第92話 不自然な・・
次の日も。
ナカマイ先生は学校を休んだ。
昨日と同じく。
校長の勅使河原がやってきて
出席を取った。
俺は休み時間に、
それとなく6年2組の教室を窺った。
隣のクラスは葉山に続き、
担任のボス猿を失ったわけだが、
子供達に変わった様子はなかった。
最も関係の深いはずの
クラスメイトでさえこの調子ならば、
全く関係のない他のクラスや学年の
生徒にしてみれば、
別世界の出来事だろう。
その証拠に。
昼休みには多くの子供達が、
校庭を駆け回っていた。
俺はベランダから
ぼんやりとその様子を眺めていた。
昼休みが終わって、
教室に戻ってきた翔太と洋が、
慌てた様子で
俺のところへ駆けてきた。
「あっくん、ニュースだよ」
「聞いたらびっくりするぜ」
2人は興奮していた。
子供は何に対しても素直に驚く。
それは。
大人に比べて経験が少ないからだ。
今日は一体どんなネタを
仕入れてきたのだろう。
俺はひとまず2人を落ち着かせた。
午後からの最初の授業は国語だった。
教壇に立った校長は、
徐に髪をかき上げた。
注意して見ると、
確かに校長の髪には違和感があった。
年齢の割に白髪の1つもなかったし、
常に同じ髪型というのも不自然だ。
これまで。
誰1人として、
怪しく思わなかったことが
不思議だった。
いつの間にか。
校長の話は
教科書の内容から脱線していた。
「むかぁし。
受け持った生徒に、
問題児がいましてねぇ」
俺は校長の言葉に
ぼんやりと耳を傾けながらも、
頭の中では
つい先ほどの翔太と洋の話を
思い返していた。
「ボス猿が葉山を殺して、
それがバレるのが怖くて、
自殺したんだってさ」
2人は口を揃えてそう言った。
「だ、誰が言ったんだそんなこと?」
2人は顔を見合わせて首を捻った。
「誰って・・。
僕は体育館の前で、
5年生の女の子達が
話しているのを聞いたんだけど・・」
「俺は砂場にいた
4年の男子3人から聞いたぜ」
どうやら。
今日の昼休みは「警泥」だったようだ。
しかし。
一体誰がそんな噂を流したのだろう。
噂というものは、
必ずそれを発信した人間がいる。
俺が、
葉山の死は自殺ではないと
流したように。
気になることは他にもある。
噂の広まり方とそのスピードが、
あまりにも不自然なのだ。
翔太や洋が知る前に、
他の学年の生徒が
知っていたことが不思議だった。
ボス猿や葉山との繋がりを考えれば、
噂の出所は6年2組、
最低でも6年生でなければならない。
それから。
兄弟や知り合いを通じて、
他の学年に広まっていく。
それが自然な流れだ。
さらに。
ボス猿の死について。
校長から全校生徒に
話があったのが昨日。
にもかかわらず。
今日の昼休みの時点で、
この有様である。
噂の広まるスピードが、
あまりにも早すぎる。
そして。
一番気になるのはその内容だった。
自殺。
俺はその可能性を見落としていた。
もし噂が本当で、
ボス猿を殺した犯人など
存在しないのであれば、
ボス猿の自殺をもって、
葉山の件は
完全に幕を閉じたことになる。
あのボス猿が自殺・・。
俺は窓の外に目を向けた。
先ほどまでの晴天が、
気付けば曇天に変わっていた。
今朝の天気予報では、
一日中晴天と言われてたが、
自然現象を完全に予測するのは、
20年後でも不可能だから仕方がない。
校長が熱心に
子供達に話をしていたが、
その内容は
俺の頭には
ほとんど入ってこなかった。
そんな中でも。
「ドグラ・マグラ」
「虚無への供物」
という単語が耳に残ったが、
一体どんな話をしたら、
そんな単語が出てくるのかは謎だった。
「この世にはたった1つ。
生きているすべての人間にぃ
平等に与えられたモノが
ありまぁす。
それは命でぇす。
富める者も貧しき者も
命は1つしかありましぇん。
当然。
一度失った命は、
取り戻すことはできましぇ~ん。
だからこそぉ。
命は尊く貴重なのでぇす。
しかしぃ。
命の価値となると、
話は変わってきまぁす。
時と場所。
そして個人によってぇ、
その価値は違うのでぇす。
いいですかぁ。
もっとも大切なことはですねぇ、
命を奪うことは
簡単だということでぇす」
校長は授業の最後にそんな話をした。
校長が子供達に命の尊さを
説きたかったことは理解できる。
だが。
俺はどうしても
校長の話に違和感を
抱かざるを得なかった。
確かに。
校長の話は正しい。
それでも。
子供達に誤解なく伝えるためにも。
もう少し話の順序に
気を遣うべきである。
しかし。
子供達の顔を見ると、
校長の狙いは
うまくいったように思えた。
窓の外は、
今にも雨が降り出しそうな
曇り空だった。




