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第一話 「 やっぱり私が継がないとだめですか 」

五月 朝 晴れ?


何かに耳を奪われ目が覚める

窓の外から軽トラックのエンジン音が聞こえる

でもこれは違う、、、聞き慣れすぎてもう目覚ましにもならない音だ

目が覚めたのはこの音ではなかった


「葵!いい加減はよ起きなさい!」


階段の下からお母さんの怒鳴り声が飛んでくる

薄く目を開けると、淡い桜色のレースカーテンにはすでに朝日が差している


「あと、、、5ふん、、、」


天気のせいなのか季節のせいなのか、熱を帯びた光から逃げようと布団を頭まで被ろうとした瞬間、次の怒鳴り声が聞こえた


「五分前ん同じこと言うちょったが!」


返ってきたお母さんの声に、私は呻きながら寝返りを打った

それと同時に壁に掛けられた桜色の可愛い時計の針に目をやる

思っていた時刻ではなかった


「え、、、6じ、、、40ぷん?!」


慌てて布団から出た私は、それまで着ていたパジャマを脱ぎ捨て、そのままの勢いで壁のハンガーに掛けていた制服の白いブラウスに袖を通す。

背中まで伸ばすと決めた髪はまだ肩に掛かる程で、寝ぐせのついたそれを梳かしてシュシュでまとめる


「今日は赤にしよう、、、」


ハンガーから消炭色のブレザーを抜き取り、階段を下りながら朝食を予想する


「この香り、、、お味噌汁と、、、あとはわかんないな」


食卓には白いごはん、卵焼き、お味噌汁が並んでいた

米農家ということもあって朝食にパンはほとんど出てこない、たまにはおしゃれなサンドイッチなんか作って食べてみたいけど、朝起きれる自信が無い


「ほら、朝ごはん」


時計を見る、あまり時間がないのでお味噌汁だけをすすって学校に行く準備をする

我ながらあまりお行儀がよろしくない


「そろそろ学校行く」


お母さんは作ってくれたお弁当と水筒を準備しながらあきれ顔で「食べんと持たんど、はよ食いなさい」と食事を促してくる


バス停まで走ればなんとかなるかと思いながら諦めて席に付き、温かいごはんを口に運ぶ

向かいの席にいつも座っていた兄がいないせいで居間で流れているテレビに目が行った

朝のニュース番組だろうか、福岡の新スポットの紹介をしている

おしゃれなカフェが並んだ街並み、可愛い雑貨屋さん、、、こことは大違いだ、、、


ぼーっと眺めながら食事をしていると玄関のチャイムが鳴る、、、6時55分のお知らせだ


「ほら、楓ちゃんが迎えに来たが」


田ノ浦楓、幼稚園からの幼馴染で「高校は別になっても友達でいようね」なんて涙ながらの約束をしたが、遺憾ながらその約束は誰かさんのせいで無いものとなった、、、楓とは現在進行形でクラスメイトである

