5話:訓練学校Ⅴ
出世するには、まず「出世できそうな奴」に見せかけなきゃいけない。
優秀そう、信頼できそう、使えそう――この三拍子を揃えれば、上の人間は勝手に手を伸ばしてくる。
逆に言えば、実力があっても「使いにくそう」って思われたら、それで終わりだ。
俺が帝国の教育機関にいた時は、そんなのばっかりだった。
というわけで、まずは人脈作りだ。地味で堅実で、たまに助けてくれるできる奴って立場を築く。
そのために。
「ライナス、ちょっと話あんだけど」
「お、なになに? 成り上がるなら俺を秘書官にする話?」
「それはないけど、そう遠くもない」
ライナスは俺の性格を知ってるし、妙に勘がいい。迂闊なことを口にしても、うまく察して合わせてくれる便利なやつだ。
「今後、模擬戦のデータとか、訓練記録とか、なるべく手に入れてくれない? できれば、上位訓練生のやつ」
「お、おう? なんでまた?」
「ちょっと個人的な興味で、戦術傾向の分析をしてみようかと思ってさ」
「なるほど、趣味で軍事研究ってやつか。お前ほんとに訓練生かよ……」
「合法の範囲で頼む。あと、なるべく目立たないようにな」
「うっわ、言ってることがもう裏方の幹部くさい!」
そのあと、俺はミナにも別の頼みごとをした。
彼女は人付き合いが広くて、周囲の情報を拾ってくるのが得意だ。しかも、本人は無自覚にかわいくて無害な感じを出せるから、誰も警戒しない。
戦場だったら真っ先にスパイを疑うタイプ。
「ミナ、最近の訓練生の中で、推薦候補とか特別任務に選ばれてる人って誰か知ってる?」
「え? んー……教官たちが目をかけてるのは、たぶん上位十人くらいじゃないかな? もしかして、ライバルチェック?」
「まさか。ただの学術的興味」
「そっちの方が怖いんだけど!」
情報収集を頼んだら、ミナは「任せといて!」と笑って走り去っていった。うん、やっぱりこの子、スパイに向いてるわ。
こうして、俺の「裏方成り上がり計画」は静かに始まった。
表面上は、今まで通りを保ちつつ、裏では必要なデータを集め、分析し、使えそうな戦力や思考パターンをリストアップする。つまり、将来の「俺の理想の職場」のための布石だ。
あとはタイミングだな。
どこかで一度、派手じゃなく理詰めで目立つ成果を出して、「ああ、こいつ使えるかも」と思わせる。全力じゃないけど、ちゃんと有能感を滲ませる程度に。
「うまくやれば、最前線を避けつつ……士官学校とか、後方指揮の道に行けるかもな」
まぁ、うっかり総司令とかになったら完全に計画破綻だけど。その時はその時で、もっと楽なポジションを全力で狙いにいけばいい。俺、できれば働きたくないんだ。
そうして俺は、日々の訓練でも意識して「ほんの少しだけ有能に」振る舞い始めた。奇跡的な勝利でも、天才的な策でもない。ただ、手堅く、無理なく、でも確実に成果を出していく。
気づかれない程度に、自分を売っていく。しかも、勝手に上が引き上げたくなるように。
狙うは、静かな成り上がり。
王国に亡命が成功している時点で、俺の破滅が回避できたも同然だ。あとは平穏に、静かに成り上がる。
とはいえ、世の中そう簡単にはいかない。
特に軍ってやつは、油断するとすぐに「じゃあ指揮してみろ」とか言ってくるからタチが悪い。
でもまあ、動き出した以上、止まるわけにもいかない。俺の地味で堅実な出世コースは、着々と準備が進んでいる……はずだった。
「アルクス訓練生、第二戦術講座の補佐任命、おめでとう」
……え?
朝の点呼が終わった後、教官の一人がさらっと爆弾を投げ込んできた。
訓練生全員が一瞬沈黙し、それからざわざわと騒ぎ始める。
「第二戦術講座って、あの……将校候補が受けるやつだよな?」
「補佐ってことは、もう教える側じゃん」
「なにそれすごっ」
やめろ。目をキラキラさせながらこっち見るのやめてくれ。
「……あの、教官。それって……何かの間違いとかじゃ?」
「いや、推薦が入っている。リゼロット=ヴァルキア殿からだ」
あの銀髪鬼教官、やりやがった。いや、確かに模擬戦では多少動いたけど、あれだけで「補佐に推薦」はやりすぎじゃない?
絶対に俺の過去のデータを見て判断したな。
ていうか、俺の『目立たずに出世』プランに正面から矢が刺さった感じなんですけど。
俺はため息を飲み込んで、ライナスとミナの方を見ると、二人とも口を半開きにして固まっていた。
「……お前、もう地味枠じゃねぇな」
「補佐って……え、ほんとに成り上がる気だったの?」
俺は小さく肩を竦めて、ぼそっと答えた。
「ちょっと予定より早く、風が吹いたなってだけだ」
まさか風速80メートルの突風だとは思わなかったけどな!
補佐に任命されたからといって、すぐに戦場で指揮を取るわけじゃない。俺はまだ訓練生だ。
最初はただ、講義でのノート整理とか、資料の配布とか――まあ、文字通りの「補佐業務」だ。
それにしても、リゼロット教官直々の講座は、内容がえげつない。
前線で使われた実際の戦術事例を題材にして、あらゆる想定で「この時どうするか」を問われる。しかも、教官が容赦なく刺してくる。
「この布陣、どう対応する? 補給線が切られた場合の対応策は? 敵がこちらの動きを先読みしてきたら?」
……なんで俺、回答者みたいな扱い受けてるの?
「一応、補佐って資料配りとかじゃ……」
「補佐だからこそ、こうして鍛えないと。ね?」
リゼロット教官は口元にだけ笑みを浮かべながら、明らかに楽しんでる。こっちは胃に穴が空きそうなのに。
とはいえ、こういうのは嫌いじゃない。むしろ得意だ。だから、俺は表面上困った風を装いながら、冷静に最適解を出していく。
「部隊を二手に分けて、偽装した側を囮にすれば、敵の主力を引き出せます。そこを包囲殲滅すれば、後の掃討も楽になります」
「なるほど。補給線の話は?」
「予備線を二重に設定し、主線が切られた時には後方の集積所から即座に切り替えます。伝達手段は魔法を信号代わりにするのと、使者の併用で確実性を」
――気づけば、生徒たちが俺のメモを写し始めていた。ミナに至っては「すごーい!」って満面の笑みで拍手してくるし。
うん、これはあれだな。俺の「目立たず計画」、いよいよ終戦っぽい。
講座が終わった後、教官室の前でリゼロット教官に呼び止められた。
「アルクス、あなた……どうして訓練生に甘んじてるの? それだけの才能、実力があれば、私と同じくらいは余裕で昇進できる」
「平穏が好きでして。あと、楽をしたい」
即答すると、教官はくすっと笑った。
「本気を出せば、今すぐでも軍の参謀部に入れるわ。少なくとも、私が推薦すれば通る」
「それが一番怖いんですよね……。責任が重いと、椅子も硬くなるじゃないですか」
「ふふ……言い得て妙ね」
笑うリゼロット教官の目は、明らかに「面白い玩具を見つけた」と言っていた。……終わったかもしれん、俺の平穏。
でもまあ、いいか。
どうせ逃げられないなら、戦略はこう変えよう。
――俺が動かずに済むよう、全員を勝手に動かす戦場を作る。
そのための知識と、人脈と、影響力を、少しずつ育てていこう。
だって俺は――怠慢なラスボスなんだから。