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蘇我倉山田石川麻呂も冤罪です

蘇我本家を裏切った蘇我倉山田石川麻呂は右大臣になる。しかし、政治は中大兄皇子と側近達で進められ、中大兄皇子からは用済みと思われていた。大化五年(六四九年)に左大臣阿部内麻呂が亡くなった。

「これで煙たい重臣は石川麻呂だけになったぞ」

中大兄皇子は、ほくそ笑み、石川麻呂の排除を決断した。中大兄皇子は乙巳の変と同じく蘇我氏の内紛を利用することにした。石川麻呂の異母弟の蘇我日向そがのひむかの野心を煽り、讒言させた。

「兄は、皇子が海岸で遊んでいらっしゃるところを斬りかかって、殺害しようとしておりますぞ。遠からず謀反を起こすでしょう」

中大兄皇子は中臣鎌足に尋ねた。

「鎌足はどう思う?」

「残念ながら、日向殿の申された通りと思われまする」

鎌足が答えたので、中大兄皇子は満足そうにうなずくと、日向に告げる。

「では、日向の言う通りにしよう。石川麻呂を滅ぼしてくれるわ。日向も協力してくれ」

「承知しました」

石川麻呂は謀反の濡れ衣を着せられた。葬り去るという結論が先にあり、あやふやな密告でも有罪とされた。


「皇子、私は無実です。私には謀反を起こす動機などありませんよ」

石川麻呂は必死に訴えたが聞き入れられなかった。

「お前の弟が言ったのだ。間違いない」

中大兄皇子は断言して取り合わなかった。石川麻呂の悲痛な叫び声が聞こえてくるようだった。


石川麻呂のところに孝徳天皇から事実を確かめる使者が来た。

「大王に直接陳弁したい」

石川麻呂は答えた。既に石川麻呂は陰謀の中心が中大兄皇子であることを見抜いていた。何しろ一緒に蘇我善徳を暗殺する陰謀を実行した間柄である。中大兄皇子の手口は知り尽くしていた。


石川麻呂が大王に陳弁する機会は与えられなかった。蘇我日向と穂積咋は兵を率いて石川麻呂のいる山田寺を包囲した。石川麻呂に大王の前で語らせたら、冤罪であると判明してしまい、都合が悪いためである。石川麻呂は一族と共に自害に追い込まれた。


死後に石川麻呂の持ち物が調査され、石川麻呂に謀反の企てがなく、冤罪であることが判明した。それを知り、中大兄皇子は後悔したとされるが、対外的なパフォーマンスに過ぎない。


中大兄皇子は日向を筑紫大宰帥つくしのおおみこともちのかみに任命した。これを石川麻呂排除の論功行賞と見る説と讒言の罰による左遷と見る説がある。論功行賞説は大宰帥が要職であることを根拠とする。この時代は大陸との関係が非常に重要であり、九州が玄関口であった。これに対して左遷説は、その後の歴史に日向が登場しないことを根拠とする。要職に就いていたならば活躍の記録がある筈であるが、それが全くない。ここからは菅原道真の太宰権帥と同じようなものとなる。



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