第二話 「 百姓の勘は天気にも勝る 」
六月 朝 晴
この学校では校門から校舎入口にかけてのロータリーを通る時に「右回り族」と「左回り族」という物に分かれている。理由はよく分からない。その日の気分でいいじゃないか。
今までは特に気にしたことも無かった、、、けど、、、ふと右回りで入口に向かおうとしていたら、、、
「ずんこ~おっはよ~」「尾野見さんおはよう」
私は後ろから突然声を掛けられ思わず肩が跳ねた
「、、、ういっす」
同じ農業科のクラスメイトの内之倉さんと田ノ浦さんだ
入学して暫く、特に親しい友人もいないまま生活していたけど、先日起きたトラブルのせいで、、、おかげで?、、、仲が良くなった、、、友達と言ってもいいのだろうか
まだ呼ばれ慣れていないけど、内之倉さんは私の事を「ずんこ」って呼んでくる
「、、、ずんこ呼ぶなし」
尾野見杏子、それが私の名前
内之倉さんはあまり農業が好きじゃなさそうで、座学や実習にあまり身が入ってない
だけど、普通の女子高生みたいにお洒落だし元気。なんだかんだ言って学校生活そのものは楽しんでるんだろうなって思う
今日は多分寝坊してないはず、朝ごはんを食べた日は少し声に張りがあるから
田ノ浦さんはとても真面目。成績も優秀だし授業態度もすごく良い。先生にも好かれてる優等生、何食べたらああなるんだろう
でもこないだの畜産実習を見る限り、動物はてんでダメみたい
こんなチグハグな性格の二人は幼馴染だからって理由でいつも一緒に行動してる
「ずんこ怒ってるの?」
「怒って無いよ」
実際怒っては無いけど、妙にむずがゆい
「尾野見さん今日は右回りなんだ」
「、、、別に、、、たまたま」
実際本当にたまたまだ
「さてと、、、今日も一日始まるのか~頑張りますかねー」
内之倉さんはそう言いながら欠伸をした
前から思ってたけど頑張ると言う割には、教室に向かう足取りはいつも重そう
「葵も休まず頑張ってるね、えらいえらい」
「子ども扱いか」
田ノ浦さんは内之倉さんの扱いが上手い、多分内之倉さんがちゃんと学校に来てるのは、田ノ浦さんがいるからだと思う、、、しっかりしてるし
幼馴染ってこんな感じなのかな
今日も一日頑張りますかね、、、
私は二人の後ろをついて歩いた、、、相変わらず賑やかな二人だ
こんな二人と話すようになったのも、あの草刈り実習からだ
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二週間前 六月 昼前 曇り時々晴
「葵、その長靴ちゃんと洗った?泥付いたまんまだよ」
「どうせまた今から汚れますよ、、、っと」
私と楓は更衣室でいつもの色気無し緑色実習服に着替えていた
入学して約二ヶ月、農業高校というのは一日の内で何度も着替えることがある
制服、体操着、実習服、、、そしてまた制服、、、人によってはまた体操着や実習服
実習は外でやる事が多くて、終わった後はいつも泥だらけ、、、お母さんには「小学生のこどんが増えたごたる」と笑われたことがある、、、洗濯はちゃんと自分でしてるんですけどね
それでも洗濯物の多さには毎度辟易する、、、
今日の実習内容は「草刈り実習」、、、家でも手伝わされることもあるから、今更感はあるんだけども、まさか学校でも草を刈るとは思っていなかった
楓は既に着替え終わって私を待っている
「ほらほら、早く着替えないと草、伸びちゃうよ」
「伸びないよ」
着替え終わった私は楓と一緒に更衣室を出て、校内の果樹園へと向かう
果樹園には既に大半の生徒が集まっていたが、先生はまだ来ていないようだ
だいたいこういうのって先に先生が来て「おーいおまえらーはやくあつまれー」とかなんとか言うのが鉄則じゃないのか?
しばらくすると「ごめんごめん、ちょっと草刈機の調子を見とってね。皆集まった?そろそろ始めようかね」と倉庫から先生が出てきた
手には見たことのある草刈機を持っていた、、、持ち手と後ろの部分が赤い、、、ウチのと同じやつかな?
