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怠慢なラスボスに転生した俺、敵国に亡命して成り上がる  作者: WING
第5部

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エピローグ

 ノイアス帝国、帝都ノイグラード。

 宮殿で、静かなる狂騒が巻き起こっていた。


 第一皇子、アーク・ノイアスの失踪である。

 この衝撃的な事件は、瞬く間に王侯貴族たちに知れ渡り、貴族たちを混乱に陥れた。


 誰もが口々に囁き合い、宮廷では「謀反か」「暗殺か」「あるいは亡命か」と、真実を知る者など誰ひとりいなかった。


 ただ一人を除いて。


「……所詮、あれは、使い捨ての駒にすぎん」


 帝国を支配する絶対的存在――現皇帝ヴァルゴ・ノイアスは、金色の玉座に胡坐をかきながら、ただ興味なさげに吐き捨てた。


 彼にとって、第一皇子であるアークすら、あくまで『駒』程度の扱いだったのだ。

 しかし、帝位継承権第一位の皇子の不在を好機と見た者が一人いた。


「父上。兄上が消えた今こそ、私が、ノイアスを――いえ、この大陸すべてを統べる帝国へと押し上げましょう!」


 そう意気込んだのは、第二皇子ヴァルツ・ノイアス。

 鋭く細められた銀色の瞳には、皇帝同様、異様な熱意と野心が渦巻いていた。

 その叫びに、ヴァルゴ皇帝はただ、鼻で笑っただけだった。


「ふん……好きにしろ」


 父の冷酷な言葉に一瞬だけ顔を歪めたヴァルツだったが、それでも一礼してその場を後にした。


 そして、時は流れる――。


 アーク失踪から数年後。

 ノイアス帝国は水面下で、着々と侵攻準備を進めていた。

 まず行われたのは、大規模な「スタンピード」の誘発。

 魔物を魔法や魔法薬で強化し、王国領内で魔物の暴走を引き起こす工作だった。

 これにより王国を疲弊させ、抵抗力を奪う算段だったのだ。


 だが――。


「……報告いたします。王国軍の被害は、軽微とのこと。さらに……発生したSランク魔物二体、これも討伐された模様です」


 報告に膝をつく黒装束の諜報官を、ヴァルツは信じられない思いで見下ろした。


「何だと……? あり得ん。Sランクが、二体だぞ? それを、たかが王国軍が討伐しただと?」


 報告書を読み返しても、結果は変わらない。

 計画は、大きく狂い始めていた。


「……王国には、“視える者”がいる。未来視の魔眼(オル・エテルナ)を持つ者がな」


 ヴァルゴ皇帝が静かに呟いた。

 エルヴァーリア王国第一王女――システィア・エルヴァーリア。

 未来を視るその魔眼こそ、すべての計画を狂わせる厄災だった。


「ならば……消すまで」


 皇帝の命により、帝国暗部《黒影》が動く。

 選りすぐりの刺客たちが王国へ潜入し、システィアの暗殺を試みた――。


 だが、それすらも失敗に終わる。

 闇に紛れた暗殺者たちは、消息を絶ち、戻った者は一人もいなかった。

 しかも、王国に勇者が現れたのだ。


 苛立ちを募らせるヴァルツ。


「……クソが。なぜだ、なぜこうも王国は強固になっている……!」


 呪詛のような怒声が部屋に響いた。

 次なる手――。

 ヴァルツは新たな侵攻計画を練り始めた。

 だが、密偵からの報告が、さらに彼の心を冷たく締め上げる。


「……王国は現在、国境の防衛を大幅に強化している模様。新たに設立された防衛本部を中心に、国境線の要塞化が進んでおります。指揮官は――アルクス中佐。王国軍の間では、【虚構の怪物】と呼ばれているようです」


 ヴァルツは、報告を続ける密偵に鋭い視線を向けた。


「……そのアルクスとやら、どれほどの存在だ?」


 密偵は、わずかに顔を伏せながら答えた。


「情報は極めて限られております。出自は辺境の小村とされ、訓練学校では異例の成績を叩き出し、続く士官学校を首席で卒業。その後、第三師団に配属され、現れた勇者の育成に携わった後、わずか数ヶ月で中佐まで昇進したとのことです」

