Red eyes
「朱峰さんさー、今日ヘンな不良男子に絡まれてたんだってー」
「へぇ。勇敢な死にたがりだな。だいぶ頭悪いぜそいつ」
コインゲーのパチンコのノブを回しながら、隣の伊織と会話する。伊織は慣れないスロットをヤマカン打ちしていた。なぜだか不満気にこっちを睨んでくる。
「……光ちゃんってさ、頭悪いでしょ」
「あん? なんでだよ」
「あの不良男子、朱峰さんのことが好きなのかなー。なーんかすごく執拗に絡んでたんだけどさー」
「そうかい。んじゃ成就でも祈っててやりゃーいいんじゃねぇの」
仏頂面した朱峰が、人間にコクられて硬直してる姿を想像すれば笑えた。異種族だ。そいつは確かに困るだろう。
しかし考えてもみれば、朱峰のやつは異生物で、あちらから見れば異生物だらけの社会に順応して学生ごっこやってるってことか。
「……どしたの光ちゃん。恋煩い?」
「あん? 理科の授業を思い出してた。檻の中で飼ってる色違いなウサギの観察」
「小学生の時じゃん。ものっすごい喧嘩してたね、しかもぜったい人間が見てない時に」
ウサギは人目を偲ぶのか、あるいは単にタイミングが悪かっただけか。どちらだって結果的に大差はない。どのみち、安穏そうなウサギどもが血で血を洗う喧嘩なんかに明け暮れていたって程度の現実。
なんであんなヒステリーになってんだろう。檻の端っこに血と毛がついてたくらい。あのウサギどもは一見安穏そうに見えたけど、けっこう気難しいところがあったんだな。
奇しくも有紗がUFOキャッチャーで、眼帯ウサギのぬいぐるみなんかをゲットしようとしていた。しかしさっきから一向に成功の様子がないので、頃合いを見て止めておこうか。
「やるよ。飽きちまった」
「え?」
伊織のコインカップに残りのコインを流しこんでやる。どうにも、ゲーセンのパチンコはヌルすぎていかん。こんなんやってたらカンが鈍っちまうってもんだろう。
有紗の横顔は真剣だ。ま、それなりに協力してやろうじゃないか。
「…………光ちゃんってさ、いつになったら有紗ちゃんに告白するの?」
「あ? 何だそれ。俺はなんも知らねー」
死ね、という幻聴。道端のゲロを見るような目で見下された。
†
アクションゲーやりながらふっと考える。朱峰椎羅の“罪滅ぼし”のこと――。
「…………」
それは何だろう。俺としては即刻処刑を希望したいところだが、蝶野と朱峰オバサンが邪魔だ。権力的に勝てる相手ではないので暗殺しかないが、その件に関しては話が済んでしまっている。
禁固は? ――意味がない。
拷問? ――誰が喜ぶんだ。
じゃあ、狩人業務それ自体が? ――なら、現状そのままじゃないか。
結局のところ、保留か。蝶野の野郎が何を考えているのか、あるいは口に出した言葉そのままが本心なのかは知らないが、しばらく状況を待てば見えてくるものもあるだろう。
島村さんやタケルっていう監視役の布石は打っておいたのだし、この俺自身もなるべく監視には加わる。あの赤色が何かおかしな行動を起こせば即・撃ち抜けばいい。
「はぁ……」
ゲームに見切りを付けて立ち上がる。妖怪退治ゲーとか最悪だ。台に置いたコーラを呷ると、清涼感と過ぎた炭酸が喉の奥まで行進していった。
……朱峰椎羅からは冷たいものを感じる。やはり人間ではないのだ。何を考えているのかはわからないし、少なくとも周囲を思いやるような人格ではなさそうだし、あいつがその延長線上で人間に無慈悲な暴力を振るうってんなら俺は容赦しない。
それでいいだろう。それだけでいい。コーラを飲み干して空き缶を台に置く。ゲームは1ステージ目でゲームオーバーになった所だったのだ。
「…………何なんだこのゲーム、くそ難しいじゃねぇか」
昨日タケルがやってたやつだ。赤眼の女主人公を操って魔物だかなんだかを退治していく。あの野郎、初プレイのくせしてひょいひょいエネミー倒して突き進んでいやがったが、これは何なんだ。設定間違えてんじゃねぇかってくらいの難易度だった。
やはり、あいつは出来が違うのだろうか。あの年で花宮市狩人のエースを張ってるわけだしな。そういや、あいつの兄貴だか親戚だかも確か、名の知れた狩人なんだと春子さんに聞いた気がする。
「ああつまんね。光ちゃん、帰るよ。まじレースゲームってしょうもない……」
「ねぇ光一見て見て。こっちは自力で取れたんだよ、すごくない?」
そう言った有紗はさっきの眼帯ウサギのみならず、新しく自力でゲットしたらしいカメのぬいぐるみを抱いていた。
そういやゲーセン来るたび飽きずにUFOばかりやってる気がする――あいつの部屋はファンシー地獄絵図かも知れんな。




