問題が顕在化した時に、相手の事を知って、事情を知って、関係を継続できるかどうかが決まる。これはどんな関係でも一緒よ」

「そういうものなのか?」

「うん。程度の差はあるけど、絶対に許されない事ってどんな関わりでも必ずあるの。でも、ここまで話してわかると思うけど、これ自体が凄く曖昧で、相手と自分でそのラインが違って、しかも解りにい事が多かったりする。商業とかの分野だと、それがそのまま自分の生活に直結しちゃうし、いつでも全部を理解して相手と接せるわけでもない。……さらに突き詰めて言うなら、たとえば私だって、みっちゃんの事全部理解してるわけじゃないように、これはキリが無い部分だからね」


 明日美は滔々と話し続ける。思いのほかその演説は様になっていた。口調は穏やかなまま、諭すようなテンポで続く。


「そう言う時の為に、私はここまで貴方を許せますよ、貴方も私をここまでは許してくださいね……って。こう宣言するのが……テルスちゃんの言ってる、せまい意味での契約なんじゃないかな。だから、みっちゃんが怒って、今テルスちゃんを知りたいって言ってるのはその外、あるいはもっと大元の事。テルスちゃんと『関わる』っていうそれ自体についての話なの」


 言葉の最後で光弘を見た目は思いのほか優しかった。彼は、そこで初めて、彼女の大人な部分を見たような気がした。そしてそれは、思っていた以上に悪い気分ではなかった。


「……うん」


 一方のテルスはその言葉を受けて考えている。口元で何事かを呟き、そしてまた明日美を真っ直ぐ見た。


「つまり、今回の事例に戻れば……私は知らずして、最初には言及していなかったこいつのその……絶対に許せない部分? に踏み込んでしまっていて、だから、今後の関係を続ける事ができるかどうかの判断の為に、私の事を知るのを必要としているのだと。こう言う事になるのか?」

「そう! その通りだよテルスちゃん! いやー。回りくどくなっちゃってごめんね。でもやっぱり漫画見せておいて良かったでしょ! ほら! ほら!」

「……知らないよ。なにその得意げな顔」

「あはは……」


 ようやく答えに達したテルスに、明日美は喜びを爆発させた。光弘は皮肉っぽく言ってみるものの、内心自分の言葉ではこうも上手くいかなかっただろうな、とも考えていた。恐らくは、忍耐力と語彙が致命的に足りなすぎる。


「いや、よくわかった。そうか……相互理解と、信用と、人間関係、か」


 実際に、明日美の言葉に思うところがあったのか。テルスは深く感じ入った様子で何度も頷いていた。


「なるほどな……『ミツキ』と私に足りなかったものが、まさにそれなのだろう」


 そして軽く鼻を鳴らす。それは随分と弱弱しく、あるいは自嘲だったのかもしれない。


「ミツキ……? それって確か、お前がシェイドに襲い掛かったときの……」

「よくそんな事を覚えていたな」

「アレを忘れろと言うほうが無理だろ……」


 光弘には計り知れない理由で、突然シェイドを殺しにかかったその時、彼女は確かに『ミツキを知っているな?』と言った。発言そのものよりも、行動の突飛さが強すぎて、到底忘れ得るものでもない。


「? まあいい。ミツキは、確か……カワシマ。そう、川嶋光葵という姓名だった」

「その人は?」

「私の精神子をこの体に凝らせた張本人であり、大規模スピリトン加速衝突実験の研究員の一人にして、『テオトコス計画』の被験者――私の最初のパートナー、だった」

「スピリトン加速衝突? テオトコス計画?」

「……」


 聞きなれない言葉に疑問を返すが、テルスは言葉を選ぶように沈思し、一見それとは関係ないように思える事を返す。


「……お前は私の境遇、とやらを問うたな? 生まれと、この体の由来を」

「あ、ああ、そうだが」

「何よりもまず、この女は私の……この『私』の生まれ? に関わっている。お前ら人間とのチャネルが開いたその日、その瞬間から、私はこの女と共に時間の多くを過ごした」

「それって」


 女性で、テルスの出生に関わり、生まれた時から共に居た。つまり――


「お、おま、まさか……母親が居たのか!?」


 驚きが思わず声として出ていた。

 テルスは見た目に反して、立ち居振る舞いがいやに老成しており、また底の見えない力がある。まるで最初から、そういうものとして作られでもしたかのように。


 年齢不詳なのは例の“シリンダー”の関係であろうし、また、冷静に考えれば、力を持っている事とそれとは全く無関係なのだが……それにしても、親――ある意味で、彼女の上位にあたる存在――というものはあまりに想像しにくかった。


