35話:王国会議Ⅲ
アルクスの心の中で、静かに、だが確実にうごめく不安と嫌悪感が膨れ上がる。
心の中で何度も繰り返す。
目立ちたくないんだよ、ほんとに!
今、ここで俺がどれだけ平静を保とうと努力しても、全員が俺を見つめている視線が痛い。
まるで、俺が次にどんな大技をかますのかを期待しているかのように。
いや、俺の言う戦術がそんなにすごいわけでもないし、帝国の攻撃パターンなんて前世でプレイしたゲームを思い出せば、そりゃあ推測できることだし……。
けれど、その反応はまるで予想外。
王国の最高権力者たちが、俺の提案に真剣に耳を傾け、しかも賛同してくれている。周囲の人々がどんどんと俺に感心して、しっかりとした答えを求めているのが手に取るようにわかる。
――なんでこうなるんだよおぉぉぉぉぉお!
そう、俺が内心で叫んでも、冷静な顔をして次に進めなくちゃいけない。
王が俺の提案を真剣に受け止めた後、ついに発した言葉がまた俺をさらなる地獄に引き込んでいく。
「アルクス大尉、君の意見は実に素晴らしい。今回の護衛任務と、推測、戦術。アルクス大尉の実力を高く評価する」
まさか……
王の言葉に嫌な予感がする。
俺は絶対、地味に成り上がるつもりだったんだよ。せめて静かにしていたかった、普通に。
「……それらの功績を称え、アルクス大尉を昇進させようと思う」
昇進、だと……!?
俺は頭を抱えそうになるが、王の次の言葉で完全に凍りついた。
「アルクス大尉を中佐に昇進させ、今後は帝国との戦争に向けた防衛の指揮を担ってほしい」
……中佐? うっそだろ、今の話、なかったことにしてくれ!
俺は中佐どころか、大尉から中佐、誰も納得しねぇだろうが。こんな若造がそんな大役を担うとか、あり得ないっしょ!
「え、でも、俺、中佐とか……無理ですよ。まだ若造ですし、みんな異論がありますよね?」
俺は必死に首を縦に振る者を探しながら言うけれど、周囲の反応は予想外だった。
誰もが黙って、ただ俺の言葉を無視する。
「アルクス大尉、君は【虚構の怪物】と呼ばれ、王国建国以来の鬼才だ。訓練や任務での、君の戦略眼、戦術の巧妙さは、軍部だけでなく王侯貴族までも知れ渡っている。敵はその先を読むことができず、君の思惑の中で操られているようなものだ。報告書では、スタンピードの際も、君が指揮を執るだけで戦況がガラッと変わったと聞く。そして恐るべきは、ラティア・ヴァルグレイス師団長ですら敵わなかったSランク魔物を単騎で仕留める戦闘力。誰もが納得する実力を持っている」
みんな頷いている。
頷くな、反論しろよ!
「これほどまでに詳細な戦略を立てることができる者はそうそういない。アルクス大尉、貴殿の実力を見込んでのことだ。確かに年齢や経歴の問題はあるかもしれんが、君の提案とその戦略眼は、すでにいくつもの戦場で実証済みだと聞く。誰も異論を唱える者はおらん。そうだろう?」
誰もが王の言葉に頷いている。
い、異論が……出ない、だと……⁉
今度は、さらに王国の有力な王侯貴族たちや、参謀本部の連中までもが賛同の意を示す。
全員が、まるで俺を大きく育てようとでもしているかのように、俺の肩を叩いて「さすがだ大尉。いや、中佐だったか」「君に任せるべきだ」と口々に言ってきた。
ちょっと待て。何が起きているんだ? こんな状況、絶対におかしいだろ!
「本当に、異論は……ありませんか?」
俺がそう問いかけてみても、返ってくるのは深い頷きばかり。
王も「その通りだ」と言っている。
ラティア師団長も、軽く微笑みながら言った。
「アルクス。君はすでに戦術を誰よりも理解している。それに、君の戦略眼と決断力は、我々が求めていたものだ。君がこの戦局を導いてくれると信じている」
――責任押し付けるんじゃねえぇぇぇえ!
だけど、俺の状況は着実に変わり、もう誰も反対することはなかった。
結局、王の命令で俺は中佐に昇進。戦略的な指揮を任されることになった。いや、ほんとに勘弁してくれよ。
「いや、あの、ほんとは、少佐、でしたよね?」
「今の戦局には貴殿の実力が必要だ」
王が厳かに言い放つ。
「帝国の侵攻に備え、どうかこの国を守ってほしい」
その言葉に俺は、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
……胃薬、どこにしまったっけ?
そんなことを考えながら、俺は数日後。
――防衛本部の指揮官室で、机に突っ伏していた。
「くそっ、こんなはずじゃなかったんだよぉ……!」
そう、事態は怒涛の勢いで進んでしまった。
まず、防衛本部っていう、いかにもデカそうな名前の組織が設立された。
そのトップ? 当然俺だ。
あれよあれよという間に、王様直々の命令で「アルクスを中心に防衛戦を構築する!」とか発表され、王城中が大騒ぎになった。
俺はっていうと、胃痛と吐き気を抱えながら、どこかの空を虚ろに眺めるしかなかった。
そして――さらなる追い打ち。
「勇者リリア、着任しました! よろしくお願いします、アルクスさん!」
心狭いからと、友人のライナスとミナも無理やり連れてきたが、本人たちはお気楽だった。
ライナスなんて「ついに秘書官か⁉」と言っていた。
お前に俺の秘書官は絶対にやらせないからな!
ミナに限っては「アルクスがいるなら勝ったも当然だよ!」とニコニコしていた。
うん。ミナは心の癒しだ。天使様や……
勢いよく敬礼するリリアに、俺は完全に言葉を失った。
てか、お前は第三師団にいるはずだよな?
なんでここに居るんだ。
しかもリリア、めっちゃやる気満々だし!
違うんだよ、俺がやりたかったのは、もっとこう、地味で安全なポジションなんだよ!
さらに王様は、満面の笑みでとどめを刺してきた。
『アルクス中佐、好きに人材を使うがよい。王命だ』
いや、そりゃありがたいんだけどさ。
そんな自由権もらったら、逆に責任が爆増するだろ⁉
この世界、上司がブラックすぎる。
……まあ、そんなわけで。
今、俺は軍部の偉いさんたち――師団長だの参謀本部の将校だの、肩書きだけで胃が破壊されそうな面々と一緒に、防衛方針を決めるための会議をしているわけで。
いや、してるフリをしているわけで。
「この国境線の防衛ですが、アルクス中佐のお考えをお聞かせ願えますかな?」
真面目な顔で尋ねてくる参謀本部の中将。
……うん、ごめん、今ちょうど『いっそ全部捨ててトンズラしたら楽なんじゃね?』って考えてたとこだった。
冷や汗が背中を流れる。
ああ……このまま逃げ出したら、どこまで行けるかな。
森を越え、山を越え、名前も顔も捨てて、誰も知らないような国で第二、いや、もう第三の人生を送るんだ。
きっと平和な村で、のんびり野菜でも作って――
「アルクス中佐?」
やべ、完全に無言で現実逃避してた。
参謀長とリリアと、あと周りの重役たちが、俺の返答を待っている。
期待に満ちた目で。
プレッシャーで胃が破裂する音が聞こえた(気がした)。
そして、俺は悟った。
――ああ、もう、これは詰んでる。
誰か……誰か助けてくれぇぇぇ……!!




