2話:訓練学校Ⅱ
翌朝。
俺は、いつもより少し早く訓練場に着いた。いや、目立たない程度に早く。早朝組のやる気勢に混ざると、また「意識高い系」扱いされるのが怖い。
日陰に腰を下ろしながら、気配を探ると……よし、まだ訓練生はまばら。完璧な時間配分だ。
「おーい、アルクスー!」
……と思ったら、空気を読まないやつが一人。
「ライナス……もうちょっと声のボリューム落とせ。朝からテンション高いと目立つだろ……」
「いやもう、天才教官キラーが何言ってんのって話だろ?」
ちょっと待って、今さらっと一番聞きたくない単語言わなかった?
「その呼び方、やめろって言っただろ!? 俺、ただの平凡な村育ちなんだぞ!?」
「平凡が斧弾くかって話よ。てかさ、お前のこと今、訓練生の半分が教官より強いって思ってるぜ?」
「誤解だっつってんだろ……!」
はあ……言えば言うほど深まる誤解。これはあれだな、たぶん俺、喋らない方がマシなパターン。
そんな俺たちの元に、ちょこちょこと走ってくる足音。見なくても分かる。
「おはよーっ! ねぇねぇ、聞いた!? 今日の午後、戦術演習、三人組でのチーム戦なんだって!」
はい、ミナ来たー。
ピンクのリボンが揺れてる。いつも通り元気すぎる声で、笑顔満開。……まあ、かわいらしいのは確かだけど、朝から全力出しすぎなんだよな、この子。
「おはよう、ミナ。……三人組? それって、俺らと?」
「そ! アルクス、ライナス、私! ね、バランスよさげじゃない?」
バランス……ねえ。俺のことをステータスだけで見るなら確かに強いかもしれんが、それを言うと一気に疑念が再燃するのよ。頼むから自然に流してくれ。
「まあ、ミナが前線で撹乱、ライナスが後方支援、俺が……サポート、って感じか」
「え、サポート!? お前が!? 逆じゃない!?」
「うるせぇ、面倒御ことは御免だ」
「……それで済むなら苦労しねーよ」
ライナスの視線がじとっとしてる。言いたいことは分かるけど、俺だって本気で隠す気はあるんだよ。ただし、全力を出したくないってだけで。
「まあでも、三人で組むなら面白くなるかもね!」
ミナがパッと笑う。
うん、この子はたぶん何も気づいてない。ただ、目の前のことに全力なだけ。……ちょっとだけ、羨ましい。
「私はそれでいいよ! じゃ、今日はよろしくね! 絶対勝とうね!」
そう言って駆けていくミナを見送って、俺は小さく息を吐く。
「なあアルクス、お前さ」
「……ん?」
「本気で目立ちたくないなら、そろそろ別の方法考えた方がいいんじゃね? 現状、逆効果すぎる」
ライナスは、俺が目立ちたくないから実力を隠しているだけ、と思われている。
それと、どことなく俺のことを貴族の出だとか思われていそうだ。
それはそれで、言いふらしたりしていないで助かってはいる。
「わかってる……わかってるけど、どうしろってんだよ……?」
手を抜けば抜いたで、逆に謎の余裕感とか言われるし。手を抜きすぎると、それはそれで「やる気がない」とか言われるし。手加減した結果が「天才扱い」とか、もはやホラーだ。
俺、ただ平穏に……静かに……そこそこ生きていきたいだけなんだよ。
「……まあ、今日のチーム戦は、普通に動くさ」
「お前の普通が信用できねーのよ」
「いいから黙ってろライナス」
――というわけで、今日も訓練生活は波乱の予感しかない。
でも俺は、諦めない。
目指すは、地味で平和な一般枠ポジション。
今日こそは……今日こそは目立たず終わってみせる――!