「……バケモノか。まさか、暗殺が失敗したのも……」

「恐らくは……」

「疫病神め。なぜそのような傑物が今現れる」


 ヴァルツは思わず、吐き捨てるように呟いた。

 全身を、得体の知れない悪寒が走る。

 ありえない。そんな怪物のような成り上がりが、現実に存在するというのか――。


 堪らず、彼は玉座の間へと向かった。

 すぐにでも、父――ヴァルゴ皇帝に報告せねばならないと直感したからだ。

 そして、厳かなる扉をくぐり、再び帝の前に膝をつく。


「父上……王国に、怪物がいます。名はアルクス。国境の防衛を強化している中心人物です。並の将ではありません。歴史に名を残す傑物でしょう」


 ヴァルゴは、金色の瞳を細めたまま、しばし無言だった。

 やがて、静かに呟く。


「……王国にいるその傑物が、我ら帝国が動いていると、結論づけたのだろう。ならば、計画を急がねばならぬ」


 金色の玉座に胡坐をかいたまま、皇帝は命じた。


「軍備を、急ぎ整えよ」


 冷たく、重い声が玉座の間に響き渡った。

 この皇帝の言葉に従い、帝国は水面下で軍事力の増強を加速させる。


 そして、数日後。

 帝国の中心、黒の塔《クライシュタール》にて、ノイアス帝国参謀本部が招集された。

 集まったのは、帝国軍を束ねる高官たち。


 その中央に立つのは、新たに参謀長に就任した男――。


 一見して凡庸に見える中年の男だったが、その黒々とした瞳だけは、底知れぬ不気味さを湛えていた。


「……状況を鑑みるに、最も警戒すべきは勇者の存在です」


 彼は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その口調は落ち着いていたが、彼の影に潜む何かに、場にいた誰もが無意識に背筋を強張らせた。


 不気味。

 それがこの場の誰もが抱いた感想だった。


 その男から告げられたのは勇者の存在。


 本来、王国において絶対的な希望とされる存在。

 だが、それがアルクスという傑物によって鍛え上げられているとなれば、今後の侵攻にとって大きな障害となる。


「まずは、周辺諸国への使節団を派遣する。周辺諸国と協力関係を築く」


 ヴァルゴ皇帝が冷徹に語りかけた。

 その声は、命令のようであり、決して譲歩の余地を感じさせない。皇帝の目は、広大な地図の上に広がる無数の国々をじっと見据えていた。

 参謀長は、しばらくの沈黙の後、淡々と答えた。


「了解しました、陛下。使者には、『協力せねば、攻める』という大国ならではの脅しを伝えるようにいたします」


 その言葉は、何気ない一言のように聞こえるが、その背後には冷徹な意図が込められていた。

 将校たちの表情は一変した。一人の将校が立ち上がり、異議を唱える。


「陛下、そのような脅しでは、他国との関係が悪化する可能性があります。我々の力を誇示するのは良いが、協力を呼びかけるのではなく、敵を作る結果になるのではないかと心配です!」


 その言葉に、他の将校たちも賛同し、微かなざわめきが広がった。

 しかし、参謀長はその場の空気を無視し、静かに皇帝に視線を送る。

 ヴァルゴ皇帝はわずかに目を細め、その冷徹な視線を将校に向ける。


「何を心配する必要がある? 大陸を支配するためには、時には力を示すことが必要。協力関係を築くためには、相手に対して我々の強さを知らしめなければならない」


 その声は、あまりにも冷たく、どこか遠くから響いてくるようだった。

 参謀長は静かに頭を下げる。

 その背後に立つ姿は、どこか不気味で、周囲の空気を重くする。

 だが、誰もその異常さに触れることはなかった。参謀長の存在そのものが、皇帝の意図をさらに強調しているかのようだった。


 将校たちは一様に黙り込み、口を閉ざす。反対意見を出す者もあったが、最終的には皇帝の命令が下された以上、従うしかない。

 冷徹な決断が下された後、部屋の中には、ただ沈黙だけが支配する時間が流れた。

 皇帝はゆっくりと立ち上がり、背後の大陸図を一瞥した。


「我が全てを支配するのだ」


 その呟かれた言葉は、ただの予言ではなく、彼の冷徹な野望そのものであった。

 参謀長が一歩踏み出す。


「陛下の野望、素晴らしい限りです」


 彼の目には、皇帝の命令を果たすための冷徹な決意が宿っていた。

 しかし、その目に宿るものの正体を、誰も知ることはなかった。


 それから半年後、ノイアス帝国はエルヴァーリア王国へと宣戦布告をしたのだった。




 第一章 ―完結―


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