先生の話によると草刈機を使うにあたって「刈払機取扱作業者安全衛生教育 」とかいう長ったらしい名前の講習があるらしい、ウチの学校では安全教育の一環として一年生の期間中三回に渡り、計六時間の授業をするそうだ、、、なんだってばそんなに時間かけるの、、、草刈るだけじゃん
「はい、では三人で班を作ってね。このクラスは、、、22人か、、、一班は4人で組んでね」
「楓」「葵」
すぐ決まった
クラスには仲良しグループがチラホラ出来ているせいもあってか4人の班もすでに組まれていて、、、辺りを見回すと一人だけ取り残されている子がいた、、、名前はたしか、、、おの、、おのでら?おのみ?そんな感じだった気がする、、、
「尾野見さん、一緒に班を組みませんか」
楓が正解を口にしながら、その子に声をかける
「、、、はい」
声が小さい、、、
尾野見さんと呼ばれたその子はうつむいたまま返事をした。背のちっちゃい、少し猫背の子だった。
入学して二ヶ月位たつけど、、、ちゃんと話したことは一度もない、、、はず
まぁ何というか、、、話したことない子はクラスにそこそこいるし、、、
そんな流れで私、楓、尾野見さんで班を組むことになった
肝心の草刈り実習の内容はというと、、、まず一人目が草刈機で草を刈る、次に二人目が飛散防止ネット、という草刈機が跳ね飛ばす草や小石から皆を守る盾役、そして三人目は草の回収や安全確認の担当、、、ようするに何でも屋だ
先生は班の中で誰が何の役をするか決めてね、とのことだったが、、、
「たぶんこの草刈機、ウチのと一緒みたいだからちゃっちゃと終わらせていい?」
草刈なんて家で何度もやってる。早く終わらせて残りの時間はぼーっとしてたい。どうせ三人でローテーションするんだし、誰が先にやっても同じだろう
というわけで最初の盾役は楓、尾野見さんは何でも屋ということに決まった
各班に草刈機、飛散防止ネット、熊手、ザル、ゴミ袋、軍手等が配られる
いよいよ実習開始だが、草刈機を持った時に確信した、やはりウチにあるのと一緒だ、、、こっちのが新しいけど
お祖父ちゃんが使ってる別の大きな草刈機と違って、こっちのは少し小ぶりだし、私でも扱えるような軽めのものだ
赤いハンドルを握って使い方を思い出す
草刈機を使う手順はこう(内之倉家基準)
1:燃料タンクの確認
2:横についてるポンプを何回か押す
3:なんかのレバーを「閉」にする
4:ロープを思いっきり引く
5:エンジンがかかったら、さっきのレバーを戻す
6:後は右手のレバーでブォオオーン
以上
燃料は入ってるし、ポンプも何回か押したし、レバーは閉ってるし、、、あとはこのロープを引くだけ
よいっ、、、しょっ
シュルルルルル、、、
思いっきりロープを引いたけど、空回りするような音がするだけで、いつものように威勢のいい音がしない、、、あれ?壊れてる?
何回か引いてみたけど、やっぱり同じような音がする
「それ、、、ストップスイッチが入ったままだよ」
尾野見さんが後ろから声をかけてきた、、、背が小さいので少し見下ろす感じになる
その小さな手で私の手元のスイッチを指さしている
「あ、、、あぁ、、、そうだそうだ、忘れてたや」
確かにスイッチが「停止」側に入っていた
「始動」側に切り替えたのを確認して仕切り直し、今度こそ
よい、、、しょっ!
ブォッ、、、
あれ?、、、もっかい、、、
よい、、、しょっ!!
ブォッ、、、
「葵、大丈夫?」
えっ??なんで??、、、しょっ!!!
ブォッ、、、
だめだ、動かない、、、壊れてるのかな、、、
「せんせーこれ壊れてますー」と大声で先生を呼んでみたが
「壊れてないよ」
また後方少し下側から声を掛けられた
「かぶってる」
「かぶってる?」
かぶってる?何を?
