極級魔術師の仕事
飛行船で数日かけて目的地に到着した。
随分かかったな……
「ここからは馬車での移動となります」
ソフィアの案内で用意されていた馬車に乗り込む。
移動の間、周りの景色を見るが……
「……随分殺風景だな」
ここまで廃墟をいくつも通り過ぎた。
もちろん人が生活している村や町もあったが、全体的に活気が足りていない気がする。
ソフィアが説明する。
「戦争があったのです」
「戦争?」
「この国では長らく、横暴な指導者によって独裁政治が行われていました。それに耐えかねた民衆がクーデターを起こし、独裁者は処刑されました。今では平和になっていますが、内戦の爪痕が残っています」
そういう事情か。
まあ、平和になっているなら何よりだ。
数時間の移動を経て目的地へと到着した。
「……難民キャンプか?」
「そのようなものです」
馬車が停まったのは粗末な天幕がいくつも並ぶ場所だった。
ソフィアが天幕の一つの前に立ち呼びかけると、中から一人の老人が出てくる。
「あなたは……」
「魔術師ギルド魔装騎士団所属、ソフィア・ルーシェンベルクです。こちらは新たに極級に認定された魔術師ウィード・グライス様です」
「おお……! ようやく来てくれたか! ありがたい……!」
感激したような声色で言う老人の頭部には、三角形の耳が生えている。
獣人、か。
昔見た国で見たことはあるが……珍しいな。
ちらちらキャンプのあちこちから俺たちに視線を注がれる。
そんな視線の主たちも獣人たちばかりだった。
老人が進み出てくる。
「私は狼牙族族長、イルファンと申します。魔術師殿、こたびは我らのために駆け付けてくださり感謝いたします」
「……ウィード・グライスです。よろしく」
「早速で申し訳ありませんが、こちらへ……依頼の詳細を説明するより、見ていただいたほうが早いかと思いますので」
狼牙族の族長だというイルファンについて移動する。
今回はすぐ近くだった。
「……うお」
それまで木々が生えていた森が、ある場所から急に荒地になっている。
山火事でもあったかのようだ。
イルファンが告げる。
「ここは……我らの故郷だった場所です」
イルファンの声は何かをこらえているようだった。
「先日討たれたこの国の独裁者には、獣人をいたぶる趣味がありました。我らの仲間を捕えては王宮に閉じ込め、日々虐待していたのです」
「まさか、貴方がたも?」
「ええ、そうです」
そこからイルファンは淡々と身の上を話した。
彼が語ったのは……正直、聞いているだけで吐きそうになる内容だった。
独裁者による残酷な仕打ち。
彼らの同胞は何人も、苦しみながら死んでいったという。
「やがてクーデターが起こり、独裁者は倒され、我々は解放されました。しかし戻ってきて愕然としました。帰る場所がなくなっているのですから」
イルファンの頬には涙が伝っていた。
「我らはつらい日々の中、またこの森に帰ってこられることを信じておりました。それだけが心の支えでした。しかし森はもうありませんでした。我らを捕えたあと、あの者が焼いたのです。娯楽として! 何の意味もなくッ!」
悲痛な叫びは、この故郷が彼らにとってどれほど大切なものかを語るかのようだ。
「ウィード様。彼らはクーデター後の統治者から補償金を受け取り、それを対価として魔術ギルドに依頼を出したのです。『森を蘇らせてくれ』と」
「……そうか」
ソフィアの補足に俺は納得した。
クーデター後の補償金。
貴重な財産であるそれらを、彼らはこの森の再生のために使ったのだ。
……これが極級魔術師に寄せられる仕事か。
重い。
だが引き受けた以上はやるしかない。
「では――やります」
俺は森の前に立ちイメージを働かせた。
焼野原だった森に芽が出て、木々が生い茂り、豊かな自然が生まれる光景を。
「【フォレストリバイヴ】」
俺が唱えた途端、地面を割って何十、何百という木が生えた。
割れた大地には下草が生え、花が咲く。
わずか数十秒で、目の前の荒地は緑豊かな土地に戻った。
「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!?」」」
