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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
最終章
366/366

流刑人形の挽歌

 煙が高く上がっていた。

 煙になった高星(たかあき)が空に昇り、消えて行く。それも、高星らしいという気がした。

 コー・シェンゴンと、それに最後まで付き従った者達も、全員が討ち死にしていた。途方も無く、見上げるばかりだった人々が、何人もいなくなった。

 そして気が付けば、自分達がこれからを背負って行かなければならなくなっている。その事に、ジャンは気付いた。


「よう」


 朱耶(しゅや)克用(なりちか)が声を掛けてきた。気軽に話しかけられたので、一瞬誰かと思った。


「案外、落ち込んでないな」

「確かに、なぜか落ち込みはしないんです」

「ユウキの爺さんなんか、あのまま死ぬんじゃないかってくらいに消沈してるぜ」

「そう言う朱耶殿は、どうなんですか?」


 克用はすぐには答えず、しばし昇る煙を眺めていた。


「高星も、シェンゴンも、俺を残してとっとと逝っちまいやがって。面白い喧嘩が出来そうな相手は、あいつらくらいだった。こんな事なら一度、戦場でやり合っておきゃあ良かったよ」

「だとしても、勝つのは棟梁ですよ」

「言うじゃねえか」


 克用が笑った。いくら笑っても、どうしようもなく哀しみがにじみ出ている。多分、自分も同じだろうとジャンは思った。


「これから、どうするつもりで?」

「任されちまったからな。変州の事を。それに、俺だって同じ夢に賭けた一人なんだ」

「よろしくお願いします。俺達の、棟梁の夢を」

「言っておくが、俺は俺のやり方しかできねえ。俺が作る未来は、高星が思い描いていたものとは、多分違うぞ」

「分かっています。棟梁も、それで良いと思うはずです」

「まあ、高星の野郎、抜け目なくシバ家のジジイや、ワイズマン伯爵なんかにも後を託していやがったから、あまり違う道は歩けないだろうな。全く、最後にしてやられたぜ」


 ジャンは笑った。あの二人を相手にしては、流石の克用も分が悪いか。


「お前こそ、これからどうするつもりだ?」

「変わりませんよ、何も。これまでと同じ様に、俺にできる事をするだけです。ただ、エステルさんもいなくなって、なし崩し的に俺が親衛隊長にされそうな感じですが」

「ま、いなくなった奴の分は、生きてる奴で埋めるしかないからな。せいぜい頑張れよ」

「やるだけやってみますよ」


 やるだけやる。それで良い。何も難しい事は無い。高星も結局、自分にやれる事を、やれるだけやって死んだのだ。

 事実はどうあれ、ジャンにとってはそれが、高星という男の真実だ。

 やるだけやって死ぬ。それなら、自分にもできる。

 とりあえず、親衛隊をまとめた。エステルがいない今、それができるのは自分だけだ。

 そして安東(あんどう)家新当主堯恒(たかつね)の護衛と、トサ市内の巡察を行った。高星の死は、あらゆる所に衝撃を与えている。しかし、大きな混乱は起きていなかった。

 親衛隊員の中には、この機に親衛隊を辞めたいという者もいた。引き止める事はせず、退職金が出せる様に手配してやった。

 親衛隊を辞めたいという者は、そう多い訳ではない。落ち着いたら欠員を補充する募集を掛ければ良いと思った。


「ジャン、良いか?」


 イスカと(みさお)がジャンの下に来たのは、そんなときだった。二人とも神妙な顔つきをしているが、高星の喪中に笑顔でいる者はいない。


「二人揃って用事か? 珍しいな」

「うん。まあ、な」


 イスカが口ごもる。


「退職を願い出ます。私達二人とも」


 操が言った。


「親衛隊を、辞める?」


 理解が追い付かなかった。


「親衛隊だけじゃなく、安東家の家臣という立場も捨てます」

「まて、それは――」


 ジャン。イスカ。操。紅夜叉(べにやしゃ)。この四人が、親衛隊の中でそれぞれ違った役割を持つ隊長という形でこれまでやって来た。そのうちの二人が抜けるというのは、親衛隊を解散するにも等しい。


「済まない。迷惑を掛ける事は分かっている。私達も、悩んだんだ。でも、このまま親衛隊に居続ける事が、棟梁様の遺志を継ぐ事になるのか。考えて、考えて、そうじゃないと結論を出したんだ。だから――」

