表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/37

15話:スタンピードⅠ

 任務開始。

 森の中に突入すると、すぐに空気が変わった。薄暗く、湿気と魔力が入り混じる嫌な気配。


 目の前には、戦闘用に軽装備した囮部隊――俺を含めて二十人ほどの兵士たちが並んでいる。みんな、これから突っ込む先がどんな地獄か、分かっている顔だ。しかも、指揮を執るのは、よりにもよって俺。


 ああ、俺の胃が……。


「アルクス、顔こわ~い!」


 ミナが、軽い足取りで俺の横に寄ってきた。偵察班見習いとして今回同行してくれる彼女は、まったく緊張した様子がない。うん。いつも通りすぎるのが逆にすごい。俺がこの場にいなかったら、間違いなく「元気だけが取り柄」とか言われてるパターンだ。


「お前なぁ、ちょっとは緊張感持てよ」

「だってアルクスが指揮官でしょ? なら何とかなるって思うじゃん!」


 満面の笑みで言われて、俺は思わず苦笑する。いや、まぁ、責任重大だけどさ。期待されるのは悪い気分じゃない。


 その後も森を進みながら、俺たちは抜かりなく連携を取っていく。


「よし、作戦を確認する!」


 俺の声に、部隊全員が注目する。


「これより俺たちは、森の奥へ進行し、魔物の群れを引きつける。相手は数百規模だが、まともにやり合う必要はない。一定範囲に引き寄せたら、速やかに撤退。誘導ポイントまで後退し、本隊と挟撃を仕掛ける。それまで生き延びることが、最優先だ」


 兵たちの表情が引き締まる。


「くれぐれも無理はするな。命を拾うための作戦だってことを忘れるなよ!」


 全員が「了解」と力強く頷いた。


 ――よし。雰囲気は悪くない。


「偵察班、偵察開始。少し先行して、群れの位置を把握してくれ」

「了解」


 偵察班の隊長が頷き武器を携える。ミナも短剣を握り、偵察班は軽やかに森の中へ消えていった。その背中を見送りながら、俺は深く息を吸った。


「全員、準備しろ。気を抜くな」


 森の中は、昼間だというのに薄暗かった。

 湿った空気、踏みしめるたびに軋む落ち葉の音。すべてが、見えない敵の気配を感じさせる。


 ……嫌な場所だ。魔物にとっては最高の環境ってわけか。


 そんな中、先行していたミナが先に戻って来た。


「アルクス、発見したよ! 南西に大きな群れ。推定百五十体!」

「了解。距離は?」

「だいたい一キロくらい。でも、こっちに気づいてるかも! 注意して!」


 チッ、と舌打ちを飲み込む。

 この森、音が異常に通りやすい。俺たちの足音を察知した可能性は十分ある。

 あるいは、魔物ということで、特殊な力があるのかもしれない。


「全員、散開! 接敵に備えろ!」


 命令を出すと同時に、部隊は素早く配置についた。やっぱり、訓練を積んだ兵士たちは違う。士官学校時代の訓練とは比べ物にならない緊張感だ。


 そして。

 木々の向こう、薄暗い影がぞろぞろと現れ始めた。


 ――魔物の群れだ。


 狼型、猪型、飛行型……多種多様な魔物たちが、咆哮を上げながら迫ってくる。

 俺は魔法士に信号弾を放つように命令する。

 合図は一つ。


 ――始めるぞ!


 バシュッ、と赤い光が空へ走った瞬間、部隊は一斉に動き出した。


「全員、後退開始! 第一誘導ポイントへ向かえ!」


 俺も先頭を切って森を駆ける。後ろでは魔物たちが狂ったように吠え、地面を揺らして追ってくる。

 本来の俺ならば、魔法一つで壊滅させられただろう。だが、それをしてしまえば今までの苦労がパーになり、俺の素性も怪しまれる。

 全力を出さないように気を付けよう。しかしだ。誰かが死にそうになれば、俺は本気を出すと決めている。


 ミナが前を走りながら、振り返って叫んだ。


「アルクスー! めっちゃ来てるー!!」

「知ってるわ!」


 逃走劇が始まり、俺たちは森の中を全力で走っていた。

 背後から響く魔物たちの咆哮と、木々をなぎ倒す音が、まるで地獄の合唱みたいに鳴り響いている。


「くそっ、あいつら……思ってたより足早いぞ!」


 第一誘導ポイントまで、あと二百メートル。だけどこのペースだと、追いつかれるのが先かもしれない。

 俺は走りながら指示を飛ばす。


「ジーク伍長! 後方に爆裂の魔法罠を仕掛けろ! 時間稼ぎだ!」

「了解ッ!」


 魔法士のジークが手早く足元に魔力の印をいくつか描き、猛ダッシュで合流してくる。

 直後、地響きとともに魔物の一部が魔法罠の爆発に巻き込まれ、砂塵を巻き上がらせた。


 だが――。


「まだ追ってくるのかよ、どんだけしつこいんだ!」


 俺の叫びが、まるで空気みたいに掻き消されるほど、魔物の咆哮がデカい。

 全員、疲労が見え始めている。兵士の何人かは肩で息をし始めていた。


「アルクス少尉!」


 偵察班の声。先に待っていた偵察の者が焦った表情をしていた。


「後方支援班から連絡! 本隊、まだ到着してないようです!」

「はああ⁉ 約束の時間だろうが!」

「予定より進行が遅れてるようです! もう少しかかるかと!」

「おいおいおいおい、マジかよ……!」


 このままじゃ、こっちが本気で壊滅しかねない。

 脳裏をよぎるのは、最悪の選択肢。――俺だけが囮になって、部隊を逃がす。

 でも、今ここでそんな判断を下せば、部隊全体の士気が一気に崩れる。何より、ミナは俺を信頼しているのだ。


「全員、右へ! 予定変更だ! 第二誘導ルートへ切り替える!」

「「「了解!」」」


 苦しい判断だが、賭けに出るしかない。

 森の地形を利用し、木々の間を縫うように走る。道なき道を進むため、兵の足取りも不安定になってくる。転倒のリスクも高い。

 でも、ここは少しでも距離を稼げるはず。

 そして、ようやく。


「ここが第二ポイント! 全員、ここで迎撃準備だ!」


 俺の号令に、兵士たちが息を切らしながら持ち場につく。防御魔法の展開、矢の準備、魔力のチャージ。戦う準備は万端とは言えないが、やるしかない。

 俺も剣を抜いた。


 森の奥――。


 魔物の群れが姿を見せた。

 数の差は圧倒的だ。ざっと見て百体以上がこっちに向かってくる。


 そこに、ちゃっかり俺の秘書官ポジになっているティナ軍曹が俺に問うてきた。


「アルクス少尉、本当に成功するのですか?」


 しかし、それに答えたのは俺ではなく、ミナだった。


「ティナ軍曹、でしたっけ? アルクスはね、どんな時でも、どれだけ不利な状況であっても完璧にこなすんだよ。いままで見てきた私が言うんだもん。今回だって、気付けば完勝だよ!」


 ミナ、どんだけ俺を信頼しているんだ……。


 ミナを見ると、ぱっと笑みを浮かべた。

 この状況でも笑っていられるのか。

 

 う~む。この子、天使すぎんか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