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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
反乱鎮圧戦
32/366

3・戦機

 戦場での食事は二種類に大別される。

 一つは自炊。足の遅い輜重隊が同行していないときは、各自がそれぞれ持ち運ぶ食料を炊飯する。

 もう一つが給食。輜重隊が居る時は大鍋で食料を調理し、それを均等に配分する。前者は主に行軍中、陣を敷いているときは後者である。

 食事ができるまでの時間を利用して、高星の本陣で作戦会議が開かれていた。

 各隊の隊長たちが居並ぶ作戦会議は、高星の副官であるエステルを除けば親衛隊と言えども立ち入る事はできないのだが、ジャンだけは普段から高星の従者として傍に控えていた延長で、この場に居る事が許された。

 会議はまず、今日の戦闘結果の報告から始まる。


「棟梁、本日の戦闘により負傷者が二名出ました。内一人は軽傷、死者は居ませんでした。おそらく敵方もほぼ同程度の被害かと思われます」

「そうか、死者が出なかったのは何よりだ」

「お言葉ですが、もっと思い切った攻撃を仕掛けるべきでは? 今日の様な見切りの早い戦い方では確かに犠牲は小さいでしょうが、突破も難しいかと。戦なのですからもっと犠牲を(いと)わぬ攻撃を仕掛けぬ事には」

「それは本当に、他にどうしようもない程に堅く守った敵に対したときにする事だ。

 確かに敵は天険に依ってはいるが、犠牲に目をつぶった正面突破しか手が無い程ではない。ならばその様な敵に対して、わざわざ犠牲の大きい手段は取らん。ましてやまだ初日だぞ」

「ではいかがいたしましょう?」

「そこだ。工兵隊長、今日の戦で何か気付いた点は無いか?」

「気付いた点ですか。そうですなぁ……取り立てて気になった事はありませんでしたが、強いて言うとあのバリケードは可燃物が多かったですな。いかにも手当たり次第に物を積み上げたと言う感じでした」

「可燃物か……では焼いて見ようか。火矢と油壺の用意をさせろ」

「はっ」

「この程度でどうにかなるとは思えんが、何かの糸口くらいにはなればいいのだが。それと戦闘に参加しない兵達には、投降を呼びかけさせろ。内から崩させる」

「ははっ」

「とりあえず、今はこのくらいか。後は戦いながら図るしかないな」


 見計らったかの様に、食事の用意が出来たという報告が入った。高星は持ってくる様に指示し、そのまま部隊長達との会食を行って、その日は解散となった。

 ジャンはてっきり誰もいなくなった後、高星が一人で作戦を考えるものだと思っていたが、意外にも高星はさっさと簡素な寝床に潜り込んでしまった。


     ◇


 15日朝。日の出と共に起こされ、食事が作られている間に目覚めのために陣内を走ったり、体操をしたりと言った軽い運動をさせられて、反乱鎮圧戦二日目が始まった。

 この日の戦いは、まず昨日の半分の六十人の射手が、昨日よりも近く、敵陣まで100m程の距離の地点に矢楯を並べ、火矢を撃ちこむ事から始まった。

 この距離になると、飛距離が落ちる火矢を使っているこちらは、昨日と同じ様に45度の角度で曲射を行うが、普通の矢を使う敵軍は真っ直ぐに射てくる。

 矢が降ってくる昨日とは違い、正面から飛来する矢が音を立てて何本も矢楯に突き刺さる。ただこちらの火攻めで消火作業を並行して行わなければならないからか、飛来する矢の数は昨日よりも少ない様だった。

 火矢が尽きると補充部隊が新たな火矢を運んでくる。その間射手は矢楯の後ろに身を隠している。だがその一方で工兵隊が動き出す。

 昨日の様に投石の支援を受けながら工兵が突撃するのではなく、今日はまず支援部隊が油の入った小壺を縄で振り回して投擲する。

 バリケードに着弾した小壺が割れ、中の油が火矢の残り火に引火する。そこに工兵が突撃する。

 工兵も昨日の様に工具で直接バリケードを破壊するのではなく、消火作業を妨害し、可燃物が焼け落ちてバランスが悪くなった部分を長柄の熊手で引き倒す。まだ春先だと言うのに、兵の額から汗が噴き出している。