「尾野見さん、何かわかるの?」不思議そうな顔をして楓が声を掛ける
尾野見さんは草刈機を覗き込むように顔を近づけた。側で飛散防止ネットを構えていた楓もキョトンとしていて、目が合うと同時にお互い首を傾げた
先生が私の声に気付いたのか「どうかしたんね?」と心配そうな顔をして向かって来る
「草刈機調子悪いんね?」
「たぶんかぶった、、、」
先生が訝しげに尾野見さんに尋ねる「尾野見、どうしてそう思ったんね?」
「匂いがする」
え?匂い?匂いで何か分かるの?なんで?
「どれどれ、、、」と先生が私から草刈機を受け取りロープを引いたが、私の時と同じような音がして、やっぱり動かない。私には何が悪いのかさっぱり分からないよ
先生は「んー、、、」と唸りながらもう一度ロープを引く
ブォッ、、、
「ありゃ、、、やっぱり調子悪いかね」
「先生、プラグレンチとウエスありますか」
「あるのはあるけど、、、何をするんだ?とりあえず、工具持ってくるからちょっと待っとってね」
先生は戻ってくるまでは草刈機には触らないように注意を促すと、すぐ近くにある倉庫まで走っていった
いやいやまてまて、かぶる?ぷらぐれんち?どういうこと?
家では機械の調子が悪くなったらお爺ちゃんが隣町の知り合いのところで直してるって言ってたけど、、、尾野見さんはどこが悪いか分かってるってこと?
何分もしないうちにオレンジ色の工具箱を片手に先生が戻ってきた
「尾野見は確かお父さんが機械屋だったよな、、、お前やってみるか?」
「はい」
え、女子高生が修理するの?
「あんまり生徒にこういう事をさせるのは良くないかもしれんが、、、まぁ勉強にもなるし、、、二人ともよく見ておきなさい」
尾野見さんは草刈機の横の蓋を開けると、何か小さい部品を外した。黒く汚れているネジみたいな部品を布で拭いて、また元の場所に戻している、、、だけのように見える
「これで直った、、、はず」
私の目の前で同じ年頃の女子高生が草刈機を分解して、直ったって言ってる
楓も私の隣で一部始終を見ていたけど、驚いた時の顔をしっぱなしだ、、、ふふっ変な顔
それにしても尾野見さんの手や実習服は少し黒く汚れてしまっていたが、当の本人は気にしている様子もない
先生が尾野見さんから草刈機を渡され、さっきと同じようにロープを引く、、、
ブロロロロロォォォォォォ
動いた、、、すごい、、、
「尾野見、よく出来たね。実は実習前の点検で一台だけ掛かりが悪かったんだよ。しばらくは様子見かなとは思っとったんだが、、、まさか一年生に直されるとはね」
すごい、、、すごいよ尾野見さん、、、
「楓、、、見た?すごくない?」
「見たよ、、、直しちゃったね、、、」
尾野見さんはというと、なんだかほっとしたような様子
私ならドヤ顔で褒め待ちしていると思う
「尾野見さん、すごいね!こういうの得意なの?どうして分かったの?」
「え、、、えっと、、、」
「先生でもすぐには分からなかったのにほんとすごいよ!」
ちょっと質問攻めすぎたか、尾野見さんもたじろいでる
そして草刈機を見ながらこうつぶやいた
「こういうの、、、好きだから、、、多分。直ってよかった」
楓も盾の後ろから「尾野見さんすごいです!一人で直しちゃうなんて!」
尾野見さんは少しうつむいたまま、わずかに口元を緩ませていた
可愛い
それからは実習の時間に、尾野見さんから草刈機、、、正確には共立の二十七?とか言ってた気がする、、、の詳しい使い方を教えてもらった。しかも先生より丁寧で分かりやすい。天才か。
横のポンプは、キャブなんとかに燃料を送るために押しているということ
なんかのレバーは「チョークレバー」と言って空気量を変える役割があるということ
スターターロープは「iスタート」とかいう機能で思いっきり引かなくてもいいということ
チョークレバーを開いたら1~2分は暖機運転といって低速運転にしておくこと
家ではこういうの教えてもらったことなかった。今までなんとなく使っていたんだな
それから草刈役、盾役、何でも屋を代わりばんこして、私たちの周辺の雑草は綺麗サッパリになった
実習前までは果樹園の周りは雑草でモサモサだったから、なんだか気持ちもスッキリする
各班での草刈が終わった後は、刈った草を一か所に集める
七班ともなるとなかなかの面積になるので、集まった草の量も山積みだ
「よく集まったなー!」「ほんのこてずんばいやった」「疲れたー早く着替えたい」
あちこちで草刈りしていた班も、元の集合場所に集まって各々の感想を言い合っている
その後は機材の点検、清掃、倉庫への保管、、、
倉庫に入ると家で見たことあるようなものもあれば、何に使うか見当がつかないものまでズラリと並べてあった、、、最後に草刈りをした尾野見さんは倉庫に入るなり辺りをキョロキョロしている、、、「やっぱりこういうの好きなんだね」
「モアだ、、、」
もあ?尾野見さんって変わってるというか何というか、、、同じ女子高生だよね?
