番外編 はだざむい
今は、一年でいちばん暑い季節が少し過ぎたころだ。
陽はまだじりじりと照りつけているし、風もぬるい。土の上で寝ていりゃ、黙ってても汗が出る。……なのに、俺のツガイは違う。
夕方になると、肩をすくめて、小さく言うんだ。「はだざむい」って。
この世界に、そんな言葉はねぇ。けど、意味はだいたいわかる。「寒い」ほどじゃねぇ、けど――肌が、心細い。つまり、ぬくもりが欲しいってことだ。
……なのに、俺は。
その想いを、ろくに受け止めてやれてねぇ。せっかくツガイを見つけたってのに、家の中で上着なんぞ着せて、"ぬくもり役"を布切れに任せてる。
オスとして、情けねぇ話だ。ツガイ失格って言われても、言い返せねぇ。
わかってる。虫が多い時期だから、戦いも多くなるし、帰りも遅くなる。だからルルは、その間ずっとひとりで冷えて、「はだざむい」って言っている。
……ちくしょう。
あの声を思い出すたびに、胸の奥がざらつく。俺のいねぇ時間が、服にぬくもり役を取られている時間だと思うと、戦いより堪える。だから今日、思い切って申請してきた。「ツガイケア休暇」ってやつをな。
オスだけが取れる特別休暇。戦いから一時的に外れ、ツガイの傍で世話を焼く時間。メスを手に入れたオスだけが使える、ささやかな――いや、"覚悟の証"みたいなもんだ。
周りの連中には「いいご身分だな」だの「羨ましい」だの言われたが、実際はそんな甘い話じゃねぇ。これは、俺の人生がかかった問題だ。上着なんぞに、俺のメスを取られたんだからな。上着じゃなく、俺の腕で温めてやる。メスの望みを叶えてやる。それが、俺の"戦い"だ。
こうして取った"ツガイケア休暇"の初日。朝一番に森で取ってきた果物を片手に、俺は意気揚々と帰路についた。
待ってろよ、ルル。今日から一週間、ずっと温めてやる。"はだざむい"だなんて、二度と言わせねぇ――そう意気込んでいた俺が、ルルに可愛く怒られるのは、その後すぐのことだった。
「バーツっ! そういう"はだざむい"じゃないの!」
……わからねぇ。何が違うんだ。温めるって言ったら、抱く以外に何がある?
その数秒後。俺は脚を折りたたんで座らされていた。この"せいざ"ってやつ、攻撃力が異常だ。終わったあと、脚が痺れて痛ぇ。拷問なんて知らねぇはずなのに、完璧に再現しやがる。
「ごめんな……悪気はねぇんだ」
「もう! バーツはいつも"はねむーん"みたいなんだから!」
……はねむーん? 尽くし足りないオスってことか?
ルルは顔を真っ赤にして、「無理だから!」なんて泣きながら言っていたけど、結局、意味はわからなかった。ただひとつ、確かに理解したことがある。
――"肌寒い"って言われたら、とりあえず服だ。
だから決めた。秋用のコートを作る。俺の休暇は、まだ始まったばかりだ。"とりあえず"寒さから守るものを、"まず"用意する。
身体はもう、やる気満々だが……仕方ねぇ。あれは二度と喰らいたくねぇからな。
秋用のコートは、俺の目の色に合わせた緑。裾には、俺の毛を少し織り込んで、黒い狼を刺繍した。針仕事は得意だ。俺のメスに会ったら、いっぱい服を作ってやりたかったからな。
気づけば夜になっていた。
完成したコートを羽織らせると、ルルは目を丸くして、刺繍の狼を指でなぞる。
「……かわいい」
その一言で、胸の奥が温かくなる。
いや、むしろ熱いくらいだ。
ルルが俺の毛を撫でながら微笑む。
俺の心臓が跳ねる。
俺の俺も跳ねる。
――やっぱり無理だ。我慢できねぇ!
あぁ? "せいざ"なんぞ怖かねぇ!
ちょっと頬を染め、イヤ、ダメって、いい匂いを巻き散らかせるルル。
――あぁ……わかってる。もっといい匂いにさせてやる。待ってろ。
――そんなに俺を触りたいのか? ルルパンチにも……見えなくもねぇが、まぁ弱すぎてわかんねぇ。
――あぁ……いい匂いだ。もっと俺を触りてぇのか? 可愛いなぁ。
――アンアン言ってやがる。昼間我慢した分も、俺のメスを喜ばせてやらねぇとな。今日はがんばるか。俺は俺のメスを大事にできるオスだからな。
翌日、昼。
俺はまた"せいざ"ってやつをさせられている。
「イヤだって言ったし、抵抗もした! 朝までとか、体力がもたないから」
ルルが頬を赤くして怒っている……らしい。
――でもなぁ。いい匂いだったんだよな。
……あれか?
これが"嫌い嫌いも好きのうち"ってやつか。
これは、女神のツガイが残した名言集のひとつだ。オスの心得ってやつでな、子どもの頃、裁縫と一緒に叩き込まれた。……いや、さすがは女神のツガイだ。偉大なもんだぜ。
ルルはまだ頬を染めて、なんかぶつぶつ言っている。――可愛いなぁ。見ているだけで飽きねぇ。俺だけを見て、俺の話だけして、頭の中がまるっと俺で埋まっている……ああ、たまんねぇな。俺のツガイは。
少し疲れたらしい。イチャイチャの時間はおしまいか。もうちょいあの顔、見ていたかったんだが……しゃあねぇな。
って――イテッ! ちょ、マジで痛ぇ!
"せいざ"ってやつは、戦士の中でも最強の俺をもってしてもきつい。……いやぁ、ひでぇな、これは。
――で、少ししてまたルルが「はだざむい」なんて言い出した。
温かい服は増やしてやったんだがな。
それでルルは俺の毛を撫でる。
スリスリスリ……。
頬を染めて「かわいい」なんて何度も言いながら、スリスリスリ……。
やれやれ、"はだざむい"って言葉は危険だぜ。あんな顔されたら……またツガイケア休暇、取らなきゃなんねぇじゃねぇか。