 火が鎮火されつつあると見たら退却の鐘が鳴らされ、再び火矢が撃ち込まれる。そんな事を何度も繰り返す。


     ◇


 高星は今日は本陣で指示を出す事が多かったが、何度か前に出て戦闘の様子を間近で見ていた。


「思った程火の勢いが無いな」

「確かに、少し魔術で風を送ってみようか?」


 エステルの提案を、高星は即座に却下した。


「いや、無駄だろう。水はあまり無い様だが、砂や布で上手く消火している」

「風を送ったところで、火が大きくなる前に消されれば意味は無い、か……」

「……風、か……」

「高星?」


 高星は、まるで見えないものを見ようとしているかの様に、眉間にしわを寄せて敵陣を凝視していた。谷の中で、反乱軍となった歩兵第三大隊の識別旗である七芒星の旗が、こちら側に向かってなびいている。


     ◇


 ジャンは、悶えていた。

 胸の奥に言葉にならない感覚がこびりついて離れず、胸をかきむしりたい様な感覚が治まらなかった。

 それは明らかに、戦場の空気に触れてから胸の奥に生じたものだった。だがこの感覚を自分でどうすればいいか解らない。

 そもそも微弱すぎて胸が苦しいと言うよりも、胸の中に黒い(もや)が溜まっている様なあいまいな感覚で、漠然としすぎていた。

 もっと激しい、血で血を洗う様な戦場に立ち、この胸の感覚がはっきりと形になれば対処法も解るのかもしれないが、今回の戦ではその様な事態は起こりそうも無く、そもそもそんな戦場に立てば一瞬で自分は戦死してしまうだろう。

 それだけにもどかしい。

 英雄譚の主人公ならば、初陣で未熟ながらも戦果を挙げる事に成功し、心躍る物語にふさわしい幕開けとなるのだろう。

 だが自分はとても戦果どころではなさそうである。

 エステルは常に高星の傍にいるが、親衛隊と言えども全員が四六時中傍にいる訳では無い。為す事も無く陣地の中を歩き回っていた。

 ふと物資集積場の方を見ると、空き箱を並べた上に誰よりも戦果を挙げる種類の人間が横臥(おうが)していた。ただし、とても英雄とは呼べそうもない人間でもある。


「おまえ、こんな所で昼寝なんて迂闊(うかつ)すぎやしないか?」


 ジャンの呆れ半分の問い掛けに、(べに)夜叉(やしゃ)は目も開けず面倒くさそうに答える。


「危険な場所と、寝ていられる場所の空気を間違える程鈍っちゃいない。だがまあ、ここ一年ちょい戦場の空気を吸ってなかったからな。確かに鈍ったかも知れん。貴様ごときに声を掛けられるとは」

