第二章 宴の罠と逆転の一手
王太子の婚約披露宴は煌びやかだった。
シャンデリアがきらめき、貴族たちが絢爛な衣装をまとって舞踏を踊る。
私は髪と同じ赤い色のドレスに身を包み、ヒロインがまだ会場に居ない事を確認すると、踵を返した。
「ヴァルミナ様、どうなさったのですか? 王太子様がお呼びですよ」
侍女が慌てて呼び止めてくる。
「あら、そう? じつはちょっと頭が痛いの。宴が始まるまで少し休ませてもらうわ」
そう言って、私は会場の片隅へと姿を消した。
──なぜならこの宴で、ヴァルミナはヴィヴィアンを罠にかけるはずだから。
前世でのゲームの記憶では、ヴァルミナはヴィヴィアンのドレスに魔法の染料を仕掛け、宴の最中にドレスが赤く変色させ、「平民のくせに」と嘲笑されるように仕向けた。
そして、それが王太子の反感を買う第一歩となる。
だが、そうはさせない。
私は隠れてヴィヴィアンの部屋へと向かった。
「やっぱり──まだ染料がついているわね」
ヴィヴィアンのドレスの袖にほんの少し、赤い粉がついている。
これは私が仕掛けたものではない。
おそらく、誰かが私に罪を着せるために仕組んだ罠だ。
「……なるほど。私を悪者にしてヴィヴィアンを可哀想な存在に仕立てるつもり? 面白いわね」
私はその染料を取り去って回収し、瓶に移す。
そしてヴィヴィアンのドレスを丁寧に清め、隠し持っていた無色の魔法染料をそっと施した。
「これでこのドレスは光を受けると虹色に輝くはずよ。……驚かせてあげましょうか」
そして、私はこっそりと宴に戻る。
ヴィヴィアンが登場したとき、会場は静まり返った。
彼女のドレスがシャンデリアの光を受けて、まるで星のように輝いたからだ。
王太子ジェームズは目を見張り、周囲の貴族たちも称賛の声を上げる。
「これは……魔法染料? 平民の娘があんな高価なものを?」
「いや、あれは祝福の魔法だ。神の加護が宿っている」
そんな噂が広がる中、私は一人微笑んだ。
そして、王太子がヴィヴィアンに近づこうとしたとき、私は声をかける。
「ヴィヴィアンさん、素敵なドレスですね。じつはそのドレス……私の母が持っていた染料のレシピを施しましたの。驚かせてあげたくて、内緒にしていましたけれど」
──嘘だった。
だが誰も疑わない。
グラックフォール家は伝統ある魔法貴族。
その娘が魔法の知識を持っているのは当然だ。
ヴィヴィアンは戸惑いながらも、礼を言った。
「ヴァルミナ様……ありがとうございます」
その声に私は初めて、心の底から微笑んだ。
「どういたしまして。これからも、よろしくね」