獣人たちの大歓声が上がる。
「すげぇ……! 本当に森ができちまった!」
「見ろ、こっちには川まであるぞ!」
「本当だ! 俺たちの故郷が戻ってきたんだ! ははっ、何だよ、涙が止まらねえよ……!」
森に飛び込んだ獣人たちがあちこちで騒いでいる。
うわー……
本当にできたよ。
「ありがとうございます……! 魔術師様。本当に、本当に……!」
イルファンが俺の手を取って何度もお礼を言う。
彼の目からはぽたぽたと涙が零れていた。
▽
「お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
ソフィアが優雅な手つきでお茶を入れてくれる。
手慣れてるなあ……
もう本職のメイドにしか見えなくなってきた。
場所は飛行船の中だ。仕事を終えた俺たちは元の国に戻る途中である。
「今回の仕事はどうでしたか?」
「そうだな……正直まだ実感がわかない」
だって俺がちょっと魔術を使っただけで森がまるごとよみがえったんだぜ。
おじさんついていけんよ。
夢でも見てる気分だった。
「でもまあ、悪い気分じゃなかったな。ああも喜ばれると」
「魔術ギルドに所属すれば、ああいった活動を行えますよ」
俺は少し考えて首を横に振る。
「……いや、やっぱりやめとくよ。この力は多分神様が何かの間違いでくれたもんだろう。俺には極級魔術師の仕事なんて務まらんよ」
ぽんと与えられたものは、失うときもあっさりかもしれない。
「たとえ間違いでも、狼牙族は救われたかと思いますが」
「まあな。それを抜きにしても、やっぱり性に合わないってのが大きな理由かな」
「……どうあっても魔術ギルドには入っていただけませんか?」
「悪いね」
まあ、たまに手伝うくらいならいいよ――と言いかけたところで。
ジィ、というファスナーを下ろす音が響いた。
首の後ろに手を回したソフィアが、服の襟を緩めている。
「……あの、ソフィア、さん? 一体何を?」
「……私は今回の依頼の中で、密命を帯びていました」
「密命?」
「その……い、色仕掛けでも何でもして、必ずウィード様の魔術ギルド参加を取りつけろ、と。ギルドマスターから」
「はぁ!?」
おい何て命令をしてくれるんだあの魔女!
ソフィアは震える手で襟を緩めると、ゆっくりと服を下ろそうとする。
細い首筋、丸みを帯びた肩が見える。
普段は真っ白な肌が今は恥ずかしさからか赤く上気していて、たとえようもなく色っぽい。
「わ、私では役者不足かもしれませんが……う、ウィード様を満足させられるよう努力しますので……」
目をぐるぐる回しながらソフィアが俺の胸板に手を当ててくる。
体重をかけられ、むにゅう、と腹のあたりで柔らかい感覚が。
おっとこれはまずい。
おじさんまで狼牙族になりそうだ。がおー食べちゃうぞ――じゃねえよ!?
いくら俺でもこんな若い娘に手なんてつけられるかよ!
そんなゲス野郎にはさすがになれない。
「わ、わかったよ! 魔術ギルドに参加すればいいんだろ!? だから服を着てくれ!」
「……い、いいのですか?」
「いいよもう……わかったよ……」
今回の件でわかったが、カミラは俺を引き入れることに手段を選ばないだろう。
ソフィアの色仕掛けを蹴った場合、次は何をされるかわからん。
……いや本当に怖いな。
あの女、まさに魔女だ。
「けど、条件が一つだけある」
「条件ですか?」
「屋敷をくれるって言ってただろ? あれなんだが……広い庭付きにしてくれ。家庭菜園を作りたいんだ」
「植物、本当に好きですね……」
そう言って、ソフィアは力が抜けたように小さく笑うのだった。
……こうして俺は魔術ギルドに参加することになった。
この後俺は魔術ギルドの“筆頭魔術師”に祭り上げられたり、滅びかけた国を救ったり、さらには世界の崩壊を防いで英雄扱いされたりすることになるわけだが――
その時の俺は、それを知る由もない。
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