「どういう意味だ」

「文字通りだよ。昔は寝ている俺に声を掛けてくる奴なんていなかった。気安く声を掛けられるとは、俺も(ぬる)くなったもんだ」


 紅夜叉が体を起こして、あくびをしながら背伸びをする。首を回すと2度音を立てた。


(みさお)、操ー!」

「操ちゃんなら、さっき偵察に出かけたぞ」

「なんだ、じゃあお前で良いや。戦況はどうなってる?」

「詳しい事は解らないけど、昨日と大体同じ。今日は火を積極的に使ってるけど、それ以外は特に昨日と変わらないかな」

「ふん、あの狭い谷なら俺が切り込めば崩せるだろうに。その後にあのゴミの山をどかして突っ込めばいいものを」

「そりゃそうだろうけど、そういう勝ち方じゃ駄目なんだよ。勝てばいいってもんじゃないんだ」

「いっちょ前に、武将みたいな事を言うじゃねーか」

「そうか? まあ、棟梁の傍に居たら覚えたんだ」

「まあいい、どうせ俺の出番は無さそうだ。戦陣じゃ適当に相手を見つけて打ちのめす事もできねぇし、暇を持て余して仕方ない」

「……なあ」

「なんだ」

「その、な……えーっと……。すまん、何でもない」

「そうか」


 百戦錬磨の紅夜叉なら、この胸の感覚に答えはくれなくても、何かしらのものは得られるのではないかと思ったが、自分自身が言葉にできない以上、聞く事もできなかった。


「ここにいたのか」

「……今度はイスカか、何の用だ」

「用と言う程のものでも無いが、君の姿が見えなかったのでな」


 イスカは今は、親衛隊の黒服を着ていた。サイズは合っているはずだが、小柄なイスカに礼服としての重厚さを併せ持つ親衛隊服は、大きすぎる服を着た様な不釣り合いな印象を与えていた。


「……二人して私の事をじっと見て、どうかしたか?」

「似合わねぇ」

「おい、そんなにはっきり言う事無いだろ。……あ」

「……いや、いい。解ってる、自分でも似合わない事くらい」

「あの、棟梁は無理して着なくても気にしないし。現に紅夜叉なんてこの格好だし」


 この格好と言われた紅夜叉は、ボロと言うほどではないが、赤色がすっかり色あせた古着を着ている。ところどころ黒ずんだ染みが有るのは、血の染みだろう。


「気遣いは無用だ。例え似合って無くても、これは棟梁様がくれた大事な物で、私達が仲間である証だ」

「仲間……なんか良いな、戦友ってやつ?」

「俺を貴様らと一緒にするな」

「まあ、君はそう言うと思った。だが棟梁様のために一緒に行動したし、これからもそうするのだろう? なら仲間だ」

「……ふん」


 場の雰囲気が、少し和やかなものになったと思っていたら、突然獣の様な絶叫が響いた。

 一体何事かと声のする方を向くと、二本の槍の間に布を張った即席担架の上で、一人の兵士が(もだ)えていた。どうやら重傷者の様だ。

 ジャンとイスカが反射的に駆け出す。集まり始めた人垣の中に加わると、負傷者は服が黒く焼け焦げ、焼けた穴から見える肌は(ただ)れている。どうやら火攻めの最中に火傷を負った工兵の様だ。