「もういい」


 心底申し訳そうに語るイスカの言葉を遮った。


「お前達がそう決めたんなら、それでいいさ。詫びの言葉なんか聞きたくない」

「ジャン――」

「ただ、一言相談くらいはして欲しかったかな」

「うっ、済まない。でもこれは、私の問題で、私が決めなきゃならない事だから」


 そんな事は分かっている。高星も、同じ事を言うはずだ。ただ少し、()ねているだけだ。


「辞めて、それでどうするつもりだ?」

「隊の方は問題ありません。後任も選んで、今まで通り働けます」


 操が言った。


「私は、本格的に後継者を育てようと思っています。任務と並行していては、どうしても限界を感じていましたから」

「忍びを養成する?」

「はい。それで、できれば安東家から支援をいただければと。いずれ安東家の、公的な機関として忍びを養成できれば、諜報や工作に安定した力を持てます。それは今後、きっと必要になると思います」


 確かに、戦の無いときほどそういった裏の組織は働き所が多い。それはジャン自身実感した事だ。そしてそれに携わる人員を専門に養成できれば、それは大きな力になる。


「分かった。俺の一存では何とも言えないが、全面的に支援できるように頼んでみる」

「ありがとうございます」

「しかし、良いのか。そうなると、紅夜叉とは今以上に顔を合わせる機会もなくなるんじゃないか?」

「良いんです。いつもそばにいる事だけが、一緒にいるという事じゃない。別の場所で、違う道を歩いていても、私達はずっと一緒。そう思えると、私は信じています」


 自分があれこれ言う事ではなかったな、とジャンは思った。

 操と紅夜叉は、誰よりも長い間一緒だった。その間、色々な事があったはずだ。一緒にいながら心が離れていた事も。離れていながら心は共にあった事も、あったはずだ。

 操と紅夜叉の関係は、家族でも、男と女でもない。しかし、余人には窺い知れないほど深いところで、強く繋がっている。その片鱗くらいは感じ取れる。


「ジャンさん。紅夜叉に会ったら、伝言を頼めますか?」

「自分で伝えないのか?」

「会いたいときに、どこにいるやら知れませんから」


 ジャンは苦笑した。


「見かけたら伝えておこう。なんて伝えれば良い?」

「私は立っている。あなたが立っている限り」

「分かった」


 意味を考える事はしなかった。言葉の意味など、誰に向けたものかで変わるものだ。

 ジャンは視線をイスカの方へ向けた。


「イスカは、どうするつもりだ?」

「ヨミを連れて、山の民と呼ばれている人達の所に行くつもりだ」

「隠棲?」

「まさか」

「だよな。お前には似合わん」

「棟梁様が夢見た国の、大まかな形はできた。多分だけど、もう大きな戦は無い。私が戦場に立つ理由も、無くなった」

「まあ、そうとも言えるか」

「まだ頭で考えた事でしかないけど、各地を渡り歩きながら、私にできる方法で人を救う事を続けて行きたいと思う。棟梁様の夢が形になれば、たくさんの人が理不尽から救われる。でも全てじゃない。私は、棟梁様の夢から零れ落ちた人を、一人一人救えたら良いと思っている」

「まさに、正義の味方だな」

「そうかもしれない。棟梁様の理想は、実現のためにずいぶん人も殺したし、酷い事もやった。それでも、理想を抱く事は間違いじゃないと。美しい理想を求め続ける事には、何か意味があるはずだと、私は棟梁様に言った。それを今、行動に移すべきだと思う」

「棟梁の夢の、欠けた所を埋めに行くか」


 それはある意味、高星が追い求めた夢より、さらに大きく難しいものだろう。


「お前なんかにできるのか?」


 からかう様に言った。


「私は、自分が弱い事は良く分かっている。一人じゃ何も出来ない事を分かっている。でも、だから他人を大事にできる。もっと強くなろうと思える。何度でも立ち上がれる。私の身は、私一人のものじゃない。私が死ねば、悲しんでくれる人がいる。だから私は死なない。誰も悲しませない。誰かの犠牲の上に成り立つものなんて、認めない」


 思わずたじろいだ。イスカの目は、あまりにも真っ直ぐだった。真っ直ぐすぎて、直視できなかった。

 イスカは高星から、理想を追う強さと、完璧さを受け継いだのかもしれない。高星の、あの眩しいばかりの輝きを。

 しかしそれは、高星を孤独にもしたものだ。


「疲れたら、いつでも帰ってこいよ。たまには休め。人前で泣けなくても、古い仲間の所でなら、泣けるだろう」


 イスカがきょとんとした。当然だろう、突然こんな事を言えば。しかしすぐに、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 心臓が、大きく飛び跳ねたような気がした。


