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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
鵺の尻尾
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1・凱旋

 第8節3日。反乱を鎮圧した翌日、高星(たかあき)以下全軍はウトの街まで戻り、戦後処理に取り掛かっていた。


「殿、此度の戦の報告がまとまりましたのでご報告いたします」

「聞こう」

「今回の戦、名称・第三大隊反乱鎮圧戦の結果、討ち取った敵兵が二人、捕虜が三百二十四人。こちらの損害は、戦死者一人、負傷者四人となります。その他、戦場から逃亡した敵兵が二百人弱おりますが、これらは続々と投降のため出頭しており、全員を確認するのも遠くないかと」

「予想以上の戦果だ、特に死者を計三人で済ませられたのは大きい。内乱で得るものなど何も無いのだからな」


 高星は書類の束を机に放り、傍に控えるジャンの方を向く。


「新兵の初陣としてはまあ、このくらいの方が良かったかもしれんな。いきなり厳しい戦場に放り込むのも悪くはないと思うが」

「……まあ、確かにこのくらいの方がよかったと言うか。情けないけどこのくらいで精一杯だった感じはする」

「つまらぬ見栄を張って自分の武勲を吹聴しないあたり、お前はやはり見どころがあるだろうな。初陣の後、自分の武勲を十倍に誇張して吹聴する新兵は少なくない」

「すっかり臆病になって、もう戦場に出たくないと言う奴よりはましじゃないですか?」

「そうとも言い切れない。臆病者の方がむしろ将としては向いている事もある。人の向き不向きというものはなかなか微妙なものだ」

「あの、殿……」


 報告の兵がさっきと同じ姿勢で立ったままおずおずと声を出す。


「なんだ、まだ何かあるのか?」

「論功行賞はどういたしましょう?」

「論功行賞? ……ああ、そうだな。微妙な問題になる故、帰還してから正式に発表する。そう伝達してくれ」

「はっ」


 報告の兵が部屋を去ると、高星は閉じられた扉を見つめて、ため息を吐く様につぶやいた。


「内乱に論功行賞も何もあったものでは無いと思うが、何も報いてやらない訳にもいかんか」


 姿勢を変えて頬杖を突き、再びジャンの方を向く。


「論功行賞をするなら、ジャンにもたっぷり褒美をやらなくてはな」

「いえ、そんな……俺は大した事は……」

「いや、お前の見つけた500アウレの意味は大きい。あれでこの反乱に黒幕が居るのはほぼ確実になった」


 ジャンが見つけた木箱の中身、それは金貨の山だった。その額およそ500アウレ、一個大隊が持っている様な金額ではない。

 略奪が行われる余裕も行われたという事実も無く、かつ略奪で得た金ならば金貨だけが大量に見つかり、銀貨銅貨やその他金目の物が無いと言うのは不自然である。

 つまり、資金援助をした者が居ると言う事が見えてくる。おそらく反乱そのものを教唆したのもその何者かであろう。


「トカゲの尻尾きりになるかもしれないが、とにかく尻尾は(つか)んだ。うまく本体まで辿(たど)りたいものだ。そしてその尻尾を(つか)んだのは紛れも無くお前だ、十分な功績と言える」

「じゃあ、褒美としていくつか教えてくれませんか?」

「内容によるが、言ってみろ」

「死者が少ないのは棟梁ができるだけ死人を出さないように努めたから解ります。でも戦っていうのは、負傷者もこんなに少ないものですか?」

「ああ、さっきの報告にあった負傷者四人と言う数字にはからくりがあるのさ」

「からくり?」

「ここで言う負傷者とは、『負傷による戦闘不能者』の事を指し、戦闘可能な負傷者は含まれていない。それに死者だって、現時点での死者が最終的な死者では無い。負傷者の中の重傷者は今後死者の仲間入りをする者も居るだろう」

「なるほど、そういう事か。わざと被害が少なく見える様にしているんですね?」

「公式に発表する数字だからな。できるだけ都合の悪い事は隠すさ。質問はそれだけか?」

「とりあえずは」

「なら、まだまだ甘いな。恩賞としてもうひとつ教えてやろう。今回の戦の、こちらの死者と負傷者の割合をどう見る?」

「割合? えっと、死者一に対して負傷者四ですよね。……どうと言われてもな」

「その割合は、野戦では規模に関わらず大体同じになる。仮に全軍の一割が戦死したとすると、どうなる?」

「全軍の一割が死んだら、四割は負傷者になって戦えないと言う計算になりますね」

「この時点ですでに半数が戦闘不能だ。しかも、負傷者を放置する訳にもいかない。一人の負傷者の収容や手当に一人が付き添うとすると、どうなる?」

「一割が死んで、四割が負傷して、負傷者と同じ数の人員が手当てに取られると……戦闘可能なのが全体のたった一割!?」

「そうだ、とても戦線が維持できる数ではない。だから野戦では一割が戦死すればその軍は敗走するというのが常識だ。また、死者が出るよりも負傷者が出る方が厄介だと言う事も解る。死者には水も食料も要らないしな」

