軍靴の音
夕暮れの帰り路、伊織が暇だと言い、仕方ないのでゲーセンへと向かうことにした。
正直にわがままを言える伊織は健全で、女子高生らしい自己中心的さ。ああ人間そのくらいがちょうどいい。
道すがら伊織は俺の嫌いな話題ばかりをしゃべり続けた。要するに赤いのだ。
「でね、朱峰さんべつのクラスでも噂になってるんだって。お嬢様学校からものすごい美人が転入してきたーって」
「……お嬢様学校? アレがそんなんに通ってたのか」
「なに、知らないの? 一体光ちゃんが朱峰さんとどういう繋がりなのか、本当よく分かんないね」
十年前に一度殺されかけただけの縁です。
「…………だっから初対面だってのに」
「まじ、ワケわかんない。ねぇどう思う有紗ちゃん、この女たらし。ぜってぇ中学の時に告白して断られたんだよ。ねー」
「光一……そうだったんだ」
勝手に勝手なバックストーリーを捏造されつつある。伊織のことだから、そのうち教室でヘンな噂とか流れてそうだ。
「他人だっつの。嘘だと思うならアレに聞け」
「うん。朱峰さん、光一のことは『仲良くさせて頂いているお友達です』って言ってたよ」
「………………」
頭が痛くなってきた。あのボケ、マジ気合いれて教室に溶けこむ気でいやがる。
「……あからさまな騙りだぜそれ、あいつ俺のこと嫌いだっつってたし。きっと机の下で習字の文鎮でも握り折っていたに違いない」
「馬鹿だねぇ……人間の握力であんな鉄塊折れるわけないじゃん」
実に的を射た指摘だな。とか脳内ですっとぼけていたら、ゲーセンに辿り着いた。金髪のガキやらすさんだ顔のリーマン崩れやら腕力ありそうなチャラ男やらどーにもガラが悪い。構わず伊織と有紗が大はしゃぎでゲーセン奥に駆けていくのを、幼稚園児どもを見下ろすヤクザの立ち方で見送った。無論口からは紫煙がのぼる。
ところでさっきから、チラチラとおかしな気配を感じていた気がしたのだが。
「……島村さんか」
「御意。おそばに」
暑苦しいカルビ肉に肥満顔とリュックとフィギュア。忍びのように背後に跪いた動作が、何のアニメの真似かは聞かないでおいた。
†
「こいつが朱峰椎羅だ」
奥まった路地裏。腐りかけの生ゴミの匂いがする薄暗い空間で、携帯画面を呼び起こして、忌々しい女の横顔の写真を島村さんに見せた。
まるで悪巧みする悪の組織幹部と部下Aのようだったが、どこも間違ってない。
「ややや。なんとまぁくっきり被写体が真ん中に映っておりますね。この写真は、浅葱さんが盗撮を?」
「え? 普通に撮らせてくれっつったんだけど」
「……失礼ながら。その時点で任務遂行は危ぶまれているのではありませんか? 隠密とか、隠蔽とか、だいぶやばいのでは……」
「本人許可出たし」
「…………状況がさっぱり分かりませんな。よもや、浅葱さんとその方は普通に友人関係でいらっしゃられるのでしょうか」
「それだけはねぇな。俺もこいつも、お互いのことが死ぬほど嫌いだし。ははっ」
乾いた笑みしか出てこない。いよいよ疲れが出てきたのか、さっきからあくびが止まらん。
「えーとだな、島村さんにはこいつを…………なんか面倒になってきた。もういいか。帰るか」
「い、いえいえお待ちください浅葱さん、ダメです。それはよくありません。昨日の様子から察するに、どうにも浅葱さんの抱えている問題は軽くないと思われます。途中で投げ出していい用件ではないはずです」
「だってよー……」
そもそもなんでこいつの情報収集なんか頼もうとしたんだっけ。つーかこの写真の女、誰。
「……面倒くせ。」
「ま、まずは事件概要から参りましょう。王道です。話せない事情があるのでしたら、その美しい少女の素性なり特徴なり何なり、いっそ愚痴でも構いませぬ。こちらで勝手に情報取捨いたしますゆえ――」
「……そうかい。ま、そこまで言われちゃしゃーねえか」
気怠いが、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜてリフレッシュに務める。ああそうだ、この特派員もわざわざ俺を探して出てきてくれたわけだしな。幽霊のくせにまだ陽の出てる夕方から。
それにしても何か、昨日から俺の中で島村さんの株が上がりつつあるぞ。なんつーか、こいつもしかして“デキる男”じゃね?
