47.モンテブルグ西部②
朝、老夫婦が営む宿の部屋で目を覚ます。
いつもの散歩に出かける時間だ。
部屋を出る前に軽くストレッチをしていると、隣の部屋のドアが開く音がした。
こちらも廊下を覗くと、シルヴィアが部屋の前にいた。
「おはよう」
「おはよう。
散歩に行こうと思ってノックしようとしたんだけど、起きてたんだ」
荷物は部屋にそのままに、宿の外に散歩に出る。
宿にはまだ誰もいなかった。
村の外、周辺に麦畑が広がる農道をふたりで歩く。
周りに建物の無い見晴らしの良い景色が広がっている。
どこからともなく吹くそよ風が全身をくすぐり、心地が良い。
「よく眠れたかい?出発できそう?」
「うん」
「毎晩寝床が変わって寝辛いだろうけど、慣れていかないとね」
旅の間、移動をし続けるので毎晩寝る場所が変わる。
どこかモンテブルグ国内ではないところで数か月の間定住できるところを見つけられれば、本当は良いのだろうけど。
足が付くことを考えると難しいだろう。
「今日もよく眠れたし平気だよ。ヒューガのほうこそ、大丈夫なの?」
「え?うん、大丈夫」
前世では長期休暇なんかに一人旅やキャンプなんかもしていたので、寝床が変わることに特に抵抗は無い。
環境が変わっても体調を崩すということはあまりなかった。
「俺のことは心配いらないよ、自分のことを優先していいから」
「・・・うん」
彼女が俯き、少し沈黙した後に返事するので、少しだけ考えていることを覗くことにする。
少しだけね。
学校で首都南部を散歩していた時のように、今もシルヴィアの手を引いて散歩している。
ー心配性だなあー
ーヒューガがいないと、私ひとりじゃ旅なんてできないんだからー
俺がいないと旅が出来ない、か。そりゃそうだろう。
旅のお供は必ずしも俺である必要は無いと思う。
今回の旅はそもそも俺が突然連れ出したのだから、彼女の身の保証をする責任がある。
なので、俺としては彼女自身のことを優先してほしいのだけど・・・。
ーヒューガにも身体を労わって旅を楽しんで欲しいけど、伝わりそうにないー
ー言葉って難しいなぁー
俺に思っていることを伝えられなくて落ち込んでいるようである。
「そうだね。俺も身体を大事するよ」
「うん」
大体20分ほど散策し宿に戻ると、老夫婦が宿のフロントで待っていた。
老婆が脇にバスケットを抱えている。
「あぁ、ふたりともおはようさん。
部屋をノックしても返事がないから、もう発ったのかと思ったよ。
朝ご飯用意したんだけど、食べていくかい?」
「本当ですか?何度も悪いですね」
バスケットの中身はパンに卵焼きが挟まれたサンドウィッチだった。
フロントにあるソファに腰かけ、それを頂く。
「これからどこに向かうんだい?」
「えっと・・・。とりあえずウェスタニアを目指します」
「あらまあ。モンテブルグの国の外まで行くんだね」
「途中に村なんてそんなにないから野宿することになるだろうね。
本当に、気を付けるんだよ」
行き先を言うことで足が付くかもしれないので言うことを一瞬ためらったが、この老夫婦に伝えたところで問題ないだろう。
昨日の夕べと比べて短い時間ではあったが、老夫婦との会話を楽しみながら心の落ち着く一時を過ごした。
「はいこれ、日持ちのする保存食だよ。
乾いたパンが入ってるのだけど、食べ方わかるかい?
