↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
雪上の華
17/366

2

 第六班は紅夜叉(べにやしゃ)、操(みさお)、イスカの三人で構成されていた。年齢的には最年少組に属する三人だが、戦力的には最上級に当たる。

 高星(たかあき)もそれを承知でこの三人を一つの班にまとめたのだし、いざというときの斬り込み部隊の一つに当てたのだ。そして今まさに、この三人は踏み込む機を窺(うかが)っていた。


「こっちの動きに気付かれてからしばらく経った……高星さんはまだ……その、目的を果たせてないのか」


 どうしても父殺しを言葉にするのを躊躇(ためら)ってしまうイスカは、口ごもった末に目的という言葉に置き換えて話す。


「相変わらず甘いな。現実を見ろ、今やろうとしていることは間違いなく親殺しで、暴力によるクーデターで、陰謀だ」

「それはそうだが……もっと時間があれば、きっと他にやり様もあったのに」

「現実にならなかった仮定を言ってどうなる、いつまでもつまらない事をぐだぐだ言うな。癪(しゃく)に障る」

「……もうちょっと言い方というものが。いや、いい。君に言うだけ無駄だ」


 相変わらず紅夜叉とイスカの意見は、正反対を向いたまま平行線だった。片やどこまでも過酷な現実を冷徹に見つめ、希望や期待などは意に介さない。片やどんな状況になっても本当にどうしようもなかったのかと思い悩み、より幸福な結末へ至る道を求め続ける。

 そんな二人がたびたび衝突するのを、操は黙って見ていた。多分、この二人が出会った事は幸福な事で、この二人のぶつかり合いは互いにとって貴重な糧になる。そんな予感をいつも感じていた。

 そしてこの二人を繋げているものが安東(あんどう)高星(たかあき)と言う人物であり、高星が未来を掴むため、ひいてはこの二人が今後も繋がり続けるためにこの戦いはあるのだ。それが操の戦う意味だった。


「そろそろ三十分経つわ」


 操が時間を告げる。あらかじめ三十分分の長さを計った線香を用意して、裏門の制圧がなった頃に火を点けていた。それがもう燃え尽きようとしている。


「そうか、正面もそろそろきつくなってくる頃だな」

「行くべきだと思うかい?」


 イスカの問いかけに操は窮(きゅう)した。最良のシナリオ通りには行かず手間取っている事は間違いないだろうが、だからと言ってここで突入する事が吉と出る

か、凶と出るかは判らない。

 元来、操は紅夜叉の後に付いて行く生き方をしてきた少女であり、決断を下す事には慣れていない。


「……イスカさんはどう思います?」


 結局、疑問文に疑問文で返すしかできない。


「私は……」


 イスカもまた迷っていた。操に比べれば自らの意思で決める事に慣れてはいるが、今は明確な指針が無く、どちらの判断を下すべきか決定的な判断材料が無い。


「……ちっ、まどろっこしい。おい操、鉤縄(かぎなわ)を投げろ」

「えっ、う、うん」


 紅夜叉に促された操が、先端に金属製の鉤(かぎ)を結びつけた縄を取出し、塀の向こうに放る。


「行くべきだと思うのか?」


 イスカの問いかけに紅夜叉はうっとうしそうな顔で答える。


「迷ったら前に出ろ、後ろの安全策より前の博打の方にこそ活路はある。懐まで飛び込めば案外安全だ、後ろに退いてもいつかは行き止まりだ」

「迷ったら前、か」


 気に食わない奴だがこういうところは嫌いではない。だからこそ命を放り捨てる様な無茶は止めて欲しい。そう思うイスカだが、それを言ったところでこの男には通じない事も解っていた。


「良いわ」


 先に塀の上まで上がった操の声が降ってくる。見つかる前に素早く侵入は済ませるべきだった。紅夜叉が縄を掴んだ。


     ◇


 屋敷の庭も一面雪が積もっていた、足跡の無い新雪がこの辺りに人が居ない事を示していた。それでも用心深く周囲を探る。イスカも変身して、槍を構えた。


「……なぁ、イスカ」

「なんだ?」

「お前、黒装束を着ていた意味が無いな」

「あっ……」


 言われて気付く、確かに変身すれば何を着ていたかは意味が無い。それに今の今まで気が付かなかったのは、あまりにも間が抜けているだろう。


「そ、そんなことより、踏み込んだはいいが、これからどう動く?」


 赤面する顔を隠すようにそっぽを向きながら、誤魔化す。


「どう、とは?」

「屋敷内にまで踏み込むか、それともまずは正門の応援に行くべきか、と言うところだと思うが」


 紅夜叉は呆れた様にため息を吐く。


「あのな、俺達にそんな戦略的な判断が期待されてると思ってるのか? 適当に暴れまわっときゃいいんだよ」

「そんな無責任な」

「無責任も何も、最初から権限も責任も無いだろう」

「まあまあ二人とも、今は行動が先でしょ。それに紅夜叉のいう事にも一理あると思います。高星さんは踏み込めとは指示したけど、その先は指示してないのだから、好きにしていいって事だと思います」

