第73話 手紙
1泊2日のお泊り会から帰ってくると、
俺宛てに1通の封書が届いていた。
差出人の名前を見た瞬間、
心臓が大きく跳ねた。
『葉山美柑』
様々な感情が、
俺の中で渦巻いた。
それは不安だろうか。
いや疑問か。
それとも恐れか。
はたまた好奇心か。
俺は階段を駆け上がった。
部屋に入って、
すぐに封を切った。
中から出てきたのは
折りたたまれた紙と、
淡いピンク色の封筒だった。
俺はまず紙の方を手に取った。
3つ折りの紙を広げると、
綺麗な字が読めた。
『初めまして。
私は葉山実果の母です。
突然の手紙に驚かれたでしょう。
ごめんなさい。
あなたにどうしても
お礼を言いたかったのです。
一学期の半ばから
塞ぎこんでいたあの子が、
元気になったのは、
きっと、
あなたのおかげだったのでしょう。
同封した封筒は、
実果の部屋を整理していた時に
見つけました。
あの子はきっと、
これを届けたかったんだろうと
思います。
実果のことを気にかけてくれて
ありがとう』
胸がキリッと痛んだ。
続いて。
俺は淡いピンク色の封筒を手に取った。
そこには俺の名前と住所が、
子供らしい可愛い字で書かれていた。
俺は一度大きく深呼吸をしてから、
封を切った。
中には封筒と同じ淡いピンク色の
便箋が入っていて、
宛名と同じ、
可愛らしい文字が並んでいた。
『突然の手紙に驚いたでしょ?』
その書き出しは、
母親とそっくりだった。
『この前電話したけど、
あなたは留守にしてたね。
本当は直接お礼を言いたかったけど、
夏休みだし、
いつ会えるかわからないので、
手紙にしました。
今考えたら。
これで良かったのかもしれない。
顔を見ると、
上手く話せないかもしれないから。
あなたに相談に乗るって言われた時。
最初はびっくりしたけど、
すごく嬉しかった。
変な人って思ったけど、
あなたの言葉は私にとって
「救い」だったのかもしれない。
「救い」なんて、
聞き慣れない言葉でしょ?
でも。
私にとっては
その言葉はすごく身近にあるの。
兎に角。
私には味方がいるんだって思った。
私、
妊娠してるの。
驚いたでしょ?
このことはまだ誰にも秘密。
私、
この子を産んで、
育てることに決めたわ。
だって。
この子には何の罪もないから。
両親はきっと反対すると思うけど、
結局は私の決心を
認めるしかないと思う。
なぜなら。
私の家はカトリックだから。
あなたにカトリックと言っても
わからないよね。
夏休みだから
先生も時間が取れるし、
近いうちに話をしてみようと思う。
妊娠を知ったら驚くだろうけど、
自分の行動に
責任を持つのが大人でしょ?
私も頑張るから、
あなたも諦めないで。
暁子ちゃんのことで
悩みがあるなら、
いつでも相談に乗るからね。
P.S.
私の名前って、
ひっくり返したら果実になるでしょ?
聖書に出てくる禁断の果実って、
実はりんごじゃなくて
イチジクなんだって、
知ってた?
私、
イチジクって大っ嫌い』
夕食の時。
母が
「最近は野菜が高くて困るわ」
と不満を漏らしていた。
「ねえ、あっくん。
最近、
パパの帰りが遅いでしょう?
パパに限って、
浮気なんてしてないわよね」
母の不満は不安に変わり、
俺はそれに適当な相槌を打ちつつ、
急いで食事を終わらせた。
部屋に戻った俺は、
葉山の手紙を手にベッドに横になった。
そして。
もう一度初めから読み返した。
葉山実果は妊娠していた。
驚くべきは、
その相手である。
手紙に書かれたことが事実であれば、
葉山を妊娠させたのは、
中之島小学校の教師ということになる。
葉山の彼氏というのは、
生徒ではなく教師だった。
その事実に俺はまず衝撃を受けた。
しかし。
問題はそこではない。
彼女は子供を産んで
育てる決心をしていた。
そんな彼女が、
はたして自殺をするだろうか?
否だ。
あの日。
彼女はきっと、
お腹の子の父親である教師に
会うために夏休みの学校へ行ったのだ。
そして。
彼女は妊娠を告げた。
その結果。
彼女は死体で発見された。
俺は葉山の両親が
この手紙を読んでいないことに、
ひとまず胸を撫で下ろした。
この手紙はより深い悲しみを、
彼女の両親に与えることになる。
気が付けば。
俺は手紙を手にしたまま
ぐるぐると部屋の中を歩き回っていた。
葉山は自殺したのではない。
お腹の子の父親に殺されたのだ。
俺はこれからどうするべきか。
この手紙を警察に届ければ、
ふたたび警察は捜査をするだろうか。
否だ。
俺は警察という組織を
信用していなかった。
葉山の遺体はもうない。
実際に葉山が妊娠していたかどうかを
今更調べることはできないのだ。
それに。
警察に届ければ、
真偽は兎も角として、
葉山の妊娠を
多くの人々が知ることになる。
人の口に戸は立てられぬ。
瞬く間に学校中の噂になるだろう。
それだけは避けたい。
葉山の名誉は守る。