水でふやかしてやわらかくすれば、食べられるようになるから」
「まあ。ありがとうございます」
出発するにあたって馬に荷物を乗せていると、老婆から包みを渡される。
それをシルヴィアが笑顔で受け取っている。
包みは両手で抱える程の大きさだったが重量は軽く、まさに旅に持っていくのにうってつけの食糧だった。
シルヴィアが乗る馬の鞍の真後ろに乗せると、ちょうどよく収まった。
「本当に、お世話になりました」
「元気でね」
「そちらこそ、お元気で」
朝と昼の中間といった、陽がまだ登りきらない時刻。
再度、西に向けて出発した。
老夫婦に言われた通り、ウェスタニア地方に到着するまでは野宿することの方が多かった。
その日は陽が沈むころにそこそこ大きな河に到着し、そこで野営をすることに。
橋の上から魚が泳いでいるのが見えたので、浅いところに入り手づかみで獲ることにした。
「魚を獲ってくるよ。パンと一緒に食べよう」
「魚獲り?私もやってみていい?」
「いや、危ないから待ってて。
・・・そうだ、今日はここで野営することになるだろうし、魚が獲れたら焼き魚にするから、火を起こしておいて欲しい」
「わかった!」
河の浅いところに入り、獲った魚を土魔法で作ったバケツに入れていく。
二人前の魚を獲って火を起こすまで一人でも出来るので、シルヴィアには休憩していてくれても良かったのだけど。
小一時間で魚を獲り終え、河から出てくると目の前の光景に驚愕する。
「・・・すごい」
「ふっふっふ、どう?」
シルヴィアにより野営の準備がされていた。
任せた通り、火が起こされているのもそうだけど、火の側には土魔法で作られた椅子が二つ。
河川敷の斜面には横穴が掘られ、中に寝台が作られていた。
これはもう野宿っていうよりれっきとしたほら穴生活だ。
もしかすれば下手な宿よりも快適かもしれない。
「あんまり張り切って魔力切れを起こさないようにしてね」
「これくらいなら全然、平気だから」
彼女は土魔法で場所を選ばずに、一晩くらいなら快適に泊まれる場所を作ることが出来るようだ。
そのうち厩舎付きの小屋を作りそうな勢いである。
「では、魚を焼きましょう」
「はい。どうやるんですか、教官」
荷物から小さいナイフを取り出し、周辺の堅い茎を携えている植物を見つける。
根本を切り、堅い茎の先端を尖らせ、串を作る。
魚の尾の部分からくねらせるような姿になるように串を通していく。
なお、くねらせる意味は知らない。
魚の丸焼きの調理過程を目の前でやって見せる。
「やってみる?」
「うん!」
「ゆっくりでいいからね」
「うん」
シルヴィアが慣れない手つきで魚を串に通していく。
魚のぬめりで何度も手を滑らせながら、なんとか1本完成。
塩なんかがあればぬめりを取れるんだろうけど、そんなものはない。
「むむ・・・、こんなになっちゃったけど」
「大丈夫。よくできました」
シルヴィアがやっとの思いで作った魚の串は、俺のものと見比べて不格好になってしまった。
腹の中に入れば一緒なんだから、いいじゃない。
火の回りの地面に魚が刺さった串を突き刺し、20分程度火が通るまで炙る。
たまに火の通りを良くするために、串ごと回転させる。
その横で土魔法製の土器の中で乾いたパンを蒸している。
ちなみに調理器具や食器は持ち運びせずに食事の都度土魔法で生成しているので、旅の道中の荷物にはならない。
川の流れをぼーっと見ながら過ごしていると、だんだんと魚の焼ける良い匂いがしてきた。
「そろそろかな」
「どうやって食べるの?」
「こうやって、かぶりつく。
骨があるから取り出すかよく噛んでから飲み込まないと、喉に刺さるから注意してね」
串に刺さった魚の丸焼きを食すのは、彼女にとって初めての経験なのだろう。
少しずつ、時間をかけて食べていた。
最初こそパンと交互に食べていたが、途中から骨を避けながら魚を食べるのに夢中になっていた。
その様子が、何度もキャンプをしたことのある俺から見て初々しくて、微笑ましかった。
2匹目の魚を食べ終わる頃には手も口のまわりも汚れていたので、荷物からタオルを取り出して水で濡らして手渡す。
「手と口の周りがすごいことになってる、拭きなよ」
「ありがとう」
「美味しかったかい?」
「うん!」
腹ごしらえを終えた頃にはすっかり陽が沈んでいた。
河川敷の斜面の芝生に仰向けに寝転ぶ。
夜空に浮かぶは、満天の星空。
緩やかに流れる河のせせらぎが奏でられ、耳に入ってくる。
シルヴィアも真似をして芝生に身を預け星を見上げている。
・・・なんて良い夜なんだ。
せっかく寝床を作ってもらったけど、そこで眠るにはもったいないくらいだった。
星をよく見ると、明るさも色も微妙に違う。
もしかすると、前世で見たことのある星も中にはあるのかもしれない。
女神はこの世界を、もとの世界とは違うパラレルワールドだと言っていたけど。
明るい星を繋げば、星座なんかも見つかるかもしれない。
いや、前世の空とは違う角度から星を見るのだから、星座の形も変わってくるのだろうか。
なんてことを考えていると、少し身体が冷えてきた。
「寒いね。そろそろ寝ようか」
「うん」
芝生から重たい身を起こし、作ってもらったほら穴に入って夜を明かした。
ウェスタニア地方を目指して旅は続く。
途中に村があったので立ち寄った。
飲食店があったので人間らしい温かい食事にもありつくことが出来、厩舎つきの宿があったので一晩をそこで過ごした。
食材を売っている店もあり携帯食を補給することもできた。
周りに何も無ければ野宿し、村が見えればその日は宿に泊まる。
そういった旅路だった。
旅を始めてから1週間。
ウェスタニア地方に到着した。