「ん……そうだね、今は行動が先か。もともと陽動が目的だ、まずは見つかるのが第一か」

「もう見つかった様だぞ」


 紅夜叉が視線の先には身長よりわずか長い、1.8m程の警棒を持った警備兵が一人居た。

 警備兵はおそらく味方が居るのだろう方向に顔を向けて、賊が居たぞと大声で叫ぶ。

 再び正面を向いて警棒を構えたとき、警備兵の視界には三人いたはずの賊が二人しか居なかった。それを理解するよりも早く、体に熱いものが走った。


 紅夜叉は、警備兵が仲間を呼ぶ声を上げるのと、ほぼ同時に動いた。足裏を着けたまま垂直に地面を踏み下ろし、その反動で大きく前に踏み出して、一気に距離を詰める。

 警備兵が再び正面を向いた時にはすでに、およそ8mの距離を詰め、警備兵の足元の死角で身を低くしていた。

 踏み込む間に腰の刀を鞘ごと回転させ、刃が下を向く様にする。そして警備兵の股間から胸部に掛けてを、刀を抜きながら両手で垂直に切り上げた。

 体の前面を垂直に深々と、両手で盾にする様に水平よりやや右手側を上げて構えていた警棒ごと、真っ二つに斬られた警備兵は傍目から見ても間違いなく即死だった。

いや、例え浅くても、股関節の内側を通る大動脈を切断されては助からない。

 警備兵は噴水の様に鮮血を吹き上げながら、仰向けに倒れた。後には至近距離で返り血を浴びたため、真っ赤に染まっている紅夜叉だけが刀を振り抜いた姿勢のままで立っていた。


「行くぞ」


 刀を下ろした紅夜叉が短く言う。イスカは真紅に染まった姿と、今まで見た事の無い鋭い光を放つ眼光に一瞬たじろぎ、そしてなぜ彼が紅夜叉の通り名で呼ばれていたかを、心の一番深い場所から理解した。


 何かが爆発する様な轟音が轟いた。音のした方に竜胆色の火柱が上がっている、夜の闇を背にした炎は息を飲むほど美しい。

 見ているうちに炎は小さくなり、やがて見えなくなった。炎が消えると共に、喧騒も消え去ったかの様に静寂が支配した。


「今のは……」


 イスカが、炎の上がった方向に向かって駆け出した。操がそれを追い、しばしの間を置いて紅夜叉も二人を追いかけた。


     ◇


 大声を上げながらあたりを走り回っていたら、すっかり喉が渇いた。銀華が水筒に水を用意してくれていたので一口それを含む。どうやら銀華の用意は他の皆とは違っているらしい。視点が違うとはこういう事かとも思う。

 陽動と攪乱(かくらん)自体は上手くいったはずだ、何度か塀の向こうを数人が行き来する声が聞こえた。その分、高星達の方は手薄になったはずだ。

 しかし未だに成功した様子は無い。かといって失敗し、高星が死んだ様子も無い。高星が言っていた乱戦状態が続いているのだろう。

 どうするべきだろう? もし自分が紅夜叉だったら躊躇(ちゅうちょ)無く斬り込む事ができる、だがお世辞にもこの班は、戦闘が得意な者が居るとは言えない。

 むしろ高星は戦闘が不得手な者を選んで一つにまとめたのではないかと思う、それはつまり無理して危ない事をせずに、隠れていて良いというメッセージでもある。だがそれで本当にいいのだろうか?

 率直に本心を言えば今すぐ乗り込んで高星と共に戦いたい、だが自分には正面から対峙して戦った経験が無い。経験した事があるのは盗みに入った先で無防備な相手を後ろから刺すくらいだ。

 今、この屋敷の中で行われているのは殺し合いだ、盗みに入るのとは違う。入ったはいいが、何もできないまま一方的に殺されるかもしれない。そうなれば自分一人に留まらず、二人も危険に晒(さら)す事になる。流石に一人で乗り込む様な無謀はできない。

 無意識のうちに、高星にもらった刀を強く握りしめていた。高星の家来になって、高星が為す事を見届けたいと思った。そして高星はそれを許して、家来に加

えてくれた。その証がこの刀だ。

 それなのに、こうして何もできずにいるのは悔しくて仕方がない。ひょっとしたら生まれて初めて悔しいと思ったかもしれない。こんな時にどうすればいいのだろう?


