1話:訓練学校Ⅰ
「うわー……今日も地味に疲れたわ……」
昼下がりの訓練校の中庭で、俺は日陰に腰を下ろし、こっそりため息をついた。
エルヴァーリア王国訓練学校に入隊してから早一ヶ月。
アルクスという名前に変え。魔力適正はBランク。出身地は辺境の村。
顔は相変わらず整いすぎてるけど、魔道具で黒髪黒目に偽装済み。
よし、これで帝国の元皇子だとはバレない、完璧な偽装だろう。
……のはずが、なんか最近、変な空気が漂っている。
「なあ、聞いたか? アルクスって奴、模擬戦で教官に勝ったらしいぞ」
「しかも剣術教官のカイゼルさん。元近衛兵だぞ?」
「あと昨日、魔法訓練中に暴発した雷を素手で弾いたらしい……」
誰だよそんなバカみたいな誇張広めてんの⁉
実際には「手加減しすぎて相手の剣が勝手に折れた」だけだし、「雷魔法はギリギリ防御魔法で受け止めただけ」だ。
手はちょっと痺れたし、少し痛かった。俺だって人間なんだよ。
でも周囲からすれば、それはもう逸材扱い。
ちょっと待ってほしい。
俺の目標は、最強でも英雄でもなく――ただの平和な生活だ。
「アルクス、こんなところにいたか!」
声をかけてきたのは、同期のライナス。
茶髪くせっ毛にそばかす顔の、いかにも明るい平民枠男子。
「中等模擬試験の組み合わせ、発表されたぞ! お前、また教官組らしいな!」
「はぁ!?」
また教官かよ! 俺、訓練生なんですけど!?
なんで毎回、対戦相手が教師サイドなんだ!?
「だってさぁ、アルクス、前回の模擬戦で五連勝してるし……」
「いや、全部ギリギリだったって! 全部たまたまだってば!」
「本気で言ってるなら、それが一番怖い……」
ライナスが若干引いてる。
ち、違うんだ。本当に手加減してるんだ。
ステータスは魔力抑制の魔道具を使って半分以下、筋力も常時制限かけてる。
むしろ、下手にミスって“本来の力”出ちゃったら終わりなんだよ!?
俺、そろそろ地味で真面目な訓練生ポジションに戻りたい……!
でもその願いは、翌日の模擬戦であっさり吹き飛んだ。
◇ ◇ ◇
「では、模擬戦第七組。アルクス対、バルド教官」
相手は屈強な体格を持つバルド教官。
元部隊長で、斧と防御魔法に長けた実力派。
やべえ、俺これ以上目立ったらマジで面倒なことに……!
ここは逆に、いい感じに負けて目立たず終わる方がベストかもしれない。
そうだな……手を抜いて、惜敗を狙おう。
審判の合図と共に、戦闘開始!
「ハアッ!」
バルド教官が重そうな一撃を振りかぶってきた!
よし、ギリギリで受けて吹っ飛ばされる感じで――ガンッッ!!
「ッぐっ!?」
予想より攻撃が重い!
つい反射的に受け流してしまい、教官の武器が空中に!
「えっ?」
バルド教官の手から斧が弾き飛ばされ、程なくして地面に深々と突き刺さった。
訓練生たちが「おおおお!」とどよめく。
……え、なんで!? 手抜いたぞ!? 今、魔力制限MAXかかってたよなっ!?
バルド教官は呆然と俺を見ていた。
ていうか俺も呆然と自分の右手を見てた。
そしてその日、俺のあだ名が『教官キラー』になった。
いやマジでやめてくれ。狙ってねぇから!
模擬戦の後、教官陣による個別面談が始まった。
「アルクス。君、力を隠してるな?」
「い、いやいや! そんなことないですって!」
「正直に言おう。我々は最高の兵士を育成すべく、君に特別強化プログラムを用意しようと思っている」
「いらないですぅぅぅ!!」
お願いだから一般訓練生のままにしてくれ……!
俺の叫びは虚しく、特別講義枠に強制登録されてしまった。
しかも俺専用の個別カリキュラムまで用意されて。
それを見てライナスが俺の肩に手を乗せ、呆れたように言う。
「お前さ、もう隠しきれてないよ?」
「まだ……まだバレてないはず……!」
頼むから皆、俺をちょっと努力してるやる気のある子くらいに見ててくれ!