そして、午後。
戦術演習の時間がやってきた。
訓練場の中央には、簡易の障害物や遮蔽物が配置され、まるで実戦を意識したような小規模な戦場ができあがっていた。
「今回の戦術演習は三人一組、制圧戦形式だ。目標地点を制圧し、一定時間保持していれば勝利とする。もちろん、全滅させても勝ちだ」
教官の説明が終わると同時に、周囲からざわつきが聞こえてくる。
……どうやら、俺たちのチーム、わりと注目されてるっぽい。
いやいや、なんでだよ。俺はただのサポート役だぞ? ライナスは情報分析得意なタイプだし、ミナに至っては陽キャ突撃型だ。まさか俺がいるからってだけで注目されてるとか、そんなバカな――
「始めーっ!」
演習開始の合図と同時に、ミナが元気よく前へ駆け出した。
「いっくよーっ!!」
うん、知ってた。開始五秒で前線突破するタイプなの、知ってたよ。
俺は遮蔽物の陰に隠れつつ、素早く周囲の地形と配置を確認する。斜面を利用すれば死角になる位置が一カ所。そこにライナスを移動させれば後方支援が安定する。
「ライナス、左の崖際に回れ。俺が牽制する」
「了解、指示ありがと。……ほんとお前、指揮官向いてんじゃねーの?」
やめろ、今それを言うな。そういう一言がフラグになるんだってば。
俺は右手で小規模な風魔法を構築し、敵の注意を引くように木の葉を散らす。同時に、別の角度から陽動の火球を放つ。これで相手は、前方と右側の二方向から攻撃が来ていると錯覚するはず。
「馬鹿な⁉ あの年で同時発動だと⁉」
「いくらアルクスといえど、魔法の同時発動、それも無詠唱……」
教官たちから驚きの声が聞こえた。
まずっ、同時発動はやらかしたかもしれん。
そもそも魔法を同時に幾つも発動することは難しく、高等技術に分類される。それを俺は無詠唱でいともたやすく行使してしまった。
うん。あとで誤魔化そう。……誤魔化せるかな?
「こっち見た! 今だ、ミナ!」
「任せてっ!」
ミナがぐんと踏み込み、相手の先頭に飛び込んだ。さすがに訓練とはいえ、彼女の機動力は本物だ。まるで風のように敵陣に斬り込む。
その間に、ライナスが指定した位置に陣取って魔法を展開し火球を放つ。
狙撃というほどじゃないが、牽制としては十分な圧を与える。
「右側、もう一人! こっち来る!」
「俺が止める!」
俺はとっさに相手の足元を軽く爆破。足元を掬って転倒させる。
……もちろん出力は最小限。吹き飛ばし目的で、絶対に怪我はしない程度に抑えてある。
敵は驚いたように起き上がり、そのまま後退。
戦線は完全にこちらのペースに。
「残り一人! ミナ、囲めるか?」
「やってみるーっ!」
ミナが敵の背後へと回り込んだのを見て、俺は展開する。相手が混乱したところをライナスが火球で狙撃、そしてミナの攻撃が綺麗に決まる。
「敵戦力、全滅! アルクスチーム、勝利!」
教官の宣言が響く。訓練生たちの視線がこっちに集まる。……ああ、またこれか。やっちゃったのか、俺。抑えたつもりだったんだが……。
「おいおい……なんだよこれ、完璧な連携じゃねーか……」
「てかアルクス、今の戦場のコントロール、完全に軍師クラスだったぞ?」
「なんかもう、強いとかそういう次元じゃない……」
やっぱり言われてる。
俺、なるべく地味に動いたつもりだったのに……いや、ちょっとミスったか。冷静に考えると魔法の同時発動は高度だったな……。
「すっごい楽しかった! アルクスって、やっぱ作戦立てるの上手いよねー!」
ミナは素直に喜んでる。うん、その無邪気な笑顔だけは救いだ。
「なんかお前にできないことがない気がしてきたよ」
「いやいや、俺だってできないことはあるよ」
まあ、大半のことはできるけども。
ライナスがため息混じりに肩を竦めた。
「今日のこれ、間違いなく教官の間で報告されるぞ。多分上層部にも」
「……やっぱり?」
あー……これはまた、特別講義が追加される流れだな……。
俺は空を仰ぐ。夕陽が眩しい。なんでだろう、あんなに赤く染まってるのに、ぜんぜんロマンチックじゃない。
――今日も、平凡な訓練生計画は未達成。
でも、俺は諦めない。絶対に、目立たず穏やかに暮らしてやるんだ。
……明日は、もっと手を抜いてやる。ほんのちょっとだけど。