食事を終わらせ、急いで荷物をまとめ上げ玄関まで走る

黒色のローファーに指をかけ足を滑り込ませる、ブレザーを着ながら玄関を開けるとやはり外は晴れていた


「遅いが」


私と同じ制服姿の彼女は、付けてもいない腕時計に文字盤があるであろう場所に指を差して呆れた顔をしていた、、、が、どこか優しい


「楓、毎日迎えに来なくてもいいのに」


「いまさら、、、ほらバスに乗り遅れるよ」


身をひるがえしたときに楓の髪がなびく、黒くて長い髪が目に眩しい

お互いおはようの挨拶の後に足早にバス停へと向かった

お母さんが言うにはこの辺りはバス停もなくて、遠出するにはおじいちゃんの軽トラで送ってもらってたそう、昔のことは分からないが便利になったものだ


鹿児島県志布志市志布志町志布志


私たちが住んでいる所から、学校のある鹿屋までは片道およそ1時間

田舎の宿命か、この時間のバスを逃すと天地がひっくり返ってもホームルームには間に合わない、7時5分のバスは私たち学生にとっての生命線なのだ


バス停に着くと、ちょうど前方から水色のバスが近づいてくる

ドアが開き車内に入ると既に数人の乗客がいた、社会人、学生、お年寄り

車両の前に移動していつも席に座る、私は窓側、楓は通路側

一緒にバスに乗る時はいつもそうだ。中学の時に鹿屋に遊びに行く時も、入学してバス通学するようになった時も楓は通路側を譲らない


発車しますの掛け声とともにバスは動き出す


「昨日の宿題やった?」


眼鏡の下から伺うような目線を送ってきた、無論やっていない


「その顔はやってないね、、、ノート貸してあげるからバスの中で仕上げちゃいなよ」


「そう言ってくれると思ってたよ」


私はバッグから筆箱を出し、不安定な膝と揺れるバスの中でなんとかペンを走らせた


しばらくしてふと外を見やる、、、田んぼ、田んぼ、田んぼ、畑、田んぼ、畑、、、緑の中にひときわ目立つトマトの赤が可愛く思える、、、はぁ、どこをどう見ても田舎だ


ノートを取りながら昨日のホームルームを振り返る


「そういえば楓、今日の実習って畜産じゃない?大丈夫?」


眉毛が八の字になっている、これは大丈夫じゃない


「私んち畜産はしてないし、、、」


「多分そういう問題じゃないよ」


楓は小さいころから動物が苦手だ。実家は猫の手も借りたいくらい忙しいのに、猫にも触れない

家に豆柴を飼う話が出たときは家出をしたくらいだ、、、怖くて10分位で帰ってきたそうだが本人は朝まで家出したと言い張る

どうして動物、、、しかも全般的に、、、が苦手なのか聞いたことがあるけど「自分以外の生命があることが怖い」とかよくわからないことを言っていた


時折バス停で乗客を増やしながらバスは進んでいく、外の景色にはポツポツとお店や住宅街が現れ始めた

志布志を抜け鹿屋が近くなるとそれまでの風景とは違って一気に街っぽくなる


後20分もすればいつもの学校生活が始まるのか、、、


隣に座っていた幼なじみはいつの間にかスヤスヤと寝息をたてている


楓は高校を卒業したら家業を継ぐと入学前から平然と言っていた、私からすれば十分な変わり者だ。


「どうしてこんな田舎で、、、」


私は農業が好きじゃない、正直興味もない

普通の高校に入学して、卒業したら福岡か東京(ちょっと背伸びしすぎかな)でおしゃれなカフェ店員として働くつもりだった、、、そう、、、この学校に入学する前までは、、、



-----------------------------------------



五ヶ月前


十二月 夕方 曇り


目の前で兄が土下座している。


家族の前で床に頭を擦り付けている


、、、は?何してんの?


「俺、東京いく」


最初は家族全員が冗談だと思っていた、幼いころからいたずら好きな兄は事あるごとに誰かを驚かせることに全力を注いでいて、そのせいでお祖母ちゃんが倒れかけたことがある


「家は継がん、農業もせん、東京行く」


高校を卒業した後、ふらふらと遊び惚けている兄が突然家族を呼び出してそう言い放った


「なんて?あんたが継がんとどげんするっちゅーがよ」


代々内之倉家に受け継がれてきている農業を継いだお母さんの真っ当な意見である、そもそも私は継ぎたくない


「俺の人生や、俺に決めさせてくれ、決めたんよ、、、東京行く」


土下座したまま兄の表情は見えないが、多分変な真面目な顔をしているはず

こういう時の兄の顔は、、、主に悪いことをした時、、、目がバッテンなるくらい目をつむっているので少し面白い、、、でも今はちょっと面白くない

お爺ちゃんもお祖母ちゃんも呆気にとられて何が起こっているかいまいち理解していない

それでもお爺ちゃんは心配そうな目で兄を見やる


「桜輔、、、おいはよう分からんが嫌なこっでもあったがか?ほいで東京で何すっとか」


「農業はもう嫌や、向こうで仕事探してなんとかする、、、東京行く」


兄が東京行くを連呼するだけの拡声器になっている、、、


我が家はずいぶん昔から農家としてそこそこ広い田んぼと畑を持っている

地主、、、とまではいかないが志布志大浜緑地公園よりは広い農地を持っているらしい

お母さんが結婚するまではお爺ちゃんとお祖母ちゃん、それにお母さんの三人で農業を営んでいた

だから結婚した時もそうだし、長男が生まれたときは皆して喜んでいたとお祖母ちゃんに聞いたことがある

だいたいお父さんも(都会である)福岡からこんな田舎に引っ越してきて、その上婿養子として農家の家業を継ぐなんて私には理解できない


「すまん、もう決めたことや、俺は家を出る、、、東京行く」


からのこれである


恐らく前々から準備はしておいたのだろう、突然立ち上がった兄は、、、やはりあの変な真面目な顔をしていた、、、玄関横の自室に走り込むなり大きな荷物を持ち出して外に飛び出していった、、、というより逃げて行った

