昔からの想い人
桜の舞い散る季節に、だんだんと小さくなる茶髪の後ろ姿ーー。
今の時代とは違う街並み、その中にそびえ立つ大きなお城ーー多分、テレビでよく見る世界遺産の姫路城ーー。
家族で行ったことのある大阪城とは違う、炎に包まれて真っ赤に染まる場面、これはきっと、かの有名な大坂夏の陣のことーー。
「じゃ、行ってきま〜す」
「朝練頑張るのよ」
「はーい」
まだ朝食のお味噌汁を啜る桜音を置いて家を出たのは、双子の妹・葉名だ。朝早くに家を出るのは、葉名の日課である。葉名は剣道部のエースで、去年の女子高等部の全国大会で優勝した実力者だ。まだ一年生で優勝した葉名は、一躍学園内の有名人になった。
葉名の双子の姉である自分は、顔はそっくりだ。でも、全然違う。つまり、二人は顔だけしか似ていない。桜音は格闘技には興味はないし、竹刀を持ってみたいと思ったこともない。葉名は幼少期に、突然「剣道を習いたい」と両親に訴えた。竹刀を握ることに愛着があるようだった。そして、剣道を始めると、みるみるうちに才能を発揮して、今に至る。
桜音は、昔から時代劇が好きで、特に戦国時代がお気に入りである。なぜか懐かしさすら感じる。葉名のように入れ込んでいる特技はないが、一応茶道部に所属して、それなりに淹れるのも上手いと思う。それでも、どこか自分はちゅぶらりんで、地に足が付いていないような感覚に襲われた。
私には多分、何か思い出さないといけないことがあるようなーー。
「桜音、今日は部活あるの?」
母が桜音に尋ねた。桜音は、食器を片付けながら、向かい側で朝食を食べる母に答えた。
「今日はないから、そのまま帰ってくるよ」
桜音は、洗面所で髪をブラッシングしてハーフアップに頭をまとめた。軽くビューラーでまつ毛を上げて、桜色のリップをする。コンビニで買った安いものでも、自分の名前が入った色だから、気分が上がる。貸出期限が今日までの図書室の本を鞄に押し込んで、桜音は家を出た。
「行ってきま〜す」
高校は、家から電車で20分くらい。桜音はいつも通り、駅から学園までの道のりを歩いて行った。
敷地内の桜の木は、もうすっかり緑の葉に覆われていた。季節も暖かくなり、半袖の生徒が殆どを占めている。桜音は先に図書室へ向かって、本を返却した。そして教室に向かう。
図書室の廊下からは、武道場が見える。扉が換気のために開けられている。部員の荷物が転がっているのだけが見えた。図書室の周りは静かで人通りが少ない。
そこに、見慣れない容姿の生徒が迷い込んでいた。
後ろ姿からして、長身の女子生徒。ふんわりとした茶髪が、セミロングの長さで下されている。制服は長袖のワイシャツをめくっており、見える肌はなんだかとっても白い。
うちって、髪染めるの禁止だよね?
女子生徒はこちらをクルリと向いた。その姿に、桜音は思わず見惚れた。
ーーあ、この人ーー。
怖いくらいの美しさ。桜音は目が離せなかった。日本人離れした顔立ちなのは一目で分かる。高い鼻に大きな目、手足も長くてスタイルが良い。こんなに目立つ生徒が、この学園にいただろうか。その生徒は、一瞬、武道場に視線をやって眺めていた。
その姿をぼやり見ていると、その生徒が桜音に気付いた。そしてペコリと軽く頭を下げる。桜音もとっさに頭を下げた。でも、目線は絡み合ったまま。差し込む太陽の光で茶髪がキラキラと光っている。どこかで、会ったようなーー。
「あの、迷ってしまって……」
形の良い唇から、心地の良い声が放たれる。リボンを見てみれば、一年の色である青色だった。入学して2ヶ月経つけど、まだ迷う人もいるのだな。
「一年生の教室に行きたいのかな?」
「あ……いえ、職員室に行きたくて」
その子は、ジッと桜音を見つめてくる。やっぱり、どこかで会ったことがあるのではないか。この、キラキラとした茶髪、そして、高すぎず、低すぎない心地の良い声。
「……そっか、こっちだよ」
いいや、でも、こんなに綺麗な子を見て、忘れられるはずがない。もし会っているのなら、夢の中か、もしくはーー。
桜音は、その転校生を職員室へ案内した。その間、なんだか緊張して話ができなかった。
職員室へ到着すると、その子は「ありがとうございました」と礼儀正しくお辞儀をしてくれた。桜音は「どういたしまして」と笑顔を向けると、その子はまた桜音の顔をジッと見つめる。しばし目が会った。でも、お互いに何も言わない。
この茶色い瞳、どこかでーー。
「……どこかで、お会いしたこと、ありますか?」
その子は桜音に言う。
ーーある。会ったことが、ある。
どこで?
ああ、そうだ、この瞳ーー。
私たちは、桜が舞う季節に出会ったのだ。
きっと、そうだ。
桜音は口を開きかけた。
「すみません、そんなわけないですよね……失礼しました。では」
その子はそう困った顔で目を逸らして職員室に入ってしまった。
ーー『では』。
私はその声を知っている。
ーーあなたは、覚えていないの?
私はずっと、あなたを想っていのにーー。




