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第三話 「 蒔かぬ種は生えぬ  」

七月 朝 雨


ウチの学校には登校時の変なきまりがある

校門から校舎入口にかけてのロータリーを右から回るか、左から回るか


理由は知らん


校門を過ぎて校舎に向かうが、傘をさす生徒に遮られいつもより遠く感じる


雨音に紛れて聞き覚えのある声が耳に入った


「ヨモギちゃ〜ん!おっはよ~」「蓬原さんおはよう」「おはよ」


振り向くといつもの三人がおった


あおい、かえで。その後ろにこまんちろ

皆はあんずこ呼んどるけど、背が小さいからウチは「こまんちろ」て呼んどる


桜色、水色、黒の傘

相変わらずこまんちろは色気のない傘を使っとる


「こまんちろは今日もバスけ?」


「雨だから」


都城から出たバスは志布志を通って鹿屋まで走っとる。こまんちろは曽於郡からバイクで登校しとるが、さすがにこの雨だと危ない

ウチは鹿屋市内から自転車で登校しとるが、さすがに梅雨時期はバスに乗るようしとる


ただ、傘を差して歩くのは嫌いだから雨具を着とるが


「今日もよく降りますな~」「ちょっと葵!もうちょっと離れてよ、雨がかかる」


こんな天気だというのにこの二人はいつも賑やかしい


「傘って、人が多いとこだと邪魔だよね。私もヨモギちゃんみたいにカッパにしようかなー」「好きにしたらいいが」


蓬原永美莉(ふつはらえみり)、ウチの名前


あおいは最初「蓬原」を読めんかった。間違って「よもぎはら」と呼んでからは「ヨモギちゃん」て呼ばれとる

おっちょこちょいで何やらしてもいっぱいいっぱい。でもちゃんと学校に来とるから偉い。


「あら?私からの誕生日プレゼントはもう用無し?」「じょーだんじょーだん、楓から頂いた傘は大事にしてますよーっと」


かえでは優しくて頭が良い。クラスの皆が慕っとる。偉い。


「田ノ浦さんが嫉妬してる」


こまんちろは小さい。口数少ないけどウチらとは仲がいい。可愛い


入学してからウチは少し浮いとった

あんまり相手から話しかけられることも無かった

でもこの三人はなんも遠慮せず話しかけてくる


「蓬原さん、今日はどんなパン作ってきたの?」


「今日はフォカッチャを作ってきたじゃ」


「ヨモギちゃん、ふぉかっちゃ?って何?」


「パンじゃ」


あおいが困った顔しとる


「ちゃんとこまんちろの分もあっで心配せんでよかど」


「お弁当ある」


いつも地味な弁当ばかりこさえてくるからこんなに小さくなったんじゃなかろか


「もっと食べな大きくなれんど」


こまんちろは傘で顔を隠す


「ヨモギさんが大きすぎるだけ」


いつもならウチの肩の高さに頭のてっぺんが見えとる、つむじは右回り


「そういえばお母ちゃんに頼んで収穫機の写真送ってもらったど」


こまんちろが傘を上げて興味津々の目を向けてくる


「み、、、みせて」


「教室まで待ちやん」


この時期、しばらくの間雨が降り続く


