46.モンテブルグ西部①
グロース領を出発し最初に行きついた村。
特に名も無き農村。
村の入口でシルヴィアに馬から降りるように促し、俺が馬の手綱を引きながら村に入る。
「よお。
遠目にも東からやってくるのが見えたぜ。
若い子ふたりで旅でもしてるのかい」
「はい。1日だけ村に滞在させて欲しいのですが」
村の警備をしていると見られる青年の村人に話しかけられ、聞かれたことに答える。
シルヴィアを馬に乗せたままだと見下ろしながら話すところだったので、村に入る前に下馬してもらったのは正解だった。
「それなら村の奥の方に厩舎付きの宿があるぜ。
空き部屋があるか聞いてみるといい」
「ありがとうございます」
村人がこちらの人数、荷物の量や連れている馬を見て判断してくれたようでおススメの宿を教えてくれた。
親切な村人にしっかりと礼を言いながら別れる。
馬を連れて村の中を歩いていると周辺の民家から良い匂いのする熱気が上がっている。
今の時刻はちょうど陽が昇り切った昼食時。
小腹が空いてくる時刻だ。
しかし首都の商店街のように、この村には飲食店の類はなさそうである。
この村は農村のためそれぞれの家の食べ物はそれぞれの家で確保しているのだろう。
旅での心配事その2。
最低でも餓死しない程度に、食べ物にありつけるか。
俺は一応は育ち盛りの男児だが、グロース領の家にいたときの習慣で元々食べる量が少ないのもあり1日くらいなら何も食べなくても平気である。
先の大戦の戦時中物資が不足していた時の癖が抜けないライガの習慣に倣っていたためだ。
だが一方のシルヴィアはどうだろうか。
食事の量や、どのくらいの空腹に耐えられるかの様子を見てやる必要がある。
旅の途中で満足な食糧を得られない期間が続いた場合、栄養不足に陥るかもしれない。
彼女の健康状態を良好に保つのも、俺に課せられた仕事のひとつだ。
それから、水分。
飲み水は俺が水魔法が使えるのでそれで生成できるが、毎日2人分の1日に飲むべき量の水を生成できるかどうかはその日の状況次第。
それに水の使い道は他にも体や衣服を清潔に保つためにも使うし、魔力に関しては火を起こしたりと他にも使いどころがある。
なので、できれば水も確保したいところ。
今夜は宿に泊まれそうなので、心配はしなくて良さそうだけど。
村を練り歩いていたところ村人におススメされた宿を見つける。
馬ごと建物に入るわけにもいかないので、シルヴィアに馬と共に宿の入口で待っていてもらう。
宿に入ると受付に老人がひとり。
空き部屋があるか、何か口に出来る物を売っている店がないかを尋ねる。
「こんにちは。1泊だけですが、部屋をお借りしたいです。
男女2部屋なんですが、空き部屋はありますか?」
「1泊2部屋ね。馬を連れているなら厩も使うかね?」
「お願いします。あと荷物を部屋に置いたら何か食べたいのですが、食べ物を扱っているお店はありませんか?」
「この村にはそうゆう店もないからねえ。
この宿の隣が儂の家なんじゃが・・・良かったら夕飯を食べにくるか?」
夕飯の誘い。願ってもない僥倖である。
ここで聞いてそれでも食べ物の当てがない場合、周辺の家を訪ね回って食材を分けてもらい、村の外で火を起こして調理しようと考えていた。
「本当ですか?なら食事の代金も支払いますので」
「いいよわざわざ。
それにこんな村で手に入るものしかないから、口に合うかは知らないよ。
それにしても、言葉遣いが丁寧だね。
どこかいいとこの坊やかい?」
そう言われ、はっとしてしまう。
この世界では言葉遣いからも身分が露わになるものなのか。
元々の自分の性格が波風を立てたくない性格からの言葉遣いなのだが。
もしかすればそういうところにも気を配る必要があるかもしれない。
シルヴィアに泊まれそうなことと夕飯をごちそうになれそうだということを説明すると、気まずそうにしていた。
馬を厩に繋ぎ部屋に荷物を置いたあとに再度ふたりで老人のもとへ。
「泊まらせていただける上、そこまでお世話になるわけにいきません。
何かお困りごとはありませんか。手伝わせてください」
「なんと。若いのに気が利くな。
部屋でゆっくりしてくれればいいんじゃが。
・・・そうじゃなあ、ちょっと待っとれ」
受付の奥の扉から出ていって、数分後。
同じ扉から同じ年代らしき老婆が入ってくる。