「用が済んだらさっさと帰れ。お前らのせいで、親衛隊の編成を組み直す仕事が増えた。しばらく書類とにらめっこだ」


 そっぽを向いて、乱暴に言った。我ながら下手だな、と思った。

 操とイスカは、特に名残惜しそうにするでもなく、行ってしまった。

 あっけない。だが、こんなものなのだろう。


「行っちまったか」


 ジャンが顔を上げると、今し方二人が出て行った部屋の入口に、紅夜叉が立っていた。


「お前、いつから?」

「ほとんど最初から」

「なんだよ。全部聞いてたのか」


 隠れて立ち聞きなんて真似をせずに、一緒にいれば良かったのに。そう思っても、口には出さない。言葉にするだけ無駄な事だ。

 紅夜叉が部屋の片隅に、どっかと腰を下ろした。


「一応確認しておくが、操の伝言も聞いたか?」

「ああ」

「なら、いい」


 紅夜叉がそこにいる。それだけで、空気が違う気がした。戦場の緊張感とおぞましさ。いつでもどこでも、紅夜叉はそれを連れて歩いてる。

 それとも、取りつかれていると言うべきか。


「用がある」

「珍しいな?」

「俺の下に今、十人いる。それを増やしたい」

「天地がひっくり返る前触れか?」


 紅夜叉の殺気が膨らんだ。


「何人くらいにすればいい?」


 慌てて咳払いをし、話を進める。


「さあな。とりあえず数十人だろう。当然、俺について来れる奴だ」


 そんな人間が、そう何人もいるかと思ったが、おくびにも出さないで置く。


「検討はするが、どういう風の吹き回しだ?」

「安東高星に、コー・シェンゴン。死にそうにない奴らが死んだ。多分、死んだらいけない人間でもあっただろう」

「そうだな」

「その一方で、俺の様な死んだ方がマシなのがまだ生きている。どうやら俺は、まだまだ死ねそうにないらしい」


 ジャンはこれに対して、何も応えなかった。応えられなかった。


「死ねない以上、生きるしかない。しかし、ただ生きるというのも、この頃しんどくなって来てな」


 紅夜叉はジャンの反応などお構いなしに喋り続ける。


「生きる目的って奴を、暇つぶしに持ってみようと思ったのさ」

「お前の部隊を持つ事が、暇つぶしの生きる目的か?」

「そうなる。とりあえず、俺の手足のように動く部隊を持って、最強で居続けてみようと思った。死んだ人間の言いなりというのが少々癪だが、他に暇つぶしの当ても思いつかんしな」

「暇つぶしで最強になるだと、ふざけてるな」

「ふざけてるさ。生きる目的だの。誇りだの。そんなもの無くたって、生きて行くのに不自由はしない。要らないものだ。その要らないものに命まで賭けようってんだ。ふざけた暇つぶしでなくて、なんだってんだ」

「まあとにかく、兵になる人間は集めてみる。しかし、お前の納得のいく質と量が集まる保証は無いからな」

「そのときは、戦場で拾い集めるさ」


 物でも拾うような言い方だが、案外間違いでもないのかもしれない。

 紅夜叉のような人間が他にいるとしたら、きっと戦場に落ちている。


「一つ言っておくが、お前の棟梁様の夢とやらも、ふざけた暇つぶしだ」

「なんだと」

「そうだろう。ただ生きて行くのに、夢も誇りも要るもんか。それに命を賭けるのが、ふざけた暇つぶしでなくて、なんだ」


 そうかもしれない。少なくとも、理屈は通っている。


「だから、良かったんだろうな。この俺が、付き合ってやろうという気になった。それだけだ」


 いつもの様に、言いたい事を言うと、紅夜叉はふらりと去って行ってしまった。

 ふと、紅夜叉の背中が、戦を前にした高星のそれと重なって見えたような気がした。

 夢とは、何だったのか。どうやらそれは、まだまだ考えなければならない様だ。


「さて、俺も行くか」


 書類仕事を切り上げて、政庁執務室に向かった。

 いつまでも喪に服しているのは、安東家らしくない。仕事はいつだって山積みだ。安東家の新体制が、これから始まる。

 執務室。かつて高星が座っていた席に、安東堯恒が座っている。もちろん、まだ執務が執れるような歳ではない。それでも、その席にいる事に意味がある。

 瀬川(せがわ)()子敬(しけい)。ドゥルーススの三人がすでに集まっていた。

 ジャンはその三人より前に出て、新しい安東家当主の前に立った。

 高星と同じ目をしている。


「棟梁。お言葉をお願いいたします」


 磐座(いわくら)ジャンの物語があるとすれば、それは多分、ここから始まるのだ。


     完

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