一瞬の出来事だったので家族皆頭が真っ白になっていたのだろう。高校を卒業して少し時間を潰したら家業を継ぐと言っていた兄は、わずか数分のやり取りの後、内之倉家を去っていった




誰も追わない




私も追わなかったし、追えなかった、、、どうしていいか分からなかった


「あん子はっ!」


お母さんは強く言った後座り込んでしまった

一瞬だけ表情が見えたけど、怒っているのか悲しんでいるのか私には分からなかった

普段からもの静かなお父さんはお母さんの背中をさすりながら優しく言った


「桜輔の事やけん、1週間もすれば帰ってくるて」


「、、、ほんのこっで」


兄が家を飛び出してからしばらく沈黙が続いたが、お母さん、お爺ちゃんはため息交じりで私の事を見ていた、その視線の意味、その時は理解できなかったけど、、、

行き先はともかく、この田舎から飛び出した兄に対してイライラしてきた

でもそれは飛び出すことが出来ない自分に対してだったかもしれない


「ずるい、、、」


それから1週間たっても兄は帰ってこなかった、何度もスマホに連絡をしてみたけど返事は一度もこなかった


お母さんもお父さんも諦めたのか、次第にいつもの日常へと戻っていった

お爺ちゃんだけが少し元気が無くて胸が痛む、、、お爺ちゃん、兄の事大好きだったからなぁ



それからというもの、今の高校に入るまではとんでもなく駆け足だった

急遽三者面談を行い、願書を提出し、一般試験、、、そして合格

元々は普通高校に入る予定だった私の進路は、兄の家出のせいで変更することになった

これまで全く継ぐ気のなかった家業を、どうしても私に継いでほしいとお爺ちゃんとお母さんに何度も頼み込まれ、、、気付けば私は鹿屋のとある高校に通う事となる


入学が決まるまでの間に一度だけ兄から手紙が来た、このご時世に手紙である


「あお、すまん、あとはたのんだ」


相変わらずの汚い字で走り書きのように書かれていた


、、、は?なんだそれ


なんだよ、いつもヘラヘラしてまわりに心配ばっかかけてたくせに

なんだよ、いつも相談事なんて生返事だったくせに

なんだよ、いつも困ったときは「あおが好きにしたらいいんじゃない?」とか適当に言ってたくせに

なんだよ、いつも、、、


自分は好きに東京に行っといて、「あとはたのんだ」ですか


やっぱずるいよ、、、兄



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五月 朝 晴れ


鹿屋農業女子高等学校


通称「鹿農女」


農業に学び、農業に生きる


鹿児島県立鹿屋農業女子高等学校

鹿児島県東部に位置する大隅半島は、温暖な気候と豊かな自然に恵まれた全国有数の農業地帯です。

この広大な大地で米づくりをはじめ、畜産、お茶、ピーマン、さつまいも、うなぎ養殖など、多様な農業・水産業が営まれ、地域の暮らしと食を支えてきました。

しかし近年では人口減少や高齢化、後継者不足などの課題が深刻化しており、地域農業の担い手育成が強く求められています。

そこで本校は、女性ならではの視点と柔軟な発想を生かし、新たな時代の農業を切り拓く女性農業従事者の育成と地域農業の発展を目的として設立されました。

実践的な学びを通して「育てること」の喜びと責任を知り、命と向き合い、地域とともに歩む力を身につけます。

一粒の種が未来を変える

ここでの三年間は、あなた自身の可能性を育てる三年間です

卒業生は鹿児島大学農学部、東京農業大学をはじめとしたナンタラカンタラ、、、


、、、嫌々読まされたパンフレットにはこんなことが書かれていたと思う


お祖母ちゃんの時代には30万人もいたらしい人たちも、いつの間にか20万人程度まで減ったみたいで、近所の農家さんも後継ぎがいなくて田んぼを畳んだ家を何軒か知っている


卒業生には主に農業に係る就職先の優先的な斡旋、農地の貸与、農機具購入の助成金などで県外からの入学も視野に入れた「女性を農業に広く活躍させる場」として悪くない結果を出しているトカナントカ


生徒や地域住民は愛着を込めて「カノジョ」なんて呼んでいるらしい、、、しらんがな


女子高ってなんかこう、、、もうちょっとキラキラしたものじゃないの?