「負傷者を捨てる……のはどう考えても論外ですね」

「士気が崩壊するし、敵の捕虜になれば情報も漏れる。戦えなくなった者は、味方の手でとどめを刺すと言うやり方もある。陸以上に負傷者の存在が足かせになる、水上の戦ではそういうやり方をする者も居るそうだ」

「戦ってのは、もっと死体が山と積み重なる厳しいものだと思ってましたが、ある意味では思ったよりも大した事なくて、ある意味では思っていたよりも厳しいんですね……」

「市街戦や攻城戦はまた別だ。死屍累々と折り重なる。だがまあ戦場の一端でも知ったのなら大きな進歩だろう」


     ◇


 扉をノックする音、高星の入れと言う声に招かれて現れたのはエステルだった。


「高星、反乱に参加した将校全二十一人全員の拘束を確認した。彼らの処分も含めて、第三大隊の暫定処分を下してくれ」

「大隊長と四人の中隊長は檻車(かんしゃ)に入れてあるな?」

「ああ、トサに護送次第、本格的に尋問する」

「無駄だと思うがな。反乱を(あお)る奴が正体を明かしているとも思えん。それでも何かは(つか)みたいところだが」

「で、処分は?」

「その五人はそのままでよい。兵卒達は一切罪には問わない、希望者には退役を許すがそうでない者はこれまで通り任に就かせる」

「いいのだな?」

「内乱の難しい所だ。厳しく処分すれば恨みが残る。寛大な処置を下すと再発もありうる。だが一兵卒は決して罪に問うべきではないと思っている。

 先の五人の処分は腹の内では決めているが、十六人の小隊長はどう裁いたものか……」


「意見してもいいか?」

「構わん。むしろ歓迎する。言ってみろ」

「私が思うに、小隊長たちは厳しく裁くべきだと思う。兵卒に最も近い立場にありながら反乱に加担した罪は重い。

 彼らが拒否すれば少数の者が企てた陰謀事件で済んだかもしれない。それを大事にしてしまった責任は問われるべきだと思う」

「ふむ……ジャンはどう思う?」

「お、俺ですか!? いえ、俺はそんな重大な事は……」

「率直に感じた事を言ってくれればいい。それで判断を誤る私だと思うか?」

「えっと、じゃあ……。俺は軍の生活とかはまだ良く解りませんが、小隊が親衛隊や下屋敷に居た頃の俺達みたいなものだとすると、その頭が厳しく処罰されるのはどんな理由があっても嫌だと思います」

「ふむ、確かに兵卒にとって一番身近な上官が厳罰に処されるのはいい気はしないだろうな」

「あ、でも清々したと言われる様な上官も居るかも」

「居ない。我が軍では兵卒にそっぽを向かれる様な上官は、その地位に居られなくなる不信任制度がある」

「兵士がこの上官は駄目だと言えばやめさせられると言う事ですか?」

「そういう事だ。もっとも中隊長以下に限るし、大隊長以上の者の承認があって初めて罷免となるという条件でだが」

「それで高星、結局処分はどうするのだ?」

「……公職追放。軍を辞めさせ庶民に落とす、かな」

「折衷案か」

「甘いだろうか?」

「それは解らん。どちらにしろ高星が決めた通りに進める。本当にそれでいいのだな?」

「ああ。それと軍を再編するまでの国境警備は、あらかじめ決められている通りの順番で、臨時代行として繰り上げて任に就かせろ」

「了解した。ではその通りに」

「……ふう、この場で処理すべき事はこのくらいか。明日には全軍を駐屯地に帰らせて、本活的な始末も帰ってからだな」

「棟梁は大変ですね」

「戦で大変なのは戦場よりも事前準備と後始末だ、特に今回の後始末は面倒な事だ。お前も他人事みたいに言ってないで、さっさとその辺もできる将になってくれれば楽ができるのだが」

「そんな無茶な。二十年早いと言ったのは棟梁じゃないですか」

「そこを血反吐吐いて十年で物にしろ。優秀な人材が足りないんだから」

「そうですか? 人間離れした連中は多いと思いますが」

「戦場での働きならば頼れる者が多いが、一方面の全権を任せられるのが提督くらいしか居ない。留守居を提督に任せるしかない現状では、別働隊の一つも満足に任せられる者が居ない。まあ、別働隊を創る兵力も足りないのだが」

