第9話 「前世」の記憶
翌朝。
俺が登校すると
クラスの皆が俺のことを
『あっくん』
と呼んだ。
教室の後ろで、
ニヤニヤと顔を歪めている
大吾が目に入った。
隠された意味を知らなければ、
可愛い渾名だった。
きっと周りの大人達もそう考える。
大人は子供のいじめに気付かない。
それは。
属している世界が違う
ということもあるが、
もう1つ、
大人は肝心なことを忘れているからだ。
子供は時に大人が考えているよりも
ずっと残酷で狡猾であるという、
自分達の歩んできた道を。
この日から。
俺に対する大吾の嫌がらせが始まった。
しかし。
靴や上履きを隠されたり、
教科書に落書きをされたりといった
子供じみた嫌がらせは、
俺にはどうでもいいことだった。
俺は大吾の嫌がらせに対して、
過度な反応をせず、
学校生活を送った。
そんな俺の態度に
我慢がならなかったのか、
大吾は稀に直接暴力を行使してきた。
それは不注意を演じたり、
偶然の事故を装うこともあった。
このような肉体的な攻撃が一番堪えた。
肉体的な痛みは、
子供も大人も同じだからだ。
だが。
いずれ大吾はその報いを
別の形で受けることになるだろう。
そのためにも。
俺はなるべく早く、
奥川と親密になる必要があった。
ある日の授業中。
俺はナカマイ先生の話に
耳を傾けながら、
窓の方へ目を向けた。
自然と窓際の一番前の席の
相馬沙織に目が留まった。
相馬は椅子に背を預けて、
腕を組んでいた。
ナカマイ先生の話を聞いているのか
いないのかわからなかったが、
その姿からは、
明らかに退屈している様子が
見て取れた。
そんな相馬だが成績は良かった。
自分から進んで
発言することはなかったが、
時折指名された時には、
正確な答えを端的に述べていた。
俺は続いて、
教室中央の席の
奥川暁子へと視線をスライドさせた。
頬杖をついているその姿は、
やはり他のクラスメイトとは違い、
大人の色気を醸し出していた。
「前世」の奥川は、
中学生になると
その素行に問題が出てくる。
所謂、
不良と呼ばれる人間の仲間入りをする。
服装が乱れ化粧をするようになる。
20年後であれば、
中学生の化粧くらいで
目くじらを立てることも
ないのだろうが、
時代が時代である。
時と場所によっては
称賛されるべき行動も
罰せられることがある、
と言うのは少々大袈裟か。
しかし。
不良になった奥川は
群れることを好まず一匹狼だった。
美しく凛とした彼女の姿に
不良達ですら
遠巻きに眺めているだけだった。
中学の3年間、
俺と奥川は
同じクラスになることはなかったが、
時折学校で見かける彼女は、
いつも1人で、
どこか少し寂しそうだった。
その後。
中学校を卒業した奥川に関しては、
噂でしか知らない。
奥川は高校を中退して、
水商売の道へ足を踏み入れた・・と。
30歳の時。
一度だけ小学校の同窓会があった。
そこで見た奥川の美しさに、
俺はしばらくの間、
目を奪われていた。
手の届かない存在。
神。
いや女神。
つまりは・・信仰の対象。
大袈裟でなくそう思った。
現に同窓会に来ていた男達も皆、
遠巻きに奥川を眺めているだけだった。
多くの女子が奥川を取り囲んでいた。
時折漏れ聞こえてくる会話から、
奥川が会員制のラウンジを
3店舗経営していることがわかった。
そんな中。
俺は相馬の姿を探したが、
当然のように、
彼女を見つけることはできなかった。
小学校の卒業式前に突然、
姿を消した相馬沙織。
俺はもしかしたらと思い、
同窓会に呼ばれていた
ナカマイ先生に相馬のことを訊ねた。
しかし。
ナカマイ先生も
相馬のことは何も知らなかった。
彼女のことを知る者は誰もいなかった。
同窓会では、
とある話題が皆を驚かせた。
それは。
ナカマイ先生と猿田権造が
すでに離婚していたということだった。
実際には結婚3年目、
俺達が小学校を卒業してから6年後に、
離婚したらしい。
子供がいなかったこともあり、
話はすんなりと進んだようだ。
それに対しては皆が口を揃えて、
「良かった」
と喜んだ。
「あの男にナカマイ先生は勿体ない」
それが皆の総意だった。