「尾野見さん、モアってなに?何かの機械?」
「共立のRM983FXだよ、ほら、、、前輪見て、4WDモデルの高出力の乗用草刈機」
目の前にはオレンジ色をした、遊園地のゴーカートを2周りくらい大きくした乗り物が置いてある。やけにゴツゴツしててマリオカートに出てきそう。
「これ、草刈機なんだ?これに乗って草刈るっていうこと?」
楓も見たことが無いみたいで、興味津々に見ながら尾野見さんに質問していた
「そう、HST使ってるからギアチェンジも必要ないし、36%の勾配でも登れる」
楓の畑にも何度か行ったことあるけど、ピーマンには大げさな農業機械なんて使ってないみたいだし。ウチも米作りの時にコンバイン?とかトラクター?とかは倉庫にあるけど、他の機材は近所の人たちと共同で使ってる、、、だからこういうのは初めて見た
尾野見さんは当然のように専門用語的なものを言っている
「尾野見さんの家ではこういうの使ってるの?」
楓?待って待って、、、なんかこう、尾野見さんがよく分からないことを口走ってるけど気にならないの?ギアがどうとか言ってたよ?
「持ってはいないよ、メンテナンスしているのは見てるけど」
「へぇ~」「ふぅ~ん」
多分私も楓も同意見だったと思うんだけど、、、多分、農機具のメンテナンスをしている会社とかの子なんじゃないかな?お爺ちゃんも知り合いに直してもらうことがあるって言っていたし、、、そういう感じ?(どういう感じ?)
草刈機に貼られている番号(今回は6番)と同じ番号の場所に戻し、壁際に立てかけた
ズラリと並べられたそれは他にも20台程度はあったと思う。今回はたまたまハズレだったのかな
実習の授業も終わりの鐘の音を告げ、私たち三人は一緒に更衣室へと向かう
尾野見さんに聞きたいことは沢山あった
でも何から聞いていいのかわからない、私の中では情報量が多すぎる、、、
ちょうどこの後はお昼ごはんだし、一緒に食べるか誘ってみようかな
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六月 昼 晴れ間が見えている
午前中の終礼のチャイムが鳴り終わり、お昼ご飯を告げる放送が流れてくる
「本日は六月二日、午前中はところどころ曇りでしたが昼からは概ね晴れのようです
昼食の時間になりました、今から放送部による、、、
私と楓は教室後ろのロッカーからお母さんにこさえてもらったお弁当箱を取り出し、窓際に座る小柄な女の子に声をかけた
「尾野見さん?よかったら一緒にお茶しない?」
「ナンパか」
尾野見さんより楓の方が先に反応した
声をかけた女の子は恐る恐る振り返り私たちを見上げる、、、可愛い
「いいよ」
彼女の机にはすでに黒い弁当箱が広げられていて、、、って、鮭の切り身と里芋が目に飛び込んできた、、、女子高生にしては渋すぎない?