「だからって、俺は無茶ですよ」

「……そうだな、反乱などが起きたせいで私も少し気が立ったか。今日はもう終わりにしよう」


 高星が執務机から立ち上がり、背中を鳴らして伸びをする。


「ジャン」

「はい?」

「荷造りしておけよ。明日には帰りの行軍だ、直前でバタバタしない様にな」

「子供じゃないんですから」


 ジャンが抗議すると、高星はにやりと笑って部屋を出て行った。

 そこで気が付いた、今の抗議自体が子供っぽい発言であり、ジャンにそう言わせるためにわざと高星はそんな事を言ったのだと。

 要は、からかわれたのだ。


     ◇


 第8節5日、途中一日の野営を挟んでジャン達はトサの街に帰還した。今回は高星と騎兵隊も歩兵と歩みを合わせ、同時に街に入った。

 街に入ると一斉に歓呼の声が沸き起こった。何かした訳でも無いのにすでに戦勝の報が知れ渡り、市民達は自主的に凱旋する軍を盛大に迎えたのだ。

 高星は凱旋などと言える様な代物ではない事に苦笑を浮かべていたが、この熱狂に水を差すのも野暮と言うもので、市民に手を振りながら騎馬姿で道を練り歩いた。

 親衛隊の一人として高星の後ろを歩くジャンは、胸が何かで満たされていくのを感じた。

 盛大な歓声は、決して自分に直接向けられたものでは無い。自分はトサの街に凱旋した、一千人弱の兵士の一人に過ぎない。

 だがそれでも、確かに自分にも向けられている。自分は今、歓声を受けている一千人の中の一人なのである。それが自分の胸を満たした。

 そして自分の前を馬で行く高星は、ただ一人明確にこの歓声を一身に浴びている。それが自分の事の様に、いや、自分が歓声を浴びる以上に誇らしく思えた。胸が熱くなった。

 戦の最中に感じた漠とした胸の思いは結局明確な答えを得られなかったが、今胸に感じている熱い思いは明確に理解できた。

 これが、戦いに勝って得られる名誉と言うものなのだと。


     ◇


 埃の付いた軍装のまま執務を執る訳にもいかない。軍も細々とした後始末を済ませない事には次の動きも取れないので、本格的な事後処理は明日からである。

 必然的に細かい後片付けの無い高星やジャンらは、半日の休みを得る事になる。高星の足は上屋敷の政庁では無く、その奥の居住区に真っ直ぐ向かった。


「落ち着いて屋敷で過ごせるのは、もう十日以上ぶりになるのか。全く思わぬ遠出になったものだ。とりあえず、まず(ぎん)にお茶を淹れてもらおう」

(ぎん)()さんの事ですから、もう用意しているかもしれません」

「確かに、それは十分あり得るな」


 そこそこ久しぶりに帰って来た。しかし、下屋敷の様な懐かしさは感じない。やはり自分にとって、あそこが最初で最後の『家』だったのかとジャンはふと思う。


「銀! 戻ったぞ。皆揃ってな」

「お帰りなさい、高星。お帰りなさい、皆」

「おう、戻ったか」


 そこに居たのは、銀華だけでは無かった。腰を下ろして片手で湯呑の茶を(すす)っているのは、草で染めた自然色の服を着た、若く見える男。


若水(じゃくすい)道人(どうじん)? なぜここに?」

「なに、やはり戦になったと聞いて戦況を聞きに来たのだ。しかし聞く間もなく鎮めてしまった様だな」

「おかげさまで迅速に対処する事が出来ましたよ。それで、用が済んだのなら山にお帰りになるのでは?」

「まるで早く帰れと言わんばかりだな。他の者には丁寧に聞こえるだろうが、私には内心が透けて見えるぞ」

「その何もかも見透かしていると言わんばかりの態度が私は嫌いです」

「そう言うな。少しお前のやる事に興味がわいたのだ、しばらく間近で見させてもらおうと思う。

 ああ余計な気遣いは無用だ、世話になるつもりは無い。ただ気が向いた時にこうして会いに来るから、その時にめんどうの無い様に取り計らってくれればよい」

「十分手間を掛けさせていると思いますが」

「道士修行者はもっと丁重に扱うべきだぞ、隠然たる尊敬を集めているのだから。少なくとも粗略に扱って利はあるまい?」

「自分の身分を盾に尊敬を強要するのは、道士としてどうなのですか」

「おや、私は尊敬を強要した覚えは無いぞ? ただ粗略に扱えば人々の視線は冷たいだろうが」

「……まあいい。私もあなた個人はともかく、渡りの衆との繋がりは持っていたいと思っていたところですから」

「ほう? 我らに目を付けたか。お前の事だから他の雑多な者達の様に、飛脚や密偵として望む様なものではあるまい。それもまた見物させてもらおうか」


 若水道人は残ったお茶を一息に飲むと、湯呑を置いて立ち上がった。


「では私は風の吹く方にでも行くとしようか。またお茶を飲みたくなったら来るとしよう」


 飄々(ひょうひょう)と去ってゆく若水道人が、すれ違いざまに高星の耳元でささやいた。


「今回の件、これで終わるとは思えんな」

「元より、これで終わりだとは思っていない」

「そうか」


 そのまま立ち去るかと思えたが、今度はジャンの前で立ち止まりその顔を見る。


「酔っているな」

「はい?」

「誰しも初めは弱いものだが、君は生来好む性質と見た。前後不覚になって道を誤るなよ」


 どういう事かと問う前に若水道人は走って、いや走る程の速さで歩いて去ってしまった。酒を飲んだ訳でも無く、酔っているの意味はジャンには見当がつかなかった。

 高星は察した様だが、何も言わず銀華に茶を求めた。


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