梅雨、と呼ばれるこの時期はウチにとって鬱陶しい半分、嬉しい半分


あおいらとウチが仲良くなったのも、この雨のおかげ

そう思うとジメジメしたこの季節も悪い気はせん


まぁ、晴れた方が好きじゃっども



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


二週間前 七月 昼 雨



「この天気でも外で実習するの?」


教室から更衣室に向かう途中、窓の外は仄暗く、雨粒が途切れることなく窓ガラスを叩いていた、、、どう見ても外に出ていい天気ではない


「作物は天気なんて待ってくれないよ」


「でも雨の日なら『今日は休んでいいよー』って言ってくれるかも」


「言うか」


ずんこが手厳しい


「今日は何の実習だっけ?」


「トラクターの運転実習。雨の日は注意事項が多いから気を付けなさいってお父さん言ってた」


私の家の倉庫にもトラクター(だったと思う)が一台置いてたと思うけど、乗ったことないしあまりまじまじ見たことも無かったな


私たちは一度実習準備室、、、という名の車庫に集合した


天井は私の背丈の十倍くらい、、、嘘、五メートルくらいかな

広々とした建屋には大小様々な乗り物が十台くらい並んでいる

壁際には人がそのまま通れるくらいの大きな棚がいくつも並んでいて、そこには何かの袋や資材的なものが綺麗に並べられていた

私の家で米を出荷する時に使う麻袋、、、でもこっちの方が何倍も大きい、、、だけはなんとなく理解できた

とにかく広い、なんならここで野球でも出来るんじゃないかってくらい広い、、、やったことないけど


窓から見える黒い雨雲とは違い、白い壁には照明の光が反射して車庫の中は昼間みたいに明るい。窓の向こうだけ時間が止まってしまったように見える


私たちは横の小さな扉から入ってきたけど、中に入ると正面には大きなシャッターが閉まっていた

雨のせいで天井からはバチバチと音がするけど、高さのせいかあまり気にならない


楓は隣で少しウキウキしてるみたい

でもキョロキョロしながらもちゃんと集合場所を探してる


ずんこは、、、だめだ、農機具しか見てない

レクシアがどうとか言ってるけど私にはまるで分らない


そうこうしているうちに先生が二階から降りてきた。見上げると車庫の隅には階段があって、その上には部屋がある


、、、住みたい


「みんないる?、、、集まった?じゃあ授業始めていいかな?」


とはいえこの天気だ。あちこちから「雨降ってますよー」とか、「この天気で外出るんですかー」とかちょっとした愚痴がこぼれてくる

楓が隣にいなかったら私も加わっていたかもしれない


とりあえずは室内でトラクターの役割や部品の名称、運転方法に運転中の注意点、日常点検、作業機の脱着方法等を一通り教わった


さて、多分普通の学校ならここで授業が終わり、続きは次回、、、なんだろうけど、農業高校はそうもいかない。60分授業を2〜3コマ分使って(つまり2〜3時間)みっちり授業がある。華の女子高生、実習とは兎角残酷なものよ