「よかった!ありがと、楓も一緒だけどいいよね?」
「いいよ」
食堂組の空いた席から椅子だけを拝借して、私が尾野見さんの目の前、私の左隣に楓が席に着く、、、ちょっと狭いか
楓はいつも自分でお弁当を作ってて、しかも毎回洋食。今日はハンバーガーにサラダにハム、、、どれも美味しそう、、、嫁になってくんないかなぁ
私のお母さんの今日のお弁当は、、、おにぎりに卵焼きにトマト、ブロッコリー。よし、いつも通り
楓はすでにハンバーガーにがぶついている
「尾野見さんってお弁当自分で作ってるの?」
「うん。お父さんと一緒に作ってる」
なるほど
「じゃあ朝早く起きてるんだ、えらいね。私、朝起きるのが苦手でさ。いつも楓に迎えに来てもらってるんだ、、、ね?」
「、、、フガ」
くうかしゃべるか
机の名前札には「尾野見 杏子」と書いてある。教室の机と椅子には取り違えがないように名前札には各々自分の名前が書いてあるのだ。
「おのみ、、、きょうこちゃん、、、でいいのかな?」
「あんずこ」
「めふらひふはい?」
いやだからくうかしゃべるか
「珍しい名前だよね、あんずこちゃん、、、って呼んでいいかな」
「いいよ」
実習の時から思っていたんだけど、あんずこちゃんは感情が読み取りにくい
今の今まで自分の事も話さないし、私たちに質問することもない
かといって距離を置こうとしている、、、って感じでもないんだよな
「今日の実習すごかったね。ああいうの自分で直しちゃうんだ、、、尊敬するなぁ」
そう言うとあんずこちゃんは少し顔を俯かせた、、、喜んでる?
「点火プラグがかぶってただけだから」
あんずこちゃんが言うには、燃料が流れすぎて点火プラグという部品(今日の実習で草刈機から外したやつ)が湿ってしまって火がつかなくなる状態を「かぶる」という意味で使うらしい。私が何度もロープを引っ張ったせいで、燃料が過剰に流れたのが原因だそうだ。
これまた丁寧に分かりやすく教えてくれた
ようやくハンバーガーが喉を通り終えたのか、楓があんずこちゃんに質問する
「そういえば尾野見さんって何処出身?鹿屋とか?」
「曽於郡」
え?曽於郡?隣町じゃん
「あんずこちゃん曽於郡なの?でもバスで一緒になったこと、、、ないよ、、、ね?」
言いながらバスの乗客にそこまで気を配ったことが無かったことを思い出した
そもそもバスの中じゃ楓の宿題を写しているか、寝ているかのどちらかだ
「バイク通学してる」
出てくるセリフが全部すごい
「ホンダのスーパーカブ110、JA59ってバイク」
「尾野見さんってバイクの免許まで持ってるんだ、、、なんか自分でメンテナンスとか修理とかちゃいそうだね」
「やってる」
やっぱり
こんな逸材が同じクラスにいたなんて考えた事なかった、、、
今日は何の日?イベントが重なりまくってない?
それからあんずこちゃんに色んな質問を浴びせたけど、嫌がらずに全部答えてくれた
でも返答はいつも単語ばっかりだけどね
曽於郡の実家では農業機械のサービスマンを営んでいるそうで、もともとはヤンマー専属だったみたいだけど、近所の色んな人から色んなメーカーの修理を頼まれるようになって個人で会社を立ち上げたそうだ
今では共立、クボタ、イセキとか色んなメーカーの機械を修理したりメンテナンスしているんだって、、、子が天才なら、親は聖人か
とにかくあんずこちゃんの話はどれも珍しい事ばかりで楽しかった。結局昼休みも一緒に過ごしていて、いつもは寝てるはずの時間がなんだかとても有意義に過ごせたような気がする
そして昼休みの終了の合図が鳴る
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六月 昼 晴れ
事件が起こった
言い過ぎた、ちょっとした事件が起こった
「尾野見さんが何かすごい事をしてる、、、」
昼休み、購買部にノートを買いに行った楓が帰ってきた早々そんなことを言い出した
「葵、ちょっと来て」「なに?あんずこちゃんがどうかしたの?」「いいから早く」
楓に腕を引っ張られながら別の校舎へと向かう、、、行先は、農業機械科?
今まで別の科の校舎にはほとんど足を踏み入れたことがない
理由もなく(ないわけじゃないけど)他所の棟に入るのはさすがに緊張する
農業機械科棟1階の廊下には人だかりが出来ていた
「すみませ~ん、ちょっと通ります~」と言いながら、赤色の実習服の合間を縫っていく
ん?赤色の実習服?たしか2年生だったよね?
