1 ちょっぴり長めのプレリュード
1.
「べ、別に嫉妬なんてしてないんだからねっ!」
キモい。
いや、自分でも思った。
今のセリフ、正直キモい。どれくらいキモいかと言うと、抜けるくらい。
「それは肝だろ」
一人ツッコミ。
「べ、別にスケートリンクだからスベってみたわけじゃないんだからね!」
ツンデレ。サブカルチャー(こう言うとカッコいいが、早い話オタク文化)における重要用語だ。
本来の意味は、普段は強気な態度、でも二人になるとデレる、というキャラのことなのだが、まぁそれは置いておくとして。
「べ、別に~だからねっ!」と言う発言は、ツンデレの代名詞とも言えるモノだろう。
最近のネット上では、男でも使っているのを見るから、それを真似てみたのだが、思いの他キモい。
どれくらいキモいかというと(以下省略)。
本当に、別に嫉妬なんてするつもりは無かった。
ただ、それくらい素晴らしかったんだ。
細い回転軸。ふわっと浮き上がってから急回転する余裕。
そして何より、まるで虹のような軌跡。
四回転<クワドラプル>トウループジャンプ。
トウループは、得点になる六種類のジャンプの内、もっとも難易度が低いとされているジャンプだ。
例えば、三回転の場合。三回転トウループは基礎点が4に設定されている。
一方、六種類中一番難しいアクセルの三回転、三回転半<トリプルアクセル>は基礎点8,3。
同じ三回転(アクセルは三回転半するジャンプだが)でも倍以上得点が違う。
が、たとえ簡単な種類でも、四回転となると次元が変わってくる。
三回転は大会では主流となるジャンプだし、例え一番難しいトリプルアクセルでも、全日本クラスともなれば大抵の選手がこなしてくる。
が、四回転はそうは行かない。
こう言えば分かりやすいだろうか。
この二年間、全日本選手権では誰一人として成功していない。
四回転は、日本の五輪代表選手であっても、成功させるのが難しいジャンプなのだ。
世界を見渡しても、四回転をコンスタントに決められるのは二人程度。
そして、上記の話はすべて、〝男子シングル〟の話だ。
〝女子シングル〟はどうか?
まず不可能。
女子に飛べるのは三回転のルッツまで。三回転半や四回転は不可能。そうされてきた
が、不可能を打ち破るモノもいる。天才というやつだ。
一番初めに三回転半を女子で成功させたのは、日本人。その日本人は、まさに天才中の天才。それも十数年も前の話だ。
その一人の天才以降、現代に至るまで、三回転半を成功さえた人はいなかった。
そして、現代。次の天才が三人現れた。ちなみに、それは全員日本人。
そのうちの一人が、目の前で四回転トウループを決めた少女。
トリノ五輪日本代表選手。世界で始めて、女子シングルにおいて四回転トウループを成功させた天才中の天才。
それが吾紅夜悠佳<あくや ゆか>だ。
……こんなに長々と彼女や四回転のすごさを説明していても仕方が無い。
一旦で話を戻そう。
「べ、別に四回転が好きなんじゃないんだからねっ!」
違う。
戻すところを間違えた。
とにかく、彼女はそれくらいすごいのだ。
「べ、別に彼女のことが好きなんじゃないんだからねっ!」
閑話休題。
スケートリンクに来るのはかなり久しぶりだ。
というのも、フィギュアスケート選手である俺、都高麗真琴<とこま まこと>は、半年ヶ月前に怪我をした。
右膝の前十字靭帯断裂。
馴染みがない怪我かもしれないが、ようはスゲー怪我だ。
こう言えば分かりやすいだろか。
今までただ一人として、この怪我から復帰したスケート選手はいない。
で、俺がその第一号になろう、というわけだ。
そのために緊急手術。そして苦しいリハビリを乗り越えて、来月から少しずつ練習を再開できる予定だ。
まだ練習はできないが、氷が見たくてこうしてリンクに足を運んだわけだ。
不思議なもので、十年間滑り続けて、もうスケートなんて嫌だと思っていた時期も在るのに、いざ離れてみたら恋しくて恋しくて仕方だ無かった。
そこでようやく「ああ、自分にはスケートしかないんだな」って思ったわけ。そう、俺はスケートのことが、
「大好きだったんだ」
「え……そう……だったの」
アレ。
気が付いたら吾紅夜が目の前にいた。
なにやら顔を赤くして、指をもじもじさせている。……なんか可愛い。
「え、でも……その心の準備が……」
「いや、何の話……」
「……それに子供できちゃうよ……それでももし良いのであ──」
「ちょっと待った!」
なんか勘違いされてる。
「え、何? あ、薬局に行って買って来い? やだな……男の子は財布とかに入ってるんでしょ?」
すげー方向に話が進んでいる。どうやら小・中学校における保健体育の授業は余り意味を成して良い無いようだ。
「さっきの俺の独り言だから!」
「え」
「え、じゃねぇよ」
「エッチしないの?」
「しねぇよ!」
なにはともあれ、目の前の少女が変態だと言うことは大方理解できた。
「だって、さっきから『べ、別にあなたのことなんて好きじゃないんだからねっ!』って言ってたじゃん。これってどう考えても私のこと好きってことでしょ」
……そこから聞かれていたのか。
「ごめん。それも全部独り言だ。忘れてくれ」
「エア恋人」
「そんな寂しい奴じゃねぇよ!? ……たぶん」
今のところ魔法使い街道まっしぐらではあるけれど!
「まぁ、ともあれ。話を区切ろうか。一ページ以上無駄な会話に使ってしまったからな」
「うん。分かった」
なんか納得してもらえたようだ。