「母親……その表現は一部適切ではないな。この素体とアイツに血縁上の関係はない」

「ってみっちゃん、木の股から生まれたわけじゃないんだから……」


 半眼で明日美が嗜めるが、テルスは平然と続ける。


「似たようなものだな。この素体自体は『聖母』の体細胞クローンから作られたものだ」

「は、はあ?」

「私は、お前らの言葉で言う……試験管ベイビー? というヤツに当たるのだと思う。ただし」


 そこで一呼吸置き、


「胚としての20日間までを、ミツキの子宮で過ごした。この他に、合計で6人と同様の事を行っている」


 彼女の言がどんどんと不可解になっていく。


「変則的な……代理母? なんだよそれ、意味が」

「あの頃はまだ、人間にはパスの繋ぎ方が解っていなかった。それどころか、精神子自体がオカルトと似たような扱いだったらしい」

「ああ、なるほど……」

「ドロシーさん、なにか?」


 疑問ばかりが浮かぶ中、それまで黙って記録を取っていたドロシーが何かを理解したように頷いた。


「え、あ、いや、あの……ただちょっと聞いた事があって。現在と違って精神子技術の黎明期には、パスを通す為に肉体的な同化を必要としたと」

「肉体的な、同化……」


 胎児と母体。栄養の摂取からして一本化する事になるこのメカニズムを、同化というのには確かに納得がいく。とはいえ、光弘にはそれが何を意味するのかがわからない。


「もちろんその目的までは解りませんが、恐らくは、その6人の女性とテルスさんの間に強固なパスを繋ぐ必要があったんじゃないですか? えっと、さっき、テ、テルスさんが仰った実験? 計画? とかいうものに……」

「……」

「な、なんですか?」


 テルスがいつかのように、厳しい目でドロシーを見ていた。探るような視線にドロシーが怯え、自らの肩を咄嗟に抱く。


「テルス? ……おい、お前まさかまた?」

「いや、どこまでがこいつの知識なのかと気になってな」


 不穏な空気を感じて光弘が嗜めようとした瞬間、テルスは興味を失くしたようにふいと視線をそらした。


「だが、どうやら今は珍しく(・ ・ ・)、完全に自立しているようだ」

「!?」


 しかし、続く一言は余計だった。


「テ、テルスちゃん……それは……」

「お前ちょっと失礼だろ!」


 ドロシーが青ざめたのを見て、光弘と明日美が抗議した。難しい問題ではあるが、見逃せるものでもない。


 彼女は三ヶ月前の件からもわかる通り、『精神子軌道添加式AI』、女性型の俗称で言うならば『自動人形(コッペリア)』である。


 『(アーキタイプ)』となる人間がいるので、人の手によって全合成されているわけではないのだが、それでも『人工知能(アーティフィシャル)』と呼ばわれるのは、死した後、拡散する残留精神子から合成される事が多いと言う事、また、その際、『種』の記憶を引き継げないことなどの理由による。


 素体の特性から情報処理に優れているのはもちろん、精神子技術との親和性も高く、一部の科学者や好事家の間では必要不可欠の存在である。


 だが、当然のように人間と機械の境界を犯した存在であるだけあって、倫理や道徳の観点で議論が多い。グリーンアース内部でも意見百出の段階で、基本的に規制されている存在なのだ。故に、その扱いは一定以上の教育を受けたものにとってナイーブなものになっている。


 とはいえ、


「そうなのか? だが、厳密に言うならばこいつもお前らとは別の生命体だぞ? 私と同じように、倫理観? や価値観? が違うのが当然だ。区別するのが正しいのではないのか?」

「それは……でも……」


 当然ながらテルスにその辺りの機微が解るわけもない。それこそ子供のようにずけずけと危うい発言をするので、二人は答えに詰まってしまう。


「い、いいんです。私がシェイドさんのおまけなのは当然だし、そのように望んでここにいるんですから!」


 俄かに気まずくなった空気を察してか、ドロシーは焦ってぶんぶんと手を振った。


「そっ……それひょりッ……」


 そして自分の言った事自体がとてつもなく恥ずかしい事柄だと気付いたのか、続く言葉を盛大に噛んだ。彼女は蒸気が出るほど真っ赤になりつつ先を促す。


「そ、それよりも、テルスさんの話に戻りましょう!」

「確かに、話が随分とそれちゃったわね。ドロシーちゃんのご主人さまへの告白はなかなか可愛かったけど……」

「明日美さん!」

「ごめんごめん。可愛かったけど、今はテルスちゃんと、えーと」

「ミツキ。川嶋光葵」

「そう、その光葵さんの事について聞かないと」


 明日美が一度混ぜ返して、ようやく話が本題に戻る。

 水を向けられたテルスは、いまだにどこか蟠りがあるようで、二、三呼吸逡巡してからぽつりと言った。


「ゼロセカンド」

「え?」

「私が先程言ったように生まれた事え、光葵との関係、それら全てを説明するには、そこに戻るしかない」

「ゼロセカンドって、あの?」

「ああ、お前ら人間が初めて『精神子』に触れ、同時に私に触れたあの時。あれが、間違いなく、全ての始まりだった」


 その言葉には得も言われぬ重々しさがあった。

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