ふと見上げると実習室の扉の上には「原動機実習室」と書かれていた、、、なにするとこ?
実習室内に入ると、、、なんというか、よくわからない機械が並べてあって、、、その一台の前にあんずこちゃんが居た
機械の前には先生が3人、2年生の生徒が5人、、、すこし離れた場所には10人以上の野次馬がいる
「あんずんこちゃん何やってるの???」
思わず声をかける
「D722が調子悪いみたい」
あんずこちゃんが指さした先には鉄パイプや、ゴムベルトみたいなのがむき出しの機械が大きな作業台の上に置かれている。ちょっと大きめの段ボール位の大きさはある
どゆこと?
傍にいる先生達は説明書を片手にあーでもないこーでもないと話し合ってる
どうも何かがうまくいってないってことだけは分かる
燃料を入れた後はマニュアル通りにエア抜きはしましたし、セルも回るのに点火しないんですよ
もしかして、燃料の混合率が違ったとか
いえ、今回は支給された混合燃料を使ったから大丈夫だと思うけど、、、
ちんぷんかんぷんだ
先生を他所にあんずこちゃんは「尾野見」って書かれてある鉄製の錆びた工具箱からピカピカの工具を取り出した。ちらっと見たけど、色んな工具が綺麗に収まっている
いつの間に持ってきたんだろう?
君、尾野見さん、だっけ?修理も難しそうだし、業者さん呼んで修理してもらうから、、、
午後の実習は別のエンジンを使うから大丈夫だよ
多分先生の声はあんずこちゃんには聞こえてない
取り出した工具を使ってネジみたいなのを回している
「先生、もう一度セルを回してください」
あんずこちゃんの指示に先生たちは戸惑いながらも、その機械についているスイッチを押す
なにかランプがピカピカ光っているけど大丈夫かな、、、機械からは変な音もしてるし、、、爆発しないよね?
あんずこちゃんは気にも留めない様子でさっきのネジみたいなのを弄ってるけど、、、
すると突然あんずこちゃんの手元から煙みたいなのが勢いよくプシューっと出てきた
やばいやばいやばい、、、爆発する、、、しんだわこれ
「尾野見さん!危ないよっ!」
楓と手を握りあって緊張する中、あんずこちゃんは、よしといわんばかりに機械から離れた
と、同時に、、、ババンッババババババババッッ
それまで変な音を立てていた機械は勢いよく動き出し、ゴムベルトや色んなところが回りだした。ちゃんと動いたって私にもわかるくらいに。
直った?すっごい!君よくやったね!なんで直ったの?
周りから歓声が聞こえる
「尾野見さん、、、何が起こったの?」
「二段階エア抜きしただけ。もう大丈夫」
二段ジャンプしか知らないけど、あんずこちゃんがまた天才を発揮したみたい
「君、どうやって直したんだい?燃料を入れた後にちゃんとエア抜きもしたのに」
先生達があんずこちゃんの周りに集まる
「この子、ガス欠直後に燃料を入れましたか」
「あぁ、、そうだね、午前の授業の時にガス欠になったから燃料を入れたけど、、、マニュアル通りに燃料はちゃんと送ったはずだよ」
「多分それ、一次ラインだけです。ガス欠で燃料が干上がった時、高圧ポンプの中にも空気が閉じ込められるんです。それだとセルを回しても空気が縮むだけでシリンダーまで燃料が届かない。だから燃料噴射ポンプの根元のナットを緩めて溜まった空気を吐き出させないと」
先生たちは驚いたような関心したような複雑な顔をしていた。多分私たちも同じ顔をしていたと思う。
「だから二段階エア抜きが必要。フィルターと高圧ポンプ。両方で」
機械から飛び散った煙と液体で、、、後で聞いたら「空気と燃料が混ざった霧」だそう、、、あんずこちゃんは油まみれになっていた。消炭色の制服ではあまり目立ちはしないだろうけど、さすがに、、、だよね
「あんずこちゃん」
あんずこちゃんはふと我に返ったように私たちに振り返った。いつも通りの平然とした顔
「内之倉さん、さっき私の事『あんずんこちゃん』って呼んだよね」
へ?