「えーと、この女。朱峰椎羅っつーんだけど……こいつがよ、実はこう見えてえげつない戦闘快楽者だ」
「な……なんですと。どう見たってただの美少女ですのに」
「ああ、マジやべぇ女だぜ。俺は昔こいつに殺されそうになったことがある」
「ブッチギリに掛け値なしなのでございますな。それで、そのような危険な女性と浅葱さんは、現在どのような御関係で?」
「こいつがよ。二度と会わないだろうと思ってたんだ。なのに信じられねぇことに――つい昨日だ。かつてさんざん悪さやらかしたこの地元に、この女、何食わぬ顔して転校してきやがったんだよ……!」
クソッタレが。思い出しただけで頭にくるぜ、あの澄ました横っ面――。
ずばんとアスファルトに靴底叩きつけて、中腰で島村さんと視線を合わせる。
「…………ハッキリ言って、俺はこいつを危険視してる。10年経ったって元があのバケモンだ。ぜってぇ変わってねぇ。一見更生したように見えたって、ちょちょいとつつけばボロボロと膿が出てくるはずだ」
「なるほどなるほど……表向きはおとなしい振りをしながら、いまも変わらず裏では悪行をおこなっていると」
「ああ――なんだよ、アンタ、話分かるじゃねぇの。つまりはそういうこった。だから島村さんには、幽霊独自の視点で何か掴めることがねぇもんかなと思ってるんだが――」
「任されましょう。引き受けますとも」
「おう?」
ザ、と軍靴の残響を引いて島村さんが立ち上がる。ああ気が付かなかった。今日はなぜだか、ズボンは迷彩、ブーツはミリタリーだったのだ。ポケットからフィギュアが顔出してんのは変わらねぇが。
力強く親指突き出してきたその胸元、Tシャツのロゴは『大戦略』。
「2日後の0時、ここで再び落ち合いましょう。大丈夫ですご心配なく。浅葱さんのその不安、不肖・この島村めがキチッとかた付けて差し上げましょうとも。どうぞ、大船に乗った気で」
俺は指にタバコを挟み、気の抜けた無表情で島村さんを見ていただろう。
「…………引き受けて、くれんのか」
「無論ですとも。既に昨日依頼は引き受けたはずです。朱峰椎羅嬢の顔、確かに脳にインプットいたしました。あとはもう、執拗に情報収集して浅葱さんに提出すればそれでミッションコンプリートなのでございましょう?」
ごつ――、がつ――。
軍靴の重々しい音を響かせて、島村さんが去っていく。きっと戦地へ向かうのだろう。花宮市っていうこの市街地を舞台に、あいつは蜘蛛の巣を張るような情報戦を始める気なのだ。
去り際、振り返った島村さんはまたしても昨日と同じく自分の鼻の頭を撫でた。
「では、また後日――」
その指を、『アデュー』のノリでこちらに差し出す。それきり二度と振り返ることなく去っていった。
「…………」
俺も、自分の指を見下ろした。人差し指と中指2本をまっすぐ伸ばす。この指の腹を、恐る恐る自らの鼻に近づけていって、撫で、中空に向けて『アデュー』のノリで美しく差し出す。
「? 何やってんの光ちゃん、バカ?」




