22.上級生と私と…
ただでさえ体調不良なのに、全身びしょ濡れにされたらさすがの私でも身体的ダメージは大きい。
頭が痛くて、ぐわんぐわんと揺れているような感覚になってきた。
そして、脳裏に先ほどのアンナ様の声が木霊する。
『レオンの評判を下げるような事はしないでほしいの』
これだけの事をされても黙っていろ、という事なのだろうか。何も言わずにジッと耐えるのがベストなのだろうか。
私がこの喧嘩を買ってしまったら、レオン様の評判を下げてしまうのだろうか…。
いつもより働かない頭で思考を巡らせていると、一人の令嬢に肩を思い切り押された。
その反動で裏庭の壁に背中を勢いよくぶつける。
足に力が入らず、身体を支えられなくなりその場にズルズルと座り込む…そんな私を令嬢達は逃げられないように囲んだ。
「ノエル様も味方につけて、強くなったつもり?貴女みたいな野蛮な人はどうせレオン様にも捨てられるわ!」
「いい気になって募金活動なんてしちゃって、馬鹿みたい!そんな事でレオン様の気を惹こうとしても無駄なのよ!」
「見放された土地みたいに、貴女も早くレオン様から見放されればいいわ!」
「むしろ募金活動をするくらい見放された土地が好きなら、住めばいいじゃない!まぁ、あんな枯れた土地じゃ生きていけないでしょうけど!ふふふ!」
「あんな土地、頑張ったって一生ただの枯れ地のままよ!フフッ、無謀すぎるわ〜残念ね!」
悪意ある言葉を次々と浴びせられ、私は目をカッと見開いた。
自分の目で見た、見放された土地に住む人々。
その人々を助けたいと動く父と兄。
見放された土地を押し付けられ、それでも弱音を吐かずにしっかりと向き合うレオン様。
……全てを馬鹿にされた気がした。
「私が気に入らないのはわかったわ。でも私達のことも見放された土地の事も、何も知らないくせに馬鹿にしないで!」
………これを黙って見過ごすなんて、私には到底無理な話で。
気づいた時には足元の土を素早くガッと握っていた。
そのままバケツを持った令嬢の顔面に土を全力で投げつける。
「キャーッ!ペッペッ、土が!目と口に入ったわ!いやー!」
「だ、大丈夫?!ちょっと!何するのよこの野蛮女!」
「ふざけないで!」
残りの令嬢達が一斉に飛びかかって来たが、私だって負けてられない。
私の髪を引っ張る令嬢には渾身の力で腕を引っ掻く。私の頬を叩いた令嬢には脛を蹴る。
…黙ってか弱い女を演じるより、野蛮女で結構だと思った。
しかし体調不良でいつものように身体に力が入らず、
髪を引っ張られた勢いのまま壁に頭をぶつけた。
ガンッと鈍い痛みが走り、そのまま私は地面に倒れこむ。
「うぅ…っ」
ぐわんぐわんと、視界が揺れて目を開けていられない。
そんな私を見て高らかに笑う令嬢達の声が頭に響く。さらに頭が痛い。意識がだんだん遠くなっていくのがわかる。
これはまずい、と薄れ行く意識の中で思った矢先。
「……リリアーヌ!!」
大好きなレオン様の声が聞こえた気がした。
私にはいつだってヒーローは現れない。
今までだって、自分の身は自分で守ってきた。
だからここでレオン様が来るはずがない。
これはきっと、私の願望から来る幻聴だ。
…と思っていたら、フワッと身体を抱き起こされた。
「リリアーヌ、リリアーヌ…!」
必死な声に、渾身の力で瞼を押し上げる。
視界には私を抱き抱えたレオン様が、今にも泣きそうな表情で私の顔を覗き込んでいた。
まさかなんで、レオン様がここに…?
来てくれてビックリしたのと、レオン様に抱き抱えられて安心したのと、でもこんな姿を見られたくなかったのと…色々な感情が押し寄せてくる。
どうしたらいいかわからないまま…ただ、私の目からはツーッと一筋の涙が流れた。
目を丸くしたレオン様は、力強く私を抱きしめる。
「リ、リリィ…!お前達、うちのリリィに何をした?!」
「ちょ、フレデリク様待ってください!さすがに暴力はダメですって!」
「そ、そうです!落ち着いてください…!」
「止めてくれるなアラン君、レベッカちゃん!うちのリリィを傷つける奴は誰だろうと許さん…!殺してやる…!」
「気持ちはわかります、わかりますけど…!」
怒り心頭で令嬢達に殴りかかろうとするお兄様と、お兄様を必死に止めるレベッカとアランの声も聞こえる。みんな来てくれたんだ…と更に安心した。
「ひっ…レオン様にフレデリク様…なんでここに…!し、失礼しますわ…!」
令嬢達はそそくさと逃げようとした、が。
「待て」
今まで聞いたことのない、低い声。
私を抱き抱えている人の口から出たことが信じられない。
怒気を含んだその声に、私でさえもビクッと肩を震わせた。令嬢達はもっとビクついた事だろう、顔面蒼白で固まっている。
いつも一緒にいるフレデリクお兄様ですらも静止している。
「よくもリリアーヌを傷つけてくれたな…お前達の顔は全員覚えた、覚悟しておけ」
そう言って令嬢達を睨むレオン様は、信じられないほどの殺気を放っている。
いつも穏やかで紳士的なレオン様がこんなに怒っているのは見たことがない。
それと同時に、こうして怒ってくれているのが私の為だと思うと心が震えた。
彼の、周りの人を大事にするところがずっと素敵だと思っていた。私の事も大事にしてくれていることが、こんなにも嬉しい。
ああ好きだなぁ、大好きだ。
この人に好きな人がいたとしても、私はこの人が大好きだ。
更にポタポタと涙が溢れ落ちたのはつらいからじゃない。この人の優しい愛を感じることができて、心の底からの嬉し涙だ。
両想いじゃなくていい。恋人や奥さんになれなくてもいい。友人として、彼はきっと優しさという愛情をいつまでもくれる。それだけで私には十分すぎるほどの幸せだ。
だからこそ、レオン様には絶対に幸せになってもらいたい。
婚約破棄をして、絶対にアンナ様との仲を取り戻さなくてはいけない。
全てはレオン様の幸せのため。
もしかしたら私を好きになってくれるんじゃないか、という淡い期待に蓋をした。そして心に固い決意をする。
レオン様の幸せが、私の幸せなんだ。
そんな私とは裏腹に、恐怖で泣きながら全身を震わせる令嬢達。なんとか足を動かして「ごめんなさい…!」と走り去って行った。
それを見届け、私はソッと瞼を閉じた。