そうだっけ?いや、そんなはずない。いつも通りにあんずこちゃんって呼んだはず、、、
「そんなわけ、、、」
「、、、ふふっ」
あんずこちゃんが笑った、、、ちょっとだけど口元緩めて笑った、、、可愛い
「葵、、、あんずんこって」楓も隣で釣られて笑ってる
「言ってないし!ちゃんとあんずこって呼んだ!ずんこなんて言ってないよ!」
「ずんこって、、、ごめんね、尾野見さん笑ったりしちゃって、、、くくく」
周りの生徒や先生達には一切気にも留めずに3人で笑いあってた
「ずんこ、、、」
私が悪気を込めて口に出したその名前を、ずんこはちょっと照れたような顔で聞いていた
「変なの」
ずんこが呟く
「ふふっ、、、ずんこの方が変だよ」
ふと我に返ると周りには沢山の生徒が集まっていたことに気づいた
口々に賞賛のセリフを言っていたが急に恥ずかしくなった私たちは逃げるように実習室を後にした
放課後、ずんこは先生に呼び出されお褒めの言葉を頂いたとともに、自前の工具について問いただされたそうだ。
うちの学校はそこまで校則が厳しくないとはいえ、危険物にも成り得る工具の類を勝手に持って登校していた事については若干のお咎めがあったらしい。
しかし教師間で話し合った結果、農業科の実習室の隅になら置いてもいいと特例が出来てしまった
ずんこはというと、、、ロッカーに入れていた荷物が減ったので助かった、だそうだ
設立してあまり歴史が無い学校とはいえ、いろんな経験を積んだ先生でさえも驚くような腕前を持った女子高生、、、いやスーパー女子高生ずんこ。きっとそれ以上の経験を同じ歳ながらに経験してきたんだろうな、、、ほんとすごいよ
それからというもの、私、楓、ずんことは校門で待ち合わせしたり、しなかったりで一緒に高校生活を過ごすこととなる。無口ながらも付いてきてくれるし、軽口を言い合うようなそんな友達がこの学校で出来た
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六月 夕方 曇り
今日は体育と実習のダブルパンチでさすがに疲れた
体育では走って汗まみれだし、実習では田んぼで泥まみれだし、、、今すぐお風呂に入りたいです
隣をとぼとぼ歩いている楓は「早くバスで寝たい」って顔に書いてある
ずんこはいつもと同じ。疲れてるか元気かよくわからないけど、私と楓の後ろをついて歩いてる
校舎出入り口からでてロータリーを右回りで歩く、、、あれ?楓が左回りしてる、、、疲れすぎて前が見えてないのか、、、ちょっとの距離だしほっとくか
図らずもずんこと二人きりになってしまった
前々から聞いてみたかったことを口にする
「ねぇ、ずんこって卒業したらどうするの?」
私を見上げながらずんこは言う
「家を継ぐよ。お父さんの仕事する」
即答じゃん、楓か
「他にやってみたい事とかないの?例えば、全然違う仕事するとか、進学とか」
「別に。機械触れればそれでいい。直して、動くと嬉しいし」
「そっかぁ、いいなぁ、、、」
「内之倉さんは何に迷ってるの」
ずんこが急に図星をついてきた。私は実際どうしたいか自分でもよくわからない
都会に住みたかったけど、兄の失踪で急に家を継げと言われ、それで農業高校なんて通ってるけど、高校生活は楽しい、、、気がするし
「なんだろうねーなにがしたいんだろうねー」
校舎の影に染まった薄影色のロータリーをぼーっと見ながら考える
「迷っててもいいと思う」
「なんで?」
ずんこは少しだけ考えた後、口を開いた
「迷うってことは選べるってことだから」
「、、、」
「だから別に悪い事じゃないと思う」
「、、、」
それからは何も言えなかった。ちょうど死にそうな顔をした楓と鉢合わせしたってのもあるけど、ずんこの一言が妙に心に刺さったから
迷うことは選べること、、、か
なんだかよく分からないけど、ちょっと肩の荷が下りた気がした、、、
第二話 完