「じゃあ外行こうか?」


ね、こうなるのよ


「外に行く前に班を作ろうか?、、、このクラスは二十二人だっけ?一班四人で二班は5人組ってことでいいかな?」


そして先生が適当に班を作っていく


「そしたら、そこは四人でD班ってことでいい?」


私、隣にいる楓、ちょっと後ろに座ってるずんこ、、、の後ろに金髪美女がいた


農業科には入学当時から外国人がいるってことで少し話題になった時期がある

外国人ってだけで少し縮こまってしまうのに、美人となればなおさらだ

私も気にはなってはいたけど、話をしたことは無かった


振り向いた先には金色にウェーブのかかった髪、青い眼、実習服なのに「モデルさんみたい、、、」


「葵!心の声出てるって!」


自分が声に出していることは楓に言われて気づいた


実習服の刺繡には「蓬原」と書いてある、、、ハーフなのかな


「えと、、、ハ、、、ハロー、、、アイム、、、アオイ、、、ウチノクラ」


「しっちょ」


え、なんて?シット?なんか映画で聞いたことあるけど、、、


「あー、、、ナイストゥー、、、ミ-チュー」


「分からん」


今、分からんって言ったよね、これ日本語だよね


「えっと、、、よもぎはら、、、さんでいいのかな?」


「ふつはらやっど」


楓が笑いを堪えながらこっちを見ていたが、恐らく楓も初めて会話をするのだろう


「蓬原さん、もしかして英語苦手、、、とか?」


「苦手。父ちゃんも母ちゃんも家じゃ日本語しか使わん」


私の中の何かが音を立てて壊れた


目の前にいるのは金髪碧眼のブロンド女子高生

なんならテレビとか雑誌とかでも出てきそうなくらい美人

でも彼女が口にしているのは薩摩弁ではないのか


「ヨモ、、、ふつはらさんよろしくお願いします」「蓬原さんよろしくね」


ずんこは目を丸くしている。一連の会話に驚いているのか、それとも大好きな農機具に気になるものでもあったのか、、、とりあえずほおっておこう


そしてついにその時が来た


ドシャ降り(ってほどではないけど)の中、華の女子高生がこの色気のない緑色の実習服を着て泥にまみれる時が訪れたのだ


AからG班まで組まれた私たちは、各々一台ずつのトラクターを割り当てられ雨天決行の戦に挑む

先生が壁際のスイッチを押すと、それまで閉まっていた大きなシャッターがゆっくりと持ち上がる


天井を叩いていた雨音はシャッターの隙間から少しずつ車庫に広がって、止まっていた世界がゆっくり動き始めるみたいだった


「閉めよう」


「だからこれから実習だって。ほらほら出る準備して」


生徒達には全員分雨具を配られ、それぞれの役割を与えられた


運転手、誘導員、待機二人


当たり前のようにずんこが運転手に名乗りを上げ、ヨモ、、、ふつはらさんは誘導員を担当、私と楓は待機となった

待機、といっても運転実習から戻ってきたトラクターの泥落としや、車庫にある作業機の点検などをしなければならないのでやることはあるのだけども


幸い、雨といっても小雨がすこし頑張ってるくらいの雨だ、これくらいなら我慢は出来る、、、とはいえ終わった後の実習服の洗濯の事を考えると、、、


いやいや


これを乗り越えて無事に家に帰りついた暁には、昨日お祖母ちゃんが買ってきたフクレを食べるんだ


ずんこ&ブロンド美女は巨大な乗り物に乗って雨の中へと消えていった


それから二十分くらい経っただろうか。ちょうどサブソイラーとかいう、土の下にある硬い層を壊して土壌を良くする作業機の確認をしていた時にずんこが目をキラキラさせて帰ってきた


「MR1000すごい。全然滑らないしハンドル切ったときの反応が速い。四駆の安心感が全然違う」


さっぱり分からん


トラクターにはヨモ、、、ふつはらさんが乗っていた。ある程度運転したら交代したのだろう。降りてくるなりこう言った


「やっぱちんまかな」


「でもMR1000はレクシアのシリーズじゃ大きい方だよ。農業高校に配備してるトラクターでこのサイズは珍しい、、、と思うけど」


ずんこが普通に会話している、、、何があったの


「ウチのお父ちゃんが乗っとるやつは倍はあっど」


「何色?」


いつも縮こまってるずんこがヨモ、、、ふつはらさんを見上げて興味津々に聞いている

というかこの二人、身長差がありすぎて見た目だけで面白い


「緑で鹿のマークがついとった」


ずんこの目が、まるで先日の「農業機械科原動機実習室エンジン単独修理事件」の時のように鋭い眼をしている


「もしかしてジョンディア?写真、、、ないの?見たい」


もう五年分くらいの台詞言ってそう


楓も「このトラクター大きいね、私の背よりずっと高い」とか言ってたのに、それより大きいトラクターって何ですか?クッパでもこんな大きなの乗ってないよ、、、知らんけど


「尾野見さん、蓬原さんと馬が合うみたいね、、、農業高校だけに、、、ぷふっ」


楓のこういうところ嫌いじゃない


トラクターが戻ってからはちょっと大変だった、泥だらけのタイヤを掃除したり、最初の授業で習った点検をしたり、、、高圧洗浄機?で泥を落とすのはちょっと楽しかったけど


雨は相変わらずで、あわよくば私と楓の番の時には晴れてくれないかなと思っていたけど、ずんこたちが少し楽しそうにして帰ってきたから、乗ってみたい気の方が大きくなっていた


