海魔召喚と、キャルルの乱れ流星脚
海魔召喚と、キャルルの乱れ流星脚
ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!
深夜のポポロ村に、大地そのものが引き裂かれるような轟音が鳴り響いた。
暗殺者ジンが噛み砕いた禁忌の古代遺物『海魔召喚の封珠』。そこから溢れ出した漆黒の海水は、またたく間に広場を水没させ、渦を巻きながら天を衝くほどの巨大な怪物へと姿を変えた。
「ギョロロロロロォォォォォォッ!!」
ビルほどの高さを持つ、半透明の粘体と海水で構成された異形の怪物。
数え切れないほどの太い触手が蠢き、その中心には不気味に発光する巨大な赤い眼球が浮かんでいる。
神話の時代に海を支配したとされる古代兵器の一つ――『海魔』である。
「な、なんだあの化け物は!?」
「ポポロ村が、水没してしまうぞ!」
轟音に驚き、村の宿屋から飛び出してきたシャーク将軍と百名の魚人兵士たちは、その絶望的な光景を前にして完全に足を止めた。
「ば、馬鹿な……! あれは我がシーラン国のおとぎ話に伝わる、古代の海魔! なぜあのような厄災が、ルナミスの田舎村に!?」
シャーク将軍が、サメの牙をガチガチと鳴らして震える。
海魔の放つ魔力は、先日の死甲虫機に匹敵するか、あるいはそれ以上。圧倒的な質量を持った水の触手が一度振り下ろされれば、村の家屋など一たまりもなく粉砕されてしまうだろう。
「ハハハハハハ!! 見たか、これが俺の切り札だ!!」
その絶望の震源地で、高笑いを上げている男がいた。
全財産と装備をリーザのお賽銭箱型掃除機に没収され、情けないトランクス一丁の姿になった特A級暗殺者、影ヒレのジンである。
「俺の財産を奪った呪われた人魚姫め! お前も、この村の連中も、全員まとめて海の藻屑にしてやる!! さあ海魔よ、まずはその生意気な王女をミンチに――」
バチィィィンッ!!!
「ギョパァッ!?」
ジンが命令を下そうとした瞬間。
海魔の巨大な触手の一本が、ハエでも叩くかのように、トランクス一丁の暗殺者を横殴りに薙ぎ払った。
「あべらっ!?」
ジンはカエルのように潰れた悲鳴を上げ、そのまま夜空の彼方へとホームランされて星になった。キラーン。
古代の海魔が、召喚者の命令など聞くはずもない。目覚めた厄災は、周囲の魔力の高い生命体を無差別に喰らう本能のままに暴れ始めたのだ。
「ギョロロロォォォォッ!!」
海魔の巨大な赤い眼球が、次に標的として捉えたのは――月光石のドレスを着たまま、広場の隅で腰を抜かしているリーザだった。
彼女の魂に刻まれた『人魚姫の王族』としての膨大な魔力が、海魔にとって極上のエサとして認識されたのだ。
「ひぃぃぃぃっ!? き、来ますわ! あのウネウネした触手、絶対にドレスがドロドロになるやつですわぁぁっ!」
迫り来る直径数メートルもある極太の水の触手。
もはや逃げ場はない。シャーク将軍たちが「リーザ様ァァッ!」と絶望の悲鳴を上げた、その刹那だった。
「――私の村で、ウチの居候に手を出そうなんて、いい度胸してるじゃない!!」
ドンッ!! と。
大地を抉るような凄まじい踏み込みの音が響いた。
リーザの前に立ちはだかったのは、ウサギ柄のネグリジェから一瞬で『SP用のブラックスーツ』に着替えた、月兎族の新村長・キャルルだった。
彼女の足元には、タローマンで買った特注の安全靴(先端に鋼鉄超合金入り)が鈍く光っている。
「キャルル……!」
「伏せてて、リーザちゃん! 家賃滞納のパラサイトニートだろうと、あんたは私の大切なシェアハウス仲間(親友)なんだから!」
キャルルさんのウサギ耳が、ピンと天を突く。
ドクンッ、と。彼女の体内に眠る月兎族の最高峰たる『闘気』が、黄金色のオーラとなって爆発的に噴き出した。
「ギョアァァァァッ!!」
海魔が、目障りな障害物を粉砕すべく、数本まとめて巨大な触手を叩きつけてくる。
家屋を容易く押し潰す水圧の暴力。
しかし、キャルルさんの姿が、ブレた。
「遅いッ!!」
ダンッ!!