そんな俺の苦悩をよそに、学校内では『アルクス最強説』が流れ始め、上層部には「新たな才能」として報告が上がったという。
やばい、やばいぞ……このままじゃ優秀訓練生枠から“次代の幹部候補枠”に入れられちまう!
訓練学校の朝は早い。日の出と共にラッパが鳴り、全員が校庭に整列する。
――というのが、表向きの規則だ。
現実は、寝坊組が半分、気合入りすぎて早朝から剣を振ってる奴がもう半分。俺はというと、まさにその中間。目立たず、遅れず、平凡を装う。これがサバイバルの鉄則だ。
「アルクス、おはよー! 今日も早いねっ!」
元気いっぱいの少女が俺に駆け寄ってくる。訓練仲間のミナ。小柄だが機動力に優れ、なにより明るくて人懐っこい。
「おはよう、ミナ。今日も……やる気満々だな」
「当たり前でしょー! 中間テスト近いんだよ? 私は絶対、戦術科で上位入るって決めてるんだから!」
うん、すごい偉い。まっすぐで、真面目で、こういう子が原作だと勇者の仲間枠になるんだよな。原作だと、勇者の仲間は各地を巡りながら集めるのだが、俺は余計なフラグを立てたくない。
「アルクスはどう? 得意なのって魔術だよね?」
「まあ、ちょっとはね……」
この“ちょっと”が屋敷を蒸発させたレベルなのは秘密だ。
そうして始まった午前の訓練。今日は実戦形式の魔術演習だった。教官が指示を出し、一対一で模擬戦を行う内容。
「アルクス、次はお前だ。相手はガルド」
ガルドは腕力自慢の男で、どこかの名門の三男坊。俺を「辺境出の成り上がり」だと思っているらしく、よく突っかかってくる。
「ふん、やっとお前と戦えるってわけか。今日こそ俺の実力を見せてやるぜ!」
「よろしくお願いします……」
ああ、面倒くさい。だけど手を抜きすぎると不自然だし、やりすぎると目立つし――ちょっとだけ、本気出すか。
このちょっとは、一割から二割近くに上がっただけ。
言ってしまえば、まったく本気ではない。
魔術演習の合図と同時、俺は詠唱を省略し、火球を作り出す。サイズは控えめ、速度も五割程度。
「なっ、速――ぐあっ⁉」
ガルドは避けきれず、火球をまともにくらって吹き飛んだ。もちろん威力は抑えてある。外傷もなし。
「戦闘不能、アルクスの勝ち!」
「お、おい……今の、無詠唱じゃなかったか?」
「それに、火球が空気を切ってたぞ。あんな音初めて聞いた……」
しまった。ちょっと火力が高すぎたか?
「いや、偶然だよ。集中しすぎて、つい……」
笑って誤魔化す俺を、教官もじっと見つめていた。
「……アルクス、お前、詠唱省略の訓練を受けたことは?」
「いえ、自己流で」
「……ふむ。なかなか面白いな」
これはまずい。興味持たれた。この訓練では目立たず影に徹してたのに!
その日の午後、さらに追い打ちがきた。戦術科の模擬試験で、俺はうっかり陣形を完全読破し、最適解で敵を包囲殲滅。
「……いやいや、アルクスって何者なんだ?」
他の訓練生たちの視線が突き刺さる。やばい、これは噂になるやつだ。
「い、いや、たまたま本で読んで……!」
フォローになってない。なってないよ俺!
試験の結果、俺は全教科でトップスコアを叩き出してしまった。もちろん意図的じゃない。
だって、死にたくないから仕方ないじゃん?
そしてその翌週、噂はついに教官室の中まで届いたようで。
「アルクス、話がある」
教官に呼び出され、個室へと案内される。こういう時、だいたいロクなことにならない。
「……正直に言え。お前、何者だ?」
「な、何者って、辺境出の苦労人ですけど……」
「嘘をつけ。あの動き、魔術、戦術眼。すべての分野で並じゃない。……まさか、どこかの貴族の隠し子か?」
ある意味当たってるからやめてくれえぇぇぇ!
「ち、違います! ほんとにただの村育ちです!」
どうにか誤魔化したが、その日から俺は「天才教官キラー」と不名誉な異名が付いた。
……どうしてこうなった。
平穏に生きたかっただけなのに。
これが、俺のちょっと本気出した代償だった。
でも、後悔はしてない……多分。
俺はラスボスじゃない。
――もう、怠慢なアークじゃないんだ。
絶対に、この世界で生き残ってやる。
……明日はちょっとだけ、手を抜こう。うん。