私と楓は雨具を着て運転実習に備える


「じゃあ次のグループに回すけどいいかな?」


先生は運転する班を一旦集め、もう一度注意事項を確認した


やはりトラクターを目の当たりにするととんでもなく大きく感じる

オレンジ色のそれは家にある軽トラとは比べ物にならないくらいのサイズだ


しかも普段乗っている車と違って乗り口がだいぶ上の方にあるので、階段みたいなものを登るのだが、これもまた急な角度なので取っ手を握って登らないと、雨のせいもあって滑りそうになる


屋根付きの運転席に入ると大きなハンドルと、いろんなレバー、、、これは先生が言っていたものと一緒だ

高校生が実習で運転することを考慮してか、各レバーにはテプラで名前が貼ってある

これはありがたい


えっと、、、確か、安全確認をして、手動操作に設定して、、、


「葵、大丈夫?」


「これくらい動かして見せますよ楓さん」


主変速レバーを前進側へと押し込む、、、と、ずんこが言っていた100馬力が重厚なエンジン音とともに前に進みだす


「おおっ、、、おおっ、、、こいつ、動くぞ」


「当たり前でしょ!」


雨音はエンジン音に掻き消え、目の前には見るからにぬかるんだ道が見える

多分この子ならいける気がする


人と同じくらいの大きなゴツゴツしたタイヤが、雨で柔らかくなった道をゆっくりと前に進む、、、ちょっと面白いかも


トラクターは一通りコース(?)を回ったあと、楓とバトンタッチしてお互いに無事を確かめ合った、、、しかしこんな雨でも悠々と走るこの子はすごい奴かもしれない


楓が運転しているトラクターを車庫まで誘導したところでずんことヨモ、、、ふつはらさんが軒下に並んでいるのが見えた。見事な凸凹コンビだ。


「二人ともなかなか上手かったじゃ」


「そ、、、そう?まぁ、これくらいなら葵さんにも運転できますよ」


楓が運転席からヨロヨロと降りてくる


「ふぅ、、、やっぱりこんだけ大きいと運転も緊張するねー」


高圧洗浄機をスタンバっていたずんこが「離れて」と言いながらタイヤの泥を落としていく

ヨモ、、、ふつはらさんは濡れた箇所を丁寧に拭き上げていく

私と楓は大物に乗った達成感をお互いに噛みしめていた


泥落としが終わったずんこが先生に元に向かって何か聞いているみたいだけど、、、

暫くしてトボトボと帰ってきた


「ずんこどうしたの?」


「今日は作業機付けないって」


どんだけ乗り回したいんだよ


「でも今度ヨモギさんに、家で使ってるトラクターの写真送ってもらう」


ん?


なんて?



時が止まる



ずんこが、あだ名で、人を、呼んでいる?


「尾野見さん、蓬原さんと仲良くなったんだね」


「こまんちろは機械んことをよう知っとる」


たった二十分の間であだ名で呼び合う仲になったってわけ


「まって、こまんちろってなに?」と笑いながら聞くとヨモ、、、ふつはらさんは真面目な顔をして答えた


「あんずこは背がちんまいからこまんちろじゃ」


なるほど、、、いや、なるほどじゃない


「あの、、、私もヨモギちゃんって、呼んでいい?」


「好きに呼んだらよか」


ふぅ、、、ずっと頭の中から「よもぎはらさん」が離れなかったのでこれは助かった

そもそもずんこがヨモギさんって呼んでるの、もしかして私が呼び間違えたせいか?


実習も終わり、更衣室に戻る間ヨモギちゃんを交えて四人で話をしていた

この子も情報量が多すぎる、、、続きはお昼ご飯の時かな


実習中は車庫や運転席を叩いていた雨音も少し収まり、離れた空には青い晴れ間が見えてきた

どうせなら実習前に晴れたら良かったのにとも思ったけど、この雨に教えられたこともたくさんあった、、、ような気がする


少なくとも、ブロンド女子高生との会話に花を咲かすことは出来たようだ


英語は一言も出てこなかったけど



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



七月 昼 晴れ間が見える


午前中の終礼のチャイムが鳴り終わり、お昼ご飯を告げる放送が流れてくる


「皆さんこんにちは、放送部です。今日は七月七日、七夕ですね。今年もたくさんの願い事が集まりました。その中から一つご紹介します。農学科の伊崎田さん『誰よりも早く走れますように』格好良くて素敵な願い事ですね。午前中は朝からあいにくの雨でしたが、、、、


