表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/427

第十五話 黒猫夢譚 ― 前半 ―

――夜の帳が落ちるころ、クロは夢を見ていた。


見慣れない街。

石畳が濡れ、灯りのない通りをひとりの少女が歩いている。

雨のような、墨のような黒が降っていた。


少女は、まるで自分の名を忘れたような顔をしていた。

誰かを探している。

けれど、その誰かの顔も思い出せない。


ただ一つ、心に残っていたのは――

あの人の声。


『……もう、泣かなくていい。』


その声を聞いた瞬間、

クロは夢の中で目を覚ました。


朝の光が事務所の窓から差し込む。

黒乃零は、机に向かって古い符を整理していた。

静かな筆音だけが響く。


クロは窓辺で丸くなりながら、小さく呟いた。

「……変な夢、見ちゃった。」


零が顔を上げ、静かな声で尋ねる。

「どんな夢だ。」


「誰かが、あたしを呼んでた。声は聞こえないのに、胸の奥で響く感じ。」


零は筆を置き、まっすぐクロを見る。

「それは、ただの夢じゃない。お前は式神だ。夢を見るというのは、“自我の底”が揺れている証拠だ。」


クロの尻尾がぴくりと動く。

「……じゃあ、“人間だった頃”のあたしが呼んでるの?」


「あるいは、誰かがその記憶を引きずり出している。」


零の声は静かだが、確信がこもっていた。


その日の夕方。

事務所の電話が鳴る。


零が受話器を取る。

「黒猫呪術代行事務所だ。……ああ、はい。症状を詳しく。」

短い沈黙ののち、低く息を吐いた。

「場所は?」


電話を置いた零が、クロを振り返る。

「依頼だ。郊外の廃病院。――“猫の声が夜通し聞こえる”らしい。」


クロが首を傾げた。

「猫の声? それって……もしかしてあたしに関係ある?」

零は即答した。

「おそらくな。」


夜。

二人は、街外れの廃病院へ向かった。


鉄柵は錆び、風が吹くたびに軋んだ音を立てる。

中は暗く、崩れた壁に白い花が供えられていた。


クロが零の肩に乗り、低く囁く。

「ここ……空気が濡れてる。冷たくて、息が詰まる。」


零は淡々と応える。

「それは“残響”だ。魂の跡が、空気に染みついている。」


「魂……猫の?」

「まだ分からない。だが――お前に似た波動を感じる。」


奥の廊下で、微かな声がした。


「……にゃぁ……」


クロの瞳が大きくなる。

「それ……あたしの声。」


零は眉を寄せた。

「どういう意味だ。」


「わかるの。あの鳴き方……あたしが“人間だった頃”に飼ってた猫の声。」


「お前が、猫を?」

「うん。名前は“くろ”。あたしと同じ。」


零は小さく息を吐いた。

「なるほど。魂の輪が閉じていない。」


クロの脳裏に、断片的な記憶がよみがえる。


病室の窓辺。

点滴の音。

枕元で眠る黒猫。


「くろ……また来てくれたんだね。」

「今度は、あたしがあなたを守る番だから。」


その瞬間、光が弾け、世界が裏返った。


クロは跳ね起きた。

「……あれは、記憶だ。」


零は静かに頷く。

「思い出したか。」

「……うん。あたし、前は人間だった。病気で……死んだんだ。でも、死ぬ直前に願ったの。“もう一度、あの子を守りたい”って。」


零は目を細め、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「そしてその祈りが、呪いに変わった。」


クロが顔を上げる。

「呪い……?」


「強い想いは、形を変えて現世に残る。お前は“守りたい”という想いで死に、その魂が“猫の姿”で戻ってきた。――俺が、その魂を呼び戻した。」


クロの瞳が揺れた。

「じゃあ、あたし……最初から零のそばに?」


「そうだ。」

零の声は冷静だったが、その奥には確かな情があった。


「お前は式神であり、俺の“護り”。けれどそれ以上に――俺が救われた存在だ。」


クロが俯く。

「……あたし、ずっと“守る側”だと思ってた。」

「間違いじゃない。俺たちは、互いを守ってる。それでいい。」


けれど、クロの瞳にはまだ不安の色があった。

「ねぇ零。夢の中のあたし、なんだかおかしかった。あたしの記憶を、誰かが“覗いてる”みたいだった。」


零の声が低くなる。

「夢の奥に、もうひとつの層がある。お前の魂の残滓が、まだ完全に癒えていない。」


「……残滓?」

「人として死んだ時の“未練”。それが夢を形にしている。放っておけば、魂が二つに割れる。」


クロが息を詰めた。

「……そしたら、あたし、どうなるの?」

「片方は夢の中に残り、もう片方は式神として存在し続ける。どちらかが欠ければ、消滅する。」


沈黙ののち、零が言葉を継ぐ。

「……だが、俺が必ず連れ戻す。」


クロが小さく笑った。

「ほんとに、無茶する人。」


零もわずかに口元を緩めた。

「お前が戻らなければ、誰が俺の淹れる茶を飲む。」


「……もう、そういうとこずるいんだから。」


夜。


零は符を円形に並べ、床に結界を描いた。

灯を落とし、淡い青の光が揺れる。


「準備はいいか。」

「うん。」


「これから、お前の夢の中へ入る。“もう一人のお前”と対面しなければならない。」


クロが目を伏せる。

「……もし、あの子があたしを拒んだら?」

「そのときは、言ってやる。“戻ってこい、クロ”。それで充分だ。」


クロの瞳が揺れた。

「……うん。信じてる。」


零が短く頷き、符を燃やす。

青白い炎が空気を包み、世界が音を失った。


次に零が目を開けたとき、そこは――クロが死んだ病室だった。


そして、ベッドの上には。

白いシーツに包まれた、一人の少女。


“クロと同じ瞳”をした、もう一人のクロがいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