「ジャン」


 不意に聞こえたその声は、一瞬、冬の寒さを忘れさせるほど温かかった。


「行ってもいいのよ、あなたのやりたいようにしなさい。大丈夫、私が皆を守るから、あなたは自分の道を歩きなさい」

「銀華さん……」


 ああ、優しいとはこういう人の事を言うのだろう。と、今更ながらに思った。だがこの場にはもう一人いる、冴えない青年の方を向くと彼は肩をすくめて格好つけて見せた。


「私も大概情けない男だけど、ここ一番、それも姉御の前で位、格好つけたかったところだ。君が良いと言うのなら、私も覚悟はできている」


 決まりだ、何もできないかもしれないが、それでも自分は高星の所へ行く。何もできなくても、足手まといであっても、付いて行きたい人の所へ駆けつけてはいけない道理なんてないはずだ。


     ◇


 塀を乗り越えるのに道具など必要なかった。このくらいの高さならまず冴えない青年に足場になってもらいジャンが登る。

 次に銀華が下から押し上げ、ジャンが上から引っ張り上げて冴えない青年を登らせる。最後に二人掛りで銀華を引っ張り上げた。


「凄く慣れてるのね、びっくりしちゃった」


 銀華が素直に感心した様子でそんな事を言う。ジャンの過去は知ってるはずだが、特に気を使う様子も無い。だが逆に特にその話題を避ける訳でも無く、自然

体で人の過去に触れたりする。

 多分誰に対してもこういう感じで、それが人の過去を、前向きにとらえさせる働きをするのだろう。イスカなどが自分の過去をあまり気にした様子を見せないのは、銀華が居るからなのだろう。紅夜叉は元々気になどしてないだろうが。


「さて、これからどうしようか?」

「とにかく子爵と合流しよう。入れる所を探さないと」


 正面入り口の方向は、乱戦の最中に飛び出してしまうかもしれない。戦力的にそれはまずいと思ったので、裏口側に向かいながら屋敷内に入れそうな場所を探す。

 先頭がジャン、一歩遅れて冴えない青年、さらにその後ろに銀華と言う並びで、しばらく建物の壁に沿って走った。

 思えばこの時かなり高ぶっていたのだろう、建物の角を確認もしないで曲がったのは迂闊(うかつ)すぎた。


「うわっ!?」


 角を曲がった瞬間、鼻が付きそうな距離に男が一人いた。飛び上がる様に後ろに下がる。

 警備兵だ、そう理解した時にはすでに、警備兵は抜身の刀を振りかぶっていた。かなり興奮しているらしい。

 鞘に収まったままの刀を盾にして、間一髪のところで防ぐ。鈍い音がして、鞘に相手の刃が食い込んだ。そのまま刀を抜こうとするが、無理がありすぎた。体勢を崩して尻もちをつく。

 相手が再び振りかぶる、その勢いで食い込んだ鞘が外れどこかに飛んで行った。尻もちをついたまま右手で刀を突きだしたが、やられると思い、堅く目をつぶった。

 すぐ近くで何かが炸裂(さくれつ)するような音がした。恐る恐る目を開けると、警備兵との間の地面がえぐれている。視線を上に向けると明らかに警備兵が怯(ひる)んでいる。