夫婦で民宿を営んでいるらしい。
「裏の畑で野菜を育てていてね。
服が汚れるかもしれないけど、それでもよければ手伝ってくれるかね」
「喜んで!」
シルヴィアが元気よく返事した。
宿の外に出て目の前に広がるは、1辺50メートルほどの四角い畑。
「これからの季節、夏に向けて畑の準備をしようと思ってて。
夕方の食事の準備をする時間まででいいから、土を耕すのを手伝ってくれないかね」
老婆からいつも農作業で使っているであろう鍬を手渡される。
作業の内容を聞き、俺とシルヴィアは顔を見合わせる。
まさに、彼女にうってつけじゃないか。
「任せてください。私、土魔法が使えるんです」
彼女は畑に向かって手をかざし、魔力を放つ。
地面からぼこぼこと土が盛り上がる音がしたと思ったら、どんどん土が翻っていった。
「まあー・・・すごい」
老婆が目の前の光景に唖然としている。
手渡された鍬は・・・土魔法のレベルが未熟な俺が使うとしよう。
「あの畦までですか?」
「そう。お願いできるかしら。
そう言えば、貴女のお名前は?」
「シル・・・いえ、ミアと言います」
屋外で仕事をする上で、遠くから声をかけられることもあるためにシルヴィアが名前を聞かれている。
一瞬、本当の名前が出そうになっているが、何事もなかったようにすぐさま訂正。
彼女は得意な作業を任され、なんだか楽しそうにしている。
「こんなに速くやってくれると思ってなかったから、肥料を撒くのもやってもらおうかしら?
あそこの倉庫にたい肥があるんだけど、運んできてもらっていいかしら」
「力仕事なら、僕がやります」
「お名前聞いてもいいかしら?」
「カインです」
いつ名前を聞かれてもいいよう心の準備をしていた名を名乗り、仕事を進める。
たい肥を山盛りにした一輪車を、体術スキルを発動させた膂力でもって運ぶ。
なかなかの臭いがするたい肥だったが、所詮は栄養のある土。
シルヴィアが土魔法で手で触れることなく言われた場所に撒いていた。
「ふたりとも、楽しそうに仕事してくれるわね」
「はい、とっても」
シルヴィアは終始楽しそうに作業をしていた。
フリーデン養成学校でも園芸の授業を選択していたくらいだし、やはりこういった労働が好きなのだろう。
一方の俺も、楽しそうにやっているように見えたらしい。
特に意識はしていなかったのだけども。
「うちにも息子がいるんだけど、土いじりが大嫌いな子でね。
モンテブルグの軍に行ってしまって、めったに帰ってこないんだよ。
どうだいふたりとも、1日だけとは言わずここにずっと居たら?」
「そんなこと言って、困らせるんじゃないよ婆さん」
畑を耕し、肥料も撒き終わった頃に宿の主人が様子を見に来た。
「しかし本当に助かったよ。
私たちだけじゃぁひと月はかかる作業をたった数時間でやってしまうなんてね。
今晩はゆっくりしていって。食事の準備が出来たらまた声をかけるから」
「わかりました」
陽が朱色に染まる頃に農作業が終了し、食事に呼ばれる頃にはその陽は沈んでいた。
一旦部屋にもどって休憩していると、部屋の扉をノックされた。
老夫婦の家に呼ばれ、リビングと思われる部屋のテーブルの上には4人分の食事が準備されていた。
「このくらいしか準備できないけど、足りるかい」
「十分です」
夕飯の内容はパンと鶏の出汁の利いた野菜のスープだった。
スープの味は決して濃くはないが、素材の味を活かした優しい味わいだった。
俺はフラウが頻繁に作る食事の内容に似ていたので普通に平らげてしまったが、シルヴィアはもの珍しそうにスープを最後の一滴まで味わって食べていた。
その様子を老婆がじっと見つめていた。
「ミアさん、お口に合った?」
「はい。とっても美味しかったです。
・・・どうかしました?」
「いいえ。こんななんでもないものを、何の文句も言わずに食べてくれるのが嬉しくってねぇ」
食べ終わった後も宿の部屋に戻るまで老夫婦たちと談笑し、ゆっくりと流れる時間を過ごした。
なんでも話によると、長いこと民宿をしてきたが訪れる者は大抵この村を通り過ぎるだけで、俺たちのような1日を過ごす者は珍しいとのことだった。
特に今日活躍したのは土魔法の能力を光らせたシルヴィアだ。
何でもないことを楽しく幸せに感じられることも、彼女の才能なのかもしれない。




