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藤原氏が台頭します

蘇我氏の時代が去り、藤原氏が台頭しようとしていた。中臣鎌足が藤原姓を賜ることで藤原氏が生まれた。この時点で鎌足の属する中臣氏が藤原氏になった。

「これより我が家は藤原氏となりましょう。新たな時代の幕開けです」


ところが、鎌足の子の不比等の代になった文武二年(六九八年)に詔が出された。

「藤原朝臣が賜った姓は、宜しく其の子の不比等が継承せよ」

不比等の子孫だけが藤原朝臣になり、それ以外の一族は中臣姓に戻すことになった。

「これからは、我が家系が藤原朝臣を名乗ります」

不比等は家名を通じて、自らのアイデンティティを築き上げ、歴史の中でその名前を不朽のものとした。


日本書紀では中臣氏は物部氏と共に廃仏派として仏教を弾圧する悪役になっている。不比等にとって美化の対象は藤原氏であって、中臣氏は悪役でも構わないという感覚があった。後に徳川家康は徳川氏と松平氏を差別化したが、不比等の藤原氏限定戦略と重なる。


藤原氏は天皇家の陰に隠れて実権を握った一族というイメージがある。名目上のトップと実権が別という日本の権力構造を作った一族とも言える。鎌倉幕府の将軍と執権の関係も藤原摂関家が存在しなければ生まれなかっただろう。しかし、古代には藤原広嗣の乱や恵美押勝の乱(藤原仲麻呂の乱)のように真っ向から反乱を起こしたこともある。逆に反乱の失敗から学んで天皇家の陰に隠れることを徹底したとも言える。


藤原氏は政敵を冤罪で抹殺して権力を独占した。不比等の子の藤原四兄弟(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)の頃には長屋王が政権を握っていた。

「藤原氏など、何の価値があるというのか。我々皇族が国を守る存在であることを忘れるな」


四兄弟は権力を握るための策略を練った。

「我々四兄弟は藤原氏を国の実権を握る存在にするべきだ。長屋王には価値がない」

武智麻呂が話す。

「そうだ。我々は彼を排除するしかない」

房前は同意した。

「しかし、それは容易ではない。長屋王をどのように排除するつもりか」

宇合が疑問を述べた。

「冤罪を使う。彼に罪をでっち上げ、政界から追い出すのだ」

麻呂は狡猾な笑みを浮かべた。


四兄弟は神亀六年(七二九年)に長屋王を冤罪で死に追いやった。

「長屋王は国家の秩序を乱す存在だと断じる。抹殺せねばならぬ!」

武智麻呂は冷酷な表情で述べた。

「ど、どういうことだ」

長屋王は驚愕した。

「お前は謀反を企んでいるという罪で告発される。証拠は全て我々の手にある」

「冤罪で権力を奪うことで、何が残るのか?」

長屋王は悲痛な声を出した。政敵を滅ぼした藤原四兄弟は妹の光明子を聖武天皇の皇后に立て、権力を握った。皇族以外の皇后は光明子が初めてである。

「これからは新しい時代の始まりです。我々はこの国の実権を握り、皇后を支えます」

四兄弟は勝ち誇った。


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