文化祭に遊びに来た男子生徒に目がハートになったり、放課後に友達と駅前の(電車は通ってないが)新しいスイーツなんかを食べに行ったり、、、そんな貴重な三年間を私は、、、


バスを降りると道を挟んだ向こう側は鹿農女の広大な敷地の一部が見える

道路と学校を遮るフェンスには「頑張れ陸上部!県高校総体出場!」という横断幕が風に揺れていた 

ちょうど登校時間なので校門に向かって消炭色の人達が流れていく


楓は起きた直後で寝ぼけ眼をさすりながら「今日はいい天気だね」なんて呑気なことを言っている、、、確かに天気はいい


横断歩道を渡り校門の前につく

竹刀を持ったジャージ姿の先生、、、なんて居るはずもなく、目の前にあるまだ新しい白い校舎の壁には「鹿児島県立鹿屋農業女子高等学校」と、志布志からでも読めるんじゃないかってくらい大きな文字で描かれている


「田ノ浦さん内之倉さんおはよー」


クラスの何人かとあいさつを交わして校舎入口へと向かう

入り口の前はロータリーになっていて開校当初から「右回り族」と「左回り族」という謎の組み分けがある、、、特にだからどうという事ではないらしいけど、、、


校門から流れてきた群衆は校舎入り口へと向かっているが、、、地方にある学校、しかも女子高の割には生徒数が多いような気がする、、、たしか180人くらいだっけ


上履きに履き替えて2階にあるいつもの教室に向かう


「葵、部活どうするか決めてる?」


「もちろん決めてないよ」


「ウチ、一応全生徒入部推奨だもんね、、、2学期までには決めなきゃだね」


「だねー」


部活かー全然考えてなかったなー


なんて思いながら階段を上り廊下を真っすぐ進むと「農学科」の名称が書かれた教室が見えてくる

私達が入学した学科だ、、、


さてと、、、今日も一日頑張りますか、、、



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五月 昼過ぎ 晴れ


「はいはーい、じゃあ二人一組になってねー」


私たちは色気のない緑色の実習服姿になって学校敷地内にある畜産実習棟の外で並ばされている

目の前には柵に囲まれた何匹もの豚さん達が方々と歩き回っている

今日は天気もいいし気持ちがよさそうだ


豚さんの背中には青い文字で「#125♂2026/4」や「#242♀2026/5」と描かれていて、恐らくは性別と誕生月の事だろうか、、、そこかしこでブヒブヒ鳴いているが既に抱えるにはちょっと重そうまである


私の家は米と野菜農家なので豚さんや牛さんと戯れることはないが、昔お祖母ちゃんは馬さんを一頭飼っていたと言っていた

一度は乗ってみたかったけど、、、この学校でも乗ったり出来るのだろうか


今から入学して初めての畜産実技の授業だ


クラスの皆からは可愛いとかちっちゃーい(ちっちゃいか?)とか黄色い声が聞こえてくるが、私の幼馴染は八の字にした眉毛で腕にきつくしがみついてくる、、、痛い


「無理無理無理無理無理、、、葵助けて、、、」


「ほらほら優等生の楓の姿、誰も見たくないぞー」


何人かの生徒が柵に向かおうとしていたが


「こらこらー、今日は畜舎のほうだぞー集まって集まってー」


先生が皆を従えて畜舎の方に向かう、正面の大きな鉄製の引き戸を先生がガラガラと横に引く


開いた瞬間、むっとした温かい空気が顔にまとわりついた、、、獣の匂いのほかに、、、なんだろう、、、なんかこう、、、形容しがたい、、、でも決していい香りではない


生徒の反応は様々だった


匂いに拒絶反応を示して悲鳴を出す人

突然の環境の変化に思考停止する人

家業の影響なのか平然としている人

畜舎が珍しいのかキョロキョロしている人

静かに深呼吸する人


楓は口を抑えて顔が引きつっている


私はというと…見たことのない設備に目を奪われちょっと興奮していた、、、かもしれない


畜舎内は青い柵に覆われたいくつかの区画に分かれ、入口の右手にある人間用のトイレ以外は豚さん向けに作られたであろう設備が並んである

教室を一回り大きくしたその畜舎にはいま私達人間以外には何も見当たらない

多分さっきの豚さんたちは追い出されたのかな?


