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黄昏は悲しき堕天使達のシュプール  作者: Mr.M
三章 Remnant 6月

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54/136

第54話 迷い路

月曜日の朝。

俺はチャイムと同時に、

教室に滑り込んだ。

席に着いて呼吸を整えながら、

机で本を読んでいる

相馬の様子を窺った。

その時。

相馬が顔を上げ、

振り向いた。

そして。

俺と目が合うと、

にこりともせずに、

ふたたび本に目を戻した。

俺の記憶にある相馬沙織だった。


この日は

珍しく晴れ間が顔を覗かせていた。

そんな天気に誘われて。

少年探偵団の間では、

久し振りに

『楽園』へ行きたいという話が、

持ち上がっていた。

しかし。

洋は母親から留守番を命じられていて、

翔太は数日前の

算数のテストの出来が悪く、

今週は放課後すぐに帰宅するように、

母親に命じられていた。

茜はピアノのレッスンの時間が

早まっていて、

俺も塾がある日だった。

俺の塾に関しては、

サボっても問題はないのだが、

1人で『楽園』へ行ったところで、

することがなかったので

俺も皆と一緒に真っ直ぐ家に帰った。


家で塾の準備をしながら、

俺は今抱えている問題について考えた。


まずは。

大吾の遺品に関してである。

引き出しの中の現金については、

しばらく様子を見ていたが、

そのことで俺に接触してくる人間は

いなかったので、

有難く使わせてもらうことにした。

問題は。

体操着の方だった。

持ち主に返すわけにもいかず、

かと言って、

処分することもできず、

結局9人分の体操着は

いまだベッドの下の

アタッシュケースの中にあった。


次に。

ボス猿の調査に関しては、

あれ以来、

何の進展もなかった。

葉山実果に関しても、

俺はまだ

彼女と接触すらできていなかった。

何度か隣の教室を覗いたが、

タイミングが悪いのか、

一度も彼女には会えなかった。

このまま何もしなければ、

葉山実果という少女はこの夏、

命を絶つ。

今学期中に

手を打たねばならないと考えると、

残された時間はそれほど長くない。

にもかかわらず。

俺が葉山について

知っていることは少ない。

隣のクラスの活発で明るい少女という

漠然とした印象だけ。

そういえば。

水泳が得意だと

茜が言っていたことを思い出した。

そしてもう1つ。

奥川の幼馴染であるとも。

奥川に聞けば、

何かわかるかもしれない。

しかし。

あれ以来、

奥川は俺を避けていたし、

そんな奥川に

俺の方から近づくことは躊躇われた。


塾の時間が近づいてきたので、

俺は家を出た。

塾は夜、

外出するための良い隠れ蓑になった。

実際。

最近は家を出てすぐに、

近くの公衆電話から

休みの連絡をしていた。

塾の講師も

俺の成績を知っているので、

何も言わなかった。

成績という結果さえ出しておけば、

大人は黙る。

過程を見ずに、

結果だけで判断する。

この時代の詰め込み教育では、

それが当たり前だった。

しかし。

歳を重ねるにつれ、

本当に大切なのは結果ではなく、

過程であることに気付く。

過程は必ず糧となる。

結果の多くは運に左右される。

結果を求めるあまり、

誰もが近道を選びたくなる。

しかし。

大切なのは。

目的地に到着することではなく、

どんな道を歩むかである。

結果、

迷うこともある。

目的地が変わるかもしれない。

だがそれでいい。

それが人生に深みを与えてくれる。

ただレールに沿って、

目的地まで脇目も振らずに、

到着することに何の面白みがあるのか。

人生に効率を求める人間は退屈である。

そして。

そんな人間が作る社会は生き辛い。

歴史を学ぶ上で、

事件の名前やその年を覚えることは、

試験で結果を出すために、

必要なことである。

しかし。

歴史を学ぶ本質はそこではない。

いつ何が起きたのか?

そんなことは正直どうでもいい。

それよりも。

どうしてそれが起きたのか、

それが大事なのだ。

そして。

その結果どうなったのか。

過去の為政者の愚策が、

どれほど多くの人々を

苦しめたのかを理解し、

時の権力者の都合により、

その命を落とすことになった

多くの人々の無念を想像し、

それら過去の過ちから学び、

皆が平和で幸福に暮らせる

世界を作り出す知恵を

身に付けることこそが、

歴史を学ぶ真の目的である。

人は失敗から学ぶ。

それでも歴史は繰り返す。

大いなる矛盾だった。


ぼんやりとそんなことを考えながら、

俺はこれから塾の終わるまでの

2時間近くを、

どこで過ごそうかと当てもなく

自転車を漕いでいた。

大通りに出て

帰宅ラッシュの車の波を横目に、

俺は東へ向かった。

太陽は間もなく、

その姿を消そうとしていた。

俺は喧噪から逃れるため、

大通りから1本中の道に入った。

電柱の街区表示板に

「新川1丁目」

の文字が読めた。

新川1丁目は2丁目と違い

路地が迷路のように入り組んでいた。

俺は新旧の家々が混在する

迷路の中を当てもなく彷徨った。

気付けば。

自分がどこにいるのかさえ

わからなくなっていた。

どちらにせよ。

目的地のないこの旅において、

迷路の出口などどうでもよかった。

太陽が完全にその姿を消すと、

街灯のない路地を照らすのは

家々の窓明かりだけだった。

時折すれ違う大人が、

俺の方をジロジロと見てきた。

俺は適当にハンドルを切って、

迷路を進んだ。

やがて。

小道を抜けると明るく開けた道に出た。

見覚えのある電柱の街区表示板に

「新川1丁目」

の文字が確認できた。

俺は街灯の明かりに導かれるまま、

自転車を走らせた。

信号機のある十字路を右折すると

広い道に出た。

そこでようやく

迷路から脱出したことがわかった。

俺は区画整理された静かな住宅街の

広い道路の真ん中を

ゆらゆらと蛇行しながら走った。

住宅街の外れまで来ると、

街灯が無くなった。

俺は自転車を止めた。

そこは。

ちょうどあの雨の日の午後、

相馬と別れた場所だった。

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