「どけ!」


 人垣を突き飛ばして二人が負傷者に駆け寄る。一人は高星、もう一人は軍医の様だ。軍医が火傷の診察をする傍らで、高星は負傷者にゆっくりと水筒の水を飲ませてやる。


「何をしている! 早く水を持ってこい!」


 高星の鋭い声が飛ぶ。その声に弾かれた様に人垣が散り、水を求めて走り出した。ジャンもその群れに交じって貯水槽置き場に走る。

 ジャンが桶一杯に水を入れて、少しよろめきながら戻って来ると、負傷者の手当てに当たる者は四人に増えていた。

 そのうち一人は衛生兵であるが、もう一人はエステルである。エステルは魔術の冷気を静かに患部に当てていた。


「棟梁、水を持ってきました」

「ジャンか。そこに布が置いてあるだろう、布越しにゆっくりと水を掛けてやれ」


 言われた通りに水を掛けてやる。患者が小さなうめき声を上げる。全ての水を掛け終わると、ジャンは肉体よりも精神の疲労を感じてその場にへたり込んだ。

 軍医が患者に薬を塗り、その上から包帯を巻く。ひとまずの手当てが終わり、患者は再び担架で負傷者用の幕舎へと運ばれていった。


「優しいな、棟梁様は」

「イスカ、居たのか」

「最初から居た。気づかなかったのか?」

「ああ……なんか、棟梁が水って言ってからは必死で」

「そうか。運ばれてきた患者に、真っ先に駆け寄ったのは棟梁様だったな。この戦もできるだけ、殺さずに捕らえて欲しいと言っていた。やっぱり、棟梁様は優しい方だ」

「はっ、ただの打算だろうに」


 いつの間にか、へたり込んだジャンの後ろに紅夜叉が立っていた。


「怪我人にわざわざ自分で手当てをしてやるのも、敵に対してことさら慈悲深く振る舞って見せるのも、全部そうするのが得だと言う打算だろうに。

 本気で憐れんでそういう事をする様な奴は、軍を率いる資格が無い。そんな奴は俺がいの一番に黙らせてやるよ」

「……まあ、君の言う事が正しいのだろう。だが私は、たとえ打算でも本気で人の為に悲しんだからこそ、棟梁様はああしたのだと思う。そんな棟梁様だからこそ、私は……」

「まあ、お前がどう思おうが別にどうでもいい」


 とたんにイスカがむすっとした表情になる。


「君のその物言いは、いい加減なんとかならないのか!」

「どうにもならんから、お前が変わった方が良いと思うぞ」

「正論っぽい事を言うが、そうやって自分勝手を続ける事を正当化しているだけじゃないか!」


 いつものように喧嘩を始める二人を見て、ああいいな、とジャンは思う。


「あれ?」

「どうかしたか?」

「いや、戦が始まってからずっと、なんか胸がもやもやしてたんだが、今はすっきりしてる」

「なんだ、怖気づいたか?」

「……いや、怖いとか、逃げ出したいとは違った気がする。そう言えばさっきの兵士、かなり重傷だったのに、俺意外と平然としてたな。もっとキツイかと思ってたけど」

「……君の心を占めていたものが何かは解らないけれど、悪いものでは無いのだろう?」

「多分、な」

「ならいいじゃないか、何時か解るときも来るだろう。それでいいと思う」

「……そうだな、解らなくてもいいか」


 少なくとも、そう思えた以上、悩まされる事は無いだろう。ならば今はそれで十分だ。そう思う事にした。


     ◇


 午前に一度、午後に一度、それに昼と三度の休憩を挟んで計四度攻撃が行われた。昨日よりは押したが、劇的な違いは見られない戦いだった。


「殿、今日のご報告です」

「聞こう」

「本日の被害は負傷者が二名、うち一人は重傷、一人は軽傷。死者はありませんでした。目に見える戦果はありません」

「そうか、下がってよろしい」

「はっ」


 報告を下がらせるとそのまま作戦会議に入る。と言っても昨日の今日で方針が大きく変わるはずも無く、高星の細々とした指示を通達するだけのものだ。


「明日からは火攻めと通常の攻めを不規則に織り交ぜながら攻め続けろ。兵は交替で休ませる事、工兵の休みを増やすために、工兵を使わぬ攻め方もいくつか案を出すように」

「このまま攻め続けてよろしいのですな?」

「よい。いかに天険に拠ろうとも向こうは五百、こちらは千三百、こちらが交替で休みながら攻める間、向こうは休み無しで守らねばならん。

 いくら大軍で一度に押し包めなくとも、このまま波状攻撃を続ければいずれ力尽きる。時間を掛ければ必ず勝てる相手だ、正面から堂々と押し続けよ」


 その時間が問題なのだが、それは将たる自分が考えるべき事であり、部将が気に掛ける事では無かった。


「それと明日は騎兵を動かそうと思う」

「我々の出番ですか、どう動きましょう?」


 中小国(なかおくに)隊長が勇み立つ。


「いや、私自ら率いて敵に当たる故、その時の指示に従ってくれ」

「殿が自ら当たるのですか?」

「少し、気になる事が有ってな」


 天幕に伝令が駆け込んできた。一瞬、筋肉が強張るが、良くない知らせではなさそうだった。案の定、伝令は弾んだ声で、第四大隊がもうすぐ到着する事を告げた。


「来たか、これで千五百を超えるな。敵の三倍だ。全軍にこの事を通達し、食事も少し豪勢なものを出して(ねぎら)ってやれ。それと酒だ、酒を飲む事を許可する」


 どんなものにも、機と言うものがある。高星はその機が熟しつつあると感じていた。後は最後のパーツが(そろ)えばこの戦に勝てる。そう思った。


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