 後方で轟音が響き、何か大きな光源が現れた。竜胆色の光が後ろから差している、警備兵の顔が蒼白になり刀を取り落した。

 振り返った所にある光景は、予想通りだが、予想外のものだった。

 天にも届くかというほどの、竜胆色の火柱の根元に立つ銀華の表情は、見た事はおろか、想像すらできなかった怒りの表情だった。

 その目からはいつもの優しさは感じられず、かといってむき出しの激怒でもない。冷徹なまでの冷たい怒りを感じさせる鋭い眼光。

 長い髪が膨らんだ様に感じるのは毛が逆立っているのだろうか。

 氷の冷たさを思わせる様な容赦のない表情とは裏腹に、燃え上がる炎が周囲の雪をみるみる融かし、焼け焦げそうな熱気が吹きつけてくる。

 警備兵はもう酸欠の魚の様に口をパクパクさせている。逃げ出そうにも体が動かないのかもしれない。そこに銀華の鋭い一喝が響いた。


「私の家族に何をする!!」


 止めだった、警備兵は尻もちをつき、転がる様にして逃げ去っていった。気絶したり、失禁しなかっただけ大したものだと思った程だ。

 警備兵が逃げ去ると、すっと炎は消え去り、銀華もいつもの優しい表情に戻っていた。小走りで駆け寄ってくるとそのまま力強く抱きしめられた。


「ジャン、大丈夫? 怪我は無い?」

「え、ええ……大丈夫、です」

「そう……良かった……本当に、良かった……」


 しばらくそのまま、銀華に抱きしめられるしかなかった。抱きしめる銀華の肩越しに、青年が腰を抜かしているのが見えたが、どちらに対して腰を抜かしたのかは解らない。


     ◇


 ようやく三人とも落ち着いた。あれだけ派手に火柱が上がれば、すぐにでも警備兵が集まってくるかとも思ったが、今のところその様子は無い。

 あれだけの火柱を上げる相手に挑む勇気が無いのかもしれないし、それどころではない情況なのかもしれない。

 どちらにしてもありがたい事だ。それよりも今は別の心配事がある。


「あの、銀華さんすみません。結局心配をかけてしまいました」


 やはり無謀な事などせずに、大人しくして居るべきだった。結果的には無事だったが、もしもの事があったら銀華がどれほど悲しんだかは、あの怒りを見れば予想できる。


「やっぱり俺なんかは」

「それ以上言ったら怒るわよ」


 きっぱりとした口調で、言葉を遮(さえぎ)られた。そして、ふっと表情を緩めて言葉を続ける。


「ジャンも、イスカちゃんも、操ちゃんも、紅夜叉も、エステルちゃんも、他の皆も、そして当然、高星にも、無事でいて欲しい、これは私の心からの願いよ。

 でも、私に心配させないために、命を懸(か)けて何かを為す事を諦めて欲しく無い。

 むしろ、命を懸(か)けるべき事、生きる目的の様なものを、積極的に進んで欲しい。それがどんなに危険な事であっても。これも、私の心からの願い。

 だから、私に心配かけた事を悔いて、それ以上何かをする事を諦めたりしたら……」


 少し溜めた銀華は、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。


「罰として、晩御飯でおかわりを禁止しますからね」


 晩御飯抜きと言わないあたり、銀華らしいと思った。


     ◇


「おーい」


 聞きなれた少女の声がした、見ればイスカが息を切らせてこちらへ走ってくる。あの火柱を見て駆け付けたのだろう。後ろに操と紅夜叉も続いている、血みどろの紅夜叉の姿に一瞬ぎょっとするが、そんなそぶりを見せたらまた何か言われそうなので努(つと)めて平静を装う。


「やはり、君達だったか。無事か?」

「おかげさまで、全員無傷だ」

「何があったかは大体予想できる、大人しくしていればいいのに君も大概だな」

「いや、面目無い」


 イスカに予想できるという事は、後ろの二人も同じだろう。という事は、情けないありさまがもう知れ渡ったという事だ。これは二重に情けない。


「とにかく、無事に合流できてよかったです。ここからは一緒に行動しましょう。ね?」


 操が最後の一言、いや一音だけは紅夜叉に向かって言う。


「足手まといが増える」


 言うと思った。


「バラバラでいるより、私達と一緒の方が安全でしょ。今更安全なところまで送る時間も無いし、脱出の途中でまた危ない目にあうかもしれないわ。それなら一緒にいた方がいいと思うけど?」