キャルルさんが地面を蹴った瞬間、空気を切り裂く『ソニックブーム(衝撃波)』が広場に巻き起こった。
彼女の初速は、驚異のマッハ1。
視認することすら不可能な速度で触手の直撃を躱したキャルルさんは、そのまま空高くへと跳躍した。
「(……なんという身体能力! あれが、リーザ様の専属SPだというのか!?)」
遠くから見ていたシャーク将軍が、驚愕に目を見開く。
「いくよ……『月影流』!!」
空中に飛び上がったキャルルさんは、向かってくる海魔の触手を『足場』にして、三角跳びの要領でさらに上空へと加速した。
右へ、左へ、上へ、下へ。
黄金の闘気を纏った彼女の軌跡が、夜空に幾筋もの光の線を描き出す。まるで、空を飛び交う無数の流星のように。
「ギョ、ギョロ!?」
己の触手が足場にされ、完全に翻弄されている海魔が、苛立ちに赤い眼球をギョロつかせる。
「これで……全部、粉砕するッ!!」
上空数十メートル。
最も高い位置に到達したキャルルさんは、全身の闘気を、両足の『タローマン特注安全靴』へと極限まで圧縮した。
安全靴の鋼鉄の先端が、闘気の摩擦によって太陽のように白く発光する。
「『乱れ流星脚』ェェェェェェッ!!!」
ズバババババババババババッ!!!!!!
空から降り注ぐ、音速を超える蹴りの雨。
キャルルさんの両足から放たれた無数の『闘気の蹴撃』が、海魔の太い触手を次々とピンポイントで撃ち抜いていく。
ドゴォォォォォンッ!!!
水で構成されたはずの触手が、安全靴の圧倒的な物理的衝撃と、闘気が生み出す『超高熱の摩擦』によって、瞬時に沸騰し、水蒸気爆発を起こして四散した。
「ギョピァァァァァァァァッ!!!」
海魔が、これまでにない苦痛の絶叫を上げる。
一本、十本、二十本。
村を破壊しようとしていた無数の触手が、キャルルさんの『乱れ流星脚(多重ライダーキック)』によって、ただの生温かい霧へと変えられていく。
「す……すげえ……!!」
「あんな小柄な身体で、古代の厄災を単独で圧倒している……! これが、桜田芸能プロダクションのSP……!!」
シャーク将軍と百名の兵士たちは、空中で光り輝きながら怪物を粉砕していく黒服のSPの姿に、畏敬の念を通り越して、神を見るような眼差しを向けていた。
もはや勘違いは臨界点を突破し、「リーザ様を護衛するこの組織は、世界最強の武闘派集団に違いない」という確信へと変わっていた。
――スタッ。
すべての触手を粉砕し終え、キャルルさんがリーザの前に静かに着地した。
タローマン特注の安全靴からは、プシューッと高熱の蒸気が立ち昇っている。
「はぁっ、はぁっ……どうだ、水風船のお化け! ポポロ村を舐めないでよね!」
キャルルさんが、ビシッと海魔の本体を指差す。
「やったぁぁっ! キャルルかっこいいですわぁぁっ!」と、リーザがドレスを泥だらけにしながら歓喜の声を上げた。
しかし。
僕の【知恵 A】は、まだ警報を解除していなかった。
「……マズい。キャルルさん、下がって!!」
僕は腰の二振りの剣――神剣『ルクス』と魔剣『ノワール』を引き抜きながら、二人の前に飛び出した。
「ギョロロロォォォォォォォォォッ!!!」
触手をすべて失った海魔。
だが、その中心にある『巨大な赤い眼球』は無傷だった。
それどころか、己を傷つけたキャルルたちへの明確な殺意と共に、ポポロ村の周囲にあるすべての水分と魔力を、その眼球の中心へと凄まじい勢いで収束させ始めたのだ。
「なっ……魔力が、急激に膨れ上がっていく!?」
キャルルさんが顔を青ざめさせる。
海魔の赤い眼球の前に形成されていくのは、超高圧に圧縮された『絶海の水魔法』。
直撃すれば、ポポロ村の大地ごと、地図から完全に消し飛ぶほどの極大魔法だ。
いくらキャルルさんが音速で動けても、広範囲を薙ぎ払うあの魔法から、村人全員とリーザを守り切ることは不可能だ。
「(……僕が、【イクリプス・スラッシュ】で相殺するしかない……!)」
僕が『聖魔竜王剣』の構えに入ろうとした、その時だった。
「――キッド様、キャルル」
背後から、凛とした声が響いた。
振り返ると、そこには、いつもの強欲でポンコツな顔を完全に消し去り、真の『王族』としての覚悟を瞳に宿した、リーザの姿があった。
「リーザ、さん……?」
「村のみんなは、絶対に傷つけさせませんわ。……私のファン(時間)を奪っていいのは、宇宙でただ一人、この私だけですの」
リーザが、泥だらけの月光石のドレスを翻し、一歩前へと進み出る。
彼女の手に握られているのは、先ほどまで宴会で使っていた、ただの空き瓶(マイク代わり)。
だが、今の彼女からは、海魔のプレッシャーすらも跳ね返すような、神々しいまでのオーラが放たれていた。
「キッド様。私の一世一代のステージ、特等席で見せて差し上げますわ! 私の歌で、キッド様たちに最高の『奇跡』をプレゼントしますの!」
迫り来る絶海の魔法。
それを前にして、底辺を這いずり回っていた人魚姫が、ついに『本気の歌声』をポポロ村の夜空に響かせようとしていた。
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