雨宿り
初投稿です。
短編集『逃げ道の先』の一話目として、『雨宿り』をお届けします。
短いお話ですので、ひとときお付き合いいただければ幸いです。
田舎道を歩いていると、突然、雨が降り出した。
激しい雨音とともに、道端の古びたバス停へ逃げ込む。
屋根の下で、顔や服についた雨を拭っていると、
「やっと来た……待っていましたよ」
声に驚き振り向くと、いつの間にかベンチの奥に男が座っていた。
男は、私の返事も待たずに取り留めもなく語り始める。
結婚したばかりだとか、
妻のお腹には子供がいて、もうすぐ生まれるのだとか。
私は戸惑いながら、曖昧に答えた。
「子供の靴も、買ってあるんです」
「もう、履けないでしょうけどね」
そう言って笑ったあと、男は雨の向こうに目をやった。
「ずいぶんと待っていたんです」
やがて雨が弱まり、屋根を打つ音が途絶え始めた頃、
男も話をやめ、眩しそうに外を見つめ、
確かめるように一歩、屋根の外へ踏み出した。
「それでは、お先に失礼します」
深く頭を下げると、振り返ることなく足早に歩き出す。
私は呆気にとられ、その背中を見送り、
思い出したように、屋根の外へ踏み出したが、足が動かない。
もう一度、足を踏みだす。
どうしても、その先へ進めない。
「あの、すみません!」
小さくなる男に向かって叫ぶ。
けれど、振り返ることはなく、
その姿は、道の向こうに消えていった。
後ずさりした拍子に、生暖かい乾いた座面に手が触れ、
指先に、細かい傷が引っかかる。
傷をよく見ると、繰り返し同じ文字が刻まれており、
その最後に、別の言葉と名前を見つけた。
「早く会いたい…」
名前は見慣れたものだった。