私と楓は教室後ろのロッカーから各々お弁当をもって、スーパーブロンド女子高生のもとに向かう


「ヨモギちゃん?よかったら一緒にお茶しない?」


「ナンパか」


楓が先に反応する、、、と、机の上を見るといくつものパンが並んでいる


「よかど」


とはいえ、あのずんこが既にヨモギちゃんの席の真ん前を陣取っていた。昼休みに入るなり一直線だったらしい


あの、ずんこが


食堂組の空いた席から椅子だけを拝借して、ちょうど十字に並ぶ形になる


私の左にヨモギちゃん、右にはずんこ、正面の楓は既にサンドイッチを頬張っている


ずんことヨモギちゃんは何か小難しい話をしていたけど、少し会話が落ち着いたのを見計らってか、楓が話しかけた


「蓬原さんってどこから通学してるんですか」


「串良じゃども」


あ、それは聞いたことがある


「串良ってなんか海軍の基地があるところじゃなかったっけ?」


楓が驚いた顔をしているのが分かる


「葵、どうして知ってるの?そこに行ったことあるの?どこで覚えたの?」


私だって隣町の名所くらい一つや二つ言えらぁ


「今はもう亡くなっちゃったけど、お祖母ちゃんのお母さんが戦争中にこっちに居たみたいで、当時すごく苦労したんだって。その話をお祖母ちゃんからよく聞いてたからなんとなく覚えてた。旦那さんが通信兵?とかで串良ってとこにいたって言ってたような言ってなかったような」


「葵にしてはよく覚えてるわね」


どういう意味だ


「それなら蓬原さんってバスで通学してるんだ」


「自転車じゃっど。航空隊串良基地跡は家の近くんある」


こうやってヨモギちゃんと会話してても、目の前の金髪美女と薩摩弁がなかなか噛み合ってくれない。目をつむればそこいらの方言女子と会話してるようにしか思えない

これじゃクセの強い外国映画の吹き替え版だよ


「ヨモギちゃんってお父さんかお母さんが外国人なの?」


「お父ちゃんがヨークシャーじゃ」


どこ?犬?


「たしか、、、イギリスの北部だっけ?」


さすが楓、小学生時代にものしり博士の称号を得ただけのことはある


「じゃっど。羊と畑しかなか」


「ヨモギさんの両親ってそこで農家してるの?」


こまんちろ、ことずんこが里芋を食べながら聞いてきた


「お父ちゃんとお母ちゃんはカンザスにおる。そこでトウモロコシば育てちょる。ウチはおばばの家に居候じゃ」


「そこでジョンディアが動いてる、、、目の前で見てみたい」


そういえば楓が話しかける前、二人の会話にもそんな単語が出てきてたっけ

ってかカンザスってイギリス?アメリカ?

なんかの本で読んだことあるような地名だけど、多分アメリカだよね?


「ねぇ、ずんこ。ジョンナントカって何なの?実習の時間にも言ってなかったっけ?」


「イリノイ州の農業機械メーカー。アグリテックを導入した会社で、界隈じゃ多分世界最大級」


そう、この子はちゃんと聞かないとちゃんとした返事がもらえない可愛い子なんだよ


「アグリナントカって?」


「スマート農業の事だよ。GPS使って自動で運転させたりとか、AIを使って効率的な作業が出来る。大規模な農地ほど効果が大きいけど、こっちみたいな小規模な農地だとデメリットのほうが大きい」