「はーい、じゃあまず消毒ーそこにある消毒槽に長靴履いたまま5秒ねーほらほらー豚様のお家だよーお行儀よくしようねー」


私と楓は消毒槽に足を入れて、1、2、3、、、それから手をしっかり洗い言われるがままこなしていく


22人のクラス全員が消毒と手洗いを終え畜舎内で整列をした


しばらくして鼻が慣れたからであろうか、奇声組もおとなしくなり、授業を受ける準備が整った、、、はい、皆さんが静かになるのに5分かかりました


静まり返った畜舎は換気扇の低い音が響き渡り、よくわからない機械音がこだましていた


「はーい、じゃあー今日の実習は豚様のお部屋を清掃していくよー」


先生が言うには豚さんは結構綺麗好きらしく、人間の都合で狭い部屋で生活しているのだから私達にはお世話をする義務がある、、、確かに


掃除は二人一組で一つの部屋、10部屋あるので残りの一組は通路の掃除だ

真ん中に広い通路が畜舎の反対側まで続き、その両側に5部屋ずつ並んでいる

小さな豚さん用なのか、一つ一つの部屋は私の部屋より狭い


各生徒はモップやバケツなどの清掃用具を渡され、掃除の手順やコツを一通り学んだ後、早速清掃に取り掛かる


動物が居ないと知るやいなや楓は水を得た魚のようにテキパキと掃除をしだした


「楓、、、さっきまでと全然違うじゃん」


「なに?ほら葵も手を動かして」


、、、何この子、、、相変わらず変わった子


床、壁、柵、水やり用のトレイ、コカフィーダーという給餌器を一つ一つ丁寧に洗っていく

トンカツにありつくためにはこんな苦労もしなきゃいけないのか、、、


何となくのイメージだが、豚さんの部屋には藁が敷き詰められていると思っていた

でも実際の床は黒いゴムマットが敷き詰められていて、後から先生に聞いた話では衛生管理のしやすさや、藁を誤って食べてしまう危険性からこうした設備に変わってきているらしい


しばらくして先生が「はーい、豚様のお部屋は綺麗になったかなー?みんなも知ってるでしょー来た時よりも美しくだよー」と掃除の終了を告げた

清掃用具を片付け、また畜舎入口に整列をする


「はーい、じゃ、豚様たちに帰ってきてもらうよー」


楓の顔が引きつったのが見なくても分かった


畜舎内のもう一つの出入り口は、最初に見た豚さん達の運動場と繋がってるらしく、先生が言うには豚さんの背中に描いてある数字と同じ部屋に連れて行ってね、、、だって


私達の部屋は、、、「112と154、、、だってよかえ、、、え、どこ?」


振り向くと楓はトカゲのように壁にへばりついている、なんとか引き剥がして畜舎のもう一つの出入り口に連れていく、、、楓が重い、、、


せんせー抱っこして運んでもいいですかー

いいけど見た目に騙されて腰痛めるなよー

ほらほらーあんまり追い立てたりしないよー


豚さんによっては大人しく部屋に向かう子

近づいたら離れていく子

凛として動かない子

久しぶりの運動場なのか思いっきり走り回る子


私達の子はというと、、、人間に興味があるのか足元にまとわりついてくる

犬や猫のような感じではないが少し可愛い


それよりもさっきから私の背中にびったりとくっついて離れない大きな子をどうにかしないと、、、


「ほら、楓、この子たちおとなしいよ触ってみ、、、おふっ」


脇腹を突かれた、、、楓からの反撃である


「お願い、葵、助けて」


助けてほしいのはこちらである


一部の生徒は抱え上げ部屋まで運んでいる。抱え上げを通り越して吸っている人もいた

軽くなら撫でても大丈夫だよー噛まないからー噛まないとは限らないけどー


噛むんじゃん


112ちゃんと154ちゃんは特に何もしなくても私達の足の周りをぐるぐるしながら付いてくる


2匹分の豚さんと1人分の重しを支えながらなんとか部屋までたどり着いた


豚さんは一人でに(一匹でに?)部屋に入っていき、部屋が綺麗になったのが嬉しいのかじゃれ合ってる。


「楓さん…そろそろ怒りますよ」


楓は私の背中からヒョイと頭を出して豚さん達を一瞥した後、よーしこれで授業が終わったなんて独り言を言った


「はいはーい、じゃあ豚様を部屋に送り届けた班から入り口前に集合してー」


「集合」の「集」の辺りで楓は私を置いて走り出していた、、、兄かよ


「豚っていい香りするんだねー」と「かあ~もじょかかった~」など各々の感想が聞こえてくる

以前見たことのある映画で「育てた豚を食べる・食べない」を巡って小学生たちが言い合うようなのがあったような無かったような、、、結末は覚えてないけど、私ならどうするかな、、、


