第31話 見慣れた光景
ある日の放課後。
俺達は
『Twilight Avenue 城之三崎』
に集まっていた。
翔太が鞄から煙草を出し、
俺達は洋のライターで
煙草に火を点けた。
小学生が集まって
煙草を吸っているこの異様な光景も、
今ではすっかり見慣れてしまった。
そして。
俺の5年間にわたる禁煙は、
儚くも水泡に帰していた。
それでも。
俺は自分で煙草を持ち歩くことはせず、
皆といる時に、
付き合いで吸う程度に留めていた。
茜は、
ピアノのレッスンがある日以外は、
俺達と一緒に煙草を吸った。
クラスでも大人しくて真面目な茜が、
指先に煙草を挟み、
口から煙を吐き出している姿を
初めて見た時は、
さすがに目を疑った。
「喉が渇いたな」
ふいに。
大吾が呟いた。
すぐに洋が財布から
1000円札を出した。
ついでに。
新しい煙草も買ってくることになり、
俺と翔太がその役目に選ばれた。
20年後とは違い、
この時代は、
誰でも簡単に
煙草を購入することができた。
マンションの近くの自動販売機で、
煙草とジュースを買ってから、
俺と翔太はエレベーターに乗り込んだ。
「なあ。
翔太と洋が
大吾と遊ぶのはわかるけど、
どうしてそこに茜が加わったんだ?」
俺はこの機会に、
1つ気になっていたことを訊ねた。
「そ、それは・・僕だって・・」
翔太は消え入りそうな声で呟くと、
俯いたまま黙り込んだ。
今はこれ以上、
翔太から答えを引き出すのは
難しそうだった。
「・・翔太はさ。
茜のことをどう思ってるんだ?」
俺は話題を変えた。
「きゅ、急に何を言い出すんだよ、
あっくん」
翔太の焦りが全てを物語っていた。
「いや。
2人ともお似合いだなと思ったから
聞いてみただけさ」
「ぼ、僕と・・。
あ、茜ちゃんがお似合い?
本当にそう思う?」
「ああ。
似合ってるよ」
俺の言葉に
翔太は照れたように頭を掻いた。
屋上に戻ると、
3人は今放送中の
テレビドラマの話題で、
盛り上がっていた。
子供達の話題といえば、
そのほとんどが
学校の出来事か、
テレビ番組のことだった。
当然インターネットは普及していない。
20年後に比べると、
世界は圧倒的に狭くそして未熟だった。
情報はマスコミによって支配され、
教育では画一的な人間を作ることが、
目的とされていた。
統制された情報社会。
まさに。
メディアによる洗脳の時代
と言っても過言ではない。
そして。
その洗脳は、
20年経っても完全には解けていない。
「こんなこと。
いつからやってるんだ?」
俺は大吾に訊ねた。
「こんなことって、
煙草か?
それとも『楽園』のことか?」
「どっちもかな」
「・・去年の冬だったか」
腕を組んで考え込む大吾に、
翔太と洋も
「うんうん」
と頷いた。
その日。
突然、
雨に降られた大吾と翔太、
そして洋の3人は、
雨宿りのため、
近くにあったマンションへ入った。
そして。
時間を潰すため、
マンションのフロアで
鬼ごっこに興じた。
すると。
それが予想以上に白熱した。
エレベーターに乗るかどうかは、
運命の分かれ道だった。
到着した階に鬼がいたら、
扉が開いた時点でアウトである。
そんな些細なスリルも、
子供達にとっては刺激的だった。
マンションは大きければ大きいほど、
アトラクションとしての魅力を増す。
翌日から大吾達は、
より大きなマンションを求めて
彷徨った。
そして。
『Paradise Garden 中之島』
に辿り着いた。
そこで。
大吾達は屋上へと続く穴を発見した。
大人に邪魔されない空間は、
子供達にとっては
まさに『楽園』だった。
そして。
『楽園』には禁断の果実が付き物だ。
それが煙草だった。
大吾達はさらなる刺激を求めたのだ。
だが・・。
禁断の果実を食べた者は、
『楽園』から追放されることを、
子供達は知らない。
それから。
大吾達は戦国武将が
領土を求めるように、
『楽園』を求めて
マンションを渡り歩いた。
「あっくんは、
まだ知らないと思うけどさ」
洋は大吾と翔太をチラリと見てから、
俺に視線を戻した。
「すぐそこに
『Tombstone in 城之三崎』
ってマンションがあっただろ?」
そう言われたところで。
俺には、
それが近くにある3棟のマンションの
どれを指しているのか、
わからなかった。
「俺達はあのマンションも
狙ってるんだけどな。
絶対に無理なんだよな」
洋はそこで言葉を止めると、
煙草を吸った。
「屋上へ続く外階段の途中に、
鉄格子があって、
道が塞がれてるんだ。
屋上へ上がるには、
もう1つ、
別の道もあるんだけどさ・・」
洋の言葉を翔太が繋いだ。
「ねえ。
実際に見せた方が
早いんじゃないかしら」
そう言って、
茜は細い煙を吐き出した。