「なんで俺が面倒見なきゃならん」

「イスカさんもいるし、紅夜叉は別に気にする事は無いと思うけど?」

「……ちっ、分かったよ。連れて行く。おい、貴様」


 悪態を吐いた紅夜叉が俺を指さす。


「なんだよ」

「俺は貴様らがくたばろうと知ったこっちゃないが、これでも主のために働いてみようと決めた身だ、できるだけ主の望み通りに働く。

 貴様らを連れて行くのはあの人がお前らの死を喜ばないと思うからだ、そこのところをはき違えるなよ」

「そう言うセリフは、イスカか操ちゃんに言ってもらった方がうれしいな」


 最後のなを発音しきる前に風を切る音がし、首筋に刃が当てられていた。からかいの笑顔が一瞬でひきつって動けなくなった。もう二度と止めておこう、そう心に決めた。

 紅夜叉が刀をおろし、納刀しようとしたとき、高い笛の音が響いた。音のした方を見ると抜身を構えた兵が三人、こちらへ向かってくる。

 まだ距離がある、今度は味方も増えたし少しばかり余裕を持って対処できる。そう思って刀を構える。だがその時すでに紅夜叉が一人飛び出していた。


 三人が縦に並んで向かってくる事を確認した紅夜叉は、このまま一人ずつ一撃で倒せば囲まれる恐れは無いと判断し、刀を腰の高さで水平に構える左脇構えで突進した。

 最初の一人が袈裟切りに打ち込んで来たので、紅夜叉は右前方に移動して、すれ違いざまに相手の腹を切った。

 次の相手が来たので、紅夜叉はあえて下段に構えて頭部をがら空きにする。誘いに乗った相手は一撃で仕留めようと、紅夜叉の頭部を狙って垂直に振り下ろす。

 紅夜叉は左前方に移動しながら、剣を胸の高さまで降り上げる、剣を振り下ろす相手の右腕が、紅夜叉の振り上げた剣と交差し、カウンターとなって切断された。

 右腕を失った相手は痛みは無く、痺れた様な感覚がするだけだったので、左手一本でも反撃しようと振り返ろうとした。しかし、振り返る途中で体のバランスを崩し、地面に倒れたところで痛みがやってきて絶叫を上げた。

 背後で絶叫が上がるのを聞きながら、紅夜叉は最後の相手に向かう。最後の相手は、紅夜叉が剣を胸の高さに上げ、刃を天に向けているので斬ることが出来ないと見て、しめたとばかりに袈裟切りに打ち込んできた。

 紅夜叉もここから斬る動作には移れないので、先ほどよりも鋭角に左前方に移動しながら、相手の脇の下に剣を跳ね上げた。

 そのまま力を込めて剣を押す、そのときもう一歩踏み込んで、体ごと深々と押し斬っていたので、相手の左脇の動脈が完全に切断され、鮮血を吹きだした。

 脇を斬られた相手は、すっと頭から血の気が引くのを感じ、そのまま事切れた。

 三人目の体を蹴り飛ばし、紅夜叉は取って返して右腕を失ってのた打ち回っている二人目に刃を突きたてた。絶叫が止み、静寂が訪れた。

 紅夜叉は油断なく構えながら三人の相手が確実に死んだ事を確かめ、また新手が現れる気配も無い事も確かめて、構えを解いて剣を下ろした。


「終わったぞ」

「あ、ああ……」


 三人を瞬く間に切り伏せてしまった、しかもまだまだ余裕を見せている。これが紅夜叉の実力か。茫然(ぼうぜん)と見ているしかなかった。

 訓練で紅夜叉が相手を一方的に叩きのめすところは何度か見たが、実戦はまた別だ。殺し合いの場での圧倒的な実力、それを改めて実感すると共に、無力な自分との差がそれこそ天と地程もある事を思い知らずにはいられなかった。


「急ぐぞ、俺が全員切り伏せてもいいが、その前に子爵がやられねぇとも限らんからな」


 紅夜叉なら本当にやりかねない。


「エステルちゃんが居るから大丈夫よ、でも急いだ方がいいのは確かね」

「急ぐのは賛成だ、子爵は二階に居るはずだよな?」


 正直なところこの面子には指揮官がいない、だから加勢も兼ねて指揮官たる高星の元へ向かう、単純にそれが良いと考えた。が、操は違う考えを持っていた。


「待ってください、多分、高星さんは寝室を襲撃するのに失敗したはずです。なら標的は逃げるか、隠れるかしているはず、外側から網を絞る様に回っていく方


がいいのでは?」

「操ちゃんに賛成だ、今は子爵様と合流するより、当初の目的を果たす方を優先した方がいい」


 なるほど、確かに操とイスカの言う通りだ。ただ一つ懸念がある。


「網を絞る様にと言うが、そんな余裕はあるのか?」

「今、ここで戦っているのは私達だけじゃありません、高星さんも標的を捜しているはずです。それなら私達が網になれば、網の中の高星さんが標的を見つけやすくなると思います」

「同感だ、狩りをするなら確実にやるべきだ。どんなに急いでいようとな」


 紅夜叉も操に同意する。


「じゃあ、屋敷の塀の内側に沿って一周しながら出会った敵を掃討、で良いんだな?」


 最終確認、異論は上がらなかった。決まりだ。


「よし、行こう」


 今の自分にできる限りの事を、そう思って駆け出した。紅夜叉のそばを駆け抜けたときに、何仕切ってんだという、呟く様な声が聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。