ほらね、やっぱり出来る子だよ、ずんこは


「じゃあ蓬原さん家って、すっごい広い農地を持ってるんだ、、、実際どれくらいの広いの?」


「歩いたことないから知らん。家からじゃ端が見えん」


家からじゃ端が見えない、、、


ダメだ、私の想像力にも限界がある


「ヨモギさん家には八台のジョンディアがあるって言ってたから。多分1000haくらいあると思う」


出たよ謎単位。海外にはヘクタールとかフィートとかポンドとか分かりにくい単位が多すぎるんだよ。メートルとキロにしようよ。そもそもヘクタールってどういう単位だよ


「ずんこ、1000ヘクタールって志布志何個分なの?」


「何個分もない。でも鹿屋航空基地の2個分はある」


ん?鹿屋航空基地?たしか中学校の社会科見学で行ったことあるよね、、、


「楓?鹿屋の基地ってめちゃくちゃ広くなかった?」


「広いよ。志布志港と同じくらいじゃないかな」


ますます分からなくなってきた、、、つまり志布志何個分だよ


「地平線まで全部トウモロコシじゃ。広さなんて考えるだけ無駄やっど」


とにかく広いヨモギ畑


それからは四人でお互いの自己紹介をしあった


楓は二学期までに決めなきゃいけない入部先に悩んでいること。家業は継ぐけど、ちょっと新しいこともしてみたいこと


ずんこは取りたい資格があること。入部先はほぼほぼ決まっていること。梅雨明けしたらバイク登校を再開したいこと


ヨモギちゃんは両親と同じ大規模農業をしたいこと。英語が苦手なので楓に(私じゃなくて)教えてほしいこと


私は、当たり障りのない悩みや、高校生あるあるを話した


だけど、兄のこと、そのせいでこの学校に入ったことは言えなかった。自分にはあまり興味のない農業の世界が、彼女達には希望のある世界に感じているように見えたから


今でも兄のことを思い出すと腹が立つ


さもなくば都会で女子高生ライフを送っていた未来もあったはずだから


今の私は思い描いていた青春とは違う気がする


もっとこう、、、なんか、、、キラキラした感じの、、、


ふと、ずんこと目が合う


「内之倉さんは?」


「え?」


「内之倉さんの好きなこと」


他の二人が不思議そうに私を見ている


「何だろ、、、へへっ」


私の好きなこと


やりたかったこと


なりたかったもの


、、、何だろう


まだ分からない


「ヨモギちゃんってお昼パンだけなの?こういうパンって購買部に売ってたっけ?」


誤魔化すように口から出た


「作っちょる」


なんでもパンが好きすぎて、自分で作り始めたらそのままハマってしまったらしい


こういう場合、夢はパン屋さんとかなんだろうか

金髪美少女が売るパン屋ってだけで絵になるじゃん


「じゃあヨモギちゃんの将来の夢ってパン屋さんとか?」


「小麦じゃ。世界で一番美味い小麦を育てるんじゃっで」


パンを作るんじゃなくて小麦を育てる


金髪碧眼の彼女は迷いなくそう言い放った



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



七月 朝 雨


梅雨に入り連日の雨


厚く黒い雲は、普段なら白い校舎に影を落とし、私たちと同じ消炭色の化粧をしている


黄色い雨具を纏ったブロンドの美女が、身を屈めて小さい友人に声をかける


「そういえばお母ちゃんに頼んで収穫機の写真送ってもらったど」


ずんこはキラキラした目でヨモギちゃんを見てる


「み、、、みせて」


「教室まで待ちやん」


「今見たい」


ずんこは待てぬとばかりに身を寄せる


「ちかいちかい。傘が邪魔じゃって」


この二人は仲がいい。というか仲良くなるのが早すぎる


もともとずんこは口数が少ない


でもヨモギちゃんと話すときは(身長差も相まって)まるで幼女のそれだ


あの時ヨモギちゃんは「小麦を育てる」と言った


すでに迷いがない


そしてあの時ずんこに「何が好き?」と言われた


今でも迷ってる


梅雨ももうすぐ終わりを迎え、あと数日もしたら私達の夏休みが始まる


将来への不安と、目前に迫った夏休みの楽しみ


その両手に手を引かれながら、私は、、、


第三話 完


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