ようやく授業終了を告げるチャイムが鳴り、クラスの皆で更衣室へと向かう


楓はすでにいつもの「真面目な楓」に戻っていて緑から消炭色のそれへと変わっていた

さすがに匂いは取れそうにもない、、、後でファブリーズするか


初めての畜産実習はなんとか無事に終えたものの、これからこの子は大丈夫だろうかと一抹の不安が残る、、、なんせ豚さんを見るのにも、、、いや実際には多分見ていないが、、、あのザマだ、授業ではなかなか呑み込みが早いと先生にも褒められてはいたが、、、少なくともこれは褒められたものではないな


しかし豚さんを家に帰すって言われた時の楓の顔、、、ふふっ


それからは残りの座学を終え、ホームルームで明日の時間割と実習内容を告げられ、一年生はこれから自由時間が訪れる

正確には二学期の入部に備えての入部体験や見学に充てられる


まだ私はどこに入部するかなんて決めてはいないけど、楓には少し思い当たるところがあるようだ


そもそもこの学校、部活動が結構盛んでしかも数が多い


サッカー部、テニス部、陸上部、、、運動は苦手だな


文芸部、書道部、吹奏楽部、、、私には似合わない


ボランティア部、伴侶動物部、鹿児島黒牛研究部、、、なにするところだ?


無難な部活を何箇所か回ってはみたものの、まだ私の中ではなにも決まりそうではなかった


ホームルームが終わってから2度目のチャイムが鳴り、生徒たちの中にはちらほらと下校する人たちが出てくる。部員とて拘束時間が短い部活もあるようだ。


私達もその波に乗って逆光で灰色に変わった校舎を後にした


帰りのバス停は生徒達に混じって社会人や子供達が並んでいる

黄色い帽子、赤や青のランドセル、濃紺のスーツ、虎柄のトレーナー、、、そして消炭色


やがて志布志市行きのバスがブレーキの音を立てて目の前で止まる


ドアが開いた瞬間に何故だが肩の荷が下りた気がする


帰りはそこそこ乗客も多く、鹿屋を抜けるまでしばらくは吊り革とお友達だ


学校の校門を出てバス停までは徒歩2分、近所にはラーメン屋さんもあるが、放課後に一息つけるような時間も場所もない

家、バス、学校、バス、家の毎日をひたすら繰り返している


すぐ隣にいる楓は立ったまま今日の実習内容の復習をしている

私の背中以外に書くことあるのか?

ほんとポンコツを露呈したときの楓は手が付けられないくらいめんどくさい


そんな思いを他所に水色のバスは黒いアスファルトの上を滑っていく


やがて色とりどりの町並みは少しずつ緑へと変わっていき、乗客もそれぞれの帰路につく

二人乗りの席が空いた。私は窓側、楓は通路側


人が多い時は少し遠慮して黙っていたが、少しずつ話題が出てくる


とは言っても熊本に新しい店が出来たみたいだよとか、お母さんが野菜配ってって言ってたよとか、先生のありもしない噂話とかどうでもいい他愛のないもの

実は私と楓はあまり共通点がない、服の趣味も違えば、見るテレビ番組も違うし、好きな音楽も違う、、、世間では腐れ縁というのだろう


小中学校も同じで家も近いから、小さいころは二人で田んぼ道を歩いて帰っていた


都会の子達はどうなんだろう、帰りにコンビニなんて寄ったりするのだろうか


コンビニ、、、無いんだな、それが


やっぱり憧れるな


きっと華やかな毎日なんだろう


大きなデパートで買い物して、オシャレなレストランで食事して、有名なお店のロゴが入った紙袋を持って街を歩いたり、スターバックス?とかでナントカフラペチーノみたいなのを頼んだりするのだろうか


やっぱり、ここから早く抜け出したい


兄が羨ましくもあるし、恨めしくもある


隣で楽しそうに話してる楓と離れるのは嫌だけど、やっぱり私はここを出たい


やっぱり、、、そう、、、


やっぱり、、、


やっぱり私が継がないとだめですか



第一話 完

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