28話:氷の姫君Ⅲ
その日は荷物などの整理もあるからと、一日休息を言い渡された。
昨日は顔を合わせみたいなものだ。
そして翌朝。
朝日がまぶしい。小鳥の囀りが聞こえ。空気は澄んでいる。
うん、全てが完璧に整ってる……のに、俺の胃だけが調子悪い。
理由は明白。
「アルクス大尉。リリア様。王女殿下の側仕えとしての護衛をお願いしたいとのことです」
はい、きましたー。きっついの来たーー。 いやいや、ちょっと待って? 「護衛」だけでもプレッシャーすごいのに、「側仕え」ってどういうこと!? なに? 常に近くにいろって? もはやストーカーとの境界線、紙一重じゃん!
「……側仕え、ってあれだよね? 四六時中くっついてるアレだよね?」
「はい。食事の席も、散策も、勉強も……すべて、ご一緒に」
胃が、ギュウゥッてなった。
あああ、もう、リリア! 助けてくれ!
俺は隣にいた彼女にすかさず振り返る。
「リリア。君こそ、こういうの向いてると思うんだよね。ほら、性格も明るいし、誰とでも仲良くできるし、王女殿下と女子トークとかもきっと盛り上がるよ?」
「おや、まさかアルクス大尉。これはまさか……任務の放棄、ですか?」
うわああ、返しきたぁあああ! 目が笑ってないぃぃ!
「い、いや、俺はね? 外からの護衛に専念したほうが効率いいと思っただけであって、決して職務放棄とか、そんなつもりは……」
「ふむふむ、【虚構の怪物】と呼ばれるあなたが、まさか王女殿下のそばは怖いということですかな?」
「誰がそんな小物ムーブした!?」
あ、今の俺だわ。
くっ……やるな、リリア。こういう時だけ鋭いツッコミ力発揮しやがって……。
「というか、なんで俺が選ばれたんだろうな……。もっとこう、気配消せる忍者っぽい人とかいるじゃん。俺、どっちかというと存在がうるさいタイプだよ?」
「そりゃあ、陛下が信頼してじゃないですか?」
うっ……そのワード、ズルい。
信頼……ね。
うん、まあ、そう言われちゃあ、逃げられないよなぁ。
「――というわけで、アルクス大尉。殿下の執務にご同行を」
また来た、近衛騎士。無表情で淡々と言ってくるのやめて。こっちのメンタルが削れるから。
「はいはい、了解ですよ……もう、逃げたら犯罪者扱いされそうだしな……」
「何か言いましたか?」
「いや? 命を賭して忠誠を尽くしますって言っただけです」
あっぶねー! 完全に聞かれてた! 今の俺の命、リリアが笑ってる間に三回くらい飛んでった気がする!
というわけで――俺は今、王女殿下の隣で、無言で紅茶を入れるメイドを眺めている。
なんか……静かすぎる。
椅子もふかふか。カップもキラキラ。
完全に俺が場違い。
「アルクス大尉。お茶、いかがですか?」
「え? あ、ありがとうございます……!」
ふと差し出されたティーカップ。システィア王女が、微笑みながら俺を見ている。
……いや、なんだその笑顔。胃に来るわ! 胃に!
「大丈夫ですか? 少し顔色が……」
「あっ、いや、これはですね! 朝食のトマトがちょっと! 酸味が! ちょっとだけ強くて!」
「そうですか。……では、お気をつけて」
やめてその目。明らかに「嘘ですね」って言ってる目じゃん!
見透かしてくるなぁああああ!
こうして、俺の「氷の姫君の側仕え護衛」生活が本格的に始まった。
……その日も、俺は胃を押さえながら王女殿下の護衛任務中だった。
ちなみに今は、王女殿下のお茶会タイムである。
お茶会って、そんな毎日あるもんなの? 俺、紅茶の種類だけで軽く博士号取れそうなんだけど。誰か「胃にやさしいブレンド」とか作ってくれ。
リリアはすっかりこの空気に馴染んでいて、システィアと一緒に話している。おかしいな、俺もいるはずなんだけど、二人の会話の中に俺の居場所、ないね?
すると――ふいに、王女殿下がこちらに視線を向けてきた。
「アルクス大尉」
――はい、来た。いきなり名指し。なんだこの心臓に悪い前置きゼロの呼び方は。
「は、はいっ」
無意識に姿勢を正す俺。なぜなら、相手は王女だから。そして、冷たい視線に弱いから。
あと胃も。
「そういえば、以前どこかでお会いしたことは……ありませんか?」
……え?
今、なんと?
どこかで……お会いした……?
ははっ、嘘でしょ。フラグだ。これ、絶対フラグじゃん! 今バレたら、俺、国家レベルで指名手配コースなんですけど!?
必死に冷静さを装いながら、脳内は大パニックで高速回転。
ここは、とにかく――誤魔化すしかない!
「えっ、ああ~……それ、よく言われます。なんか、どこにでもいそうな顔らしくて!」
笑顔で言い切った。どうだこのテクニック! 雑だけど勢いがある!
「えっ? でもアルクスさんって、どこから見ても……ほら、すごい、顔立ちがよくって……えっと、なんかこう、絵本に出てくる王子様みたいな……!」
リリアが驚きつつ、若干頬を染めながら言葉を零す。
うるさいよ、小娘! ちょっとお黙り!
「……そうですか」
王女殿下は、少しだけ首を傾げて、それ以上何も言わなかった。
セーフ……!?
いや、待て。これはセーフじゃない。泳がされてる可能性あるぞ。あの目、絶対信じてない! 見てる、見透かしてる! 絶対に「もう少し様子を見ましょう」って顔してるぅぅぅ!
――俺の胃、またキュッて鳴った。
「アルクスさん、顔が真っ青ですよ?」
リリアの声が耳元に届く。
あ、うん、君のその心配する顔が眩しい。ついでに俺の闇を照らしてくれる勢いで辛い。
「大丈夫だ。ただの、朝の……気圧の問題だ。うん」
この世界に気圧という概念があるかは知らんけど。
リリアは「きあつ?」と首を傾げていた。
誤魔化す気ゼロか俺は。
そんなこんなで、その日の任務もなんとか終わり。王女殿下は、執務を終えると「お疲れ様です」と静かに一言。
リリアがすかさず「殿下もお疲れさまでした」と頭を下げ、俺も続いて礼をする。
……にしても、リリア、馴染んでるな。
最近、王女殿下の声が俺よりもリリアに向かう率の方が高い気がするんだけど。いや、俺が避けられてるだけか?
でも、わかる気もする。
システィア王女は、俺たちに優しくしてくれてはいる。けれど、それはあくまで「礼節」としての優しさで、そこに心の距離は埋まっていない。
なんというか、近くにいるのに、遠い。
……ま、そうだよな。いきなり得体の知れない軍人と距離詰めるなんて、普通しない。 こっちも下手に近づいたら、正体バレの地雷原だからな!
ということで、俺の戦略はこれだ。
『気さくに、けど深入りはせず。でも、いざという時にはちゃんと守る』
……完璧。だと思う。胃さえ無事なら。
――しかしこの先、俺の計画が音を立てて崩れていくとは、この時の俺はまだ知らなかった。




