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異能×屍 -終末における俺の異能の有用性について‐  作者: ペリ一
輪生の章

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第6話

 

「駄目だ…こいつもここまでか」


 何度目だろうかと思いつつ動かなくなった車を乗り捨て、後部座席から武器と自転車を取り出す。


「…」


 自転車のタイヤの空気を確認し、サドルに跨る。


「あと10キロか」


 そう呟く人物の視線の先には。


『国立異能研究学園まであと10km』と記された看板が中途半端に折れ、ブラブラと揺れていた。


「あと、一息だ」


 その人物__プロサバイバーは自らの頬を叩き気合を入れなおすととせっせとペダルを回し始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーー


 話は三日程前までに遡る。





「こ、ん、に、ち、は」


「こんいちは?」


「違う、こん、に、ちは」


「こんにちは!」


「よし。じゃあ次は……」


 薄暗い部屋の中で

 ボーイッシュな装いの女性___プロサバイバーこと浅野あさのいつき

 そして金髪の少女__マリア。

 この二人が向かい合い、ひそひそと日本語の授業を行っていた。


「……ん」


「どうした」


「……すぴー」


「おい」


 授業の始めも始めで居眠りを始めたマリアを揺さぶる浅野。


「おい……嘘だろあんな短時間でこのレベルの眠りの深さに……!?」


 いくら揺さぶっても一向に目が開きそうにないマリア。

 その様子を見て起こす事を諦めたのか、マリアをそっと抱きかかえ隣の寝室へと運んだ。


「まぁこんな状況だ。色々と不安定になっても仕方ない、か」


 マリアをベッドに降ろし、リビング兼倉庫へと戻る。


「食料をもう少し多めに取ってくる必要があるか。後は日本語の教材を……」


 壁に貼られた物資表を眺めつつ今後の計画を練る。


「ここには貼るなと言ったんだけどな」


 呆れたような視線の先には、おそらく渡した教材におまけで付いていたのであろう__猫のシール。

 それが物資表の端にちょこんと貼られていた。


「これが子を持った親の気持ちというやつ、か?……自分には一生抱く事の無い感情だと思っていたが」


 ハハ、と薄く笑い、寝室のドアへ目を移す。


「この場合俺は……父なのか母なのか」


 そう言い自嘲気な笑みを浮かべる。




 _浅野 樹は所謂…… 両性具有者りょうせいぐゆうしゃであった。


 樹は出産時には既に卵巣と精巣が修復困難な程に絡み合っていた。

 両親は悩み、そして…精巣のみを除去し、卵巣を残す事となった。


 だが後になって分かった事だったのだが…この残された卵巣は、とうてい生殖に使える状態では無かった。


 結果として、卵巣までも除去せざるを得ない状況となった。



 こうして樹は両方の性を持って産まれ、そして失った。



 両親は愛情を持って接してくれてはいたが、誰にでも思春期、そして反抗期というものは来る。


 高校入学後から樹は、ガラの悪い連中とつるむようになっていった。


 その時の樹の精神は男の方に寄っていた。


 樹の精神には波があり歳によって心情的に男になったり女になったりを繰り返していたのだった。



 とにかく、その時の樹は心理的には男だった。

 だがその心理に反して身体は女の方へ寄っていった。


 それでも樹は自分は男だ、と思っていた。



 だがつるんで遊んでいた連中は違った。



 ある日、樹は近隣でも有名な悪い“先輩”達に呼び出された。


 樹はいきなり服を脱げと命令された。

 歯向かえば殴られた。


 そして仲間と思っていたはずの連中も含めて、全員から輪姦マワされたのだ。



 嫌悪

 恐怖

 屈辱

 憎悪

 悵恨



 _絶望


 数々の耐え難い苦痛を味わった



 そして気がつけば樹は呆然とした様子で自宅前に立っていた。


 自分の服の汚れ具合を見て、慌てて親が帰る前にと家の中へ入った。



 粗方、服も見た目も見れるようになった後、自室のベッドでひたすらに泣いた。



 最早この時には自分が男なのか女なのか分からなくなっていた。


 分からない。

 自分が何者なのか分からない。


 先ほどまで男だと確固たる意思を持って言えたはずなのに。


 皆に当たり前に配られている“役”が自分には無い。


 おかしい。何故自分に配られた役だけが空白のままなのか。


 …ずるい。



 羨ましい。




 確固たる自分が欲しい。


 役割が欲しい。



「っと」


 手の平に冷たい感触を覚え、急激に意識が現実へと引き戻される。


「涙、か。やっぱり考え事はし過ぎると毒だな」


 涙を着ていたシャツで拭き取ると、マリアの様子を見るべく寝室へと向かった。



「マリア……まだ、寝ているかい?」


 ドアを少しだけ開け、その隙間からひょこっと顔を出す。


「マリア?」


 だがそこには既にマリアの姿は無かった。


「マリアッ!?」


 慌ててベッドに駆けつけ毛布の中をがさがさと漁るも、返ってきたのはベッドの感触のみだった。


「何がどうなって……」


 別の部屋も捜索するべく浅野が振り返る。



 振り返った先__先ほど、浅野が開けたドア_には大きな字である単語が書かれていた。


 “国立異能学園”


 驚愕に浅野が目を見開く。


「な、んだ……これは」


 マリアのイタズラか?

 だがマリアは日本語が殆ど使えない。


 ならこの単語だけを知っていた?


 いや、そもそもマリアはどうやってここから出た?


 窓か?


 だがここから飛び降りれば__あの小柄な身だ。死は避けられないはず。


 そもそもそんな事をしても、なんらメリットがない。


「ん?」


 国立異能学園、だけではない。

 どうも更に小さな字が…



 “役割が、使命が、生きている理由が、欲しいのだろう?”



 ガツン、と脳を直接殴ったかのような衝撃が浅野を襲った。


「な、なんで」


 どうして。


 そんな自分の葛藤は…マリアはおろか親にすら話していない。


「……行けと言うのか。この俺に」


 息を荒くしつつドアに縋り付くような姿勢になりつつ、倒れていく。


「そこに、あるのか」


 俺が__私が___ここまで生き足掻いた理由が。



 普通の人間であれば悪質なイタズラだと一笑に伏したであろう。

 だが浅野は違った。


 自らの探していた物。


 それが、ようやく見つかる。


「マリア……!」


 唸るような声で少女の名を呼ぶ。


 そしてダン!と右脚を一歩踏み出す。


「使命…俺だけに与えられた、俺だけの生きる理由…!」


 その燃え盛るような意思を持って、立ち上がり、扉を開けた___


ーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 それから


「使命を全う出来るのならば、この命を燃やし尽くす事も厭わない」


 国立異能学園まであと10km___


 いや、結界・・まであと2km



 この終末の世における決着。


 その為のパーツが揃いつつあった。







前話のラストが、この物語終盤におけるキーワード「分岐」を強調したいが為に少々くどい文面になってしまっていたので改稿致しました。

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